コモーリンのいる毎日 「こちらも愛して頂けると嬉しいのですけど」
ちゅんちゅんちゅん。
異世界の朝は、スズメ? ――みたいな声の小鳥に起こされる。窓辺まで群れで押し寄せて鳴きさざめいてゆくものだから、目覚ましがわりにもってこいである。
「ふあ~ぁ」
俺は隣で眠る女体をまず確認した。うん。よし。あるある。
俺は昨夜はお愉しみであった。
昨夜は普段よりもちょっとばかり燃えてしまった。ちょっとばかり激しくしてしまった。
消耗しきったモーリンは、死体のように眠っていて、〝こんなこと〟をしても起きてこない。〝あんなこと〟をしても起きないだろうか? さすがに起きるだろうか?
と、俺が〝わるいこと〟を考えはじめた、そのとき――。
「おはようございます。マスター」
部屋の片隅から明瞭な声が響く。モーリンの声は深みのあるアルトであるが、こちらの声はそれよりもすこし高い。メゾ・ソプラノといったあたりか。
女の子にも変声期というものはあるらしい。
「あ、ああ……。おはよう」
びっくりして、どきどきしていることを隠しながら、俺はそう返事した。
部屋の隅で置物みたいに静止していたのに、いきなり声を発すれば、そりゃあ、びっくりもする。
「昨夜のマスターは大変激しくあられましたので、体が動きません。もうすこし寝かせておいていただけますか」
「あ。うん」
部屋の隅の椅子に1ミリも動かず人形みたいに座っていた少女は、なんの予備動作もなしに立ち上がった。
まずは、腕をぐー、首をぐー、上半身をぐー、柔軟運動。
人体の作り上、動かないでいると体が強ばるらしい。ロボットとかではないわけで、すこし安心する。
「食事の支度はこちらで行います。なにか食べたいものはありますか?」
「おまえが食べたい」
「昨夜。あれだけ召しあがったではありませんか」
あえて繰り出すオヤジギャグに、真顔で返されてしまった。ちょっと切ない。
ちなみにいま俺の手は「もみもみ」とやっている。
それでもモーリン……じゃなくて、コモーリンの顔にはなんの変化もない。
眉根ひとつ動かさない。引っかいてみても、すこし強くしてみても、やっぱり変化がない。
人形のようなその顔はぴくりともしない。
昨夜、普段以上に燃えてしまったのは……。まあ、なんだ。いわゆるつまり、コモーリンが参加していたからだ。
いや〝参加〟はしていない。直接的には指一本触れてない。
コモーリンのほうは、部屋の隅にお人形さんのように座り、目を開いて、ベッドの上で繰り広げられる行為に対して、じっと観察する目を向けていただけだ。
そして――。「外部視点で見ると、だいぶ間抜けな格好ですね」とか。少女の声で、冷静かつ的確なコメントを入れてきた。ほかにも「まるで仰向けになったカエルのようで不様です」とか。「ドッグスタイルと呼ばれる理由をいま正しく理解しました」だとか――。体位ごとに批評を受け取ることになった。
それが、また……。なんつーか……。ひどく新鮮で……。
いつにも増して燃えあがってしまった。手で触れて、あんなこともこんなことも、いくらでもしていいほうの女体に、あらゆるすべてをぶつけてしまった。
その結果が、今朝のこれであった。
大人の体のモーリンのほうは、一晩経っても疲労困憊。人事不省。少々やりすぎてしまった。
「マスターが喜ばれているようでなによりです。ご好評のようですので、今後もこのように致しますか?」
「うむ……。いや……。まあなんだ……。そのつまり……」
さすがの俺も、本当にその歳の少女に、その手の行為を見せて愉しむような趣味は持っていない。
だが、なにしろこの場合には〝本人〟であるわけで――。
倫理観と欲望の狭間でずいぶんと悩む。
悩みすぎたあとで、ま、いっかー。と、欲望の側で生きることにする。
自重しないのが俺のモットーである。
うん! よし! 自重しない!
「もしよろしれば、こちらも愛して頂けると嬉しいのですけど」
腕を左右に広げてモーリンは言う。両手を広げても、やっぱり、ちっちゃい。
「いやいやいや。それはアウトだろ。まだ早いだろ」
「そうなのですか? 辺境では嫁入りする歳なのですが? なにか問題が?」
「こちらの世界ではそうなのかもしれないが。あちらでは……。うん。あれだな。染みついた倫理観というものだ」
「マスターに倫理観があったとは、少々、驚きです」
少女の顔で辛辣な言葉が出てくると――。なんだかちょっと、たまらない。
変な趣味に目覚めてしまいそうである。
――だからいかんっつーの!
「とにかく、3年! ……いいや2年。2年はだめだ」
「そこで1年まかってしまうのは、なぜなのでしょう? それなら、もうすこしまけてみてはいかがですか? 1年にして、半年にして、3ヶ月――くらいにしてしまえば、もう、いますぐと大差はなくなりますが」
子供の顔で大人びた内容を話す。モーリン自身なのだから、仕方がない。
少女のモーリン、〝コモーリン〟と――。
大人のモーリン、〝モーリン〟とは――。
――同一人物であった。
言葉通りの意味で。
一つの心が二つの体を動かしている。
普通の人間にできることではないが、人ならざるモーリンの精神は巨大である。そういうこともできてしまえる。
ただし表情などはやはり難しく、二人が同時に動いてるときには、片方は無表情になってしまうらしい。
いまは本体――っていうか、ずっと使ってきている大人のボディが人事不正なので、小さなほうだけが自由に動いている。
モーリンの正体は――俺もこの前、ようやく教えてもらったわけだが――。〝推測〟だけは行っていて、その〝推測〟が正しかったことが判明したわけだが――。
モーリンは、〝世界〟そのものに芽生えた〝自我〟であった。
〝物〟が意識を持つことは、けっこうある。
一般にはあまり知られていないことだが――。〝物〟は、基本的にすべて意識を持っている。
ただ会話が成立するほどの高度な自我を持つ物は、強力な魔力を付与して作られた高級なマジックアイテムか、長い時を経た古いアイテムぐらいに限られる。
〝世界〟がいつ頃生じたのかはわからないが、この世のなによりも長い時を経ていることだけは確かだろう。
なので当然、〝世界〟は〝意識〟を持っていた。
意識を持つ〝世界〟は、やがて自己の存続を願うようになった。
それまで〝世界〟には幾度となく〝危機〟が訪れていた。そして〝偶然〟によって助かっていた。
魔王級や勇者級の存在というのは、自然発生するものらしく、幾度となく魔王が現れては、たまたま偶然、現れた勇者によって倒されていた。
世界の意識にも、〝生存本能〟といったものはある。存在を続けたいと願う気持ちがある。
よって世界の意識は、〝偶然〟を〝必然〟に変えようとした。
そして世界樹を生み出したのだ。
世界樹に生る〝実〟では、世界に住む〝人〟と同じ〝肉体〟が育てられた。
世界の意識は巨大すぎて、そのままでは、人と意思疎通することができなかった。思考の次元が異なりすぎていた。
高レベルのごく限られた予言者の夢に、漠然とした形の〝啓示〟を与えることが、かろうじて行える〝接触〟だった。
人の世界は人が動かしている。よって直接干渉するために、〝人〟になる必要があった。
向こうの現代世界の言葉でいえば、「対人間有機ヒューマノイド型端末」とか、そんなあたりだ。――それがモーリンという存在だ。
だから世界の意識は――モーリンは〝肉体〟を持った。
〝精神の形〟は〝肉体の形〟が規定する。
人の肉体を持つことで、世界は真に〝人〟を理解することができたのだそうだ。
二本の手足と一対の目を持ち、地べたを這いずり回るしかない〝人間〟というものは、そのおなじ不自由な肉体に入って、おなじ視点で生きなければ、決して理解することはできない。
予言者に〝啓示〟を与えてもうまくいかなかった理由を、人の体を得て、ようやく理解した。
――いわく。「予言者には権力がない」
だが俺に言わせると、モーリンの人間理解は、まだまだだった。
昔のモーリンは、ちょっとだいぶ非人間的だった。笑顔の一つも見せやしない。口を出る言葉は合理的すぎて人間味が一切ない。あげく一分一秒を争う過密スケジュール。魔王を倒すためだけに、完全合理化された、一本道の育成ルート。
スケジュールにおけるマージン率はなんと、0.2パーセント。
そんな彼女の〝育成〟を受けていた俺は、木に悪口をせっせと彫り込んでいたものだった。
「なにを考えていられるのですか、マスター」
俺の上に座りにきて、コモーリンが言う。
布団越しに――ベッドに起きあがんだ俺の腰の上に、コモーリンは座りにきている。メイド服小サイズのスカートが花のように広がって、俺自身と触れあっている。布団越しにではあるが。
「なにをしているんだ?」
「誘惑です」
「はははは。馬鹿だなぁ。そんな誘惑が効くとでも?」
「起きましたね」
すべて見透かされている。
ええ、起きてしまいましたが、それがなにか?
「こちらはご利用できないというのでしたら、そちらをどうぞ」
コモーリンは俺の上から降りると、眠ったままの大きな肉体のほうを顎で示した。
「朝食の支度がありますので。下へおりています」
「う、うむ……」
「ああそうだ。マスター。今夜のお風呂なのですけど、一緒に入りましょう。背中を洗ってさしあげます」
「う、うむ……」
コモーリンはそう言い残すと、部屋を出て行った。
風呂に一緒に入るのは、はたしてどちらになるのだろう。
そしてもちろん洗ってくれるのは背中だけではないな。
また自制心を試されることになりそうだ。
俺の傍らには、モーリン(大)が眠っている。昨夜のままだから全裸である。
しかし――。「ご利用をどうぞ」と言われて、はいそうですか、と、ご利用になるというのは……。いや……。これはこれでいいか? 睡眠中に襲うというのは、いわゆる一つの男の夢であるわけで……。
だが俺は、すやすやと眠る女体には手を伸ばさず――。
「おい」
かわりに天井に向けて声を投げた。
どたどた、ガッタン――と、音が響く。
天井に隠れていた者は、眠りこけてでもいたか。それともイケナイことにでも耽っていたのか――。
モーリン(大)に手を出さなかったのは、べつに自重したわけではない。
昨夜の疲れを労っただけだ。
「あ、あの……、お呼びでしょうか?」
天井の板がすうっと開いて、ばつの悪そうな顔が覗く。
上気した顔に、え、マジ後者だったの? と、俺は驚きもしたが、それも束の間のこと――。
「こい。抱いてやる」
このあと滅茶苦茶セックスした。