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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
9.仲間の増えてゆく旅の途中

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モーリンの里帰り(前編) 「実家に帰らせていただきます」

 ある朝――。

 俺の手にしたカップに、食後のコーヒーを注いでいるモーリンが、何気なく言った。


「里帰りをしたいのですが」

「……は?」


 俺は思わず、まじまじとモーリンの顔を見上げていた。


「いえ。マスター。〝実家に帰らせて頂きます〟という意味ではなくて。用事がありますので、里に行ってまいりたいと、そういう話なのですが」

「あ……、ああ……」


 俺は理解した。


「びびってるー、びびってるー……。くすくす」


 駄犬がなにか言っている。きしししし、とか笑っている。駄犬語なので、なにを言ってるか、まったくわからん。

 あとで〝おしおき〟だな。


 しかし……。里だと?

 そんなもんあったのか?


「いいじゃないの。モーリンさんだって、たまには里帰りぐらいしたって」


 俺が答えずにいたのを、ぐずっているとでも勘違いしたのか、アレイダがそんなことを言ってくる。

 これに関しては、やはり勘違いがあるのだが、俺は黙って受け止めてやった。


 あいつの場合――。帰れる里は、もうすでに存在しない。

 滅ぼされた、と言っていた。たぶんたった一人の生き残りなのだろう。そして奴隷として売られていたわけだ。だからアレイダの言葉には、「帰れる里があるのなら」という、口にしていない部分がある。


 それが俺にはわかっているから――。こっちについては、〝おしおき〟はなしだ。


「――あ。でも。モーリンさんが帰っているあいだ。ごはん。どうすればいいの?」


 自分のメシの心配か。

 自分が作るという発想はないのか。このあいだ黒焦げ料理を披露して、「ぜったい上手くなるから!」と誓ったのではないのか?


「それはミーティアにお願いしようと……」


 モーリンが言う。端から駄犬なんかに期待していない。まったく正しい。

 駄犬なんかにまだ期待している俺が、馬鹿に思えてくる。


「そっかぁ!」


 駄犬は安心して、にぱっと笑う。ほんと駄犬だな。


「もう。オリオンってば。なに不機嫌な顔してんのよ? 里帰りぐらい許してあげなさいよ。なにムズがってるのよ? メンドウクサイ男ね」


 おまえのほうが、相当、めんどくさいと思うがな。

 あと俺の仏頂面は、おまえの駄犬っぷりに呆れているのであって、モーリンの里帰りに反対しているわけではないんだがな。


「……一人でだいじょうぶか?」


 俺はモーリンにそう聞いた。


「あら? 心配していただけるのですか? ではついてきて頂けます?」

「う……?」


 俺は呻いた。「里」というところが、どんなところかわからないが……。

 モーリンとは付き合いが長いが、じつは、まったく知らないのだ。

 しかしなんだか、付きあっているカノジョから、「両親に会って欲しいの」とか迫られたような気分である。


「そうしなさいよ。そうしなさいよ。モーリンさんもたまには、羽を伸ばしたほうがいいと思うしー」


 羽を伸ばしたいのは、おまえじゃないのか?

 俺がいると、なんだかんだで訓練させたり、ダンジョンに連れていって、最下層に置き去りにしてきたりするしな。


 一人で置き去りにされたときの顔、見物だったな。

 こいつはなにしろ駄犬王だから、生死がかからないと本気を出さんのな。

 地上に出るまで、ずっと泣きべそで俺への恨み言ばかり口にしていたが、超本気だったな。いい訓練となったな。こんどまたやるか。ダンジョンの難易度は、前回よりも一つ二つ引きあげてやろう。


 ちなみになぜ俺が、駄犬がずっと泣きべそでいたのかを知っているのかというと、ステルスで視覚からも気配探知からも隠れて、ずっとついていっていたからだが。駄犬の飼い主になっているおかげで、盗賊系のスキルばかり増えていって困る。


「おまえがもし、どうしても、というのであれば、ついていってやらないこともない」


 俺は重々しくそう言った。


「ええ。では。――どうしても」


 モーリンはレア微笑とともに、そう言ったのだった。


    ◇


「おまえの〝里〟は、こんなところにあるのか?」


 最寄りのマークをつけた転移ポイントより徒歩で1日。

 断崖絶壁を飛行魔法で飛び越えて、山脈を越えて降りてまた降りていったさきの洞窟から入って、ぐねぐね進んで、なんだか地下に降りて行っている感じの、その途中。


 〝里〟について、俺はいちいちモーリンに聞いたりはしなかったが――。

 こんな場所に人が住んでいるようには思えない。人跡未踏の土地のはず。


「最寄りの転移箇所があそこでしたので、だいぶ時間が掛かってしまいましたね。次からはマークしておきますので、一瞬で来れると思いますよ」


 モーリンは言う。

 これもまたおかしい。つまりモーリンは、ここははじめて訪れる場所であると、そう言っているわけだ。


 大賢者であるモーリンは、転移魔法をもちろん使える。一度訪れて、魔法的にマークした場所であれば、どこにでも跳べるという便利な魔法だ。

 マークがない場所には飛ぶことができない。最寄りのマーク地点は、かなり遠くにあったわけだ。

 自分の〝里〟にマークをしていないというのは、やはり、どう考えても変な話であった。


「まあ。たまにはおまえと二人旅というのも楽しいがな」


 俺はそう言った。うん。それは本当。

 昨夜は野宿だったが、しっぽりとしたものだった。


「俺についてきて欲しいと言ったのは、それが狙いか?」


 俺はためしに聞いてみた。

 もしそうであるなら、モーリンには、俺が思っていたよりも多量に乙女成分があるわけで……。


「それもありますが――」


 お? 肯定したぞ? と、俺が喜んだのも束の間――。


 モーリンは足を止めていた。

 洞窟はそこで行き止まりになっている。

 つきあたりの壁に手をついて、モーリンは顔を俺を振り向けた。


「この先にあるものを、マスターに見ていただきたいと思ったから、というのが正しいですね。――いまならまだ引き返すこともできますが。いかがいたします?」


 モーリンが、俺にも知らせていなかった自分の〝秘密〟を、はじめて見せようとしているのだと、俺は直感した。


 引く、などという選択肢が、あるはずがなかった。

 モーリンが見せたくないというのであれば、無理に知ろうとは思わない。

 だがモーリンは俺にそれを見せようとしている。俺の〝勇気〟を問うている。

 惚れた女が秘密を明かそうとしているとき、尻込みするような男には――その女に惚れられる資格などないだろう。


 俺にはもちろん、モーリンが惚れるだけの資格がある。


「おまえが知ってほしいと思っているなら、俺は知ろう」

「ちょっと引いてしまうかもしれませんよ?」

「もしそれで俺が引いてしまうような男であれば、見限ってくれて構わない」

「いえ。……そういう心配をしているわけではなく」

「うん?」


 もじもじとしているモーリンに、俺は、ピンときた。

 ああ。恥じらっているのか。

 俺にはちょっとデリカシーが足りなかった。

 女の秘密を覗き見るのであるから、覚悟がいるのは、男の側よりも女の側であったはず。


「おまえのかわいいところを、もっと俺に見せて欲しい」

「ある意味。かわいいかもしれませんが」


 つきあたりの壁を、モーリンは手で軽く押した。

 なんの変哲もない岩肌が、動きはじめた。古代の機構――というよりは、岩、それ自体が、まるで生きているように動く。


 地下なのに大きな空間が開けていた。直径と高さとは、共に100メートルか、あるいは200メートルか。とにかく大きな球状の大空間だった。


 陽光――でもないのだろうが、空間は光で満たされていた。光源は不明だが、その光の強さは陽光に匹敵するほどで……。植物が生育するのに充分な強さがあった。

 大空間の中央には、一本の巨木があった。


 いや……。生えているのとも、すこし違うようだ。幹の太さは巨木ともいえるサイズだが、下のほうに〝根〟が見えない。

 地面には丸い穴が開いているばかりだ。根があるとしても、もっとずっと下のほうにあるのだろう。


「世界樹の枝です」


 モーリンはそう言った。


 なんと。

 これで〝枝〟とは――。そして〝世界樹〟とは――。


 勇者時代に、〝世界樹〟にゆかりのあるアイテムには、何度か出くわした。

 世界樹の葉には、死者を蘇生させる力がある。

 木材の最高の素材といえば〝世界樹〟であった。その木材で作った杖は魔法使いの能力を飛躍的に高めてくれる。

 ド素人のLv1の魔法使いが手にしても、英雄並みの働きができてしまうほどのチート武具となる。

 本物の英雄で、勇者の仲間あたりあたりが、魔王を倒しに行くときに必要とする。そんな装備は、もちろん、世間一般に出回るはずがない。あとそんな装備は、いろいろと「うるさい」。そこまで強力な〝アイテム〟は、大抵、意思を持っているものだからだ。


「世界樹ってのは、大きいもんだな」


 だいぶ感心していたのだろう。ぽかんと口を開けきっていたかもしれない。

 あまり呆けていると、引いてしまったと誤解させてしまうかもしれない。

 俺は立ち直った。


「世界樹はこの世界とほぼ同じサイズがありますから。枝の先が地表近くに伸びているところもありまして、ここはそのうちの一つです」


「ふむ。そうか」


 俺は鷹揚にうなずいた。色々ツッコミどころ満載だったが、聞かずにおいた。

 特に「この世界と同じサイズ」ってところあたりだとか――。どんだけデカいんだ? 世界樹?


「そしてあれが、世界樹の()です」

「実?」


 俺は見上げた。大木の梢のほうに、なにか丸くて大きなものがいくつもある。


 モーリンが杖をかかげた。杖の先端に不思議な光がともった。

 杖に使われている木質部分と、樹木の本体との間で共鳴現象が起きている。あの杖も木質部分は世界樹産だ。


 木の枝が、ぐぐぐーっと、曲がって動きはじめた。

 俺たちの立つ地面付近まで、枝がみずから降りてくる。


「うお……?」


 〝実〟が、すぐ目の前にまで来ていた。

 大きな実だった。人間が入れてしまうぐらいの大きさがあって……。

 大きく丸い実の表面は、やや半透明になっていた。内容物? ――が、よく目を凝らせば透けて見える。


 ……種?

 なにかそこそこ大きな物体が、液体の満ちた果実の内側に浮かんでいるようだ。

 俺はよく目を凝らした。

 そして、見た――。


「――!!」


 半透明の果実の内側に浮かんでいたのは――〝少女〟だった。


「これがいちばん熟しているようです」


 モーリンは言った。

 そしてナイフを手に、果実へと近づく。


「普段は熟しきって、自然に出てくるのを待つのですけど」


 少女の入った果実の表面にナイフを立てて、半透明な薄皮を縦に切り裂いた。

 液体が大量に流れ出してきた。風呂桶一杯ほどの液体は、地面に広がってゆき、むせかえるような甘い匂いを周囲に充満させた。

 あの液体、世界樹の樹液であれば、たったのひとすくいで、HP/MPが全快になったりするんだろうなー、とか、俺は頭のどこかで考えていた。

 冒険者であれば誰もが欲しがる超貴重な霊薬が、どぼどぼと、ただ地面に吸われている。


 その霊薬の勢いに乗って、つるん――と、少女が果実の外に流れ出てきた。

 歳の頃は12歳ぐらいだろうか。スケルティアよりだいぶ若い――というよりも、幼い。

 外道を自認する俺ではあるが――。微妙に射程範囲外。もう2年。いや3年? ちょうどそのくらい射程範囲外。


 少女は全裸だった。

 全裸でこてんと地面に横たわったまま。


 なぜだかモーリンは立ち尽くしたまま。目を閉じて動かない。


 少女をそのままにしておくのも忍びないので、俺はマントを外すと、少女の体をくるんでやろうとした。


 俺の腕の中で少女は、ぱちりと――目を開いた。


「恐れいります。ですが、一人でやれますので、だいじょうぶですマスター(、、、、)


 その言葉は、モーリンが言ったものではない。腕の中にいる少女が放ったものだった。


 俺は腕の中の少女と、突っ立ったままのモーリンとを、交互に見比べた。


 モーリンは目を開けてこちらを見ていた。しかしその目はどこか虚ろで、その顔にはまったく表情というものが欠け落ちていた。


「すいません。同時並行で処理するのには、まだ慣れていないので……。あちらの私はだいぶ上達したようですが。しばらくは片側は動かすだけで手一杯となりますので、表情などは期待しないでください」


 腕の中の少女は、うすく微笑をしている。最近モーリンがするようになった、薄くとはいえ笑いの表情だ。

 よく見てみれば、少女はモーリンとそっくりの顔かたちをしていた。

 モーリンの12歳版、とでもいった感じだ。


「う……。うむ」


 無表情になってしまった大人のほうのモーリンが、持参していた包みを開く。

 少女にぴったりのサイズのメイド服が出てきた。


 少女は俺の腕のなかから出て行くと、メイド服を着始めた。

 服を着終わって、まだすこし濡れている髪の毛の上にヘッドドレスを置くと――。

 大小、一揃いのモーリンが、共に俺を見つめていた。


「マスター? 事態は把握されていますか?」

「う……む。まあだいたい。なんとなくは……」

「ではご説明さしあげましょう」

「帰り道でいい。……いくぞ、モーリン(、、、、)


 俺は二人のモーリンに対して、そう言った。

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