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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
9.仲間の増えてゆく旅の途中
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かわいいって、言って。「かわいいって言って言って言ってー! ずるい!」

 いつもの朝。いつもの食堂。


「おはよ。」


 スケルティアが朝の挨拶をしてきたので、俺は、ぽかんと見つめ返した。

 ハーフ蜘蛛子のスケルティアは、どうも人間の習慣や常識に疎い。疎いというよりは、意味がわかんないので重視しない、という感じ。


 朝の挨拶もそのうちのひとつ。俺たちが交わしている挨拶を、スケルティアはいつも、ぽかんとした顔で眺めるだけ。

 それが今日に限って、自分から俺に「おはよ。」と言ってきたのだ。


「へん……? だた?」


 スケルティアは小首を傾げて、無表情顔。

 だが俺はその無表情の中に「不安」を読み取った。この芸当は世界でも俺にしかできないと確信している。


「いや。いいぞいいぞ。――ちょっとこい」

「ん。」


 俺は膝の上にスケルティアを呼んだ。椅子に俺が座り、その膝の上にスケルティアが座るという格好だ。


「朝からなにやってんのよ。いやらしい」

「ばかめが」

「ばかってなによ?」

「おまえに対する正しい評価だ」


 勘違いした駄犬に、正しく評価を与えてやったに過ぎない。


「朝の挨拶。おまえ。よくできたなー。……いいぞ、いいぞー。いい子だぞー。かわいいぞー」


 膝の上に抱いたスケルティアの頭を撫でてやる。

 頭蓋骨を掴む感じで、首をぐりんぐりんやってやるのが、スケルティアのお気に入り。俺もお気に入り。

 傍目には虐待しているように見えたりするかもしれないが、うちの「かいぐりかた」は、こーゆー感じ。


「かわいいなー、かわいいなー、スケは、ほんとうに、かわいいなー」


 ぐりんぐりん、とやる。

 スケルティアは、うっとりと目を閉じている。でも額の単眼四つは、構造上、閉じることができない。開いたままで、たぶん、俺のことを見てる。

 うっとりと二つの目を閉じていても、四つの単眼のほうでは、まじまじと注視しているのだろう。

 モンスター少女。かわいすぎる。


「かわいいなー、かわいいなー、かわいいなー」


 スケルティアをなで続けていると――。


「なによもう、スケさんばっかり」


 駄犬がなんかつぶやいている。無視だ無視。


「おはようございます。オリオン様」


 ミーティアがやってきた。にっこりと笑って、俺に礼儀正しく朝の挨拶。

 さすが元姫。駄犬とはえらい違いだ。あれもいちおう蛮族の姫だったはずなんだが。


 ミーティアがここに来て、しばらくが経っていた。もうだいぶ馴染んだようである。今日も朝早くからモーリンを手伝って、朝食の支度などをしていた。


 彼女が馬でなく、人間の姿でいられるのは、一日の半分くらい。

 夜は夕方から。朝は朝食が終わるまで。そのあいだ、人間の姿で居られる。

 昼は馬の姿で馬車を牽く。

 一日に何度も戻したりするのは良くないらしいので、昼食のときには、申し訳ないが彼女だけ青草だ。

 しかし馬になっているときの味覚だと、青草はたまらないごちそうであるらしい。

 青草というものの味を、あまりにも美味しそうに話すものだから……。俺もちょっと馬になってみたいと思ったりもした。ヒミツだが。


「おはよう。ミーティア。今日も綺麗だな」

「ありがとうございます。オリオン様も、今日もまぶしくていらっしゃいますわ」

「む。そうか」


 こういうのが人徳というものなのか。ミーティアの台詞は〝本心〟として聞こえる。まるで悪い気はしない。


「綺麗だって。綺麗だってさー」


 駄犬がまたなんかボヤいている。すでに投げやりになっている。


「モーリン。おはよう」

「おはようございます」

「朝からおまえは本当に隙のない美しさだな」

「褒めてもソーセージの数は増えませんからね」

「いやまったく。昨夜、あれだけ乱れたとは、到底、思えない」


 俺が本心からの感想を告げると、モーリンは頭のヘッドドレスに手をあてた。


「こ、これでも表に出さないように努力しているのですけど」

「それは知らなかった。では俺ももっと努力するとしよう」

「こういうとき。なんと言い返せばいいのでしょう?」

「任せるよ」

「その……、ほどほどに願います。朝食の支度をできなくなるのは……、その、困りますので……」


 うおおー、照れてるモーリンのレア顔! ゲーット!


「美しいだって。美しいだってさー」

「この駄犬は、さっきから、なにをぶつぶつ言っているんだ」


 俺は脇でぼそぼそつぶやいている駄犬に、そう言ってやった。


「スケさんには、かわいい、でしょー。ミーティアには、綺麗、でしょー。そいでモーリンさんには、美しい、でしょー。――んで、わたしはなんにも言われてない」


「なんて言って欲しいんだ?」

「そ、それは――」


 アレイダはぷいっと顔を背けた。


「ボケ。――言わないっ!」

「じゃあ俺も言わない」


 俺がそう言ってやると、アレイダのやつは――向こうにむけていた顔を、ぎゅんとこちらに戻してきた。


「ひどい! 言ってよ! 言いなさいよ!」


 だからいったい何がしたいんだ。こいつは。


「だから、なんて言って欲しいんだ。おまえは」

「言ったら……、言ってくれる?」


 どうせこいつが言ってほしい言葉なんて、決まってる。

 約束してやっても良かったわけだが、俺はちょっといたずら心を起こした。


「それは場合と条件にもよるな。……まあとりあえず、言ってみろ」

「だから……、~~、……って」

「あ?」


 小声過ぎて、肝心のところが聞き取れない。


「だから! ……その、~~、……って」

「ああ?」

「もうわざとやってるでしょ! ぜったいわざとやってるでしょ!」

「まじで聞こえんのだが」

「だから! か……、かわいい……、って!」


 ようやく言ったよ。この駄犬。ここまでいったい何分かかった?


「スケさんには! あんなにたくさん言ったんだから! わたしにだって! 一回くらい言ってくれたっていいでしょ!」

「おまえがいつものその大声で、ちゃんとはっきり言ってくれれば、もっと早く伝わったんだがな。……だが、それだったら、このあいだたっぷり言ってやっただろ」


 かわいい、かわいいと、言いまくって落として、「好き」と向こうから言わせてやるゲームをこのあいだやった。


「あんなゲームじゃなくて! 普通に! もうなんで意地悪するのよー! 言ったじゃない! 言ったんだから! 言えーっ!」

三遍さんべん回ってワンって言ったら、言ってやる」


 くるくるくる。


「わん!」


 アレイダは、わん、と吠えた。


「うわっ! はやっ! ――おま! プライドないのかよ! 本当にやるかよ!」

「もうこうなったら、勝つか負けるかよね。プライド守って負けるより、何を捨てても勝負に勝つほうを選ぶわ。――さあ! やったんだから! 言いなさい! 言えーっ! 言ってよーっ!!」

「わ、わかった……」


 相手の駄犬っぷりに、俺はめまいを感じていた。

 ちょっと待て。とりあえず。落ち着こう。

 すーはー。すーはー。


「……まだ?」

「待て。もうすこし」


 俺はシャツの胸元を緩めた。なんか暑いな。この部屋。

 深呼吸はもうやった。

 あとは、なんだ……? ええと……。


「あー、あー、あー」

「なによ。それ」

「うるさい。だまれ。駄犬王。発声練習だ」

「なんの発声練習よ。――王にされたぁ」


    ◇


 そして俺は、結局……。言えなかった。

 なんでなのかは知らない。とにかく恥ずい。

 流れでふいっと言うならともかく。さあ言うぞ、とか意気込んで言うような言葉とも違う。


 ずる~い! ――とか言ってくるアレイダのやつには、その晩、たっぷりとベッドの中で払ってやった。

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