ミーティアのいる毎日 「悪……覚えます」
ミーティア出てきたので、ミーティア回っすー。
「さあ。たーんと召しあがれー」
「あっ。はい」
ミーティアにそう言われて、アレイダがしゃんと背筋を伸ばす。
いつもの食堂。いつもとは違う夕食。
モーリンとミーティアが料理を並べ、俺とスケルティアと駄犬とは、座ったまんまだった。
駄犬が畏まって、姿勢を良くしている。それが、ひどくおかしい。
ミーティアは、手足があって動いて働けるということが、本当に楽しげだった。――本当に楽しいのだろう。だいぶ長いこと「馬」をやっていたようだったからな。
「そのポテトサラダは、私が作ったんです」
「はっ。はいっ」
アレイダがポテトサラダを取ろうとすると、ミーティアが言う。
駄犬は、またキョドる。
「このザワークラウトも、私が漬けたんですよー。はい、スケさん、どうぞー」
「ん。たべるよ。」
スケルティアは放っておくと肉しか食べない。だが、よそってやれば、野菜でもなんでも食べる。特に文句も言わない。好き嫌いもない。
「こっちのドレッシングも、私が作ったんですよ。どのくらいかけます? いっぱいかけます?」
「えっあっはい。……い、いっぱいで」
駄犬のほうは、さっきからキョドりまくりだ。
すこし前の「じつは料理できなかった事件」のあと、心を入れ替えて、「料理をできるようになる!」とか大口叩いていたくせに、やはり駄犬は駄犬。
あいかわらずの食っちゃ寝生活。料理のなにがしかが、身につくはずもなし。
「しかし……、いい子がうちに来てくれたなぁ」
俺はこれみよがしに、大きな声でそう言った。
「ちがいます。オリオン様」
「ん?」
ミーティアは人差し指を一本立てて、いたずらっぽい顔をした。
「私が――。いい人のところに貰っていただけたんですよ」
くー……。
奥ゆかしい、いい娘であった。
どこかの駄犬に、蹄の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいであった。
「なぁ。なんか言うべきことはないのか? ――どこかの駄犬」
「ポテトサラダ……。おいしいです……。……あ、お肉は大盛りでお願いします」
ローストビーフの塊が、どてっ、と、皿に置かれる。駄犬は駄犬らしく、がふがふと食いはじめた。
「私、もっともっと、お役に立てるように頑張らないと」
「おまえは充分、役に立ってくれているよ」
殊勝なことを言うミーティアの腰を、ひょいと抱き寄せて俺は膝の上に座らせると、頭を撫でてやった。
肉を食っていた駄犬が、はっ、と顔をあげた。
いいなー、という顔をする。
だから駄犬なんだぞ。
おまえはとにかく、口のまわりについてる肉汁を、まず拭え。
「だけど私。ちっともオリオン様のお役に立てておりません」
「いやいや。充分に役に立っているって」
控えめにみても、充分だろう。
「いえ、私がしていることなんて……、モーリン様のお手伝いでお夕食の支度と、お掃除のお手伝いと、お洗濯のお手伝いと、あと馬車を牽いているくらいで――。肝心なことは、なにひとつ――」
それで「なにもやっていない」というなら、駄犬はいったいなんなんだろうか?
さすがに少々、駄犬がかわいそうになってきたので、俺は少々、フォローを入れてやることにした。
まずは咳払いをひとつ――。
「うん……んっ! おまえたちの最も大切な仕事は、夜、俺とベッドを共にすることだ。おまえは充分、役に立っているぞ」
ちら、と、駄犬を見てみる。
そっちのほうなら、駄犬も充分に役立っている。
だいたい、3:2:2:2:1――くらいの比率であった。
アレイダ:スケルティア:モーリン:ミーティア:クザク――と、そんな比率だ。
3のところがアレイダだから、一番、役に立っているといえるだろう。
――と、せっかく「役に立つところ」を発見してやったというのに。
この駄犬めが。
ものすご~く、いやなものを見るような目で、俺のことを見ている。
よし。今週だけ、5:1:1:1:1――としよう。お仕置きをしてやらねば。
「い……、いやあのその……、ご寵愛をいただけることは、それは……、嬉しいのですけど……。あの、もっと大事なことのほうで……」
ミーティアが恥じらいながら言う。
ん? ほかに大事なこと?
それ以上に大事なことなど……?
ちょっと思いつかないのだが……?
「オリオン様は〝悪〟――でいらっしゃいますので。私も〝悪〟のほうでお役に立ちたいと……」
俺が腕組みをして考えこんでいると、ミーティアはそう言った。
「いやべつに悪ではないが」
「いーや! こいつ悪! ぜったい悪!」
アレイダがびしっと俺に指を突きつける。
こいつ。この駄犬。元勇者つかまえて、ひでえな。
世界救ったんだぞ。一回は。
「どこが悪だ」
「ええっ? 自覚なかったの信じらんない。あんたみたい勝手気ままにやってんのは、他人からみれば、悪! ――なわけ」
「俺がなにを勝手してるっていうんだ?」
俺は本当にわからず、アレイダにそう聞いた。
「お姫様! レイプしたし!」
「いやあれはそもそもレイプではないし。姫の純潔を奪ってやったのは確かだが……。本人も国も臣下たちも、WINWINで、ハッピーラッキーなんだから、結果オーライで、べつにいいだろ?」
本当は奪って連れ去ってやりたかった。――悪い魔法使いや魔王のように。
だが自制した。姫が望んでいなかったから。俺に奪われることが姫の幸せではなかったから。
俺はやりたいことは自重せずになんでもやることにしているが、WINWINにならないことは自制する主義だ。
「奴隷娘! 買ったし!」
「買ったがどうした」
おまえ、あのまま売られて、誰か他のスケベオヤジに買われていったほうがよかったのか? あるいはまったく売れないまま、不良在庫として〝処分〟でもされたかったのか?
「盗賊娘! 成敗したし!」
「成敗したがどうした」
スケルティアは、あのまま街の片隅で、盗賊として生きていたほうが幸せだったか? たった一人で?
「困ってる女の子! 手込めにしたし!」
「おい。クザク。――なんか言われてるぞ」
天井に向けて声をかけると、ひらり――と、一枚の紙が落ちてきた。
キャッチして読む。
「主に出会って真の主従を得ました。――とさ。手込めにされて、文句はないそうだ」
「あとは――ええと!」
アレイダは、まだ俺の罪状を探そうとしている。
「そう! こいつに鍛えられると、大変なんだから! 死んじゃいそうになるんだから!」
「私。なにやら魔法の才能があるとかで……。オリオン様のお役に立てることが楽しみです。私の力が至らず、もし修行の途中で倒れるようなことがあったとしても、それは私の不徳の致すところで、オリオン様を恨むなんて、まったくありませんわ」
「うっ……」
一分の隙もなく論破される。
まだ諦めてないアレイダは――。
「そ――そう! こいつに鍛えられると! 人殺しとかもやらされるんだから!」
ふむ……?
アレイダの言い分にも、一理あったな。
俺はそのことをまだミーティアに訊ねていなかった。
「野盗どもが、おまえを取り囲んでいる。何十人もいる。俺はいない。助けもこない。おまえ一人だ。野盗どもはおまえは犯そうとしている。――どうする?」
「自害します」
「俺はお前が死ぬことを喜ばない。――そしておまえは俺の〝育成済み〟となっている。おまえは強い。野盗どもはお前の敵ではない。――それならば、どうする?」
「殺します」
ミーティアの答えは――即答だった。
俺はさらに質問を続けた。
「彼我の実力差は明白だ。殺さずとも無力化することができる」
「それでも、殺すと思います。――その野盗? とかいう方々が、物取りや金銭を盗むだけのもつもりであったなら、命までは取りません。……ですが」
「……ですが?」
「たぶん……。確信はないのですけど……。オリオン様は、私を汚そうとしてきた相手を許すことを、よしとしない気が……しますので」
「うむ。その通り。もしお前が許したとしても、俺が許さん。そのあとで全員、見つけ出して、ぶっ殺す。……うん。間違いないな。うん。殺そう」
俺はうなずいた。
俺は自制はするが、自重はしない主義なのだ。
「ほらー……、悪よー……、悪でしょー……? 悪じゃないのー? これー?」
「私。悪も覚えますので。どうかよろしくご指導ご鞭撻、お願いいたします」
ミーティアは深々とお辞儀をした。
座礼であれば、三つ指でもついていたところだった。
◇
後日――。
ミーティアの〝覚悟〟を確認したので〝育成〟を開始した。
まずは、ギルドに連れていって計測と登録。
やはり魔法使いへの「物凄い」適性があった。特に魔法耐性がえらく高い。動物化の呪いを半分弾いていたのも、素のスペックだったらしい。
気になるのは、ちょっとばかり「運」が低かったことだが……。いや……。ちょっと、というのでは、言葉が足りないというか……。
マイナスって、なんなの? ステータスにマイナスってあったの?
元勇者もびっくりだ。
まあそれはそれとして――。
久々の初心者向けダンジョンにいって、まずは軽く「魔法使い」からスタートした。
鍛えかたはいつもの「元勇者式」。
駄犬と違って、泣き言の一つも言わなかった。接近戦のできる職と違って、魔法使いのソロは、相当、しんどかったはずだが――。
その日のうちには、魔法使いをカンストして、魔女へと転職していた。
まだまだ伸ばせそうではあったが、育成はいったんそこで終了することにした。
一度とはいえ、転職済みであれば、二度の転職/進化を経ているアレイダとスケルティアと組ませても、足を引っぱるようなこともない。後衛なのでサポート専門だ。
魔法職のジョブツリーは複雑怪奇で、どういう育成方針にするか、固め切らないうちは、あまり転職を重ねないほうがよいという判断だ。
うちのパーティに、魔法使いが参入した。