転生の仕組み 「いいね♥ポイント集めるといいらしいな」
「転生の仕組み、って、どうなっているんだろうな」
いつもの食堂。いつもの俺たちのマイホーム。そしていつもの昼食後。
まだデザートをばっくばっく食べてる駄犬を、ばかだなぁこいつ、と生暖かい目で愛でてやりながら、俺は何気なくそんな話をした。
「転生……、で、ございますか?」
モーリンが聞いてくる。
俺はコーヒーを愉しみながら、うむ、とうなずいた。
「ウザいので(既読)は付けてやっていないんだが。ひとりごとを聞かされていると、いいね♥ポイントとか、わるいねポイントとかが関係してくるらしいんだ」
「では転生管理者に問い合わせて――」
「ああ。それはやめろ。あのJKは、どうも、ノリが合わん」
「そうですか」
中空を見上げかけていたモーリンは、どこかとの交信を取りやめにした。
うむ。それでいい。
べつにきちんと知りたいわけではない。なんとなく食後の暇つぶしに話題を持ち出しただけだ。
転生の時に会った転生女神の、つぶやきだかツイートだかLINEチャットだか、なんなんだか知らないが、予言者あたりなら〝天の声〟とかいうのかもしれないが。
そんなものが、たまに漏れ聞こえてくることがある。
ウザいので(既読)を付けずに(未読)スルーしてやっているわけだが……。
その内容に、ちょっと興味を持つものが含まれていた。
「前に、こちらの世界には、転生者がいくらか来ているって言ってたな」
「ええ。この前の食べ放題のお店でも、一人、出会っていましたが」
「そもそも転生って、どういう仕組みで起きるものなんだ?」
俺自身は、二回の転生を経験している。
一度目は、はっきりと覚えてはいないのだが――。勇者の人生を終えて、現代世界へと転生したとき。
平和で争いのない世界を、その時の俺は望んだらしい。
まあ、わからなくもない。
勇者人生は、ずっと戦い漬けの人生だった。
戦って、戦って、恋も青春もなにもかも切り捨てて、ただ魔王を倒すためだけに戦って――。短い一生を、自分で望んだわけでもない戦い巻きこまれて、全力疾走で駆け抜けて――。
最後は魔王と相打ちで死んだ若者としては、戦いのない世界を痛切に望んだとしても、ごく自然な成り行きだ。
一度目の転生のときにも、俺はあのJK女神に出会っていたらしい。
さっぱり記憶にないのだが……。平和な世界で普通に暮らしたい、と答えたそうで。まあそうだろうな、と思う。
そうして転生していった先が、平和で戦いこそないが、真綿で首を絞められ続けるような、慢性的なストレスの支配する、尻すぼみで右肩下がりに縮小してゆく、ブラック現代社会だったわけだが。
それが普通とか言いやがるか。犯すぞ。あのクソJK女神めが。
まあ……。「普通」なんだけども。
そして二度目の転生が、これはもう、はっきりと覚えているのだが。
〝ポイント〟とかゆーものが、使っていなくて、たくさん余っているので、伝説の武器とか、チートアイテムとか、チートスキル山盛りにしろとか、俺より強い大量の敵に逢いに行けるナイトメアモードだとか、数々の転生オプションをセールスされた。
そもそも、その〝ポイント〟というのは、なんなのだ?
なにをすると集まるんだ?
「わたくしも直接関与しているわけではありませんので、あまり詳しいことは存じ上げませんが――」
モーリンは話しはじめた。
さすがモーリン。この世界における〝大賢者〟である。
大賢者の知らないことは、この世界の誰も知るはずがない。知っている者が、もしいるとすれば、それは大賢者をおいて他にない。大賢者とはそういうものである。
「ねえ? さっきからなんの話ー?」
「ついてこれないなら、話に入ってくんな。大駄犬」
「なんか〝大〟がついたー」
「あ。その果物。俺にもくれ」
「あげなーい」
アレイダのやつは、ひょいぱくと意地汚くぜんぶ食べちまいやがった。ちらりと見えた果物――イチゴみたいに見えたのだが。
こちらの世界の食べ物は、あちらの世界とまったく同じではない。懐かしく思える味もある。
うちの大駄犬のほうはともかく、スケルティアのほうは、話に興味はないらしい。天井の片隅を、じーっと見上げている。なにか虫でもいるのかもしれない。
「彼女はそれを〝ポイント〟と呼んでいますね」
「ハンコが溜まった、とかも言ってたが」
「べつに本当にポイントカードがあるわけではないですが」
モーリンよ。なぜ異世界人のおまえが、そんなに俺の元いた現代世界のことに詳しいのだ? おまえが時折交信している、向こうのモーリン……。森さんとかかいったか? そいつはそんなにポイントカード・マニアなのか?
「ポイントカード専門のカードホルダーを持っているそうです」
マニアだった。
あとさっきから俺、心の声に返事もらっているんですけど? モーリンさん?
「ではマスターが肉声でご質問されるまで、内容が推察できても、わからないフリをします」
まあ。好きにしてくれて構わないが。
「ではそうします」
俺は笑った。
モーリンは、いい女だ。俺の女だ。
「……〝いいね♥ポイント〟と、彼女はそう呼んでいるようですが。名称はともかくとして、そういったものは、たしかに存在します」
「ほう」
「輪廻転生システムに組み込まれている機能です。〝魂〟――と、まあこれも便宜上の呼称ではありますが、そのようなものがあるとして、それの循環、精製システムの機能の一つです」
「ほう。なんかいきなりSFチックになってきたな」
「ねー、なに話してんだか、わかんないわよー?」
「だからわかんないなら、ついてこようとすんなってーの。デザート食ってろ」
駄犬じゃなくて猫とかだが――。ご主人様が新聞読んでると、邪魔しにくるよなー。
うちの駄犬もそういう感じ。まあカワイイと思えなくもないが。
「〝いいね♥ポイント〟というのは、自分以外の他人から〝いいね!〟を貰った回数です」
「どうやったら、それは貰えるんだ?」
「感謝されたときに」
「他に〝わるいね〟ポイントもあると聞いたが」
「それは恨まれたときにつきますね。ただし〝逆恨み〟は除きます。逆恨みの場合には、本人の側に〝わるいね〟ポイントが加算されます」
「つまり、因果応報とか、自業自得とかいう感じか?」
「その概念は、そもそも、このシステムの動作を、三次元で生きる生物の物質脳が解釈した結果です」
「なるほど」
「いいねポイントが溜まると、あるいは、わるいねポイントが溜まると、どうなるんだ? そもそも、なぜ、ポイントを溜める?」
「どんな物質であれ、精製プロセスでは、同じことが行われているのですが」
「精製が目的か? 魂? とか、そんなものの純度をあげるために、精製物と廃棄物とを、生み出すってことか?」
「別にわざわざ分別しているわけではありませんが。〝いいね♥〟を得てゆく魂は、どんどん〝いいね♥〟を集め、反対に〝わるいね〟ポイントを得た魂は、みずからどんどん〝わるいね〟の業を増やしてゆくわけです」
「なぜ精製がいる?」
「昔々、造物主が作り上げた機構ですので、そこまでは……。現在の〝神〟も造物主の被創造物ですから、なんのためにそうなっているのか、知らないはずです」
「なんだ? 世界というのは、その〝神〟とやらが作ったんじゃないのか?」
「現在の〝神〟が、造物主を食い殺して〝神〟になりました」
「おっかねえな。下克上か。荒っぽいんだな」
「その後、〝神〟は、造物主の作った世界集積体の不完全さにブチキレまして、いっぺん、すべて壊して白紙にしようとしたんですが、人なりし魔神がぶん殴りにいきまして――。白紙は撤回されて、現状維持を続けています」
「なんか強ええやつがいたもんだな」
「〝神〟は要するにケンカ友達が欲しかった模様です。マスターの世界の言葉でいうと、次に自分をぶん殴りに来てくれる相手が、いつ現れるか、WKTKして待っている模様です」
「難儀なやつだな」
「前回、倒すべき相手が単なる〝魔王クラス〟で良かったですね。ケンカする相手が〝神〟の想定でしたら、二〇年程度の時間では、どんな荒行を行っても、到底、届きませんでしたので」
「おいおいおいおい。……勘弁してくれ」
俺は笑った。
俺は以前の人生では、魔王を倒すためにこの世界に召喚された。
そして魔王を倒すまでの二〇年――、頭のおかしい修行をさせられた。一分一秒単位でスケジュールの決まっているような、
俺の課している修行法に関して、うちの駄犬がぶーぶー文句を垂れていたりするが、いま俺がやってるパワーレベリングなんて、ぜんぜん、常識の範疇だ。
〝モーリン式〟は、本当に、とんでもなかった……。
「何年あれば、その〝神〟とやらは、倒せるんだ?」
物は試しということで、俺は聞いてみた。
「肉体を持つ生物が、いかな修行を行ったとして、三〇〇年以内の修行で倒すことは理論上不可能です」
「てゆうかか。倒せるんだ」
「不滅の存在などいませんよ。現に造物主も〝神〟によって倒されましたし。〝神〟も理論上、倒せますし」
「だが。三〇〇年か。寿命。足りないようだが?」
「エルフに生まれれば、ちょうど壮年あたりですよ」
あの気の狂った修行が、三〇〇年間も続くことを考えて、俺はげっそりとなった。
ほんの二〇年だって、もう、いいっちゅーに。
二回転生したいまでさえ、トラウマになっているっちゅーのに。
「しばらく当面、〝神〟が退屈したり絶望したりして、世界クラスタを白紙にしようとすることは起きないでしょう。もしそういうことにでもなれば、世界の管理者組合で〝神殺し〟を生み出さなくてはなりませんが……。その必要は、当面、ないかと。神族は三次元の物質脳とは思考の形態も精神性も異なりますから、辛抱強いのです。気を変えさせることも大変ですが、一度気が変わったなら、その〝気分〟は驚くほどの長時間、持続します」
「辛抱強いやつが、気に入らないからといって、世界を壊そうとするか。気に入らないから壊そうとか。そういうのは子供っていうんだ」
「高次元の精神生命の基準からいえば、生まれて間もなく親を失った、まさしく子供なのですけど」
「なるほど」
〝神〟とかいうのは、つまり、ガキか。
オモチャが気に入らなかったからといって壊そうとして――〝誰か〟に、ぶん殴られて、反省したわけだ。
その〝誰か〟――ナイス。
俺にお鉢が回ってこなくてよかった。
そんなことを思ったとき――。
モーリンが、「くす」と笑ったような気がしたが……。
まあ、気のせいだろうな。
「それで、〝いいね♥〟ポイントについてですけど。もともとは蓄積していって、魂の進化に使うためのものですが……。一度の輪廻によって霊格に吸収可能な比率が決まっていまして、残りは転生時に本人希望により消費できる決まりとなっています」
「そういえば、なんかチートがどうだとか、言ってたな。しきりにセールスされたっけな」
「〝いいね♥〟ポイントで、カタログギフトが貰い放題――と言えば、マスターにはわかりやすいのでしょうね」
「だからなんでそんなピンポイントで、わかりやすい喩えが出てくる」
俺は、苦笑した。
「マスターは、前回のとき、なにも望まれなかったのですね」
「ああ。――ここがいい。俺の望みはそれだけだったな」
「転生先を選ぶのにポイントは必要ありませんよ。担当神のサービスや裁量の範囲内です」
「俺のこの職【職:ジョブ】については? 特に望んだ覚えはないのだが」
駄犬とはいえアレイダが一応聞いているので、〝勇者〟という単語は使わずに済ませた。
俺の職【職:ジョブ】は、前々世のときと同じで、「勇者」のままだった。
あれも〝いいね♥〟ポイントとやらを使って得たものなのだろうか。
すべての職【職:ジョブ】のスキル、すべての武技、すべての魔法系統を、その気になれば習得可能だとか――かなりチートな性能に思えるのだが?
そのせいで、俺は、エリザの持ってきてくれる〝転職ガイド〟を眺めても、自分自身には、まったく転職の必要を感じない。あくまでうちの娘たちのために〝転職ガイド〟を見ているだけだ。
「それはマスターの魂の持っている属性ですから。付与されたものではないですよ」
「え? ちょっと待て? じゃあ俺って、前世――現代世界でも、勇――げふんげふん、だったわけか?」
「もちろんです。世界の危機でもあったなら、役に立ったのではないでしょうか?」
はー……。
俺は額に手をあてて、天井を仰いだ。
勇者も現代世界に生まれれば、ブラック企業の歯車か。
過労死こそしなかったものの、長時間残業で朦朧として、トラックに轢かれてお陀仏だった。
つまらん人生だった。
「なんだって、俺には、そんなに〝いいね♥〟ポイントが溜まっていたんだ?」
「わかりませんか?」
「はて?」
前世のブラック人生でそんなに〝いいね♥〟ポイントが溜まったとは思えない。
ということは――。
前々世の勇者人生で稼いだものであるはずだ。
しかし、なんかしたかな? その〝いいね♥〟ポイントというものは、どうも他人から貰うものであるらしい。
勇者時代、そんなに他人と接点あったか?
戦って、戦って、戦って――ずっと戦い続けていただけのような気がするが?
腕組みをして、俺は本格的に考えこんだ。
「うーむ……」
しかし、わからん。
「ヒントです。一般の人民からは、勇者はどのように見えていたでしょうか?」
「一般?」
ヒントをもらえた。……しかし、わからん。
そういえば、一般人とは到底言えないが、駄犬なら、うちにも一匹いたな。
「おい。アレイダ」
「なによ。話に入っていいの? さっき、ハウス、とか言ったくせに」
言ってない。言ってない。
駄犬に「ハウス」は、しょっちゅう言ってはいるが、さっきは言ってない。
「〝勇者〟ってのは、世間一般的には、どう思われているんだ?」
「勇者様っ?」
「勇者様?」
「だから、勇者様のことでしょ?」
「ああ。……まあ。その勇者のことだが」
なんかイントネーションが違う。「♡」でもついていそうな感じで、アレイダは言う。
「そりゃ。感謝してるわよ? だっていま、皆が平和な暮らしができているのは、勇者様♡のおかげなんだし」
やはり気のせいではなかった。「♡」がしっかりとついていた。
「うちの部族の長老連中とかさー。昔はどれだけ大変だったかって、何遍も何遍も、何十回も、何百回も、言うわけ」
「まあ年寄りってな、そういうもんだな」
ヒューマン種族の長老連中というと、ちょうど、五〇年前の大戦期には、若者世代か。
「んで、二言目には、〝最近の若者はだめになった〟――とか、言うわけ」
アレイダの駄犬体質からいって、そちらの小言は、あながち間違ってもいないかもしれない。
「うちの長老たちの朝っていうのがねー。勇者様にお祈りして、拝んで、お供え物をするのよねー」
「ぶはぁっ!!」
俺は飲んでいたものを吹き出してしまった。
「そこ……? そんなウケるとこ?」
「いや……、拝むったって……? 勇者、いないだろ?」
「ああだから、もちろん、勇者様の紋章とか、そんなのを拝むんだけど?」
「あ、ああ……、な、なるほど……」
動揺している俺に、モーリンが、くすりと微笑む。
「おわかりになられましたか? マスター?」
「ああ……。まあ……、なんとなく、わかった。……なんとなくだがな」
そんな拝まれるほどだったのか。
俺にとって「勇者」というのは、戦って戦って戦って、青春を磨り減らしていって、そして最後には死んだ、ブラック人生のことであるが――。
世界に住む〝俺以外〟の人々にとっては、世界を救った英雄なのだった。
会ったこともない人たちから、〝いいね♡〟ポイントをもらいまくっていたわけだ。
大量に。全人口分。さらに五〇年間ずっと継続的に。
勇者として世界を救って、俺自身には、なにも見返りなどなかったが……。
こんなところで返ってきていたんだな。
俺がちょっとしんみりとして、そんなことを考えていると――。
「そういえば、オリオンって、勇者様のファンとかマニアとか?」
「なぜそうなる?」
駄犬が変なことを言いはじめた。
「だって、わざわざこの馬車買ったでしょ?」
「馬車がどうした?」
「この馬車。勇者様が、昔、使っていた馬車だったわけでしょ?」
そういえば、そうだった。
屋敷ごと収めることのできる亜空間魔法の掛かった馬車は、世界に二つとない品だった。よっておのずと、勇者の使っていたものと同じとなる。
「あと、旅の道筋も、勇者様ゆかりの場所ばっかだし。――温泉でしょ? ――王都でしょ?」
「偶然だ」
「――いま向かっているところだって、そうでしょ?」
「だから偶然だ」
「もー、隠さなくていいんだってばー」
なんでか駄犬が絡んでくる。俺は反撃に出ることにした。
「そういうおまえは、どうなんだ?」
「あたし?」
「勇者のファンなんじゃないのか?」
「ふえっ?」
アレイダは慌てている。ふふふ。脈ありだ。
「それはあれか? 抱いてー! ――とかいう感じなのか?」
俺は意地悪く聞いてやった。
「えっ? いやちょ……、そ、そのね? そ、そういうんじゃないからねっ……? 憧れている、っていっても、ちょっとそういうのとは、ち、違うんだからね……っ?」
アレイダのやつは、急にしどろもどろになっている。
てゆうか。「憧れている」とか、いま言ったか?
他のやつに尻尾を振るとか。この駄犬に〝躾〟をしてやる必要を認めた。
飼い主として。いますぐ。粗相をしたら三秒以内が〝躾〟の鉄則だ。
俺はアレイダのやつを抱き上げた。
具体的には、お姫様抱っこの刑だ。
「きゃあ! きゃあ! なになに――!? なんで!? なんなのーっ!」
「マスター? どちらへ?」
「ちょっと寝室へ」
勇者様とかいうやつと、俺と、どっちが良いのか、そのカラダにしっかりとわからせてやる。
◇
このあと滅茶苦茶セックスをした。