ハンコ 「これなに? 作って作ってー、あたしにも!」
いつもの午前。いつもの屋敷の庭。
俺は薪割りの途中で休憩していた。
切り株に腰を下ろして、そこらの木材と小刀を使って、ふと思いついた、〝ちょっとしたもの〟を彫っていた。
木の断片を数センチサイズに細長くして、先端を細かく加工してゆく。先端に彫り込んでいるのは〝文字〟だ。
「オリオン、なにしてるの?」
うちの娘たちの駄馬なほうが、ぴょこぴょこ、好奇心を持ってやってくる。
いや。〝駄馬〟とかいっては――〝馬〟に失礼か。うちにはよく働くいい娘の馬もいるしな。
じゃあなんていうべきか。
「ねえ、なーにー? ヒミツなのー? それあてる遊び? えっと、じゃあね――」
カワイイことを言いはじめるので、俺は答えを教えてやることにした。
「これは〝ハンコ〟というものだ」
「ああ。もう、言っちゃったー。……で、〝ハンコ〟って、なに?」
アレイダはそう聞いてきた。
その顔を見ると、ハンコを知らないらしい。
ひょっとすると、この世界には、ハンコはないのかもしれない。モーリンあたりに聞けばハッキリするのだろうが、アレイダだと、本当に存在しないのか、アレイダが知らないだけなのか、はっきりしない。
「これを押すと、名前を書いたかわりになるんだ」
「へー、どうやるの、どうやるのー?」
「そうだな……」
ちょうどいい朱色の良い花があったので、その花びらを搾って、赤い汁を一滴つくる。それをハンコの先端につける。印面には、ちょうど「オリオン」と彫り終わったところだった。
そのハンコを――。
ぺたん。
アレイダの額に押しあてる。
「えっ。……ちょっ! もうっ! やめてよー!」
せっかく額についた「オリオン印」を、アレイダはごしごしと擦って消してしまう。
「なんだよ。俺に名前を書かれるのは、嫌か?」
「嫌じゃないけど……、じゃなくて! 嫌よ。うん。もちろん嫌。名前書かれるなんて、冗談じゃないわよ」
「そうか」
俺は言った。そしてアレイダの体のあちこちに、ぺたぺたとハンコを押していった。
ほっぺに肩に、二の腕に、手のひらと手の甲と、両面押した。
「もう! ちょ――聞いてるの!? ハンコ押すなーっ!」
「いやか?」
「いやじゃないけ……、じゃなくて! いや! いや! やだーっ!」
「おっぱいだせ。そこにも押してやる」
「ばか? ばかなの?」
「ふむ。どっちかっていうとおまえはケツのほうが良かったな。ケツを出せ。ハンコを押してやろう」
「もう! ばかーっ!」
アレイダは真っ赤になった。
俺は作業の続きに戻った。いまのは認め印みたいな小さめサイズ。書類用の大きなものも彫る。
もしこの世界に「ハンコ」というものがないのであれば、広めてしまうのもおもしろいかもしれない。手はじめに、リズに見せるためのサンプルをいくつか作る。
アレイダは丸太に座って、俺の手元を、じーっと見つめていた。
「ね。あたしのも彫ってよ」
「おまえのを? なんで?」
「教えなーい」
「ウゼぇ」
「うそうそ! 教える! 言う! ……あちこち押してみようかな、って」
「しゃあねーな」
俺は小さめの認め印サイズのやつを彫ってやった。
「これ……、なんて読むの?」
「それは遠い世界の象形文字だ」
ハンコに彫られた〝漢字〟は、たったの一文字――。
〝駄〟と、彫ってあった。
「へー、へー、へー、なんて意味? なんて意味?」
「それは〝優れている〟という意味だな」
「へー、へー、へー。これ? あたしの?」
「ああ。おまえ専用だな。まさにおまえのためにあるような文字だ」
「わー、わー、わー、オリオンから、なにかもらったの……、はじめてっ」
「ん? そうだったか?」
「そうよ」
「いやいや。待て待て待て。おまえのいま着てる服だって、武装だって――」
「これはドロップしたものだし。あたしが自分で倒したモンスターから手に入れたものだし。オリオンはなんにも手伝ってくれないし」
「いやー……、まあ、それはそうだが……。なんか他に、くれてやったものはなかったか?」
「ないでしょ。なんにも」
「ああ。ほら。あるじゃないか。毎晩たっぷりとナカにくれてや――」
皆まで言わせてもらう前に、ばすばす、ぼすぼす、と、パンチを打ちこまれた。
だから痛えっての。
物理系上級職のマジパンチは、さすがにステータス差を貫通してきて、HPが減る。
「死ぬ? いっぺん死んでみる?」
アレイダは鼻息荒く、そう言った。
本当に撲殺が可能だ。――俺が無抵抗であれば。
ある意味、すごい。前々世に比べたらぜんぜん鍛えていないとはいえ、そこそこ高レベルになった「勇者」にダメージを1でも与えるとか、魔王軍の中ボスぐらいは張れるんじゃなかろうか。
もう魔王軍なんてないけどな。平和極まりない世の中だが。
はじめてくれてやった物が、〝駄〟のハンコでは、さすがにあれだろう。
俺はちょっと良心が呵責を感じた。
「ちょっと待て。それじゃなくて違うのを彫ってやる。それは返せ」
「いいよ。これで。大事にする」
「いや、もっとちゃんとしたものを……」
「やっ」
アレイダは
しかたがない。他のことで埋め合わせをするか。
今夜はたっぷりとかわいがってやることにしよう。
◇
その夜は、滅茶苦茶セックスをした。
アレイダが意識をなくして、何をしても無反応となるまで、たっぷりと可愛がってやった。
連載再開です。
これから4月~5月末ぐらいまでのあいだ、時間をかけてゆっくりと、10万文字分(書籍化3巻相当)を連載予定です。3日に1話くらいの更新間隔となる予定です。