エピローグ 「わたくしは永遠に貴方様の女です」
「行って……、しまわれるのですね」
夕陽の中。俺たちは別れを惜しんでいた。
憂いを秘めた顔で、王女は俺を見つめる。
その純白のドレスがオレンジに染まっている。
このまま、さらって行きたい衝動に駆られるが……。
いっぺん、手ひどくフラれているので、二度は言わない。
(ねえなんでオリオン。さらっていかないの? なんで自重してんの? あれって本当に本物のオリオン?)
うちの娘の失礼なほうが、失礼なことを言っている。
あとでオシオキだ。今晩は厳しくオシオキだ。
「姫さま。いいにおい。」
うちの娘の野生生物のほうは、気に入っているらしい。
こっちはご褒美をやろう。今夜は凄くご褒美だ。
「おまえを残していくのは、正直、気になるが……。ま。大掃除はしておいてやったしな。あといくらか掃除は必要かもしれんが」
腐っていたのは宰相と騎士団長の二人だが、その周辺にも少々腐敗は広がっている。
だがそちらは姫の仕事だろう。50年がかりの大事業が、数年未満に短縮されているはずだ。
それが――俺が、俺の女にしてやれる、たったひとつのことだった。
「オリオンさま。ご安心ください。どこにおりましても、わたくしが貴方様の女であることは変わりのない真実です」
「ああ……、うん……、その……、まあ……、なんだ……、困ったことがあったら……、俺に言え。俺が駆けつけてきてなんとかしてやる」
「お手を煩わせるようなことはないと思いますわ。だって、嫌われたくないですもの」
王女は、にっこりと花の笑みを浮かべる。
「ねー。ねー。オリオン。オリオン」
「うるさいな。いまいいとこなんだよ。黙ってろ駄犬。――ハウス」
俺はいま、めまぐるしく考えていた。
もうすこし、この王都に逗留していようかなー?
もう一ヶ月近く留まっているが。もう一ヶ月ぐらい、おかわりで――。
「ねー。ねー。オリオン。オリオン」
「うるさいって。駄犬。ハウスしろハウス」
「ねー。空気読んだほうがいいわよー?」
ん? 空気とな……?
姫は俺の前で微笑みを絶やさずにいる。
「お近くにいらしたときには、またお越しください。――絶対ですよ?」
姫はあの夜、俺に言った。
俺が彼女を連れて逃げたら、彼女は俺をだめにする悪い女になってしまうと。
では、俺が彼女のもとに留まったら……?
俺は彼女をだめにする悪いヒモになってしまうのだろうか。
うん。まあ。そうだな。
だめな〝ヒモ〟になる自信は、かなりあるなっ。
まっしぐらだ。賭けてもいい。
アレイダが飼ってやったら、駄犬になってしまったのと、おなじぐらい確実だな。
わかった――という印に、俺は微笑み返した。
「ああ。……また近くにきたときには、抱いてやる。部屋の窓を開けて待っていろ」
王女に見送られつつ――。
俺たちは馬車に乗った。
御者台に座る俺の隣にやってきたアレイダが――。
「ねえ? オリオン? こんど、どこに行くっ?」
俺は、手を持ちあげ、まっすぐに、指し示した。
「この夕陽の沈む方角へ――」
第2部(書籍第2巻)完了でーす。
定期更新はしばらくお休みとなります。
次の更新再開は、3月末~4月末ぐらいの予定です。




