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モーリンという女 「世界の精霊を所有するという意味」

「なんだよ?」


 しばらく歩いて、顔を紅潮させたエリザの姿が見えなくなってから――俺は、モーリンに、そう聞いた。


「いえ。なにも」

「嫉妬でもしたか?」

「すいませんが。その質問には答えかねます」

「だよなー」


 俺はそう言った。

 モーリンという女は、不思議な女なのだ。

 彼女に育てられた俺が言うのも、なんなのだが――およそ人間離れしている。

 嫉妬だの、そういう人間的な感情に対して無縁なのだ。

 そればかりでない。所有欲。虚栄心。およそあらゆる人間的な「欲」というものが、まったくないのだ。


 彼女にあるのは、世界に対する義務感だけ。

 世界を守護し、安定を保つ。そのために完全かつ完璧に、合理的な行動を選択する。そうした存在だ。


 はじめは機械かと思った。

 俺との二十年間の付き合いを通して、彼女はすこしずつ変わっていった。

 いまでは〝恋人〟の関係をねだってくるほどに。

 「笑顔」はレアなのは、そういう理由だ。「嫉妬」なんて見かけたこともない。いちど見てみたい気もする。


 そんな彼女が、唯一持っている情念が――「誰かに所有されたい」という願望だった。


 俺は彼女のことを、世界の〝精霊〟なんじゃないかと考えてみたことがある。世界が自分自身を守るために生み出した、人型の存在。肉体は備えて人の形をしているが、人間を超越した、なにか心霊的な存在。


 仮に、もし、そうなのだとしたら――。

 彼女を〝所有する〟ということは、世界を所有するに、等しいのではなかろうか……?


 実際、隷従の紋を彼女の首筋に刻むのは、どえらく苦労した。

 精霊王を支配したことも、(必要があって)、あったのだが――モーリンに紋を刻んだときと比べて、あっけなさすぎて、拍子抜けしたほどだった。


「どうしました?」

「いや。これから、どうしようかと思ってな……」


 モーリンが聡く察して、俺に問いかける。

 俺は彼女と共に歩きながら、そう言った。


「本日の予定は終わりましたので、マスターのご自由にして構いませんが」

「このままずっとおまえと並んで歩くのもいいな」

「この道をまっすぐに行きますと、メレルトの街に着きますね」


 おお。覚えのある地名が出た。

 滅びた街だったが――。俺が魔戦将軍率いる魔王第三軍を倒して、人間側に取り戻したんだっけ。

 五十年前には、復興がはじまった。――と聞かされただけだが。


「いまは栄えていますよ。この地方でもっとも繁栄した商業都市になっています」

「へー」

「この道。まっすぐで、どのくらいで着くんだっけ?」


 俺の頭にあるのは印象の強い記憶の断片ばかりなので――。地理とか、そのあたりの、どうでもいい情報は、すっかりと欠け落ちている。

 あれって隣町だったっけ? 勇者の旅路の最終近かった気が?


「距離ですか? 徒歩なら四十二日ほどですね」

「おいおいおい」


 俺は笑った。散歩には、ちょっとばかり遠かった。


「小屋に戻りますか? それともどこかで昼食でもとってゆきますか?」

「うーん」


 モーリンの手料理を食べたい気もする。だがそうすると、きっとまた、彼女は給仕に徹してしまうのだろう。

 店で食べれば、二人で食事ができるだろうか。


 結局、店で食うことにした。

 冒険者風の荒くれ者たちの集う店に、平然と入って、平然と食事した。

 常連客のうち、何人かは、剣呑な目線を送ってきていたが――。俺もモーリンも、一切気にせず、酒と食事を楽しんだ。


 見たことのない料理だったが――。(勇者の食いもんは常に携行食で干し肉と乾パンのローテーションだ)


 どれもおいしかった。やはりこの世界は食い物がうまい。

 うまい。うまい。うまい。

次回は、明日の19時更新です!

タイトルは! これです!

#005.家を持とう 「マスターが女の子をたくさん囲うための、大きな家が必要ですね」

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