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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
8.ふたつめの地 古の王都にて
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結婚式 「花嫁さん、きれー」

 荘厳なる雰囲気のなか、物凄い規模の結婚式が執り行われていた。


 大教会の大礼拝堂において、大司祭による長い祝詞が述べられている。

 会場の左右、両側には、帯剣した黒騎士団がずらりと数十人も並んでいる。この国の最強の精鋭軍団だった。

 黒騎士たちの実力は、一人で軍団に匹敵する――と、いわれている。


 王女の結婚式は、「大」が何個もつくような盛大な規模で、執り行われていた。

 発表から式の実行まで一週間という、超スピード結婚式だった。各国の要人の参列は間に合わなかったほうが多いと聞く。


 俺たちは大賢者の一行ということで、式に招待されていた。

 全員、正装のうえ、参列している。

 アレイダが駄犬のくせにドレスなんか着ていて、超おかしい。スケルティアがドレスなんて着ていて、超、かーいー。


 大司祭による祝辞が、長々と続いている。

 祝詞というものは、神に対して要件を切り出す前に、ひたすら延々と続けられる「おべっか」だと……、俺はそのように理解している。

 こちらの世界では、かつて神は世界を創り――そして壊しかけたところで、なんでか気が変わってやめにして、そして現在に至ると言われている。

 王族とはいえ結婚式程度で、神がいちいち話を聞くはずもないだろうが、もし万が一神の怒りに触れて、世界がぶっ壊されたら大変なので、おべっかも長くなってしまうのである。

 もう小一時間ほどもそれが続いている。参列する皆も、内心うんざりしているはずだが、厳粛な顔を崩していない。貴族連中というのは、ある意味ですごい。


 しかし、なにが凄いっていったら、やはり大司祭。

 あんなん、ぜんぶ、一字一句まで暗記しているとか……。聖職者というのは、ご苦労な職業だ。


 俺はべつに不信心者というわけではない。「神」を信じていないわけではない。

 魔法のなかには神聖系に属するものもあり、不信心な人間は神の力を借りて奇跡を起こすことはできない。勇者も、当然、神聖系の魔法を扱える。つまり俺の信心は立証されている。


 もっとも、俺が「神」の実在を信じているのは、〝会った〟ことがあるからだが……。

 JK転生管理女神には二回は会ってる。「神」というのは、実際に会ってみると、意外とJKっぽくて軽いノリの相手なのだ。あのミーハー女神なら、こんなローカル王族の結婚式も、覗き見しているかもしれないな。おべっかのための祝詞は無駄ではないのかもしれないな。

 転生女神の〝上司〟とやらにも、俺はちらりと遭遇したことがある。それがいわゆる皆の信仰する〝神〟本人なのかどうかはわからないが……。

 性格でいうと「うぇーい系」だったような気がする。

 すくなくとも、神に捧げる感謝の言葉が一文字間違ったくらいのことで、騒いだり激怒したり街を塩に変えてしまったりとかは、起きない感じ。


 まあ、それはともかく――。


 花嫁姿の王女は、とても美しかった。

 向こうの世界のウエディング・ドレスとは、ちょっと違うが――。白を基調とした汚れなき乙女のイメージだ。


 凜と立つ彼女は、国民の信頼を一心に浴びる、気高く優しく美しい王女であった。

 その人気は、もはや信頼を超えて〝信仰〟とさえ呼べるほど――。


 宰相一味は、その人気を利用しようとしていた。

 新王となる男はクズ中のクズであるが、宰相の忠実な部下だった。宰相に絶対服従の、よき傀儡となることだろう。

 そして国民には仲睦まじい王と王妃の姿をアピールして、国民の心まで掌握しようとしているのだった。


 国民のなかには、早すぎるこの結婚に疑問を持つ者もいる。

 だが王女の幸せを願う気持ちは本物だ。王女が幸せであるならば……、と、無理やりに納得している者も多いそうだが。


(悪い魔法使いになり損ねて、残念だった?)


 アレイダが隣から小声で、そんなことを言ってくる。


「うっせ。ブース」


 からかいには悪態で返す。

 アレイダのやつは、くすりと笑うばかり。

 くっそ。ブス。――あとで犯す。ヒイヒイ泣いて許しを請うまで犯し抜く。絶対だ。


 王女の部屋を訪れる前に、皆に言っておいたのだ。「俺の女が一人増える。仲良くやれ」――と。

 そう命じておいたのに、結果は、俺一人で朝帰り。

 バツが悪いったらありゃしない。


 アレイダのやつは、ちょっと喜んで(なぜだ?)、そして(なぜか)同情してきて――。

 駄犬に同情されるご主人様の惨めさが……、わかるか?


 しかし……。王女をさらって逃げるという作戦を、実行しなくてよかったのかもしれない。

 国民のアイドルをさらって逃げたりしたら、いったい、どんなことになったのやら……。奪還と討伐の大軍団に組織され、永遠に追いかけ回されるはめになったかもしれない。

 俺の自由がだいぶ減る。致命的に減る。


 それよりも国民の落胆っぷりのほうが深刻だ。

 50年前、魔王に姫をさらわれたときも、この国の民は生きる気力を失っていた。俺はそれをこの目で見て知っている。


 王女は俺に言った。何十年計画で立ち向かう覚悟だと。

 宰相たちや騎士団長。この国を腐らせる連中を恭順させると。

 彼女は途方もない難行に挑もうとしている。俺は彼女の意思を尊重するしかなかった。

 悪い魔法使いとなって、力尽くで奪うことなど……。できない。


 俺もまた、彼女を崇拝する者の一人となってしまったのかもしれない。


 そんな俺の思いをよそに、式は、どんどんと進んでゆく。


 神への「おべっか」の祝詞が終わり、ようやく本題に入ろうとする。

 二人が結婚する旨を、神に対して報告するのが、式のクライマックスである。

 と、その前に――。


 大司祭は、式に参列したすべての者を見回して、そして――問う。


「この婚姻に同意するか。意義なきときは、沈黙をもって答えよ」


 参列者に対する問いかけの形となってはいるものの――、これは単なる慣例的な手順でしかない。

 ここで異を唱える者は、実際にはいない。


 数十秒間の沈黙が続く。

 その間に俺は――隣のモーリンに、小声で話しかけた。


(大賢者様)

(はい。なんでしょう)

(この国、出入り禁止になるかもしれないが……。いいかな?)

(ご随意に)


 睫を一伏せして、モーリンは了承した。

 昼飯にベーコン食いたいんだけど、いいかな? いいですよ――ぐらいの気楽さで、うなずいてきてくれた。


 じゃ、やるか。


「それでは、意義なきものとみなして――」


 大司祭が、そう言いかけたところで――。

 俺は――。


「異議あり!!」


 大きな声をあげて、名乗り出た。


 式典の会場にいる全員が、ぎょっとした顔を向けてくる。

 それもそのはず。

 意義を唱えてはならないことになっている。


 だが俺は堂々と立ち上がり、周囲を睥睨した。


 意義ならある!

 あるぞー!!


「その者! 王女は! ――純潔にあらず!!」


 ざわりと、会場中の全員が騒ぐ。

 宰相と騎士団長は、血相を変えている。


 馬鹿げた話であるが――。この国では、花嫁は、純潔でなければならないというしきたりがある。


 無論。そんな無茶なルール。守っているカップルは、そうそういない。

 町民同士の結婚では、皆、暗黙の了解で、破っている。

 好きあっている若者のカップルに、結婚まで、セックスすんなとか、むーりー。


 だが貴族同士の結婚においては――。


「な――なにを根拠に!! 衛兵! その者を引っ捕らえよ!」


 宰相が唾を飛ばして叫ぶ。


 俺は悠然と――。

 人波を押しのけるようにして、前に歩きながら――。


「証拠か? ……ならば言ってやろう! 姫の純潔! この俺様が奪ってやったわーっ! ハーッハッハッ!!」


 悪者のように高笑いをする。

 じゃなくて……。俺。悪者な。

 結婚式。ぶち壊すわけで。

 まさしく悪だ。悪者のなかの悪者だな。


 俺たちの周囲には、ちょうどいい感じの円形の空間ができあがっていた。

 皆、巻き添えを怖れて、逃げ出している。

 うん。いいぞ。いいぞー。


 衛兵が数名、やってきた。

 俺はにらみ付けた。

 ぎぬろ、と、一睨みしただけで、数名の衛兵は、縦回転して吹き飛んでいった。


 視線だけで、物理的な圧力を発生させるスキルがある。

 攻撃に使うものではないが、一般人相手なら、縦回転させて吹き飛ばすぐらいの威力にはなる。


 手も出さずに衛兵数名を行動不能にさせた。

 俺を取り押さえるには、生半可な戦力では無理であると――相手に判断材料をくれたやった。


「黒騎士よ!! この狼藉者を取り押さえよ!! ――いいや! 殺せ!!」


 騎士団長の命令が飛んだ。王国最強の黒騎士たちが、抜刀し、俺たちを取り囲む。

 黒騎士たちは、儀礼のための礼装のはずだが、バリバリの完全装備だった。向こうもこうなることは予期していたに違いない。


「ねー? っていい? っていいよねーっ!?」

「スケ。の。でばん?」


 アレイダとスケルティアの二人が、前に出る。

 ドレスの肩口に手をかけて、ばっ――と、ばかりに脱ぎ捨てる。その下から現れたのは、完全武装の二人の姿。

 どんな魔法なんだ。それともスキルか。


 二人に対するは、王国最強兵団。黒騎士が――三十余名。

 俺の出る幕でもないな。


「こちらを殺すつもりで来るやつは?」

「敵よ」

「敵。だよ。」

「敵は、どうする?」

「殺すわ」

「ころそう。」


 うちの娘への教育は、完璧だ。

 正直、黒騎士たちには恨みはない。

 だが俺たちの前に立ち塞がるのであれば、死、あるのみだ。


「よし――スケさんカクさん!」


 俺は手を挙げ、そして――振り下ろした。


「――っておしまいなさい!」


 うん。これこれ。チャンバラ開始の合図は、やっぱ、これだな。


 戦闘がはじまった。


「どうりゃあぁぁぁ――っ!」


 アレイダが剣を振り抜く。胴薙ぎにする。

 黒騎士たちの正規鎧は、高度な防御魔法の掛かった魔法鎧だ。その金属の製法は門外不出だそうだが、強化魔法のために鋼が黒く変色しているのだという。黒鋼といわれる魔法金属だ。


 その魔法鎧を、力技にて――ぶった斬った。


 上半身と下半身と二つに分かれて、人体が、くるくると舞った。


 うちの娘のバカ力のほう。すんげえ力。


 そしてうちの娘の技巧派のほう――スケルティアは、そんな無駄な力を使わなかった。

 指先の爪の隙間から出した蜘蛛の糸を、細く細く研ぎ澄ませて――。鎧の隙間から送りこむ。

 鋼の強度を持つ蜘蛛の糸を、鎧の内側に送りこみ――肉体だけを滅茶苦茶に切り刻む。

 ばたりと倒れた黒騎士の鎧から、赤い液体が大量に流れ出て、血だまりを作る。


「だめよスケさん! そんなの地味! もっと派手にぶっ殺さないと!」


 フルスイングして、もう一人を上下バラバラの肉塊に変えながら、アレイダが叫ぶ。


「じみ? これ……? だめ?」


「いい? 競争だからね! どっちがたくさん殺すかで――勝負よ!」

「わかた。ころすよ。」


 糸をしまって、指先から、爪を、しゃきーん、と伸ばした。


「ええい! 怯むな!」


 はじめの三人があっという間に斬り伏せられて、次が続かなくなった。

 試し斬りの巻き藁みたいにぶった斬られて、精強さを誇る黒騎士団にも動揺が走る。


「ええい! 全員でかかれ!」


 騎士団長の叱責で、黒騎士たちが一斉に動いた。

 それをアレイダとスケルティアが迎え撃つ。


「ひとお――っつ!」


 アレイダが剣を一振りする。その剣圧に巻きこまれたのか、斬られたのかは定かでないが、ばらんばらんになった。黒鋼のパーツと人体のパーツが、無数の破片となって、ぶちまかれる。


「……。ひとつ。」


 スケルティアも見習って、爪を振るうたびに数をかぞえる。

 彼女の指から長々と伸びた四本の爪は、一振りごとに犠牲者をきっちり五等分にしていった。


「ふたぁーっつ!!」

「……。ふたつ。」

「みっつーっ!!」

「……。みっつ。」

「よっつーっ!!」

「……。よっつ。」

「いつつしーっ!!」

「……。たくさん。」


 二人、競いあって、黒騎士をつぎつぎと葬ってゆく。

 スケルティアは四から先は「たくさん」になっていた。「算数」も教えないとなー。


 アレイダの叫ぶ数が、十を超え、二十に迫ろうとする頃――。

 その場において動いている者は、アレイダとスケルティアの二人だけとなっていた。


 アレイダのやつは、「あれ? もうおしまい?」という顔をしている。


「スケさん。何体だった?」

「……。たくさん。」

「それじゃどっちが多かったのか! わかんないでしょー!」

「……。たくさん。だよ?」


 言い合いをしている二人をよそに、俺は、金棒を肩に担いで、〝そいつら〟の前に歩いて行った。


「ば、ばかな……、三七人だぞ? さ、三十七人の黒騎士が……、た、たった二人に……、ば、ばかな……」


 騎士団長におかれては、なにか、ショックを受けておられる模様。

 相手が悪かったな。うちの娘は、俺が言うのもなんだが、ちょっと鍛えすぎた。


「オリオンー、ぜんぶ殺したわよー?」

「ころした。よ?」


 二人が言う。食べ足りない、とでもいう感じに言ってくる。


「あー、じゃあ最後だけはー、やるかー」


 俺はぶらりと足を進めた。肩には巨大な金棒を担いでいる。


 小悪党を、床の染みへと変えてやるのは、この金棒と決めていた。

 この手の連中は――剣の錆にしてやるのさえ、もったいない。


 騎士団長と宰相の二人は、腰を抜かしていた。

 床に広がる黒い染みは――、小便だな。キタナイな。


 金棒を突きつける。


「おまえらをぶっ殺すまえに――なぜ殺されるのか。その罪状を教えてやる」


 青くなって震えている二人のクズには、まあ、聞こえちゃいないだろうが――。

 俺は続けた。


「おまえらの罪は、三つある。ひとつ。――俺の女に手を出したこと」

「まーたはじまった」

「ふたつ。――俺の女に手を出したこと」

「それ。ひとつめと同じでしょ」

「みっつ。――俺の女に手を出したこと。――以上だ」

「だから全部おんなじじゃない」

「判決。――死ね」


 そして俺は金棒を――。

 振り下ろそうと思ったのだが――。

 それを止める者がいた。


「だめですわ。オリオン様。……その者たちは、我が国の法で裁かせていただきますわ」


 王女だった。

 三十数人分の人体がバラ撒かれた惨劇の場でも、顔色一つ変えずに歩いてくる。


 さすが――俺が自分のものにしたいと思った女。

 毒虫とわかっている相手に、国のため、その身を捧げようとしていた女なのだ。死体を見るのは初めてだろうに――まるで臆した様子がない。


 後ろについているのはリズか。こちらはさすがに顔色が悪い。記録用の魔導具を手にしているのは、この場の一切を証言するためだろう。

 彼女とクザクには、裏で動いてもらって証拠集めをしていてもらっていた。なにをどうやってもひっくり返せないだけの証拠は、すでに集めてある。


「さて宰相閣下。そして騎士団長。……貴方がたお二人を、国家転覆罪で告発します」


 王女が、そう宣言した。いつもの優しい声は、そこにはない。


 がくがく、ぶるぶる、と、震えていたジジイ二人は、がっくりと首を折って、おとなしくなった。

 二人とも連行されて、退場してゆく。


「オリオンさん。やりすぎですよー。これはちょっと正当防衛の線は難しいですよ。過剰防衛になっちゃうかも~……?」


 リズが俺にそんなことを言ってくる。

 三十数人分のバラバラ死体を、踏まないように足下にひどく気を使っている。


「え? そう?」


 だって。だって。だってだって。

 俺の女に手え出したんだぞ。皆殺しでいいじゃーん。


「犠牲者がいなければ、問題ありませんか?」

「えっ?」


 王女が言う。リズが目をぱちくりとする。


「我。無垢なる乙女の声を聞き、求めに応じたまえ――」


 王女が神聖呪文を唱え始める。

 正確にはあれは魔法ではない。神の奇跡でもない。神官系の職業クラスの使う魔法とは違うものだ。

 一切のMPを消費せずに奇跡をなすものは、魔法とは呼ばない。


 王家。そして王女の連なっている一族は、神の寵愛を受けている。

 巫女たる姫君が「おねがい」ないしは「おねだり」をする。すると神はそれを叶えようとする。

 それが王家の女性のみに発現する「神の奇跡」の正体である。


 どこの神かは知らないが――。あの転生JK女神の上司とかいうやつかもしれないが――。


「戦いで倒れしこの者たちに、再び、戦う機会を――。仕えし者持つ忠臣に、再び、仕えし機会を――」


 だが、さすがに三十数名の蘇生は荷が重いようだ。

 床に巨大な魔方陣が生み出されてはいるが、まだ発動までには至らない。


「手伝いましょう」


 大賢者が杖をかざす。

 自身も蘇生の魔法を行使する。人外の魔力で後押しする。


 しかしそれでも発動までには、まだ一歩、及ばない。

 一人二人、見捨てていいのであれば、式を起動できるだけの神聖力は集まっているのだが――。

 王女と大賢者は、黒騎士の全員を、一〇〇%の確度でもって復活させるつもりのようだ。


 確定蘇生は、超高難易度となる。聖女や大賢者でも難しい奇跡だ。

 以前、勇者鍋から、ニセ勇者を復元したことがある。ただあのときは「失敗したって、べつにいいや」で試みていた。てゆうか。まさか成功するとは思わなかった。クザクたちが頼むので、しかたなく試しただけだ。

 昔の男など生き返らせてやる必要は、これっぽっちもなかったのだが……。断るのも器が小さいと思った。俺の器の大きさを示すために、一度試みて、ごめーん無理だったー、とかいうつもりで、モーリンにやらせてみたら……。

 なんと、鍋から蘇生した。

 確率はゼロではないにしろ、ゼロに近いぐらい低かったはずなのだが……。本人のあり得ないほどに高いLUK値のせいだろう。

 桃から生まれた選ばれし男は、いまゴブリンに復讐するだけの人生を送っている。


「もう――おねがい聞いてくれないと、縁、切っちゃいますよ?」


 王女が、ぼそっとつぶやいた。

 その途端、莫大な霊力が天上から滝みたいに降り注ぎ――。


 蘇生魔法が発動した。

 地面にばらまかれていた三十数名分の人体パーツ。それに床に染みこんでいた血液。

 あらゆるものが逆回しとなって、戻ってゆく。

 骨が合わさり、筋肉がまといつき、血管と神経とが這い、皮膚が覆って人体が再生される。

 四散していた散っていた魂が集まり、合わさり、再生済みの体に飲みこまれる。


 三十数名……、黒騎士団の面々は、一人も欠けることなく、見事に生還を果たした。

 肉体が蘇生したばかりでなく、鎧まで復元されていた。


「ひ――姫っ!」

「疲れたか?」


 俺はモーリンに寄り添って、そう言った。

 さすがの大賢者も、いまの大魔法のおかげで、足下がふらついている。


「いえ。それほどでも」


 一人で立とうとしたモーリンだったが、ふと、表情を変えて――。


「やっぱり肩を貸していただいてよろしいですか?」

「ん。もちろん」


 俺にすがって立つモーリンの頭が、こてんと、俺の肩に預けられる。


 さて――。これまで眼中になかったが――。

 会場には、参列の皆様方がいた。

 目の前で行われた殺戮残虐ショーに腰を抜かしていらっしゃったが、全員、復活して――。その奇跡を目の当たりにして、なんでかしらんが、涙を流している。

 きっと処理能力を超える出来事が起きて、思考停止状態なのだろう。


 黒騎士たちは整列した。王女に剣を捧げ、忠誠を誓う。


 彼らは命令に忠実なだけだった。それが軍人というものだ。彼らの忠誠が、本当は誰に捧げられていたのか――。見れば――明らかだった。


「これもすべて皆様のおかげですわ! 見事! 王家に仇なす逆賊を討ち取ることができましたわ!」


 式の参列者たちは、思考停止状態で、王女の言葉にうんうんとうなずいている。

 はい。プロパガンダと洗脳おわり。


「ねー、あっちー? 生き返ったけどー。もーいっかい、殺していいのー?」

「ころす? ころす?」


 うちの娘たちはアホだった。空気読め。

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