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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
8.ふたつめの地 古の王都にて

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彼女のもとへ 「いつか再びお会いできると信じておりました……」

 スキル配分的に、密偵みたいな仕事は、あまり向いていないんだが――。


 その建物へ――。俺は、屋根を伝い、窓から侵入していった。


 ベッドで眠る女性を、まだ起こさないようにしながら――。

 月の光が、よくさし込むように、窓のカーテンをすべて開けておく。


 それから椅子を引き寄せ、月の光の中に座り――。

 彼女が気がつくのを待った。


 規則正しかった呼吸の調子が変わり――。


「……?」


 やがて彼女は、気がついた。

 目を開けて、俺を見つめる。

 俺はちょうど月光の逆光の中に身を置くようにしていた。

 彼女からはシルエットしか見えないことを計算している。


「あ……」


 彼女の口から、声がもれる。声には喜色が混じっていた。

 訪ねてきたのが俺だということがわかったのだろう。

 それにはすこし、俺が驚いた。


 彼女はベッドの上に身を起こした。

 背筋を伸ばす。良い姿勢で、俺に


「いつか再び、お会いできると、信じておりました……」

「必ず戻ってくると、そう言ったろ」


 俺は言った。

 かつて、彼女を置いて立ち去るとき、彼女にした約束だった。

 前々世では、果たせなかった。魔王と相打ちで死んでしまったから。


「はい。待っておりました」


 彼女は、いい顔で微笑んだ。

 きらっと、目から、光るものが流れ落ちる。


 彼女を、俺よりも幸せにできる男が、彼女の側にはいた。

 彼女が実際に幸せであったかどうか――。俺は知らない。彼女を幸せにする役を担ったのは、俺ではない。


 人の一生は顔に出るという。

 彼女の老いたその顔には、深い皺が刻まれていた。だが老いてもなお、彼女は美しかった。

 それが彼女の人生の結果だった。


 俺は今夜、そのことを確かめにきたのだった。

 それは王女のお願いでもあった。「お婆さまに一度でよいので会ってあげてください」というのが、王女が俺にしてきた「おねがい」なのだった。


 頭をハンマーで殴られたような気がした。言われるまでまったく思いつかなかった。

 いや……。それは嘘だな。思いつかないことにしていたんだな。


「勇者様。……ひとつお願いが」

「なんだ?」


 俺はちょっとだけビビった。

 女性は女性であるだけで素晴らしい。年齢も美醜も体型でも一切の差別をしないつもりではあるのだが……。

 できるか?


「孫娘のことです」


 あ。そっちね。


「私がいつも話聞かせていたのがいけなかったのでしょうね。すっかり。貴方のことを愛してしまうようになって――」

「だが、俺は――」

「あの子には、味方がおりません。私にはエドワードがおりました」


 それはこの国の歴史に出てくる名前だ。

 エドワードというのは、二代前のこの国の王の名前だ。そして彼女の良人おっとの名だ。

 ふっ。衛兵が王になったか。とんだ大出世だな。そして姫を守ったんだな。俺のかわりに。

 姫を託した男の名前――。俺。いまはじめて聞いたな。覚えておくようにしよう。


「でもあの子には……、いまは一人も味方が……」


 それも知っていた。

 50年という時をかけて、この国の忠臣は、注意深く取り除かれていた。何者かの手によって――。


「どうか……、あの子を、貴方様のものにしてあげてください」

「………」


 俺は答えなかった。約束のできないことは、しない主義だ。


    ◇


 暗がりの中で相談しあう、男が二人――。

 相談というよりも罵りあいだが――。


「なぜだ! なぜ殺せぬ!」

「それが彼奴らめは、意外にも手練れで――」

「いいわけなど聞きとうないわ!」

「宰相閣下――、いましばらく! いましばらくのご猶予を! 次こそは必ず仕留めてご覧にいれますれば――!」

「ええい。この無能めが! 虎の子の黒騎士でもなんでも出して! さっさと殺してこんか!」

「い、いえそれは……、足がついてしまっては、元も子も……」


「よし。わかった」


 そこで宰相の声色が、がらりと変わる。


「殺せぬというのであれば……。仕方がない。他の方法を取るまでよ!」

「はぁ……?」


 腹の据わった顔になった宰相を、騎士団長は、ぼんやりと眺めるのであった。


    ◇


「つまんにゃー、つまんにゃー、つまんにゃー」


 ベッドでゴロゴロしている俺の背中に跨がって、うちの駄娘が、ゆっさゆっさ揺すってきている。


 犯すぞ。このアマ。


 最近は、襲撃もぱたりと止んだ。

 花瓶遊びもできなくなって、うちの娘の運動量の多いバカわんこのほうは、フラストレーションがますます溜まってきている。


 襲撃がなくなったのは、いいかげん、諦めたのだろうか。

 それとも消すのは無理と判断して、別の方法に切り替えたのだろうか。


 俺がうちの娘の肉付きのいいほうのケツを背中に感じ続けて、いいかげんそろそす本当に犯すかな。

 ――とか、だんだん本気になってきていたときのことだった。


「おもて。へん。……だよ?」


 窓枠にあごを乗せて、大通りをぼんやり見ていたスケルティアが、ぽつんと言った。


「どれどれ?」


 俺は背中の駄犬をそのままに、起き上がって、窓際に行った。

 アレイダのやつは、俺の背中に張りついたままで、よじよじと登ってきている。


「パレード? いや、ビラまきか?」


 なにか〝お触れ〟を出している。紙をバラまいている。

 スケルティアが――蜘蛛糸を撃ち出して、縮めて、ビラの1枚を手元に引き寄せた。


「ええと……。なになに……? ――!?」


 そこに書かれていた内容に、俺は驚愕した。


「おい!? クザク! ――なぜ知らせなかった!」


 天井の片隅に向けて、怒声を張り上げる。


「えっ? なに? クザクさん? ――って、どこ?」


 アレイダがきょろきょろしている。


 本人が顔を出すかわりに、天井の一角から――ぴろっと、紙が一枚、舞い落ちてきた。


『問題は主の決心にあります故、報告の必要を感じ得ませんでした』


 簡潔な抗議文。

 俺はぐしゃりと握りつぶした。

 まったく正論なので、めっちゃ、腹が立つ。


「えっ――!? ちょっ! オリオンどこいくの!」


 ついてこようとしたアレイダを――。


「マスターは一人で考えたいのですよ」


 モーリンがそっと制止する。

 俺は一人で街へと出た。


    ◇


 街は大賑わい。

 大量に撒かれたビラを手に、国民たちは、皆、喜びの笑顔になって、興奮したように話しこんでいる。

 誰もが祝福する顔になっていた。


 笑顔の人が、ビラを持っていない俺に、一枚、手渡してきてくれた。

 その人に罪はない。俺はビラを受け取って礼を言った。


 今日、国に出された〝御触れ〟は――。


 王女の結婚の知らせだった。

 お相手は――、くっそどうでもいいが、どこかの貴族のぼんぼんだ――。

 ビラには二人の馴れそめまで書いてあった。交際を続けていた二人は、長年かけた育てた想いを、うんちゃらかんちゃら――。


 くそくらえ。


 俺はビラをびりびりに破いて、小さな小さな小さな破片にしてやって、風に飲ませた。


 なにもかもが気に入らなかった。


    ◇


 深夜。

 結婚式が近づき、慌ただしさを増す王都で、俺は盗賊みたいに建物の屋根を渡っていた。


 盗賊系スキル――少々。取ったさ。

 使い道のないスキルポイントは有り余っていたしな。

 大戦から50年……。ふやけて鈍りきったとはいえ、いちおうは大国。そこそこの警備はされている。

 隠居させられていて、すっかり忘れ去られた婆さんのところに忍びこむのとは違って――。現役の「政治の道具」である姫君の警護を抜けるには、俺にもそれなりの進化が必要だった。


 月の照らす窓から侵入する。

 侍女が室内に二名ほどいた。寝ずの番というやつで、貴人の部屋には、一晩中起きて突っ立っている使用人がいるのだ。

 侍女は眠りの魔法で眠らせた。

 そして俺は懐から取り出した水晶球を、そこらのテーブルの上に置いた。


 大賢者謹製。ジャミング・アイテムだ。

 これで部屋の中の出来事は、一切、外には伝わらない。どんな大声をあげても、一切、外からはわからない。

 また探査系の魔法にも対応している。外部からいくら調べても、まったく異常がないように偽装される。

 見抜くためには大賢者級の技量が必要となる。つまり、誰にも見破られない、ということだ。


 椅子を引き寄せ、月の光の中――逆さまにまたいで、腰を下ろす。

 そして、彼女が気がつくのを待った。


 彼女の祖母にそうしたように、王女にもそうする。

 俺はだんだん妙な感覚にとらわれていた。


 彼女の祖母と――王女自身と、別人だと、頭では理解しているのに、心はおなじだと叫んでいるのだ。

 姿形が同じ。声が同じ。性格が同じ。立ち居振る舞いまで同じ。

 俺を愛してくれているところまで同じ。


 だが、別人なのだ。


 だが俺の心が叫ぶ。

 あの時、できなかったことを、やれと――。


 心の空白を埋めろと、騒ぎ続けるのだった。


 そして俺は、この人生において、決めていた。

 自重はしない。


 彼女が……、目を覚ました。

 俺を見る。驚いた様子はない。


「侍女にはすこし眠ってもらっています。だいじょうぶ。手荒なことはしていません」


 俺は彼女にそう言った。


「こんな夜更けに……、どんなご用ですの?」


 俺は椅子の背もたれに、組んだ手と顎をのせて――言う。


「悪い魔法使いが貴女をさらいにまいりました」


 ついに、言った。

 前々世のとき、本当は、したかったことが……、それだった。

 なにも後先を考えなければ、俺は……、姫をさらって逃げたかった。

 姫もそう願っていたことだろう。


 だが俺は勇者だった。なにもかも捨てしまうわけにはいかなかった。

 だから俺は、彼女を置いて立ち去ったのだ。


 だがいまの俺は勇者ではなかった。

 もうなにも自重しなくていい。

 だからこそ……。俺は……。


「いえ。それはお断りいたしますわ」

「…………? は?」


 俺は、ぽかーんと、口を半開きにしていた。

 たぶん長い。ものすごく長い。


「いや……? しかし……?」


 ずいぶんと時間が経ってから、俺は、ようよう、それだけを口にした。


「さらわれるわけにはまいりません。わたくしは民に対する責任がありますもの」

「いや、そんなものは――」


 そんなものは、うっちゃって、俺とこい!

 そう言おうとしたら――。


「いえ。責任だからするのではありませんわね。わたくしは、この国の民を愛しております。だからわたくしの判断で、わたくしの決断によって、わたくし自身が、そう決めているのですわ」


「しかしこの国は……」

「ええ。存じております。我が国のことで、勇者様にはご心労をおかけしております」


 俺はこの国の腐敗を伝えようとしたが、彼女は、すべて承知と目を伏せた。


「そうですわね。……50年。腐りきってしまうのに50年かかったのですから、元の素晴らしい国に戻すためにも同じ50年が必要だと。わたくし。そう思うのです」


 彼女は言った。つまり一生を賭して国を元に戻すのだと。


「しかし……、貴女が結婚させられる相手は……」


 クズと名高い、貴族の腐った男だった。もちろん宰相の手の者だ。

 念のため調べてはみたが、噂通りのクズだった。


 それを指摘しても、彼女は動じない。


「殿方は、女性次第でいくらでも変わられると聞き及んでおります」

「いやしかし……」

「だいじょうぶ。立派な王にしてみせますわ」


 ぱちこーん、と、片目でウィンク。


 彼女が……。お飾りの姫様だと思っていたことを、俺は、撤回しなければならないだろう。

 彼女は――「王」だ。

 人のため、民のためにすべてを捧げる――王のなかの王だ。


 無知でも無策でもない。だが無垢きわまりなく、純粋だ。

 彼女なら本当に……、この腐った国を建て直すことも可能かもしれない。50年もあれば……。


 だが俺は……。納得はしていなかった。

 50年もかかるような茨の道に、彼女を置き去りにするわけにはいかない。

 もう、二度と……。


「もし俺が……、おまえを無理にさらってゆくと言ったら……、どうする?」


 敬語をやめる。

 本性を剥き出しにして、俺は獰猛な笑いとともに、そう言った。

 あー、なんか、魔王やってるような気分ー。


「舌を噛んで死にます」


 おおっとぉ。

 俺はハンマーで頭を殴られた。〝ような気がする〟とか、比喩表現はいらなかった。本当に殴られたのと同じだけのダメージを食らった。

 くらくらとなった。


 てっきり彼女も俺のことを好いてくれているのだと思っていた。立場があるので、できないでいるだけなのだと……。

 あれ? あれ? ひょっとして、50年前のときにも、じつは……?


「ごめん。帰る」


 ふらふらとしながら、窓辺に向かう。

 このまま、窓から、ふらっと落っこちてしまいそう。


「あっ――!? ちがいます! ちがうのです!」


 王女の声が追いすがってきた。


「ちがいます! お慕いしております! そ……その、あ、愛しているといっても、けっしてこの気持ちは過言ではなく……。あ! 愛しております! さきほど! わたくしのことをさらって逃げていただけると言われたときには、すごく! 嬉しかったです! このまま、さらわれても、いっかなー……とか、すこし……、いえ、正直、ものすごく心が揺れました」


 俺は足を止めていた。

 王女に体を向けている。


「……でも。それはいけません。そうなったら、きっと……、わたくしは貴方をだめにする、悪い女になってしまいますわ」


 なんと。俺のことを案じてもらえていた。


 その気持ちは理解できた。

 50年前の俺は、まさにその一心で、未練を振り切ったのだから……。

 自分よりも、相手の幸せを念じて祈ることが、愛、という感情であると、俺は思う。

 だとすれば、俺は王女に愛されていた。


「愛しております。勇者様。会って数日ですが。……でも、十何年も愛し続けておりました」


 勇者様やめてね。……と、いま言うのは無粋というものだろう。


 かわりに俺は、王女を抱き寄せた。


「あっ――」


 腰を抱かれた王女は、驚いたように俺を見る。


「あのわたくし……。あの、数日後に結婚を……」


 この国には、新婦は――特に王族における花嫁は、純潔でなければならないという、しきたりがあった。

 俺はそれを、当然、知っている。


 だが――。


 俺と王女の影は、ベッドの上で二つに重なった。

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