牢獄 「わたしたち……、なんでこんなとこ、いんの?」
夜が明けた。
俺たちは牢獄の中にいた。
だいぶ上のほうに鉄格子つきの窓があり、朝の日差しと、ちゅんちゅんと小鳥の鳴き声が入ってくる。
それによって、朝がきたことがわかる。
「ねえ、わたしたち……、なんでこんなとこ、いんの?」
膝を抱えて、アレイダが言う。
「あー、ヤダ。鉄格子みてると……。思いだす……。ねえ。暴れていい?」
「やめとけ」
目の前にも鉄格子。石組みの壁に囲まれて、正面は鉄格子という、「牢獄」と聞いてイメージする、まさしくそんな場所に、俺たちは入れられていた。
アレイダのやつは、すさんだ目で鉄格子を睨んでいる。
奴隷で木檻に入れられて「商品」にされていたときのことを思い出すのだろう。
あのときは単なる小娘で、木檻を破壊する力もなかったわけだが。
いまは高レベルのクロウナイト。その気になれば、鉄格子をひん曲げて出て行くことも可能だ。石の壁だって素手でぶっ壊せるかもしれない。
俺たちは捕まっているのではなくて、捕まえられてやっているのだった。
憲兵だか王都防衛隊だか、なんだか知らんが、俺たちを捕らえに来た男たちは、この国の、まあ警察組織みたいなものだった。
かつて勇者に救われたこの国では、「勇者」や「大賢者」や、あと勇者のパーティの仲間すべては、神格化されており――。
その名を騙ることは、重罪となるらしい。
昼飯を食ったときに、モーリンが「大賢者本人です」と名乗っていた。
ウエイトレスの女の子は冗談と思ったらしいが、「アブナイからだめですよー」とも言っていた。その意味は、つまり、こういうことだったわけだ。
あの娘が密告したとは思わない。カワイイ女の子と、綺麗な美女に、悪いやつはいないというのが、俺の持論だ。あそこの店にいた他の客が密告したか、あるいは憲兵の関係者がメシでも食っていたのだろう。
しかし、名乗っただけで投獄とは……。有罪とは……。
知らんがな。
この街を救った勇者様だって、50年後に、まさかそんなアホなことになっているなんて、思いもしなかっただろうよ。
あー、賭けてもいいぞー。本人ここにいるしなー。
「ねー……、ほんとにすぐに出られるのよね? ……出してもらえるのよね?」
「さあな」
俺は言った。アレイダのやつは心配でたまらないらしい。数分ごとに「ぶっ壊していい?」と聞いてくるのだ。そんなに鉄格子にトラウマがあるのか。
「さあな、って、なにそれ。一生ここから出られなかったら、オリオンのせいだ……」
なんでいきなり一生になるんだ。そんなに鉄格子がトラウマか?
「おりおん。よし。あれいだ。よし。もーりん。よし。」
アレイダの言葉を真に受けたのか、スケルティアが、俺とアレイダとモーリンを指し示して、よし、とかうなずいている。
一生ここにいることになっても俺たちがいるから、よし、という意味だろう。
うちの娘のカワイイほうは、ほんと、かーいー。
俺たちは、無論、出ようと思えば、こんなとこ、いつでもすぐに出て行くことができた。
うちのバカ娘が、バカ力で、牢を石壁ごとぶっ壊したっていいし。スケルティアが糸を操って鍵を開けたっていいし。モーリンの転移魔法でテレポートするのが、もっともスマートだと思うが。
それをしないのは、自分たちにやましいことがないからだ。逃げればみずから罪を認めることになる。
取り調べに対して、俺たちは「本人だ」と一貫して主張している。
やつらは冒険者ギルドに問い合わせをすると言っていた。朝になったし。そろそろ連絡が戻ってきてもいい頃だ。
本当に問い合わせていれば、の、話であるか。
「はやく出たい早く出たいいますぐ出たい。ああもうあいつらぶっ殺して出ていい? いいよね?」
アレイダが膝を抱えてぶつぶつ言ってる。据わった目で牢の番兵を見つめている。
闇持ちのクロウナイトは、危なっかしくてかなわない。てゆうか。そんなに鉄格子にトラウマが?
「退屈だな。もうすこし時間がかかるかもしれないし。暇つぶしでもしているか」
気晴らしになるだろうか。――という軽い気持ちで、俺は、隣で肩を寄せてくるアレイダに襲いかかった。
「ダーッ!」
「なになに! ちょ――!? なんなのなんでコイツいきなり欲情してんの!?」
こいつ。ついにご主人様を〝こいつ〟呼ばわりかよ。
ああ。いや。自分で得た金で自分を身請けしたから、もう奴隷じゃないんだっけか。じゃあ俺とこいつの関係ってなんだ?
ああうん。飼い主と駄犬だな。そうに決まった。
「ちょ!? 見てるみてるみてる! あそこの人たち見てるうぅぅ! 見てるからだめえぇぇ!」
それは見ていなければOKという意味か? まあOKなんだがな。
ちなみに俺は、〝見せてやる〟ことに、なんら抵抗はない。
むしろ……。
ほーれ、俺はこんないい女を自由に出来るんだぜー! うらやましいかー? うらやましいだろおぉぉ?
いいぞいいぞー、鉄格子の向こうで自分でしているぐらい、許してやるぞー?
――ぐらいなカンジ。
牢の中にはいてやるが、その他のことには、まったく自重するつもりはない。
「きゃー! きゃー! だめーっ! そこはだめーっ! あっ、そこは……」
俺はアレイダの固くなってきた部分を、うりうりとやった。
牢番の男どもは、がっぷりと寄ってきて、血走った目で見ている。
ぎいぃ、バタン。
鉄扉が開く音がした。
ここからは見えないところから、足音が聞こえてくる。
通路を、かつかつかつ、と、ヒールで石を踏む足早な音が近づいてきた。
「ああ! オリオンさん! よかった! 見つかりました! こんなところに入れられて、まったく災難でしたね!」
現れたのは、リズだった。いつも懇意にしている冒険者ギルドの人間だ。
しかしずいぶん離れた街にいたはずなのだが、どうやって?
ちなみに俺たちは転移魔法があるので、あの街まで顔を出しているが。
「問い合わせがあったので、すぐに飛んできました。ギルド同士には転移陣がありますから」
おお。そうか。五十年前には遺跡の奥でしか見かけなかったが、そこまで普及しているんだな。
「貴方たち。……まずパンツあげ!」
リズが一括する。
牢番たちは、まずズボンを引きあげた。直立不動になる。
「この方々たちを。すぐにここから出してください」
「いや、しかし――」
「貴方たち。――なにをされたのか、わかっているのですか? 本物の、本当の、正真正銘大賢者様を、投獄したのですよ?」
牢番たちが、顔色を変える。
なにが起きつつあるのか、ようやく、理解した顔だ。
だから、俺たち、ゆったじゃーん?
本物だって、本人だって、そおゆったじゃーん?
ばっかでー。
「おい。大賢者。話題になってるぞ」
俺は子供みたいな手足を縮めて、すうすうと眠っているモーリンを、揺すって起こした。
「あ……。はい。すぐに朝食の支度を……」
寝ぼけてる。
萌えー。
寝れるときに眠れるのは冒険者の資質だ。
牢に入ってなにもできず、暇になったところで、モーリンはすやすやと睡眠に入っていた。冒険者の鑑とは、こういうことを言う。
モーリンは、顔をこしょこしょとやって、くーっと、伸びをやってて――。
そして、きりっと、完璧超人の顔に戻った。
「誤解が解けたようでなによりです。貴方たちの減刑は、きちんとお願いしておきますからご安心ください」
ひどい目にあわせた相手に寛大なことを言う。
大賢者とそのご一行の威厳をみせつけながら、俺たちは、牢をあとにしたのだった。




