王都 「すごーい! すごーい! お姫様っているかなーっ!?」
今回から続きものです。
ぽっく。ぽっく。
馬の立てる足音が、いつもと違う響きになっている。
石畳の上がめずらしいのか、それとも嬉しいのか、彼女の足取りもどこか誇らしげ。
俺たちは王都にやってきていた。もう半月も前からこの国には入っていたわけだが、都に入ると、「違う国に来た」という実感がわく。
馬車の上の、歩く人たちよりもすこし高い視点から、俺たちは街並みを眺めていた。
さすがに王都。これまでの街や村とは大違い。
いま馬車が進んでいるのは大通りであるが、左端から右端までの幅は、向こうの世界の道路でいえば6車線分ぐらいはあった。
「広い! ひろーい!」
アレイダがはしゃぐ。
その横でスケルティアは、膝を抱えてちょっと警戒中。〝開けた場所〟というのは立体起動を行う蜘蛛子にとっては苦手な場所っぽい。苦手なのは人が多いほうかもしれないが。
「ここはパレードでも祭りでも開ける広さがある。その時期になれば店も出て、凄い人になるぞ」
「すごーい! すごーい!」
あ。びくってなった。うちの娘の奥手なほうの苦手なのは、人の多さのほうか。
「お姫様って! いるかなーっ!?」
うちの娘のお馬鹿なほうは、やっぱり、馬鹿だった。
おまえ。辺境の蛮族とはいえ、部族の族長の娘じゃなかったっけ? 小さくてもいちおうは姫様ポジションじゃなかったのか?
どこの世界に、お姫様に、きゃー! とかいうお姫様がいるんだ?
もうこいつ。すっかり姫様でもなんでもないな。単なる駄犬だな。
「こちらの王国の姫君は、たいへんお美しいそうですよ」
「えっ? ほんとモーリンさん?」
「ええ。それはもう。代々。大変なお美しさであると。周辺各国から評判です」
モーリンが言う。その言葉の端々に、ちくちくとする棘が含まれていると思うのは、俺の錯覚であろうか……?
「かの勇者も二代前のフローネ姫と恋に落ちたのだとか」
「うわーっ! うわーっ! 素敵!」
「オペラにもなっていますね」
「えっ!? オペラっ!? ――観れるっ!?」
「この50年。上演されていない夜はないのだとか」
錯覚ではなかった。本当にトゲがあった!? トゲだらけだよ!?
「勇者と姫君のロマンスの物語は、王国のみならず、周辺各国の女性の心を捕らえて放さないそうですね」
「きゃー!? 勇者さまーっ!?」
やめろ。激しくやめろ。
俺が元勇者であることは、アレイダとスケルティアには言ってない。
決して言えない理由があるわけではない。特別な意味などなんにもなく、ただ単に、言っていないだけである。
強いて理由をあげるとするなら、元勇者であることをカミングアウトすると、必然的に、二度あった前世のことも話すことになり、俺が外見通りの歳ではないと教えることになる。
そうすると……、べつにまあ、まずいことはなに一つないのではあるが……。
そ、そう。――つまんないのだ。
アレイダのやつが、「17歳? なによ1コ下じゃない。ふふん。わたしのほうがお姉さんよねー」とかドヤ顔をする。そのバカ顔を見れなくなるのが惜しい。ただそれだけの理由である。
「ふふっ……。そういうことにしておきましょうね」
おい。大賢者。心の声に突っこみを入れてくるのをやめろ。
馬車は、ぽっくぽっくと、石畳を歩んだ。
◇
大門からまっすぐ――。向こうの世界の単位だと一キロぐらいはあっただろう。
ようやく大通りが終わった。
大きな噴水のある広場が、その終点だ。
広場からは王城を展望できる。城壁は二重構造になっていて、城壁の内側にもう一つ内堀と城壁がある。城はその中だ。
外周の城壁の内側は城下町となっている。
半径一キロ以上は確実だから、直径にすれば三キロぐらいか?
かなり大きな街であった。向こうの世界の常識と比べても、けっこう、大きい。
王都ともなれば、これくらいの規模にもなるわけか。
「さて。王都に到着しましたが、いかがいたしましょう?」
モーリンが俺に言う。
「ごはん!」
アレイダが真っ先に答える。
「黙れ駄犬。おまえには聞いてねえ」
「うう……、オリオンが……、しどい。なんか不機嫌?」
「べつになんにも不機嫌じゃねえよ」
なにいってんの? こいつ?
「ごはん。……に。する?」
「よし。メシにするか」
俺はスケルティアの頭を撫でた。
「ちょ――!? なんでスケさんはいいの! 不公平! 不公平禁止ーっ!」
なにいってんの? こいつ?
てめえのは自分が食いたいだけであって、スケルティアのは、俺を気遣ってのことで――。ぜんぜん、意味が違うだろ。
まったく公平に扱ってやってるだろ。駄犬は駄犬と区別して、駄犬のように扱っているだろ。
しかし、そんなに様子がおかしかったか? 心配されるほどだったか?
店はどこでもよかった。
馬用の飼い葉と水桶の置いてある食堂を適当に見つけて、表に馬車を置き、馬の軛を解いて自由にしてやる。
この子はいい娘なので、逃げたりなんてしない。
誰かが連れ去ったりすることは心配だが、賢い娘なので、そういうときには鳴いて知らせてくる。
店に入って、席に座る。
すこしは店を選べばよかったと、後悔しながら……。
そこらじゅうの壁に、勇者の肖像やら、姫様の肖像やらが飾られているので、俺は不機嫌にうつむいていることになった。
「へー、勇者様ってー、ああいうお顔だったんだー」
アレイダが壁を見て。
気づけよ。――いや気づくな。
「なにになさいますか?」
ウエイトレスのカワイイ娘が、花の笑顔を振りまきながらやってくる。
いつもならカワイイ子には笑顔で応じる俺だったが、今日は、ぶすっと黙ったままである。
「勇者ランチ!」
アレイダが手をしゅぱっと挙げた。
勇者。食われてるし。
「おいモーリン。大賢者ランチもあるらしいぞ」
俺はメニューをモーリンのほうに滑らせた。
顔色一つ変えないクール無表情の大賢者が、なんだかちょっと憎らしい。
モーリンは大抵いつも無表情だが。表情が出るのは、俺に関する時だけだが。
「えっ? あらー、おんなじ名前なんですねー。大賢者様とー」
ウエイトレスの娘が感心している。
「ええ。まあ。……本人ですので」
「えっ? まったまたー! 冗談ばかりー。……でもそれやめたほうがいいですよー。アブナイですからー」
なにがアブナイんだろう? まあいいが。
「大賢者ランチを……、二つでよろしいですか? オリオン様」
「ああ」
俺は鷹揚にうなずいた。もうこの際なんでもいい。勇者ランチでなければ、なんだっていい。
「蜘蛛ランチ。……。ある?」
「ないですねー」
「そ。」
スケルティアはちょっとがっかりしている。
最近は無表情にも種類があることがわかるようになってきた。
「蜘蛛肉のフライならありますけどー」
「じゃ。それで。」
おい? 蜘蛛子? いいのか?
共食い……には、ならないか。人間が牛豚を食うようなもんか。同じ哺乳類であるぐらいしか共通項がないしな。蜘蛛にとって他の蜘蛛を補食するというのは、人間が牛豚を食うぐらいの遠さになるのか。むしろ適度に近いほうが「美味い」のかもしれないし。
勇者ランチだの大賢者ランチだのいっても、出てきたものは、普通の定食だった。
勇者ランチは「はんばーぐ」だった。俺ハンバーグ好きなんだよなー。あっちのがよかったかなー。ビーフシチューもついてるし。
食事がだいぶ進んだ頃――。
「ねえ。オリオン。……なんかさっきから、へんよ? なんか不機嫌……じゃないんだとしても、なにかあるなら、話してくれない? 話せないなら、べつに無理に聞かないけど」
アレイダが言ってきた。
駄犬が駄犬なことをやったときには、無体に扱ってやっている俺だったが――。
まともなことを言ってきたときには、まともに扱ってやるべきだろう。
俺はしぶしぶ……、口を開いた。
「べつにたいしたことじゃない。この街には……、まあ、なんだ。あんまりいい思い出がなくってな」
「ここ来たいって言ったの、オリオンじゃないの?」
「そうだけど……」
「ああ。ごめん。……べつに、いじめてないからね?」
俺はいじめられていたのか! 誰に? 駄犬に!?
「マスターは、この街の悪い記憶を、楽しい記憶で塗り替えようとされているんですよ」
「いい記憶……?」
「ええ。わたくしや。アレイダ――貴方や。スケルティア――貴方と」
「えっ? あっ……、あの……、わたしと? ……楽しい? ……あっ、はい」
アレイダが畏まっている。姿勢を正して、手は膝の上に置く。
なんだこいつ。なんでこいつ。
駄犬のくせに、いきなりしおらしくなりやがって。
ばーか。ばーか。ばーか。
◇
夜。宿は適当に取った。
何日か、あるいはもうすこし長い期間か。しばらく逗留する予定だった。
向こうの世界でいえばロイヤルスイートくらいに相当する部屋を、金貨の何十枚かで前払いしておく。
アレイダとスケルティアのレベル上げついでに、金策も自動的に行える。金に困ることはない。例のゴブリン退治も、あとでギルドに報告したら、多額の報奨金が得られた。
ゴブリン・スレイヤー。稼ぎいいじゃん。
聞けば新米冒険者を何パーティも餌食にしていた、いわくつきの部族だったという。高額賞金首だった。最近ではその賞金目当ての中級冒険者まで餌食にしていたようだ。
群れを率いるロードが特に強い個体だったらしい。――まったく実感はなかったが。
屋敷はあるが、旅先では宿を取るようにしている。でないと旅をしている気分にならない。
豪華な部屋で、俺たちはくつろいでいた。
大きな天蓋付きのベッドに寝そべって、寝心地を確認していると――。
のっし、と、アレイダのやつが俺の背中に重たいケツをのせて、またがってきた。
「ね? オリオン? 明日どこ行く? なに見にいく?」
「ふんっ。観光か。気が乗らんな」
「あっ……、ゆっくりしたいんなら、それでもいいよ? ゆっくりしよ?」
「ふんっ」
駄犬なりの気の遣いかたなのだとわかる。
だから駄犬が気を遣ってんじゃねえよ。みえみえなんだよ。わざとらしいんだよ。気を遣うならもっとわからないようにさりげなく気を遣え。
おまえは飲み会で焼き鳥を串から外す女かよ。気を遣える女子力高い私のアピールかよ。そして得意料理は肉ジャガかよ。
「ふんっ……。もしおまえが、どーしても遊んで回りたいとゆーなら、連れてってやらんこともない」
「どーしても!」
即答かよ。
「スケさん! スケさん! どっか連れてってくれるってー!」
アレイダが言う。スケルティアが、にか、と歯を剥く。見てないがわかる。
「わたしわたし! オペラとかゆーの観たーい! スケさんも観たいよねーっ!?」
「……? それ。おいしい?」
スケルティアのやつは、ぜんぜんわかっていないっぽい。
しかし? なんだって? オペラだって? ドレスから靴まで、上から下まで揃えろと?
こちらの世界の観劇はよく知らないが、向こうの世界よりも遥かに格上の、上流階級の遊びのはずだ。
舞踏会に出られるくらいの格好が必要だと、容易に推測できる。
あー。うん。駄犬はともかく。スケルティアを着せ替えして遊ぶのは、楽しいな。
まー。うん。駄犬も駄犬で。スタイルだけは無駄にいいから、セクシー系とかが似合うかもしれないな。
モーリンはシックで上品なものが似合うに違いない。アダルトだ。大人の色気だ。
この街を訪れて――ここに来ることを決めたのは俺自身だが――ちょっと塞いでいた気分が、すこし上向きになった。
明日に対しての気分が、すこしは持ち直してきたところで……。
「さーて――、とりあえず今夜は……、ヤルかーっ!」
「えー! 情緒がない!」
情緒がどーとか言うやつが、跨がってきてケツをのせて誘ってくるのかよ?
「ちょ! ちょっ――ちょーっ! お風呂! せめてお風呂に入らせてっ!」
「ぶぅゎーか! それがいいんだろぉーっ!」
「きゃーっ! いやー! きゃー! きゃー!」
「スケ。も。まざるよ。」
「ではお風呂に湯を張ってまいりましょう」
スケが飛びこんできて、モーリンは慌てず騒がずぜんぜん落ち着いていて――。
俺たちがいつものように、ぐずぐずになっていこうとした、そのとき――。
「王都警備隊である! おまえたちを詐称罪にて連行する!」
ロイヤルスイートルームの扉が、いきなり開いて――。
数名の武装した男がなだれこんできた。
……はい?