不幸の手紙 「どどどどど、どうしよう! 誰かに読ませないとっ!」
「やったー! 宝箱ーっ!」
剣を高々とつきあげて、アレイダが勝ちどきをあげている。
宝箱があった。
まあ。部屋を襲撃して、固定エンカウントの多種族構成による一団を一掃したのだから、宝箱ぐらい、出ても当然だ。
ダンジョンには、ランダム・エンカウントと、固定エンカウントがある。
通路で出くわす敵は、だいたい前者だ。徘徊している敵である。
それに対して固定エンカウントの敵というのは、その場所に行けば、必ず遭遇する敵のことを呼ぶ。
まあ、必ず、といっても、本当に必ずいるわけではない。
空き部屋ということも多々ある。たとえば先客が根こそぎにしていった場合など――。
以前、アレイダとスケルティアを連れて、街の近くの、初心者冒険者向けのダンジョンでパワーレベリングしていたときには、すこし迷惑をかけていたかもしれない。
俺たちのあとに訪れる冒険者たちは、無人のダンジョンに呆れていたことだろう。
だいたい、どこのダンジョンでも、根こそぎにしたら、まあ、二、三日くらいは、なにもいなくなる。
逆に言えば、二、三日もすれば、なにかしら涌いてくるともいえる。
モンスターの生態は、いまだ解明されきってはいない。
どこから来て、どこへ行くのか――。
オークやゴブリンといった、通常の繁殖方法によって、普通の生物と同じように増える種族もいる。植物系は文字通りに〝生えて〟くる。
どこからか〝出現〟したとしか思えない増えかたをする、魔法生物のようなものもいる。
生物の一種ではあるのだろうが、この世界で生まれたわけではなく、異次元から時空を渡ってくる悪魔系のモンスターもいる。自然エネルギーの申し子である精霊系のモンスターもいる。どう見てもおまえ機械だろ、という、マシン系のモンスターもいる。
部屋でエンカウントする固定モンスターは、多種族構成となる。
構成するモンスターの種類によっては、戦略は、まったく異なる。
たとえば今回の部屋などは――。
数ばかり多い獣人のザコ的のほかに、火系エレメントの遊撃隊がいた。司令塔の悪魔魔道士が、これまた厄介で、仲間を回復させるわバフかけるわ。こっちのバフを剥ぎ取ろうとしてくるわ。
最初に仕留めようとしても、仲間の後ろに隠れてしまうので、前衛をなぎ倒していかないかぎり、手が出せない。
あー、遠距離攻撃ユニット、ほしいわー。
弓だのクロスボウだの使い手だとか……。魔法使いでもいい。
むしろ魔法使いがベストだな。
あー、ほしいわー。
前衛のガチ物理さんのアレイダがいて、攻めも守りも変幻自在の中衛のスケルティアがいて、これであと、回復と攻撃と両方できる魔法使いがいたら、最小構成で完成するんだがなー……。
無論、なんでもできる万能クラスの「勇者」と、魔法最強の「賢者」はいるわけだが――。
俺らが出ていってしまうと、このへんの敵だと、やっぱり一撃で掃討してしまうので……。なるべく手を出さない方針でいる。
具体的には、二人が倒れて、おっ死ぬまで。
「今回は、だいぶ、苦戦していたようだな」
「ね! それより! 宝箱! 宝箱っ!」
「うるさい。ぴょんぴょんすんな。宝箱は逃げない。まずはいまの戦いの反省会だ」
ワンコの躾はすぐにやる。動物教本にも書いてある。うちのワンコは特におバカだから、きっちり守らないとならない。
今回の部屋は、前衛のアレイダと、中衛のスケルティア二人だけでは、掃討、苦戦していたようである。
火系エレメントの敵がまじっていたので、いつもの蜘蛛の糸で絡める一網打尽作戦が使えずにいた。
あれは強力なハメ技であるが、最近の二人は、あれに頼ってばっかりいる。
ぜんぜん。よくない。強い戦術に頼りきりでは工夫しない。成長しない。格下には滅法強いが、〝格上〟に出会ったときには、あっさりと殺られてしまう、そんな貧弱キャラが育つだけだ。
――と、いうようなことを、俺は淡々と説明した。
二人が苦戦していた理由も、すべて解説してやった。
――と、いうのにだ。
「わかったからー……、もー、いいでしょー? 宝箱ー、宝箱ーっ?」
うちの娘の駄犬のほうは、ご主人様のありがたい話を聞いちゃいねえ。
このアマ。犯すぞ? 裸にひん剥いて、石床のうえで滅茶滅茶に犯すぞ?
……だめだな。ご褒美にしかならんな。
そういやこれまでエンカウントの敵ばかりだったので、確定で出てくる宝箱は、はじめてなのか……? こいつって?
だからぴょんぴょんしてるのか。
「ねー! 開けて開けてー! わたしー! 開けていいのーっ!?」
「馬鹿。鑑定魔法が先だ」
専門の盗賊がいないから、あんま、開けたくないんだけどなー。
罠の有無および種類を鑑定する。
……ふむ。シロと出たか。
罠はなし、と、出た。
本来なら、複数人で鑑定魔法を用いて、鑑定の精度を上げるところだが――。
「開けていいぞ」
「わーい」
こいつは駄犬ではあるが、いちおう、世間一般的には上級職とされるクロウナイト。
魔法爆雷に至近距離で巻きこまれても、ギリ、生きているだろう。
かちゃり、と、箱が開く。
「ん? なに? これ……? 巻物? ……ちぇっ」
入っていたのは、一巻きの巻物。
武具を期待していたのだろう。アレイダはあからさまに落胆した顔になっていた。
そう落胆するものでもない。
見つかった巻物が、もし未習得の呪文であれば、ヘタな武具が出るよりお得なこともある。
使わない武具は売ってカネにするしかないが。俺たちはカネならこれ以上必要がないぐらいに持っている。このあいだラストダンジョンに行って、入口付近で二人を鍛えたら、まー、儲かった。しばらく金策をする必要がなくなった。
巻物は見た目は地味だが、中味次第では宝物だ。
魔法の呪文には、レベルがあがると、自動的に取得できるものと、誰かに教わるか巻物から取得しなければならないものとがある。
自動的に取得する呪文は、その職業を代表する特性のものである。たとえばナイト系では治療魔法。闇の騎士たるクロウナイトではエナジードレインなど。
だが本当に強力なのは、自動では身につかない呪文のほうだったりする。習得可能ではあるが、困難なり条件なりを要する。そういう呪文やスキルのほうに、強力なものが揃っている。
苦労して手に入れたもののほうが、見返りが大きい。――ま。当然の常識だわな。
アレイダがいっぺんクロウナイトに闇落ちしたのは、さらなる上位職を目指すための腰掛けであるから、そういうことは一切やらせていない。
単なる素のスペックの駄クロウナイトでしかない。
「なんかわたし……、いま悪口言われてる気がするー……」
「気のせいだ」
じっとりとした目線に、俺はしれっと、そう答えた。
「こーいうのって……、呪い……とか? かかっていることあるんでしょ?」
アレイダが気味悪そうに言う。
宝箱の中の巻物を見つめるだけで、手を出さないのは賢明であるが……。
俺はそのケツを蹴った。
「なにやってる。とっとと広げて、読んでみろ」
「だっ――だって! 呪いとか掛かっていたら――!?」
「知ってるか? マンドラゴラの抜きかた。犬に紐を結んで、引っぱらせて、抜くんだぞ」
「犬うぅ! わたし! 犬うぅぅ!」
「スケ。……が。読む?」
スケルティアが、そう言った。最近、スケのやつも、文字を覚えた。
外国語を習得するわけではないので、文字と音の対応関係さえ学ぶだけだ。覚えるのはわりと早かった。じつは頭も良かった。種族特性でINTも上がってきているので、そのうち、魔法を操る蜘蛛系種族に進化してゆくといいのかも?
「いや。わたしが読むわよ」
アレイダがきっぱりと言った。
さっきまでグズグズ言ってたわりには、スケがやると言ったら、自分がやると一瞬で決めた。
俺。こいつのこういうところは好き。
うちの娘たち――と、二人を一セットに考えることはよくあるが、そういえば、どっちが姉でどっちが妹かということは、考えたことがなかったな。
アレイダが姉だな。スケルティアは妹だな。
「スケ。……も。読む。一緒。」
「え? あ……、うん。まあ……、いいけど」
姉は妹に弱かった。
俺は笑いをこらえるのに、苦労していた。
人身御供は、一人で充分なんだが……。
まあ、仮に呪いの巻物だったとしても、大賢者に解呪できない呪いは、そうそうないし。こんな初心者向けダンジョン――おっと、世間一般的には、充分、高レベル・ダンジョンだったな。勇者業界からすると、駆け出しの初心者になるというだけで。
まあ、こんな勇者業界・初心者向けダンジョンで出てくるような呪いが、そんなアブナイはずがない。
「えーと……、なになに……?」
アレイダとスケルティアは、石の床の上に、ぺたんと女の子座りして、二人で巻物を広げにかかった。
「あれ? 共通語で書いてある?」
「ん?」
おや。ハズレだったか。
呪文の巻物なら、共通語で書かれているはずがない。
「共通語なら読めるだろ。読んでみろ」
俺は言った。
「え? ええっと……」
アレイダのやつは、文字を指でなぞりながら読みはじめる。
なんでか。こいつ。この蛮族姫君。読むとき、指でさしながら読むんだよなー。
萌えるから、やめ、っつーの。
「この巻物は……、呪いの巻物です……、って!」
ぎょっとした顔をアレイダは向けてくる。
「いいから読め」」
「だってだってだって――! 呪いって書いてあるのよ! ほらここに!」
呪いの巻物です、と書かれた、呪いの巻物があるわけ、ねーんだけど……。
「……その先は? なんて書いてある?」
「えっとえっと……、ええと……、この巻物を読んだ者は、三日以内に同じ巻物を書いて、五人以上に渡さなければ、不幸が襲いかかってくるでしょう……って! そう書いてある! そう書いてあるんだけどーっ!」
「落ちつけ」
ぎゃーぎゃー騒いでいるアホ女のケツを、俺は蹴り飛ばした。
こいつのケツ。蹴り心地がいいんだよなー。つい蹴ってしまうんだー。
蹴り心地だけでなくて、抱え心地もいいんだが。つい抱えこんでしまうんだが。後ろからな。
「呪われたー! 呪われちゃったー!」
前のめりになって石の床とキスしていたアレイダは、顔を持ちあげると、抗議の一つもせず、またギャーギャーと騒ぎたてはじめた。
「スケさんどーしよー! どーしよー! わたしたち呪われちゃったー! だからわたし一人で読むって言ったのに! そしたら呪われるのわたし一人ですんだのにーっ!!」
「のろい。……って。なに?」
スケルティアは、きゅるんと、頭を傾けている。
ころす。喰う。寝る。――の、シンプルライフの野生の蜘蛛生活には、「のろう」はなかったっぽい。
「呪いよ!! だから、つまり――!!」
「どんな災厄が襲ってくるって?」
「だから災厄なの!」
「だから、どんな?」
俺は、聞いた。
「ええと……、どんなだろ?」
答えが存在しないということに、アレイダはようやく気づいたようだ。
「威しとしても、三流だな。脅すからには、脅した内容が確実に履行されると、相手に思わせなくてはならない。その内容が確実に現実であると確信させなくては、脅しとは、単なる言葉でしかない。単なる言葉など、なんの意味も持たない」
「それは……、そうだけど」
「たとえば小悪党を捕まえて拷問に掛けるのだとする。質問に答えなければおまえの指を一本落とす。それでも答えなければもう一本落とす。二本目以降も順に全部落とす。――と、そう宣言しておいてから、本気でやると思っていないその相手の指を、一本、落としてやれば、残りの四本についても本気だと確信させることができる」
「な……、なんで拷問方法の話になってんの?」
「俺は普段からおまえたちに〝俺は助けない〟と言っているな。その脅しについて、おまえらは確信を持っているはずだ」
「現実に……、助けてくれてないよね? わたし死にかけて、びっくんびっくんいってたって、放置するし……」
びっくんびっくんいってるくらいは、まだ、わりと平気な領域だしなー。
死んで十数秒ぐらいなら、じつは蘇生魔法はいらなくて、まだ大回復や全回復で間に合ったりする。
「わたしたち、戦っているときにも、あーでもないこーでもない、ダメ出ししてくるだけで、どんなに苦しい戦いでも、絶対、手伝わないよね?」
「当然だ」
俺が手伝ってしまったら、こいつらの訓練にならない。
「ひどいのよね。極悪人よね」
過保護にしないで適切に扱うだけで極悪人かよ。
「安心しろ。骨ぐらいは拾ってやる」
「ほら! 骨にするし! 骨になるまで助けないって宣言だし!」
藪蛇だった。
ジョークで潤いを与えようと思ったのだが。こちらの世界にはこのジョークはないのかも。
「死んだ。ら。……食べてね?」
スケルティアも、長いこと考え抜いたあとで、そんなことを言った。
自分が死んだあとのことを、頑張って、考えてみたらしい。
野生の生物はそんなことは考えない。死んだらどうなる? ――なんて意味のないことを考えるのは、人間だけだ。
だからスケルティア的には、これは、頑張った。
言葉の意味は、俺が推測するに――。
自分が死んだあとには、きちんと食べて、有効活用してね? ――と、そういうことらしい。
そのへんはいまだに野生の生物。
あとついでに、実行不能。
100%モンスターなら食べてもいいのかもしれないが、半分人間のハーフ種族は、ちょっと、むーりー。
「……おほん。まー、つまりだな。俺が言いたいことは……」
どうも、俺の誠意が、娘たち二人に伝わっていないようなので……。
「大丈夫だ。こんなん。気にするな。俺がそう言ってるんだから――信じろ」
◇
「……と、いうようなことが、あったわけだ」
「さようでございますか」
夕食も終わって、二人きりになったあとで、俺はモーリンにそう言った。
ナイトガウン姿で、ワインのグラスを俺に差し出すモーリンは、昼間のメイド姿とはまた違った顔を俺に見せる。
アレイダやスケルティア――娘たちには見せない恋人としての顔を、俺は独り占めだった。
いちおう育成状況は俺とモーリンの間で共有している。俺のかわりにモーリンがついて、二人をダンジョンに連れてゆくこともある。
「こっちには、〝不幸の手紙〟っていうのは……、ないのか?」
「不幸の手紙? ……で、ございますか?」
モーリンは中空を見つめる仕草をする。
別の次元にいる〝親戚みたいな存在〟と交信して聞いているのだと、このまえ語っていた。
「実行力のない文面における脅しのみで、自己増殖する情報遺伝子……とのことですけど」
「そんなたいしたものでもない。俺のいた世界で流行っていた単なるイタズラだ」
「と、伝えておきます」
異世界モーリン、くっそ使えねえ。
「森はくっそ使えない。……ああ怒りましたね。交信終了」
「思考まで読むんじゃない。……おまえの親戚は怒るんだな」
「最近。感情表現が豊かになりました。なぜでしょう」
向こうも、きっと、そう思っているはずだぞ……?
五十年前のモーリンは、ほんと、機械かと思ったしなー。
「異世界モーリンのやつを、羨ましがらせてやるか」
俺はモーリンの細腰を抱き寄せた。
「ばくはつしろ、と、言われたら、俺たちの勝ちな」
「……問い合わせますか?」
「いっそ実況中継してやれ」
俺はモーリンを押し倒した。
ソファーしかないが、それで充分だ。
◇
数日が経った、ある夜のこと――。
俺が支度を調えていると、モーリンがやってきた。
俺の身支度を手伝ってくる。
女の手で服を着せられると、戦意が向上する。
「あいつらは――?」
「寝室です」
上着を着せた俺の背を撫でながら、モーリンが言う。
俺の来ている上着は、見た目は単なるロングジャケットでしかないが、防御力でいえば、なかなかの逸品だ。
頭おかしいほどの強化魔法が掛けられているおかげで、布素材であるくせに、そこらのガチガチのフルプレートよりも、よほど性能が高い。
見た目も、向こうの世界の服装に、なんとなく似ているので、気に入っている。
なにより動きやすいのがいい。
もともとは密偵用の布装備だから、動いても音がまったくしない。
夜、闇夜の中で戦っていても、すくなくとも俺からは、一切の音が発生しないはずだ。
寝てる二人を起こす心配は……。
「……寝てるのか?」
モーリンは、くすっと微笑んだ。
「二人で抱きしめあって、震えていますよ」
はっはっは。
うちの娘のバカなほう。バカかわいー。
スケルティアのほうは、無表情で抱きしめられているだろうが。
こっちも、無表情かわいー。
「さて……、行ってくる」
「ご武運を」
武運が必要なほどじゃない。
片手を振って、俺は屋敷の外へ出た。
こちらの世界における〝呪いの手紙〟は、イタズラじゃなかった。
ホンマもんだった。
気になったので、リズに依頼して、いちおう調べてみたら――。
何人も呪い殺されている、ホンマもんだった。
やべえやべえ。てっきりイタズラだと思ってたさー。
アレイダが手紙を見つけて、スケルティアと二人で読んで――あれから三日が経っていた。
今夜は手紙に書いてあった期日の日である。
〝呪い〟の本体を迎撃するために、俺は霊的戦闘準備を整えて、待ち受けていた。
屋敷は亜空間の中にあるから、霊だろうが呪いだろうが、なんだろうが、入ってくるためには、その通路は一箇所しかない。
外の馬車と繋がる時空通路の出口で俺は待っていた。
貞子だか伽椰子だか知らないが――。
俺の娘たちを呪い殺そうとか、どこのどいつだ。
俺は娘たちに「安全」と約束した。それが嘘であってはならない。
「安全」かつ「無害」にしてやる。さあこい。
俺は元勇者の顔に、凶悪な笑みを浮かべた。




