食べ放題 「これぜんぶ食べていいのーっ!?」
かっぽ。かっぽ。
馬に牽かれて、馬車が進む。
ひさびさの石畳を踏んで、馬はちょっと楽しそう。
いつもの足取りは、かっぽん、かっぽん、なのであるが、いまは、かっぽ、かっぽ。
この微細な違いを見分けることが出来るのは、世界広しといえども、まあ、俺一人だろうな。
山間の道を抜けていったら、わりと大きな街へと出た。
「前の旅のとき、こんな街、あったかな?」
モーリンに聞く。
「まえの旅ってー?」
聞いてもいないアレイダが、いらん質問を返してくる。
「この五十年で大きく発展した街ですよ。昔は村もありませんでした」
「なるほど」
「なんでそんな昔の話をしてんのよ?」
うちの娘の頭悪いほうは、首を傾げている。
教えてやんない。
俺が元勇者だということは、べつに身内になら、バレてもなにも問題はないのだが……。
俺のプライベートなことだし。いまの人生には関係のないことだし。
いまの俺は、単なる旅人だ。
自分の救ったこの世界が、数十年でどう変わったのか、実際に自分の足で訪れて、確かめてみている最中だ。
俺の今生での旅は、前々世での旅路をなぞるようにしている。
いまはこの国の王都へと向かっている途中だ。
名前も知らないこの街は、その途中にある街なわけだ。
最近できた街だから、名前も知らなくて当然だ。
最近――といっても、俺の「最近」とかいう感覚は、五十年とかいう時間尺となるわけだが。
「あ――、なんかこれ、いい匂い」
アレイダが言う。
ふんふん。すんすん。……たしかに、肉の焼ける、いい匂いが漂ってきているな。
どこかの店から、料理の匂いが風にのってやってくる。
――ぐーきゅるきゅる。
誰かの腹から、そんな音が鳴り響いた。
皆の視線が集まる中、アレイダがうつむいて、片手を挙げる。
「はい……、わたしです」
「すこし早いですけど。お夕飯の支度をはじめますね」
モーリンが微笑んでそうフォローする。
だが俺は――。
「いや、それよりも、いい店がありそうだ」
そう言った。
手綱を引かずとも、ミーティアは立ち止まった。いい娘だ。
目立つ看板を掲げた店があった。
さっきの匂いの源は、ここだ。この店だ。
「たべ……ほうだい? え? これって、なんのお店?」
店の看板を見上げて、アレイダが言う。
文字が読めなかった蛮族奴隷娘も、毎日のモーリンの教室のおかげで、共通語の読み書きくらいは出来るようになっている。
俺? 俺はそんなもん。とっくにクリアだ。義務教育経験者を舐めんな。
効率のいい勉強方法なんて、学校教育と受験勉強とで、会得済みだ。
「今日はここで食事をとるぞ」
「かしこまりました」
モーリンが、うやうやしく頭をさげる。
街にいるときには外食を多めに取るようにしている。毎度毎度、食事の支度をしているモーリンの負担を減らすというほうの意味ではなく――。メイドではない彼女と、恋人のような雰囲気で食事をしたいという意味のほうだ。
ま。どうせ子連れになって台無しになるのだが。(笑)
「ねえ? たべほうだい? ……って、それ、どんな料理ー?」
「おや。店が開くのは夕方からか。もうしばらくかかるな」
入口に札がかかっていた。午後は休憩。昼と夜の営業のみ。
漂ってきていた美味そうな匂いは、仕込みの匂いか。
これは期待できるな。
「ねえ。だから、〝たべほうだい〟って、どういう料理ーっ?」
◇
「ちょ、ちょ、ちょ――? これから食べるのに、なんで、いま食べてるの?」
いったん馬車の中にもどり、亜空間内の屋敷に引き上げて――。
俺はコンソメスープを飲んでいた。
〝食べ放題〟に向けて、準備万端、整えている最中だった。
「完全な空腹よりも、事前にすこし腹にいれておいたほうが、たくさん食べられるんだ」
「だから、〝たべほうだい〟って、どんな料理なのか、教えてってばー!」
どうもさっきから違和感を覚えていたのだが。アレイダのやつは、本当に「食べ放題」がなんだかわかっていないっぽい。
……こっちの世界にはないのか? 食べ放題?
「なんでも食い放題なんだよ。一定料金で、好きなものを、好きなだけ食っていいんだ」
「えっ? うそっ? マジっ!?」
「まじまじ」
「すっごーい!!」
喜んでいる。すっごく喜んでいる。
こいつは単純だなぁ。
「モーリン。あの果物。なんていったっけ? あの苦いやつ」
「グレプスですね」
「そう。それ。そいつの絞り汁も持ってきてくれ」
「かしこまりました」
果物のジュースが出てくる。
果物はそのまま食べるのが、こちらの世界における平均的な食べかただ。
絞ってジュースにすると、グラス一杯に何個も使う。逆に言えば、何個分も栄養が採れる。
そういや、ジュースって、あまり見ないのはなんでだろう。
〝転生者〟はそれなりにいるらしいから、もうすこし広まっていたって良さそうなものだが……。
「わたし……、この苦いの、きらーい」
「飲んでおけ。苦い味は、胃袋を動かすのにいいんだ」
「うえーっ……」
アレイダは思いっきり顔をしかめて、ぐいっと煽った。
グレープフルーツみたいで、俺は好きなんだが。なんでか、こちらの世界には、苦い食べ物は少ない。コーヒーも転生者たちの広めた〝輸入品〟だ。
「にがーい!! もういっぱーい!!」
おかわりをして勢いをつけているアレイダの隣で、スケルティアが、グラスを傾けて、くぴくぴと飲んでいる。
なにせ無表情なので――。苦いのを我慢しているのか、おいしいと思っているのか、どっちなのやら、ぜんぜん、わからない。
時間まで、屋敷で準備万端、整えて――。
俺たちは、出陣をした。
◇
「これおいしー!! あと三皿持ってきてー!!」
大の男でも「うっ」となるような盛りのヤキソバを、三皿も、まとめて注文する。
給仕の若い男が、引き攣った顔になっている。
食い放題という、あちら側のシステムを導入している店だから、なにもかも向こう式で、バイキング式で取り放題、さらにはドリンクバーぐらいはあるのかと思ったが――。
システム的には、意外と普通。
席に座って、注文して、じゃんじゃんばりばり、持ってきてもらう方式。
まあ、向こうの焼き肉食い放題とかでも、オーダー式のところもあるしな。
メニューは豊富で、各地の名物料理がずらりと並んでいる。北の地方の酢漬け料理。南の地方の魚料理。なんでもあった。
あと、転生者か絡んでいると、俺が確信したのが……。
「つぎ。俺は。この〝お好み焼き〟というのをもらおう」
「オコノミヤキという料理は、小麦粉を――」
料理の説明をしようとする給仕を、手で遮って――。
「――説明はいらない。青ノリ、たくさんかけてくれ」
まさかこの世界でお好み焼きが食えるとは思わなかった。
アレイダのいま食ってるやつも、ヤキソバで――。これはこちらにはない料理だ。
ここの店主なのか、料理開発担当なのかは、
「ローストチキンレッグ――6本! じゃなくて12本!」
訂正する。
もう食っていなかった。さっき食っていた。
――てか。早いな? さっき三人前、きたばかりじゃないのか?
「スケ……、食ってるか?」
「ふがっ。ふごっ。」
うん。食ってるな。忙しそうだな。
スケルティアのやつは、ほとんど生肉状態の超レアステーキにかぶりついている。
蜘蛛は肉食。そしてナマが好き。
血の滴るような――、という表現があるが。比喩でなく、ほんとに、血が滴っている。
「ほら。スケ。口のとこ――」
俺はナプキンで、口許をぬぐってやった。
スケルティアのやつは、黙っておとなしく拭われていて、終わってから――。
にいぃ、と、赤い目を細めた。
うん。かーいー。かーいー。
世間一般的には、ちょっとコワい顔なのかもしんないけど。
俺にとっては、かーいー。かーいー。
「あっ。口許ソースまみれになっちゃったぁ~」
うちの娘のわざとらしいほうが、なんか、言ってやがる。
俺たち(特にアレイダ)が健啖ぶりを発揮していると――。
給仕ではない男が、ホールの端から、こちらをこっそりと窺っていた。
冒険者の性というやつか。元勇者の習慣か。
どうしても気づいてしまうんだよなー。
昔と違って、周囲の警戒なんか、まるでやってはいないのに――。観察者がいると、つい、気づいてしまう。
俺はちょいちょいと手招きする仕草をした。
手のひらを下にして、指先を、くいくいと動かした。
男は、すぐにこちらに近づいてきた。
ああー。なるほどー。
いまの男のリアクションで、俺は一つ気がついたことがあった。
それを確認するために、男にもう一つほど、聞いてみる。
「君は支配人か?」
「ええ。まあ。料理長……みたいなことをやっています」
男は頭を掻きながらそう言った。
控えめで誠実そうな男だ。年は二十代後半ぐらい。
「この店は、じつにいい」
俺は素直に賛辞を述べた。
「ふがふがっふ! ふぁっふぁ! ふぉひひふふふぇーっ!!」
うちの娘の馬鹿なほうも、なんか言ってる。なにを言ってるのか、ぜんぜんわからないが、なにを言いたいのかは、わかる。
「90分の時間制限を設けていないところが、特にいいな」
俺がそう言ったとき――料理長の目が、きらり、と光った。
さっきの手招きに反応したこと。そしてこの「90分」というキーワードに反応したこと。
この二つをもって、俺は、この料理長が〝転生者〟であると確信に至った。
手招きは――俺は、手のひらを下にして行った。
これは現代世界の日本においては、「手招き」だが、この異世界だと「あっちいけ」の手振りとなる。
それで、すぐに近づいてきたということ。
つぎに「90分」のキーワードに反応したこと。
向こうの世界の〝食べ放題〟は、大抵、時間制だ。朝から晩まで居座りつづけて、腹を減らしてはまた食べるという、非常識なやつらが出てくるからだと聞く。
こちらの世界で「90分時間制」なんて概念が出てくれば、それは、転生者同士にしか通じない〝符丁〟として機能する。
俺たちは、目と目で通じ合った。
向こうは俺とは違う系統の転生者らしい。
たぶん食堂無双とか、料理道無双とか、そっち系だな。
まあ定番のひとつだな。
俺のほうは勇者転生無双ハーレム(2週目)で――。もっとド定番であるわけだが。
「次はなにをお持ちしますか?」
「ヤキソバと。あとライスをもらおう。〝ヤキソバ定食〟にしてくれ」
料理長が、にやり、と笑った。
「ふぉりふぉん――、ふぁひぃふぉれ」
アレイダが、なんか言ってる。
「なに言ってんのかわかんねーよ」
「……もぐもぐ。……ごっくん。……炭水化物と炭水化物って、変よ、それ」
「わかんねーやつは、引っこんでろ、ばーか」
「バカっていったほうがバカなんだから! ――あっ。これおいしかったです。もっとください」
ローストビーフの載ってた大皿を出す。キロ単位で載ってて十人前ぐらいはあったはずだが……。もう肉汁しか残っていない。
料理長は嬉しそうに笑うと、厨房のほうに引っこんでいった。
◇
俺たちは、食って、食って、そして食いつづけた。
〝トリの丸焼き〟なんていう料理を、一人頭、2羽分ずつ食って、骨を積み上げていると――。
「特別料理をお持ちしました」
「ん?」
料理長がきた。後ろに数人続いている。
大きなワゴンに載せて運ばれてきた、〝それ〟は――。
「ブタの丸焼きにございます」
うおっ。
丸々一頭の焼死体が……。
ではなくて、こんがりとローストさせた、ブタ一匹、丸ごとの丸焼きが、カートに載せられてやってきた。
俺はそのボリュームに、たじたじとなっていた。
いくらうちの駄馬が、モリモリ馬のように食ってるとはいえ――。
これは、ちょっと、さすがに――。
「うわー、おいしそー」
あっ。はい。そうですか。
数人がかりで持ちあげられた超大皿が、テーブルの上の料理を半分ぐらい押しのけて、でん――と、置かれる。
ブタの焼死体の顔が、俺を睨んでくる。
いや。違った。こんがりと美味しそうにローストされた、ブタの丸焼きか。
俺も常人よりはだいぶ食うほうだが――。
焼きそば、ステーキ、お好み焼き、ドリアにグラタン、それからなんと〝寿司〟まで――。現代の懐かしい味を食べまくって、さすがにもうちょっと喉元まで込みあげてきている。
料理長が、俺を見て、にやり、と笑った。
その目が、〝お帰りになられてもよろしいですよ〟と云っている。
これは挑戦だった。
勇者として、その挑戦を受けないわけにはいかない。
「おい。アレイダ。どんどん食え。モリモリ食え。好きなだけ食え」
俺はアレイダに勧めた。
知ってるか? 勇者ってのは、〝パーティ〟で戦うものなんだぜ?
「うわーい!」
食うしか能のないうちの駄馬は、モリモリと食いはじめた。
◇
「ふ、わあぁぁぁ……、たべたー、たべたー」
ぱーん、ぱーん、と、アレイダが、お腹を叩く。
アレイダのやつは妊娠していた。
9ヶ月ぐらいだ。
スケルティアは無表情のまま中空を見つめて、ぼんやりしていて――。
モーリンはナイフとフォークをちまちま使って、小さな切れ端を、ちょこちょこと口許に運んでいる。
最初からずっとあんな感じ。マイペースかつ一定ペース。
まあモーリンには〝戦力〟を期待してはいないが――。
俺は、うちの娘の空気読まないほうが、「これおいしいよー。はい、いいところ切ってあげたー」とか、ニコニコしながら巨大な肉塊を置いてきて――。
なんとかかんとか、胃袋へと詰めこんだ。
もう数日ぐらいは、肉、食いたくない。
ブタの丸焼きが、骨格標本だけを残して、だいたいすべて誰かの胃の中に収まり、ほっとした頃――。
店の奥――、厨房のほうで、動きがあった。
従業員が何人も集まっている。
大勢でかついでくるのは――。
神輿だった。
「牛の丸焼きでございます!」
テーブルの上の皿も料理も、すべてを押し潰して――。
神輿が置かれた。
牛の焼死体が――。
いや――。〝牛の丸焼き〟が、焼けただれた眼球で、俺を、にらんでいた。
「………」
俺は脂汗を通り越して、なんか妙な液体を、だらだらと顔と背中に垂れ流しながら――。
牛の丸焼きと対峙していた。
「当店自慢の名物料理でございます」
料理長が……、嗤っていた。
〝お帰りになられますか?〟と、その目が、云っていた。
勇者は引けない。
勇者が敗れるときは、それは人類の滅亡を意味する。
……もう勇者じゃねーんだけど。
「お……、おい、アレイダ? ここの名物料理らしいぞ」
「う……、わ……、う、うわーい……、お、おいしそ……う」
アレイダも、引きつった顔になっている。
すでに妊娠9ヶ月目。これ以上食ったら、生まれてしまう。
スケルティアは、さっきからずっと、動いていない。
モーリンは、しずしず、ちまちま――と、お行儀良く食べ続けている。我関せず、といった顔で、小片を口許に運んでは、自分のペースで食事を愉しんでいる。
「じ、じゃあ……、い、いただきま……す」
うちの娘の役に立つほうが、決して勝てない戦いに向けて、最初の一口を刻んだ。
「う……、う、う……、もうだめ……」
「やめろ。それはやめろ……」
テーブルに突っ伏して呻いているアレイダに、俺も同じように突っ伏しながら、そう制止した。
「だ……、だめ……、だめっ……」
「やめろ。ヒロインやめたくなかったら……、やめろー!」
だが、しかし、アレイダは――。
「う、うぷ――」
やったー!
リバースしたー!
ヒロインやめて、ゲロインになっちまったあぁぁーっ!!
わかっている顔の従業員が、あっという間に取り囲んで、ゲロインを引きずって連行してゆく。
床のうえに、光り輝く〝道〟が、できあがっていた……。
あーあー……。ばっちー……。
何日か、触んの、やめよー……。
何日か、あいつ、抱いてやんねー……。
主戦力は轟沈したものの、俺たちは、牛の丸焼きも、なんとか食いきった。
モーリンが意外と食べていた。
ちまちま、ちまちま、少しずつではあるが、ナイフとフォークを操る手を止めないので、地味に丸焼きが減ってゆく。
スケルティアは、静止と再起動を繰り返していた。生き返ったときには、大の男一人分ぐらい片付けて、また静止モードに入る。
完全静止しているときには、内臓をフル稼働させて消化しているっぽい。
牛の丸焼きが……。
俺たちを壊滅寸前にまで追いこんだ、この凶悪な物体が……。
ようやく、片付いた。
俺たちが「ごちそーさま!!」と叫ぼうとした――その時のことだった。
従業員が、わらわらと群雲のように現れて――。なにか、やっている。
俺の目には、どうも、店の壁を破壊しているようにしか……。見えないのであるが……。
壁が取り払われた。
表通り沿いから、〝それ〟が――。搬入されてきた。
「竜の丸焼きにございますッ!!」
でた。きた。
最強生物が丸焼きになって、出てきた。
竜ってまだいたんだ。五十年前でも希少種だったが。
そしてあの料理長。竜を狩れるほどの強さだったのか。
なんで料理人なんてやっているんだ? なんで竜なんて倒してんだ?
ああ。料理人だから、もちろん、〝料理〟のために倒してんだな。そりゃそうだな。
俺はたっぷり数十秒ほども、現実逃避に耽っていた。
やつの目が嗤っていた。〝お帰りになられますか?〟――と。
俺は――。
俺は――。
負けるのは、大変、屈しがたい。勇者として許されない。――いやもう勇者じゃないんだけど。
だが……。
だがこれは……。
俺は焼死したドラゴンの顔と、にらめっこをした。
俺が降参の言葉を口からだそうとした――。そのとき――。
「あら。おいしそうですこと」
え? という顔が、無数に――一点へと集中した。
しずしずと食べていたモーリンが、ドラゴンの顔を見ながら、にっこりと微笑んでいる。
なにかの魔法をみているようだった。
モーリンはあくまでも、ゆっくり、ナイフとフォークを扱っている。ただそれだけ。
なのに、みるみる、どんどん、ドラゴンの身肉は減ってゆくのだ。
「あー、ドラゴンステーキ!! わたしも食べるー!!」
どんだけ吐いてきたのか。臨月状態からスマートな体に戻ったアレイダが、そんなことを叫びつつ、ドラゴンステーキに飛びついた。
てゆうか……。吐いてきてから、また食うとか、それって、ルール違犯なんじゃね?
俺も再び戦線に復帰した。また食った。限界を超えてみせた。
ドラゴンステーキなんて貴重なものを、食わないわけにはいかない。
知ってるか? 食うだけで強くなるんだぜ? ステータスあがるんだぜ?
なんでこんなチート食材、食い放題なん?
おかしくね? おかしくなくなくね?
食った。食った。食いつづけた。食材効果でSTRとCONがあがった。なので胃袋に空きができて、そのぶんも食った。
だがやはり限界だった。
ドラゴン一匹なんて、食い尽くせるはずが――。
絶望の目を、ドラゴンの丸焼きに向けた俺は――。
「え?」
半分、減ってた。
モーリンがゆっくりとした仕草で、ちまちまと、お行儀よくナイフとフォークを使いながら――。しかし確実に、減らし続けていた。
「え? え? え?」
一口一口は、ほんの小さな小片をゆっくりと運んでいるだけだ。優雅ともいえる仕草だった。
しかしドラゴンの肉はみるみる減ってゆく。
時間の流れが、なんかおかしい。
モーリンが一口に使っている時間は、〝体感時間〟では、ゆうに数秒以上。だが〝客観時間〟では――。
俺は時間を計るスキルを発動させて、厳密に計測を行った。
その結果――。
モーリンの一口の実時間。――なんと、〇・〇〇一秒。
この世には、勇者すらも知り得ないスキルがあるらしい。
世の中……、奥が深い……。
モーリンは優雅に食事を続ける。
あれだけの量が、どこに入っているのやら。テーブルの下のウエストあたりを見ても、まるで変化がない。
アレイダのように9ヶ月とかになっていない。そうなったモーリンというのを、いずれは見てみたいものだが。――まあそれはそれとして。
モーリンは、すべてを完食した。
「おいしゅうございました。……ふう」
頬を上気させて、ため息をひとつ、つく。
それきりだ。
〝竜の丸焼き〟を食べきった美女は、満足したように、微笑んだ。
「おかわりは? ……でますか?」
「も……、もう……、ないです……」
料理長は、両手両足を床についていた。がっくりとうなだれている。
牛の丸焼きに続く、竜の丸焼きで、俺たちを完全に仕留めたと思っていたのだろう。
さすがに〝次〟は用意していなかったようだ。……って、竜よりデカい生き物なんか、そうそういやしないが。
だが――。おまえもよくやったよ。相手が悪かっただけだ。
俺たちでなければ、竜どころか、牛のあたりで、倒されていたはずだ。
俺は床に這う料理長に、手を差しのべた。
引きあげて、立たせてやった。
「ごちそうさま。うまかったよ」
笑いかけると、あいつも笑い返してきた。
「世界を救うことがありましたら、その際には、また来てください。いい料理をお出ししますよ」
料理長は細い目をさらに細めて、ウィンクしてきた。
あー、これー、すっかりバレてんなー……。
まー。世界のどこを探したって、〝魔王〟なんていやしねえけどな。
俺が倒した。前世で倒した。相打ちとなりはしたものの、命をもって、倒しておいた。
だからもう世界を救う必要なんて、ぜんぜん、ないんだけどなー。
「まあ。その時が来たら、また食いにきてやるぜ」
「それまで腕を磨いておきますよ」
俺は料理長と腕をクロスさせた。
あんまり男とくっつく趣味はないのだが。
くっつくのであれば美女ないしは美少女がよいのだが。
ま。なんか――。好敵手っぽい友情が芽生えてしまったわけで。
「さ――。帰るか」
「はーい!」
「スケ。は。かえる。」
皆が立ちあがる。
モーリンも最後に静かに立ちあがって、足を踏み出す。
――と。
床が抜けた。紙みたいに抜けた。
わりと頑丈そうな木の板の床だったが、モーリンが足を出すたびに、ばりんばりんと壊れてゆく。
「……困りました。これでは帰れません」
なるほど。
俺は理解した。物理法則までは曲がっていなかったらしい。
質量保存の法則というやつだ。
食ったぶんが、いったいどこへ消えているのかと思っていたが――。
見かけは変わっていなくても、〝質量〟のほうは、しっかりと変わっていたわけだ。
いまのモーリンは、ドラゴン一頭分の体重があるわけだ。
「〝飽食〟のスキルも万能ではないようですね。スキルポイント余っていたので取ってみましたが」
「モーリン。ちょっと失礼するぞ」
俺は紳士的に声を掛けた。そしてモーリンの背中と、膝の裏に、それぞれの手をかけて――。
「えっ? あっ……、きゃっ」
小娘みたいな可愛らしい声をあげて、モーリンは俺の手に「お姫様だっこ」をされた。
「軽いな。小鳥のようだ」
俺はモーリンを運びつつ、店を出て行った。
スキルをいくつか使った。
ドラゴンの体重を持つ女を抱き上げるためには《剛力》。単純な腕力を底上げするスキルだ。
もう一つは《軽身功》。スキルレベルによっては、体重が、かぎりなく「0」に近づく。
《剛力》は戦士系で、《軽身功》は盗賊や隠密系のスキルであるが、勇者のクラス特性は「全スキル取得可能」だ。
俺の女のために、溜まっていたスキルポイントを浪費するくらい、造作もないことだった。
俺の女のためなら、スキルポイントだろうが、なんだろうが、たとえ命だろうが、いつだってすべてくれてやる。
「マスター。あの……、お、下ろしてください」
「だが断る」
俺は断固たる調子で、そう言うと――。
モーリンをお姫様だっこしながら、店をあとにした。
そこ。アレイダとスケルティア。
いいなー、とか、指をくわえながら見てるんじゃねえよ。
◇
アレイダはSTRとCONがあがった。スケルティアはDEX。
モーリンは、驚いたことに、INTがあがった。カンストしてるステータスなのに、なんと、〝桁〟が増設されていた。
俺はまんべんなく、どのステータスも向上していた。
レベルと経験値に一切変化はなかったが、ステータスだけは何レベル分もあがった。ラストダンジョンにこもって修行するぐらいの効果があった。
行く先々で宣伝してやるとするか。
〝食べるだけで強くなれる、すごい店があるぞ〟――と。