ラストダンジョン 「ちょ……、ここっ……なんなのっ?」
今日は楽しいダンジョン遠足。
俺たちはめずらしく全員でダンジョンを訪れていた。
「おーい、早く立ち上がらないと、つぎ、くるぞー」
最初に出くわしたモンスターをなんとか倒したはいいが、早くも死にかけているアレイダに、俺はそう言った。
「ま……待って、回復が……、間に合わな……」
クロウナイトの回復方法はリジェネだ。エナジードレインで敵からHPを吸い取る方法もあるが、さっきの戦いはあまりにも過酷で、そんな余計な技を使う暇などなかった。
可及的速やかに、全力をもって、出し惜しみなどせず、はじめから全開で、敵の息の根を止めなければ――たぶん、倒されていたのはアレイダとスケルティアのほうだった。
「まー、いきなり奥義から使ったのは、あれはー、わりとよかったがなー」
俺はそう言った。素直に褒めておいた。
思いきりがいいじゃん。もっとぐずぐずやって、俺が助けてやるハメになるかと思っていた。
まあ――。
このダンジョンにおける、最も浅い層において、最も弱いザコ敵の、たった一匹を始末しただけで、HPはガタガタ。MPなんて底をついているわけであるが――。
「ほらー、早く立てー。いまの戦闘の音を聞いてー、つぎがー、押し寄せてくるぞー」
俺はアレイダに回復魔法を使った。
勇者の職業は、基本、なんでもできる。
それでいて器用貧乏にならず、剣技も魔法も補助スキルでさえも、本職に並ぶのが、勇者という職業である。
「立つけど」
HPが全快したアレイダが、すっくと立ちあがる。
ちょっとデカいヒールを使った。万とかいう単位のHPでもなければ、たいてい全回復させる魔法だ。
「スケも。――いけるか?」
「いける。よ。」
天井から垂れた糸の先で、逆さまになって、スケルティアが言う。
こちらは中衛。直接ダメージは食らっていない。だが一匹始末するために糸を多量に使っていた。MPはアレイダ同様、そんなに残っていない。
「おい。モーリン。あれをやってくれ」
「あれ、でございますね」
モーリンは今日はメイド姿ではなくて、大賢者の格好。
宝玉のあしらえられた賢者の杖を、とん、と、床につくと――。
不思議な波紋が広がり――。パーティ全員のMPが、みるみる回復してゆく。
賢者の特殊スキル。MP全回復だ。戦局をひっくり返す威力がある。
HP全回復の呪文を先に唱えてから用いれば、HPとMPを、どちらも共に満タン状態に戻せる。
一日に一回しか使えない裏技であるが――。
「ええっ? なに? なんなの、この大盤振る舞い……? ケチなオリオンが? ヒールしてくれるだけでなくて、なんでMPも戻してくれんの?」
俺はべつにケチなわけではなく――。
簡単に助けてしまっては、やつらの成長に繋がらないから、助けずにいるわけだ。
あ。いや……。いざとなったら、助けてもらえると思っていると、ぜんぜん成長に繋がらない。やつらには――特に駄犬化の激しいアレイダには、「絶対に見殺しにする」と思わせなければならない。よって、俺も本気でそう考えるようにしている。
死んじまったら、そのままにして、帰るかー、ぐらいに、本気でそう思っている。
「今日は特別だ。MP戻さずに〝次〟をやったら、おまえら確実に死ぬしなー」
通路の奥から、剣呑な音が聞こえてくる。
多数の魔物の足音。
「え? あのその? 奥から、なんか、くるんですけどー……?」
「さっき倒した一匹な。本当はアレ、集団で襲ってくる魔物なんだわ。一匹だけで出てきたのは、むしろ珍しいっていうか、レアっていうか」
「……て、……いうことは?」
うちの娘の駄犬なほうは、だんだん、わかってきたらしい。
「スケ。食事はそのへんにしとけ。――くるぞ」
「ん。たべおわた。よ……。糸の。材料。まんたん……。」
「そうか」
うちの娘の野生味のあるほうは、この短時間に〝食事〟をしていた。
感心感心。〝食えるときに食え〟は、冒険者の鉄則とされている。
ちなみになにを食したのたといえば、さっき倒した魔物。火も通さず〝生〟でいっている。
ハーフ・モンスターは便利だなー。あれで食あたりを起こさないんだもんなー。
「すすす――スケさん! わわわ――わたしが食い止めるから! えええ――援護おねがいっ!」
アレイダの声は、しっかりと裏返っている。
最近、「どう? 強いでしょ? わたし、強くなったでしょー?」とか、ドヤ顔をしてうるさいので、自分がいかに小物で駆けだしであるのかを思い知らせるために、俺とモーリンが修行あるいはカネ稼ぎに使っている、通称〝ラストダンジョン〟の、ごくごく〝さわり〟の部分を体験させることにした。
つまり、一階の入口近辺。
攻略だとか、侵攻だとかは、一切、考えていない。
入口付近を、ちょろちょろとして、エンカウントした敵とちょっとだけ戦う。雰囲気、及び、敵の強さの〝ランク〟というものを、おおむね体験できたら、さくっと帰る。
そういう、体験遠足コースであった。
闇の中から、数多くの魔物の足音が響いてくる。徐々に大きくなってゆく。
「き、き、き……きなさいよっ! や、やるの! やるのっ! やるのーっ! お、おおぅ!」
アレイダはすっかり腰が引けてしまっている。
「なんだそのへっぴり腰は。しゃんとしろ、しゃんと」
ケツを蹴りつける。
「蹴ったあぁぁ!?」
抱えこむと具合のいいそのケツに、ちょっと欲情を催したけども――さすがの俺も、こんなところで、そんなコトに及んでいたら、死亡する。
ここはそのぐらいは危険な場所だった。
このダンジョンに入ったことのある人間は、おそらく、両手と両足の指くらいで足りる程度だろう。
足を踏み入れ、生きて出ていった者となると、かつての勇者とそのパーティを除けば、まあ、片手で足りる程度だろう。
そして修行と金策に、ここを使っているのは――。
これはまあ断定してしまっていいだろうが、俺とモーリンの二人くらいだ。
元勇者と大賢者の二人パーティだけが、金策にこの場所を使っている。
「言っとくが。MP回復は、もうないからな」
「どケチ!」
「あれはモーリンの賢者スキルで、一日一回しか使えない奥の手だっつーの」
「奥の手最初に使っちゃうし!」
「HPは俺が回復してやるが、MPは吸い取るか、さもなければレベルアップしろ。レベルアップ時の全回復がなければ、死ぬと思え」
「なによそれ! なんなのよそれ! なに言ってるのかちょっと意味わかんないわよ!」
この世界では、レベルアップすると全回復するシステムだ。
なんでか知らんが、そうなっている。
向こうの世界のゲームでは、わりと見かけるシステムだが、現実として存在していると、ちょっと面食らう。
だがそれを変だと感じるのは、異世界からの転生者である俺ぐらいなもので……。この世界に生まれ育った者にとって、それは単なる〝常識〟だ。
俺も実際、こちらの世界で生を受けた前々世での勇者時代は、まったく気にしていなかったわけだし……。
レベルアップ時の全回復を、戦略に組みこむのは……。まあ、〝常識〟ではないかもしれないが。
でも勇者業界では〝常識〟なんだよなー。これってー。
アレイダやスケルティアあたりの低級職なら、この通称〝ラストダンジョン〟の敵を、1、2匹倒せば、レベルアップする。
アレイダはさっきはレベルアップしていないから、次の1匹で、確実だ。
おっと。「クロウナイト」は低級職じゃなかったか。世間一般的には中級あるいは上級職だっけか。勇者業界の〝常識〟で計ると、まだまだぜんぜん、くちばしの黄色いヒナ鳥になるんだが……。
などと考えながら、待ち受けていたら――。
きたきた。
ぞろぞろきた。続々ときた。隊列作ってやってきた。
「ぎゃあああああ! きた! きたあぁぁぁ!」
アレイダのやつは、今生の終わりみたいな悲鳴をあげる。
うちの娘のうるさいほうは、ほんと、うるさい。
「……いくよ。」
スケルティアが、決死の面持ちで、うなずいた。
うちの娘の腹の据わっているほうは、ほんと、静かだ。
二人は敵のただなかに飛びこんでいった。
◇
「はぁ……、ふう……、はぁ……、ふう……」
折れた剣を杖がわりにして、アレイダのやつは、かろうじて、立っている。
スケルティアのほうは、もう糸も出せなくなっているのか、地面にぺたんとへたり込んでいる。
俺はすでに倒している敵を、念入りに、金棒で破壊して回っていた。
ただ倒しただけで放置しておくと、こいつらは自然復活してくる。
昔々、前々世において、俺がはじめてここを訪れたときには、モーリン式で鍛えられていた。
モーリンはニコニコ笑って見ているばかりで――。
俺は復活してきたやつらにタコ殴りにされて――第二ラウンドが開始となった。レベルがもう3つもあがった。
「マスターはお優しいですね」
「フンっ――。こいつらが死んじまったら、寝覚めが悪いからな。ただそれだけだ」
昔々の、俺の時には、まだ余力があったが――。こいつらは本当にもう限界だ。これ以上は本当に死んでしまう。
言わずもがなのツンデレ言語を口走っているのは、自分でもわかっている。
でもどうにもならない。
幾分、呼吸も整ってきたアレイダのやつは、きょとんとした目で、敵の残骸を徹底的に破壊し尽くしている俺を見ていたが――。
はっ、と、気がついた顔をする。
あー、ばか、もう! 気がつくな!
おまえはいつもみたいにバカなままで、バカ面をさらしていろ!
「あ、あのね……、オリオン……、えっと、その……」
「なんだ?」
俺はじろりと、うちの娘のしおらしいほうを、にらみつけた。
感謝の言葉でも口にしたら、コロス、あるいは犯す、と、目で凶悪に訴える。
それが伝わったのか、アレイダは言いかけていた言葉をいったん飲みこむと、かわりに別の言葉を言いはじめる。
「お、オリオンって……、本当に……、強かったのね」
「はァ?」
俺はぎろりと、凶悪に睨み返した。
手にした金棒で、残骸をごりごりと粉末にしてゆく。
「ほ、ほら……、わたしとスケさん、戦っているときに……、何体か、減らしてくれていたじゃない?」
ちっ。気づいていたのか。
アレイダがこっちを見ていない隙を狙って、一瞬で、ぶっ飛ばしていたんだが。
「一撃だし。残骸も残らないぐらいの威力だし」
「ま、まあな……」
俺もそれなりにレベルを上げている。
こいつらは、亀のごとき歩みではあるが、じりじりと強くなってきてはいる。
俺がまったくレベル上げをしないでいると、だんだんと、その差は縮まってきてしまう。
どちらが主かわからなくなってきてしまう。
常に圧倒的な力量差がなくてはならない。
もう倒すべき魔王もいないのだから、そんな「強さ」は不要なわけだが……。
俺はこいつらが常に「絶対にかなわない存在」でなくてはならないのだった。
あー、メンドクセー。
二度目の人生は、もっとサボるつもりだったんだがなー。
「こんなの。べつに。たいしたことでもない」
金棒の先で、ごおりごおり。粉末が増えてゆく。
「スケさん。もっと褒めろってさ」
「……?」
「おい。誰が褒めろなんていった」
「ほら。ほめてって。――わかる?」
「おい。聞けっての」
「……?」
スケルティアは首をどんどん傾けてゆく。
「いいこと」と「わるいこと」の区別さえ難しいモンスター娘に、「褒めろ」は難し過ぎたようだ。
「ほら。ほめてあげましょう」
「だいてー」
スケルティアは、俺をまっすぐ見つめて、照れもせず真顔で言った。
「へ? いやちょっとそれって、どうなの? ありなの? ないでしょ?」
「お、おう。……帰ったらな」
うむ。男にとっては、最高の褒め言葉だな。
今夜はいっぱい、抱いてやろう。
「えっ! アリっ!? アリなのっ――!?」
「マスター。わたくしのことも抱いていただけますか? わたくしも、少々、濡れてしまいました」
「なぜおまえまで」
俺はモーリンをまじまじと見つめた。
なぜここで、いきなり、抱かれたい宣言? しかも表情ひとつ変えずに?
「照れていらっしゃるマスターも、愛いものですから」
「愛でるな。……だいたい、おまえ。その、〝濡れた〟とかいうのも、ウソだろう?」
俺はなぜかうろたえつつ、そう聞いた。あんな鉄面皮で表情ひとつ変えずに、そんなこと言ったって……、ねえ?
「では、お確かめになっていただきませんと」
「う、うむっ。そ、そうだな。よし抱いてやろう。その言葉の真偽は、当然、俺のこの目で、確かめなくてはならないからなっ。直接っ」
「はい」
モーリンは長い睫毛を伏せて了承。
よし。よし。よしっ。あとで確かめる。しっかり開いて確かめるからなっ。
――で、アレイダのやつだが。
「えっ? ええーっ! なっ――ちょっ! みんな! なんなのっ!」
アレイダは一人で慌てている。
俺はモーリンとスケルティアを左右に抱えた。二人の細腰を、左右の手で抱き寄せる。
そのうえで、アレイダに問い質した。
「おまえは、どうなんだ?」
「えっ? いや、あの、ちょっ……」
「抱かれたいのか。抱かれたくないのか。イエスかノーかで、簡潔に答えろ」
「ああぁーっ、うううーっ……」
「あー、うー、ではなくて。俺は答えろと、そう言った」
俺は意地悪く、質問を続けた。
こいつ。おもろい。もう何回も抱いてやってるのに。夜中に自分から枕抱きしめて、夜這いにやってきたことさえあるのに。
まだ素直に言えない。口にできない。
「……いです」
「聞こえんな」
「――!? ……いです!」
「だからぜんぜん聞こえんなぁ」
俺は耳に手をあてて、わざとらしく、聞き返した。
アレイダは、まなじりを決すると、息を深々と吸いこんで――。
「だ――!! 抱いてえぇぇーっ!!」
◇
目をつぶって、大声で言うアレイダが、可愛らしくて――。
その夜は、大いに燃えた。
まずアレイダから愉しんだが――。全員、もれなく味わった。
しかし……。
血が騒ぐというか。
戦闘のあとのセックスは、大変、キモチがよかった。
ラストダンジョン1階入口数歩のところで、ちまちま、やりました。
いわゆるド○クエのクリア後に行けるダンジョンみたいなものだとお考えください。
オリオン自身は、モーリンと二人で、ここでレベル上げします。




