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口説き文句の練習 「好きって言えよ」

「好きって、言えよ」


 廊下の壁に、ドンと手をつく。

 アレイダのやつの逃げ場を、まず封じておいて――。

 息が掛かるほどの距離から、殺し文句を囁いた。


「な、な、な、なっ――なにっ! な、なんなのっ……!?」


 アレイダのやつは、めっちゃ、動揺してる。

 これで平静を装っているつもりなんだろう。しかしぜんぜんだ。

 最近、こいつのポンコツ具合が、カワイイと思えるようになってきた。


 やべえ。ちょっとムラムラしてきた。このまま壁に押さえつけて犯したくなってきた。

 だが〝そういうつもり〟ではじめたことではないので――。ここは自粛することにする。

 俺は、また囁いた。


「カワイイな、おまえ」

「なっ――! なにっ? い、いつもはゼッタイそんなこと言わないのに? ……へんよ? オリオン?」


 ありゃ? 真顔になりやがった。

 失礼なやつだな。

 俺が口説き文句を言うのは、そんなにおかしいか?

 そりゃ、おまえなんかを口説いたりはしないが。街の女なら普通に口説く。


 これはそのための〝練習〟だった。

 身近にいる俺の女のうちで、こいつがいちばんチョロい。


 モーリンは、あれは、だめだ。ハイレベルすぎる。

 あれを赤面させるとか、落とすとか、人類にはちょっと荷が重すぎる。元勇者にとっても、だいぶ難しい。

 たまになんらかの偶然で、俺の行動が彼女のツボに決まったとき、照れ顔の一つくらい見せるのだが……。モーリンのツボは、どうもよくわからない。狙って突くのは、限りなく無理ゲー。


 そしてスケルティアはといえば――。

 無口無表情を絵に描いたような娘で――。感性が人と若干違う。種族的にも、ハーフなんちゃらスパイダーなので、どっちかっていうと、虫寄り、昆虫寄り、蜘蛛寄り。

 そこがまたいいんだが……。人とは違うスリリングなセックスを味わうことができるわけだが。


 ラブ・アンド・ピースの世界の精霊と、セックス・アンド・ダイの蜘蛛少女と、そんな二人と比べれば、引きニート駄犬の、ポンコツ美少女のほうが、まだ一般人に近いわけで――。


 だから「口説き」の練習台として、アレイダを選んだわけだった。


 前の街で温泉宿のマダムを口説いたとき――。

 自己採点の点数は、満足のいくものではなかった。


 そこに関して、若干の経験値の不足は認めなければならないだろう。


 前々世のときには、なにしろ多忙な勇者人生だった。街の少女や女性たちには「勇者様ーっ♡」と、モテモテだったが、実際には女性とはまるで無縁の人生だった。

 パーティ内には美少女も美女もいたが、最も身近かつ想いを寄せていたモーリンにさえ手を出すこともできなかった。


 そして前世においては、ブラックバイトとブラック企業に磨り潰されてゆくだけの毎日。やっぱりこちらでも、そちら方面の経験値はあまり積めていない。


 ――てなわけで。

 さっそく、アレイダで経験を積むことにする。


「ねえ? オリオンってば……? 今日、なんか変よ?」

「俺が変なのだとしたら、それはおまえのせいだな」

「う、うえっ? わ、わたしの……?」


 アレイダはまばたきを繰り返している。


 いまのセリフ。自己採点だと50点を切ってたんだが……。

 アレイダの反応を見る限り、かなり〝アリ〟だったらしい。


 ああ。なるほど。

 現代世界では〝物語〟が発達しているから、定番セリフが鼻についたりするわけだが……。

 この異世界では物語はあまり普及していない。テレビもラジオも、当然、ネットも存在しない。

 演劇だか、オペラだか、そんなものならあるらしい。観に行ったことはないが。

 演目の一番人気は「勇者」の活躍の物語らしい。絶対、観に行かねー。


 小説や漫画みたいなものは、あるのかどうかわからない。アレイダぐらいの年頃の女の子が読んでいるのを見たことはないので、たぶん、ないのだろう。

 あったとしても、ひどくマイナーなのだろう。


 勇者が魔王を倒して平和になったとはいえ――。

 この世界は、日々、刺激に満ちあふれている。

 人が死んだりモンスターが暴れたり人が食われたり、そのモンスターが討伐されたり、日々、生きるか死ぬかで、割合と忙しい。

 物語などに耽って〝暇つぶし〟をしなければ、退屈で死んでしまう――なんていう裕福かつ恵まれた環境にいる人間は、そう多くはないということだ。


 ということで――。俺は――。

 バンバン、歯の浮くようなセリフを並べ立てることにした。


「おまえの瞳のなかに星が見える」

「え? ええっ……、ほ、星って……、そんなぁ」

「おまえは俺の太陽だ」

「え? やっ……、あのっ……、そ、そんなこと言われてもっ」


 ちょろい。ちょろすぎる。

 俺はつづけて、チョロ駄犬に囁いた。


「おまえ。綺麗になったな」

「え? ええぇ……っ?」

「俺のところに最初に来たときより、ずっと綺麗になった」

「そ――それは言わないでぇ。あ、あのときは……、だって……、ずっと檻に閉じ込められていて……、汚れていたからっ……」


 ん?

 ああ。そっちの意味で誤解したわけか。

 たしかに奴隷として売られていたこいつを買ったときには、すっげー、汚かったっけなー。

 


「そういう意味で言ったんじゃないんだが」


 俺は笑いながら、アレイダの赤い髪に手で触れた。

 あのときは、触るの嫌だったけどー。

 いまはぜんぜん、むしろどんどん触りたい感じー。


 髪を撫でられているだけなのに、アレイダは目をつむって身を震わせている。


「ふわん」


 そのうちに、こらえきれなくなったのか、声を洩らす。

 色っぽい声出すなよ。屋敷の廊下だが、襲いかかりたくなるじゃないか。

 だが〝そういうつもり〟ではじめたことではないので――。ここは自粛することにする。


 触れていると前戲になってきてしまうので、俺は名残惜しかったが、髪から手を離した。

 壁に――ドンと、その手を突いて、頬の両側を押さえこんで、逃げられないようにする。


 あくまで、言葉だけで攻めてゆく。本日のお題はそれだ。


「ばかだな。綺麗になったっていうのは、魅力って意味だ。おまえの積み重ねてきたことが、自信となって――それが〝魅力〟として外に出てるって言ってるんだ」

「えっと……、あのっ、そのっ……、それってつまり……、褒めてくれてるっ?」

「ああ。綺麗だぜ」

「ふわわぁ~……」


 アレイダのやつは、なんか変な声をあげた。

 感嘆の声なのやら、イッちゃってる声なのやら。


 しっかし……。

 チョロい。ほんとチョロい。


「おまえ。チョロいな」


 やべ。口に出ちまった。

 ミス。ミス。

 うっかり。うっかり。


「ちょ――! なによ、それ!?」


 途端に目つきが鋭くなる。

 あはは。俺はほんとはこっちの目のほうが好きなんだけど。駄犬チョロインの、とろけきった乙女の目より、いまにも噛みついてきそうな野性の目のほうが――。

 いまは口説き文句の実践練習だ。すぐにリカバリーしないとなー。


「自分のキモチに素直になれよ。――期待してんだろ? 可愛がってやらねえぞ?」

「期待なんて――」

「してないっていうのか?」


 俺は顔をぐいっと近づけて、凄んでみせる。

 こいつが、俺に、惚れているということを――俺は1ミリも疑っていなかった。

 単なる事実として受け止めていた。


 そして同時に、こいつは俺に、「そのこと」がバレていないと思っている。

 まったく、可愛いものであった。


 股まで開いておいて、好きじゃないとか――そっちのほうが、むしろ驚きだ。

 娼婦だって相手を愛する。――一時だけは。


「……や」

「や?」

「やさしく……、してくれるの? 素直に……、なったら?」

「ああ。おまえが可愛い女でいればな」


 チョロい。ほんと。チョロい。


「俺に甘えろよ。……甘えたいんだろ?」

「あ……、う……」


 いやいやでもするように、アレイダは首を左右に振る。

 いったいなにを抵抗してんだか。さっさと楽になっちまえよ。


「か……、かわいい……ほうは、自信ないけど。でも素直になるほうだったら……」

「なるほうなら?」


 俺は、ここを先途と、踏みこんだ。


「が、がんばるっ……」


「ぷっ……」


 俺は、たまらず、吹きだした。

 素直になることを「頑張る」なのか。そこまでか。それほどか。

 どこまで強情で、どこまで意地っ張りなんだか……。


「くっくっく……。あーっはっは!」


「ちょ……、な、なによ? なに笑っているの? ……わたし、なんか、だめだった?」


 俺はこのへんで実践練習を終えることにした。


「これな。〝好きって言えよ〟――ゲームな」

「はぁ?」

「口説く練習。おまえでやってたわけ」

「ええと?」


 アレイダは、まだわかっていないというカオ。


「おまえに好き好きって言わせたら、勝ち。……だけど。……ははははっ! おまえには無理だ。頑張んなくていーぞ。はっはっは!」


 俺は笑った。膝をバシバシ叩いてウケていた。


「あの……えっと、確認するけど。つまり、わたし……。からかわれていた……って、そういうこと?」


 俺はヒーヒー笑っていて、答えられる状況になかった。


「じゃあ……、つまり……、さっき言ったこと……、みんなウソ……って、そういうこと? かわいい、だとか……、きれい、だとか……」


 アレイダの髪がざわざわと騒いでいる。殺気が洩れだしている。

 そこについてはウソはない。

 こいつはかわいいし、綺麗だ。――野性的な意味において。


 いまにも俺をぶっ殺そうというぐらいの気迫が満ちてゆく。

 目が爛々と輝きを放っているように見える。(心象風景的に)


 やべえ。欲情した。

 このアタマおかしい女とのセックスは、めちゃくちゃ気持ちいいことを、俺は思い返していた。野性の雌との交尾は、鋭い快楽で、最高にいいのだ。


「ぶっ殺――!?」


 殴りかかってきたアレイダのパンチを、俺はひょいと避けた。

 そしてアレイダを〝お姫様だっこ〟で抱えあげる。


「――って! ちょ! きゃっ! な――なにっ!? おろして!」

「だが断る」


 俺はそう言った。

 そしてそのままアレイダを〝寝室〟へと運んでいった。


「ちょ――! なに!? なんなのっ!」


 ごちゃごちゃとうるさい俺の女を、そのまま、ぽーんとベッドに放りだして――。


    ◇


 このあと、滅茶苦茶セックスした。


 好き好き好き――と、うわごとで、何度も泣き叫ばせてやった。

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