山賊さんいらっしゃい 「山賊には、手加減するんじゃないぞ」
「いいか? 山賊という連中は、とかく面倒くさい相手だからな。もし万が一出会ったときには、手加減するなよ」
「なんかいきなり殺しちゃえ、……とか、言われている気がするんですけど?」
とある日の、昼食後の時間――。
屋敷の庭の木の下の、青空教室で、アレイダとスケルティアの二人に稽古をつけてやっていた。
本日の授業のテーマは、「もしも山賊に出会ったら?」である。
ちなみに〝屋敷の庭〟というのは、魔法の馬車の中の亜空間のなか。
この空間。どういうわけだか、「空」がある。表とは別に「お天道様」も見えている。
馬車の外が雨でも中は晴れだったり、中は晴れでも馬車の外は曇りだったり、天気は連動していない。
季節などは特になく、天気の変化を除けば、常に快適な気温湿度となっている。
どういう仕組みになっているのかは――、しらん。
モーリンなら、喪われた太古の魔法技術をすべて解説できるのだろうが、特に興味もないので、聞いたことはない。
「ねえオリオン。本当に殺しちゃってもいいの? 山賊は?」
「さんぞく。……ころす? ころす?」
「いいか? まず前提からいくぞ? ――街で出会うのは盗賊だ。――海で出会うのは海賊だ。――では、山で出会う連中は?」
「山賊。……だよ。」
スケルティアに、俺はうなずいてやった。
「そうだ。つまり、山で出会った盗賊である以上、そいつらは、山賊だ」
「なんだか、あたりまえのこと、言われている気がするー」
アレイダがぼやく。
デカい尻の下にある丸太の椅子を、いっぺん蹴っ飛ばしてから、俺は話を続けた。
「山賊が厄介……っうか、愉快……なところは、人里離れたところで活動しているせいで、やつらの感覚は、すっかりおかしくなってしまっているということだ。盗賊なら、ギルドがだいたい仕切ってる。海賊なら仁義が通用したりもする。場合によっては手を組むのもありかもしれない」
俺は木陰に置いた黒板を前にして、手を後ろに組みながら、行ったり来たりしながら話した。
アレイダとスケルティアはすっかり生徒の顔。
ふむふむ、とか、うなずいていたりする。
「――特に海賊の場合。頭目は美人であるケースが多いしな」
俺が真面目な顔でそう言うと――アレイダのやつが、ずっこけていた。
丸太の椅子から、見事に転がり落ちている。大袈裟すぎ。
うむ? おかしいな? そんなずっこけるようなことを、話したか?
二週目人生においては、すごく大事なことを言ったはずだが。
「んで。山賊だ。こいつらは金ナイ度胸ナイ女ナイ、の、三ナイだ。度胸と器量がないから、徒党を組む。土地勘のある山に引きこもって一歩も出ないで、通る商人や旅人を襲う。金がナイから仕事ぶりもセコい。そして――。おい、そこでまだずっこけてるアレイダ? もうひとつ〝ナイ〟のは、さて、なんだったかなー?」
「ええと……、な、なんだっけ?」
うちの娘たちのよく聞いているほうが、うちの娘たちのぜんぜん聞いてないほうに、こしょこしょと耳打ちしてやっている。
「え、えと――、女? ……だったっけ?」
「そうだ」
俺は重々しくうなずいた。
「山賊に捕まるとなー。悲惨だぞー?」
「ど……、どうなるの?」
「うむ。後ろから前から、責められるな」
「ぐえっ」
「一対一にして――なんていう贅沢は、聞いてもらえないな。複数人が群がってくるな」
「ぎゃっ」
「表から裏から、あるいは両方同時にだとか。遠慮もない」
「り、りょうほう? 両方ってなにー!? ――お、おもて? う、うらっ?」
ああそういや。こいつとのセックスはノーマルばかりか。表とか裏とか両方とか、知らんのかも?
「壊れるまでご利用されること請け合いだな」
「ううう……」
「そして最後には、首を絞められたままヤられて、そのまま逝き殺されたりもする。〝えっひゃっひゃ。おいこれいいぜー!! 首を絞めるとアソコも締まるぜー!!〟とかお下品な感じで、ようやく、ご利用を終了してもらえる」
「うわぁ……」
アレイダがビビっているのが面白くて、ついつい、下品な話になってしまった。
「……おほん。まあそんなことにならないように、だな。おまえたちには、山賊と出会ったときの心構えを――」
「心配してくれてるの?」
「ん?」
「あたしの、心配してくれてるの?」
「ん?」
アレイダのやつが。なんか。キラキラした目を向けてくる。
「……おほん」
俺は咳払いをひとつした。
なにか妙な誤解が生じているらしい。
俺は別に心配などしているわけではなく――。
うん。そう。
俺の女がそんな目に遭うことを、俺は到底容認できん。――というだけである。
うん。そう。
「おまえの。……じゃなくて、おまえたちの、だからな。……おい。スケ。おまえも、きーてるのか?」
「ん。さんぞく。ころすよ。おりおんの。ところ。かえってくるよ。」
うちの娘たちの健気なほうは、鼻を鳴らして、そんなことを言った。
俺はちょっと、じーんと来た。
「じゃあちょっと立て。複数対一の戦いかたを教えてやる」
「できるわよ。このあいだ何十人も皆殺しにしたし」
温泉街のときの戦いの話か。
悪徳領主の配下のゴロつきどもを、何十人か倒したっけ。
「おまえらは、二人のチームプレイっつーか、ハメ技に特化しすぎ。それに慣れすぎ。スケと一緒じゃなくて、一人だったら、どーすんだ?」
「普通にやるんだって、できるわよー? 三十人かそのくらいまでなら」
うちの娘たちの調子くれてるほうが、そう言った。
「ほほう?」
俺は目を光らせた。
ぱちんと、指を鳴らす。
木の周囲の地面に、土の山が生まれた。土塊は、いくつも無数に盛り上がっていって――。
それぞれが、手足を持つ
「うわぁ……、なにこれ?」
「土傀儡だ」
俺の、ぱちんと指を鳴らす合図によって、遠くにいるモーリンが、家事のついでに魔法を唱えただけだが――。
べつに「勇者」のジョブでも、この魔法は使えるぞ? だいたいなんでもできる、というのが、勇者というジョブの特性なので。
ただ取得にかかるコストがあまり安くはない。せっかく全魔法系統を修めきっている「賢者」がいるわけだから、任せることにしているだけで――。
やっぱ……。、こんど、取得するかな。
モーリンと二人でラストダンジョンに行って小一時間も戦えば、必要なスキルポイントを得るだけレベルアップもするのだろうし。
「今日はこれと戦ってもらう」
「いいわよ」
アレイダが剣を抜く。スケルティアが手を構える。
「ばか。一人ずつだ。なに聞いてんだおまえ」
俺はアレイダの背中にケリを入れた。見事な足形が背中の肌のうえについた。肌と泥のコントラストがちょっとエロティック。
「ちょ――! なんでわたしだけ!? わたしだけ蹴られるの!? スケさんだって構えてたよね! いま構えてたよね!」
うちの娘の賑やかなほうは、ほんと、うるちゃい。
アレイダが、ぎゃーぎゃーと騒いでいる間にも、都合、三十体ばかりの土傀儡は、周囲を包囲して、じりじりと包囲を狭めつつあった。
こいつらには知性はなく、召喚されると、手近なものを襲いはじめる。命令を与えその者だけを襲わせることもできる。
「まず。おまえからだ」
俺は指を差した。
標的ポインタを、アレイダに固定しようとしたとき――。
――ひひ~ん!
「ん? ミーティアか?」
「え? なに? ミー……?」
「ああ。馬の名前な」
このあいだつけてやった。うちの馬車牽き牝馬の名前だ。女の子らしい、いい名前だと思う。
「なにそれ! わたしカクさんとか呼ばれてて! なんで馬に! そんなちゃんとした名前つけてるの! ひどくない!? ねえ! ひどくない!?」
うちの娘のうるさいほうは、ほんと、うるちゃい。
「外でなんかあったみたいだな」
命令を与えなかった土傀儡が、二、三体、ふらふらと近づいてくる。適当に殴って爆散させる。
ちなみに高レベル勇者のパンチだから爆散するのであって、レベル1の戦士とかだと、一対一でも勝てるかどうか怪しい。土傀儡はそのくらいの強さがある。山賊と同等ということで、選んだわけであるからして――。
「――ちょっと訓練中止な。見に行ってみるか」
◇
俺たちは、馬車を出た。
そこにいたのは――。
「あれ? この人たち、なに? 大勢で……?」
ぽかんと言っているアレイダに、俺は頭を抱えたくなった。おまえはさっきの授業でなにを聞いていた?
大勢の男たちが馬車の周りにいた。
あまりいい服は着ていない。服装はまちまち。全員、なにがしかの武器を携行しているが、その武器は、山刀や狩猟ナイフといったものの範疇を大きく逸脱している。戦闘用か人体破壊用って感じ。
「お……? おまえら、いったい……、どこから……?」
男たちのうちの一人が、そう言った。
馬車の中は亜空間へと繋がっているが、それは、所有者である俺が登録した者にとっての話。招かれざる者にとっては、本当に単なる馬車にしか見えない。幌の中をのぞいても、がらんとしてなにもない内側が見えるばかりだ。
すでに覗いて、誰もいないいことを確認したのだろう。
放置された馬車だと思ったのだろう。
そして盗んで売り払おうとでも思ったのだろう。
別の男が馬の近くにいた。
「いい馬じゃねえか~。馬車はゴミだが、この馬は高く売れそうだぜ~」
「汚い手でさわるな」
牝馬――ミーティアの尻を、男が薄汚い手で撫でまわしていた。
俺は長剣を抜くと――。
その手を、すぱんと切断した。
肘から先が、くるくると回転して地面に落ちる。
腕を切り落とされた男は、うおー、とか、ぎゃー、とか、腕が腕がっ俺の腕がっ、とか、地面を転げ回って騒いでいるが――。
俺の関心は、もっぱらミーティアの怯えをなだめてやることに向かっていた。
「よしよし。――よく我慢したな。よく知らせてきたな。もう安心しろ」
「ちょ――! ちょ! ちょちょ! なにやってんの! なんでいきなり人様の腕! 腕っ! 腕えっ! ――斬り落としちゃってんのっ!!」
アレイダが騒ぐ。
「腕がっ! 俺の腕があぁぁ――!!」
男はもっと騒ぐ。
「あーもう! うるさい! いま話してんの! 静かにして!!」
アレイダに一喝されて、男は――。
ナミダをこらえて口をつぐんだ。先のない腕を抱えてごろんごろん。仲間たちはひどいもんで、止血もしてやろうとしない。
まあこいつらの団体制というのは、こんなんもん。徒党を組んでいるというだけで仲間意識があるのかどうかも、怪しい感じ。
「さっきからなにを騒いでいるんだ? おまえは?」
俺は長剣で自分の肩を、とん、とーんと叩きながら、アレイダに聞いた。
「人様の腕をいきなり斬り落としてんじゃないって言ってんの!!」
美しい赤毛を逆立てる勢いで、アレイダは言う。
指差しているのは、ごろんごろん、無言で転がっている犠牲者その1。
「あァ?」
俺はヤクザみたいに聞き返した。
何を言っているのか。何でこいつが怒っているのか。まるでわからない。
「……おまえ。……ひょっとして? ……わかってない?」
「なにをよ!! まったく!! ――ひどいやつ、ひどい男だって、そう思ってたけど! いきなり人の腕斬っちゃうとか! そこまでとは思っていなかったわ!!」
あー、やっぱりー。
うちの娘のうちの賢いほうに目を向けると――。両手を水平に伸ばしたポーズが返ってきた。
うちの娘のうちの働き者の、大きな尻に目を向けると――。ひひひん、と、いななきが返ってきた。
「さっき授業でやったばかりだろ? ……街で出会うのは盗賊。海で出会うのは海賊。……では? 山で出会うのは?」
「山賊よ」
よくくびれた腰に手をあてて、アレイダは、〝いばりんぼ〟のポーズで言った。
「じゃ、こいつらは?」
俺は、周囲の連中を顎で示した。
もうすっかり武器を抜いて、身構えている。目をギラつかせている。
ちょっと露出度の高い格好のアレイダの肉体を見て、ものすご~く、目をギラつかせている。
こんな山奥を根城にしている連中が、いったい何日、女抜きでやっているのか……。考えたくもないし、想像もしたくない。
「こいつらは? なんだ?」
俺はアレイダに、もう一度聞いた。
「……えっ? え、ええと……、さ、山賊っ?」
「あたーり」
そう正解と認めたのは、俺じゃない。
周囲を取り巻く男たちの一人が、べろお~りと、曲刀【曲刀:シミター】を舐めている。
舌が切れているが、おかまいなし。
アレイダの身体を舐め回すように視姦して、ぐへへ、と笑った。ヨダレを垂らしてる。
俺は、ぱんぱん――と、手を打ち合わせた。
「じゃ。授業のつづきな」
「えっ?」
「最初は、アレイダ――おまえからな」
「へっ?」
間抜け顔を晒して、自分の顔を指差しているアレイダに、俺はそう言った。
同じように自分の顔を指差しているスケルティアには、「おまえはまた次な」と言ってやる。
「どうせなら、土傀儡じゃなくて、〝本物〟――のほうが、練習になるだろ」
「えっ? あっ? ええと……、本物って? えっえっ?」
うちの娘たちの頭の回転の悪いほうは、いっこうに飲みこみが悪い。
スケルティアなど、自分の番じゃないことに、ぷうと頬を膨らませている。おっ。めずらしく無表情少女が感情を表している。そうか。そんなに殺りたかったかー。
だが今回はアレイダの番だしな。
「山賊に捕まると――特にお前みたいな、若くて美人で〝具合〟の良さそうな女が捕まると、どうなるんだったかな?」
俺は教師か教授か、という口調で、学術的にそう聞いた。
「やめて……、その……〝具合〟とかってゆーの……」
「山賊に捕まると?」
「えっと……、あのっ……、う、うしろから……、まえから……だったっけ?」
アレイダが耳まで真っ赤にさせながら、そう言った。
ヒャーッヒャッヒャッ!
近くの男が奇声を張りあげる。「その通りだぜー!」とかいう顔で、動物みたいに騒ぐ。
「――ちょっと静かにしてて!!」
アレイダが顔を向けずに腕を横に突きだすと、下品な男は、交通事故みたいな勢いで吹き飛んでいった。
マスターレベルのすこし手前の、高レベルのクロウナイトだ。岩ぐらいは素手だってカチ割れる。
男は――あれはたぶん、永久に静かになった。
「あ、あと……、表から……、裏から……、って! だから裏ってなんなのよ!」
ぎぬろ、と、男たちを睨んだ。
「大人数で、壊さゃちゃうまでご利用だとか……、冗談じゃないわっ!」
燃える瞳を、男たちに向ける。
男たちは、手をかざして、首を左右に振りたくって――。
やらないやらない、しないしない、とか、必死になってサインを送っているが、このモードに入ったアレイダは、人の話なんか、聞きゃしない。
そういえばクロウナイトのジョブ特性に「狂気を力に変える」っていうのがあったっけなー。そこからさらに闇落ちしていってファナティック・ナイトに進む道と、暗黒面への誘惑を昇華させて聖なる力を振るうクルセイダーとに分岐するんだっけなー。
「絶対、させない。絶対、やらせない……」
アレイダは据わった目になって、そう言った。
「わたしに……、そういうことしていいのは……っ! オリオンだけなんだからーっ!!」
これには俺がちょっと赤くなってしまった。
◇
アレイダは、全員、ぶっ殺した。
三十数名。迷うことなく大虐殺。
土傀儡でやる実戦よりも貴重で有意義な、「本物で行う練習」が積めた。
うむ。よきかな、よきかな。
峠を一つ下っていって、山の向こう側の国に降りてみれば、やはりやつらは山賊だったらしく――。若干の報奨金が手に入った。アレイダがすんごい顔して「いらない」とかゆーので、俺がありがたく、懐へとしまった。




