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昼食時の話題。「こいつとのセックスって、死ぬほどキモチいいのな」

 いつもの旅の道中。いつもの昼食時。


 街道の脇に馬車を止めて、テーブルを出して、椅子を出して、タープも張って、木漏れ日の下で昼食を取っている。


 街道をたまに通る他の馬車が、「いいなー」という目を向けてきたりするが、俺たちは素知らぬ顔で、のんびりと昼食を取っている。


 いや……。のんびり、というのとも違うか。


 およそ約一名。

 一名というよりも一匹というべき?

 飢えた獣みたいに、がふがふ、がつがつ、ナイフとフォーク使うの面倒だからもう手づかみで――って勢いで、フードファイトでもやっているかのような健啖ぶりを発揮しているやつが、一名ないしは一匹いる。


 じーっ、と、見ていると、うちの娘たちの、大食らいなほうは、はっ、と気がついて――。


「あ……、ちがうのこれは。うちの部族ってフォークとか使わなかったものだから。ついクセがでちゃって」


 うちの娘たちのうちの、小食なほうは、としゅっ――と、爪を伸ばして、唐揚げの真ん中に命中させた。爪をひっこめる勢いで、口の中に、ぽーんと入れている。

 一つ進化したら、なんか技が増えた。出し入れ自在な爪を得た。

 普段はまったく人間の女の子の手にしか見えないのに、爪が伸びたときには、鋼を断ち切る武器になる。


「おまえら二人。晩餐会とかに連れて行くなら、マナーを一から叩き込んでやらないとな……」


 俺は大きなため息とともに、コーヒーのカップをソーサーに下ろした。かちゃん、という音も立てない。

 昔、勇者をやっていた頃、必要があって、所作一式を叩き込まれた。


 モーリン式だ。勇者も半ベソになる怖くて厳しい方式だ。


「晩餐会っ! ――えっ! なにっ!? 舞踏会とか! 連れていってくれるの! わたし! 行けるのっ!」

「おまえがいますぐ出られるのは、舞踏会でなくて、武闘会のほうだがな」


 あー、どっかの街で武闘会にでも出してみるか。賞金でも荒稼ぎするか。

 いいな。こんど大きな街にいったら、考えてみよう。


「ところで……、なんの話だったっけ?」


 駄馬が無言でエサ食ってりゃいいのに人間様の会話に参加してくるものだから、なにをどこまで話していたのか、忘れてしまった。


「〝具合〟の話。……でしたように思いましたけど?」

「ああそうだったな」

「具合? なんの具合?」


 駄馬が、もうほんとに、食ってりゃいいのに、わざわざ聞きにくる。

 俺はしかたなく、会話の続きをはじめた。


「こいつは、ある意味では、いちばん具合がいいな」

「はへ? ――わ、わたしぃ? なんかっ、わたしっ――ほめられてるっ?」


 手を体の前に突きだして、てれってれっと左右に振って、あんまり大きく動くものだから、髪まで揺らして――。

 アレイダは続きを聞きにくる。


「――それで? それでっ? 具合って、なに? なんの話っ?」


 俺は、言った。


「こいつとのセックスは、死ぬほどキモチいいんだな」

「ぶふおぉーっ!?」


 アレイダは口の中の物を一斉に噴き出している。

 きったねえなー。まったく。

 まあ予想はしていたから、射程範囲から自分の皿は退避させてあったが。


「まあ。それはようございました」


 コーヒーのおかわりを注ぎながら、モーリンが微笑む。

 これ。ホントのほんとに喜んでいるときの感じ。

 たまに嫉妬っぽいものを俺は引きあててしまうこともあるが、いったいどういう行為がモーリンの嫉妬を呼ぶものなのか、わざわざ実地に確かめてみるほど愚かではない。


「や……、やめて……」


 アレイダはテーブルに突っ伏している。見えている耳が、すごく赤い。

 わざわざおまえが聞いたんだろーがよ。夢中で食ってりゃ頭上を素通りしていった話題だが。


「なんでキモチいいのかなー。こいつが頭おかしいからかなー?」

「アタマおかしいのはぜったいオリオンのほうだと思う」


 狂気を秘めた女とのセックスは破滅的にキモチいいことがあるのだが……。

 アレイダも若干その気があると思う。そのせいだろうか?


「スケ……。は?」


 うちの娘の静かなほうが、ぽつりと、口を開く。

 これは嫉妬。静かなほう。うんうん。かーいー。かーいー。


「おまえは、ある意味、スリリングだな」

「……すりりんぐ? ……それ。いいほう?」


 きゅるん、と、小首を傾げる。

 銀色の短髪をさらりと揺らして訊ねかける。

 捕まえて俺の女にしたときには、ショートカットだった髪が、ちょっと伸びて、ちょっと頬にかかっている。

 頬にかかるその髪を、俺は払ってやりたい衝動に駆られた。

 一切、自重せず、手を伸ばして、髪と頬に同時に触れた。


「おまえとはな。おわったあとに、まだ生きてると――あー、俺、生きてるーってカンジがするんだ」

「なにそれ。ぜんぜん意味わかんない」


 アレイダが文句を言う。


「背中。傷だらけになってたりするしな」

「うわっ。やだ。スケさんだめよ? ……そういうのやっちゃ?」

「しかた。ない。」

「えっ? ……はっ。……しかたがないって、そ、そういう意味っ?」


 アレイダが興味津々だ。


「こいつ最近、爪がナイフ並みじゃん? その気になったら、さくっとやられちゃうわなー。俺」

「うそよ。殺したって死なないくせに」


 アレイダが憎まれ口をきく。


「……たべて? ないよ?」

「食べちゃだめでしょ! てか! 食べないよね! スケさんだめよ? オリオン他べちゃ? こんなの食べたら、おなか、壊しちゃうわよ?」

「いやー……、スリリングなんだよなー」


 俺は顎を撫でまわした。

 スケルティアのときは、アレイダとは別の意味で、燃える。


「え? まさかほんとに……、そういう意味?」

「蜘蛛のなかには交尾のあとにオスを食べてしまう種もいますからね」


 モーリンが俺のカップにお茶を注ぎながら、こともなげに言う。


「そうなのか?」

「ええ」


 長い睫毛が伏せられる。


「そういうの、カマキリだけでなくて?」

「蜘蛛にもけっこういますね」


 なるほど。本当の本気でそうだったのか。錯覚でもなかったわけか。

 ……ふむ。


 スケルティアの元々のスケルティア種と、いまの種は――なんだっけ? ハーフ・エレクシスに進化したあと、もう1回2回、進化しているはずだが。

 それらの種は、交尾後に雄を食っちまうのか食わないのか、そういう性質があるのか、ちょっと確認しておこうかと思ったが――。


「お聞きになりますか?」


 モーリンは賢者だから、当然、知っている。

 だが俺は――。


「いや。やめた」


 俺はモーリンに、そう言った。


「ちょ――ちょ! 聞いておきましょうよ! ――スケさん? オリオンのこと、食べちゃだめだからね? めーっ、だからねっ!」

「……たべないよ? がまん。する。」

「あーっ! がまんするとか! いま! ゆったーっ!」


「うるさいよ。おまえ」

「うるさいとか、ゆわれたーっ!」


 アレイダは、ほんと、うるさい。


「オリオン! あのね! 貴方の命のことなんだからね! もっと真剣に真面目に考えてよね!」

「俺の命なんだから、どう使おうと俺の勝手だろ?」

「勝手って……、あのね?」

「俺の女になら、食われてやってもいい」

「あのね。食べられちゃったら、死んじゃうのよ? さすがに死んじゃうわよ?」

「殺されてやってもいいよ。――俺の女にならな」


 俺はスケルティアの頭を手でわしっと掴んだ。髪の下の頭蓋を、わしっと鷲掴みにして、ぐりんぐりんやる。

 スケルティアはうっとりと赤い目を細める。


「もう! スケさんばっかり! ずるい!」


 なにがズルいのか。おまえも、わっしわっしやってほしいのか?

 ――ああ。殺されてやってもいいっていうほうか。

 俺はすぐに理解して、アレイダに言ってやった。


「おまえも。いつ刺しにきたって、いいからなー」

「なんで刺すのよ」

「なんか色々恨んでいるだろー。鍛えかたが厳しい! とか、駄馬語ないしは駄犬語で、よく、ひひんひひん、きゃんきゃん、騒いでるだろ」

「いないわよ。駄馬語ってなによ」

「人間語でも、よく言ってるじゃないか。〝オリオンのバカ! ぶっ殺してやる!〟とか。――俺のいないときに」

「い、いってないもん」

「本当か? 俺の目を見て、もう一度、言ってみるか?」

「言ってない! 言ってない! いっ! いいいっ――言ってないよね! ね!? スケさんっ!」

「いてるよ?」

「うわあぁぁーん! すこしは庇ってよーっ!」

「うそ。いくないよ?」

「優しいウソのときは、いいのーっ!」


 うちの娘のうるさいほうは、ほんと、うるさい。


「ではマスター。アレイダは死ぬほどキモチがよくて、スケルティアとのほうは、死ぬかと思うほどスリリングであるというわけですね」

「ん。そんなところだな」


 モーリンのほうにカップを差しだして、俺は言う。

 しかしコーヒーのおかわりは注がれない。


 モーリンはポットを手にしたまま、穏やかな微笑みを浮かべるばかり。


 ……うん?


「ではマスター。わたくしとは?」


 おお。なんか。いま。モーリンのうしろに……。

 ごごごご、とか、そんな炎のようなオーラが浮かんでいる。

 ……しっかり見える。


 俺は一瞬も怯まず考えず、ただ〝事実〟だけを口にした。


「おまえとは、癒やされる、……って感じだな」

「癒やされる……、ですか?」


 賢者でもわからないことがあるのか。

 メイドのヘッドドレスを乗せた頭を、五度ほど傾ける。


 その仕草が、妙に少女っぽくて――。大人の女で、しかもモーリンのような普段クールな女がやると、ギャップ萌え著しいというか――。

 いまちょっとヤバいくらいに押し倒したくなってしまったが、朝食中なので自粛することにして――。


 俺は自重はしないが自粛はすることに決めている。


 俺は、重々しく、うなずいた。


「そうだ。おまえのときには、攻めてるっていうよりも、癒やされている、って感じが強くてな」

「そ、そう……」

「うおお頭おかしいやつとヤってると頭おかしくなるくらいキモチいぜー――だとか。うおやべえマジこれやべえ。うおお俺生きてるってスバラしー――だとか。そういうのと違って。なんか人生このときのためにあったような。……そういう感じ?」


「そ……、そうでございますか。それは……、たいへん……。よろしゅうございました」


 モーリンは自分の髪をしきりに撫でつけている。

 俺は空のカップを持ったまま。コーヒー、じぇんじぇん、注いでもらえない。


 俺は肩をすくめると、アレイダとスケルティアに顔を向けた。

 モーリンの照れてるところなんて、滅多にお目にかかれないぞ。――という目を向ける。二人は、ふんふん、と、うなずいて、モーリンに笑顔を向ける。


 立木につないであった牝馬が、ヒヒーンと鳴き声をあげた。

 いつまでも「馬」とかでは、かわいそうなので――。このあいだ、俺が名前をつけてやった。

 あの娘の名前はミーティアだ。


 なんの変哲もない、どこにでもあるような――。

 俺たちの大切な昼食の時間は、穏やかに過ぎていった。

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