成敗 「俺の女の敵は……、俺の敵だな」
「い、いったい……、な、なんの……」
俺の前で腰を抜かしている小男が、その悪代官。……もとい。悪徳地方領主だった。
椅子が倒れ、テーブルの上の料理も床に散らばっている。
俺とモーリンの二人は、この館の主である、この悪代官――もとい、地方領主に招かれて、夕食をしていた。
その相手が、いきなり剣を抜いて、喉元に突きつけてきたわけだ。
腰を抜かしてしまうのも仕方がないだろう。
ドアには、モーリンが施錠の魔法をかけている。
どんどんどん――と、向こう側から激しく叩かれているが、ぶち破られるまでには、いましばらくかかるだろう。
夕食中の部屋の中には、警護の者が二人ほどいたが、油断こいて、欠伸などしていたものだから、隙をついて蹴り二発で、ドアの向こうに放り出して、バタンと閉めて、魔法で施錠してやった。
しばらくは誰にも邪魔をされない、完全密室のできあがりだ。
ちなみに俺たちの触れ込みは、〝織物商人〟となっていた。
高価な品を特別にお分けしますよ、売りさばけば、物凄く儲かりますよ――お代官様も悪ですねえ、とか、それっぽい話を適当に持ちかけたら、相手はホイホイとのってきた。
アレイダとスケルティアは、このあいだ乱闘騒ぎをやったこともあるので、顔バレするので、ここにはいない。ちょっと別所でもって、控えさせている。
「お、お、お――おまえら! こ、こ、こ、こんなことをして――! ただで済むと、お、思っているのかっ!」
小男は腰を抜かしながらも虚勢を張ろうとしていた。
そういえば領主だったっけ。威厳を保とうと必死だった。
「ど、ど、ど――どうするつもりだ! わ、わ、わ――わたしを殺すのか!」
「それもいいがな」
俺がうなずくと、小男は、ヒィッ――と、短い悲鳴をあげた。
ぶっちゃけ。俺はいま。この男の生殺与奪権を手にしている。
返答次第では、この先、どう転ぶか、わからない。
「まずおまえの罪状からいくか。おまえも、自分がなにをやったのか、知らないままでは、未練も残るっていうものだろう」
「ヒィィッ――」
ああ。言いかたが悪かったな。〝未練〟――だとか。それではいまから殺すと宣言しているようなものだ。
「おまえの罪状を告げる。まずおまえの罪だ。三つある。ひとつ。――俺の女に手を出したこと」
「え? 女……とは、そ、それは誰のことで?」
「ふたつ。――俺の女に手を出したこと」
(それ、ひとつめと同じでしょ)
そこらの空中から声が聞こえる。俺は努めて無視した。
「みっつ。――俺の女に手を出したこと。――以上だ」
(全部おんなじじゃない)
「あ、あの……? ひょっとして、女というのは、あの宿の女将のことを……? 言ってるのか? ……言ってますか?」
「そうだ」
俺は、罪状を告げる閻魔大王の重々しさをもって、うなずいた。
「あれは――!! 何年も昔から、私が先に――」
「関係ない」
俺は言い切った。
後だとか先だとか、年数だとか。まったくもって関係がない。
てゆうか。何年にも渡って「俺の女」を苦しめてきたわけで、罪状が次々と加算されるばかり。
「わ、わ、わ――私を殺したら、ど、どうなるのか――! お、おまえら――わかっているのか!」
俺の怒気を感じ取ったのか、男は怯えたように声を震わせた。
「いや。知らん」
「正当な理由もなく身勝手に戦争を起こした件は、資料と共にまとめて、王立査問委員会に後ほど提出します。判断は正しく下されるはずですが、爵位剥奪は、まず間違いのないところでしょうね」
おおう。世界を救った〝勇者〟の元仲間である、大賢者様からの告発文か。
そりゃ右から左に流れていって、いちばんてっぺんの、国王レベルあたりで、処理されることになるんだろうなー。いったいどんな処罰が下るのやら。
ま。俺の心配するこっちゃないけど。
怯えたり怒ったり、表情が一秒おきに、くるくるとめまぐるしく入れ替わる男に向けて――俺は、口を開いた。
「ひとつ。誓えるか? もうあの女に一切手を出さない。半径一〇〇メートル以内にも近づかない。それが誓えるのであれば――」
俺が最後まで言い切らないうちに、男は――。
「誓います! 誓います! ぜったい誓います! もう二度と手を出しませんし、もう忘れます! ですから助けてください! 私はじつはいい領主なんですよ! これからは領民のために! 領民のためだけに生きていきますから!!」
俺はモーリンに首を向けた。
モーリンは、
「ダウト。ダウト。それからダウト。いい領主というのもダウトですし。領民のために生きるというのも、すべてダウトですね」
ちなみに〝ダウト〟というのは、現代世界のカードゲームにおいて、〝嘘〟を見抜いたときの掛け声だ。――って。だから。なぜ知ってる。
まあ、それはそれとして――。
「あーあ……」
俺は、さも残念そうに声を張りあげた。わざとらしいほどの大声をあげた。
実際、すこしは期待していたのだ。
万に一つぐらいかもしれないが、この男が、本気で誓約するかもしれないと……。
だが、これでもう決まった。
「ざーんねーん……」
落胆をたっぷりと込めた、白々しい声によって、ニュアンスが伝わったのか……。
男は肩を震わせはじめた。
てっきり、嘆いているのかと思った。だがそうではなかった。
「ふっふっふ……。さっき、報告書は、これから提出する……と、そう言ったな?」
「言ったっけ?」
俺はモーリンに、そう聞いた。
「言いましたし。ここに持っていますし」
豊かな胸元から、ぴろっと、封蝋を施した書筒が出てくる。
「では! お前たちを亡き者とし! そいつを奪ってしまえば! このことを知るものは誰もいないということだな!」
「そうなるんじゃないかな」
「そうなりますね」
俺とモーリンは、顔を見合わせた。
(ねえ。まーだー? そろそろ効果が消えてきちゃいそうなんですけどー?)
「まだちょっと待て」
俺は空中に向かって、そう声をかけた。
ドアのほうでは、どがん、どがん、と、激しい音が鳴っている。
部下たちが、ようやく頭と道具を使いはじめたか――。扉が破られるのは、もはや、時間の問題だ。
「出会えーっ!」
扉が破られると同時に、男が叫ぶ。
武装した男たちが、部屋の中になだれ込んできた。
俺とモーリンを、距離を置いて取り囲む。
「殺せ!!」
男が、叫んだ。
あーあ。言っちまいやがったよ……。
「スケ」
俺は右手のほうに向かって、そう声をかけた。
「すけ。は。ここ。」
すうっと、空気が透明でなくなって、少女の体が現れてくる。
完全武装のスケルティアが、そこに立っていた。
「カク」
つぎに左手のほうに向かって、そう声をかける。
「だからカクってなんなんだってば」
アレイダ・カークツルスもまた、完全武装で、雄々しく仁王立ち。
抜刀したその白刃は、魔力の輝きを刀身に流れさせる業物だ。魔神や魔獣、上位種族に対して用いるべきで、人に使うのがイケナイことに思えてくる、殺傷のための武器。
「スケ。……まえに教えたな? 俺たちを殺しにかかってきた者は、どうするんだ?」
「ころす。てき……は。ようしゃなく。ばらす。」
「よし」
俺は、うちの娘の容赦のないほうに――そう、うなずいた。
そして――。
「アレイダ?」
「やるわよ?」
うちの娘の野性味のあるほうは、目を光らせると、そう答えた。
すっかりためらいのない目だ。俺が惚れこんだあの目だ。
「――よし! スケさんカクさん、殺っておしまいなさい!」
いっぺん言ってみたかったんだ。これ。
ちなみに「やって」ではなく、「殺って」なのがミソな。
アレイダが地を走った。スケルティアは壁をつたった。
銀光がきらめくたび、首がひとつずつ跳ね飛んでゆく。
糸がきらめき自由を奪ったところへ、念入りに毒を塗りこんだ短剣が突き立てられる。
私兵は――、二、三十人は、いたのだろうか。つぎつぎと部屋に飛びこんでくるが、つぎつぎと斬り伏せられて、床の堆積物へと成り果てる。
二人の戦いぶりは、まるで、踊りだった。
アレイダは返り血に染まり、妖しいほどに美しかった。
スケルティアは生き返ったように嬉々として殺戮を繰り広げていて――なんかもう、べつの生き物だった。
ぽーん、と、胸のまえに飛んできた首の一つを、俺は受け止めた。
なんか。見覚えのある顔だ。
あの夜、酒場で、マダムの尻を撫でた男だった。俺の女の尻を撫でた男だ。百万と一年忘れない、とか思ったが。もう忘れていっか。
ぽーん、と、俺は頭を後ろに放り投げた。
よーし。もう忘れた。
「オリオン。全員。殺したわよ」
「おわたよ。」
アレイダとスケルティアの声がする。
見れば、もう動くものは、二人をおいて、他になくなっていた。
あとは足下でイモムシみたいにのたちうながら、這いずって逃げようとしている小男――悪徳領主、ただ一人だ。
まだ誰もなにもしていないから、立って歩けないのは、単に、腰を抜かしているだけだろう。見れば失禁もしているようだ。
「た……、たすけてくれぇ……、たすけてえぇ……、こ、ころさないでくれええぇ……」
足にすがりついてこようとするものだから、一歩、下がった。
ばっちい。
俺は腰から剣を抜いた。
だが思い直して――。
「おい。モーリン」
「はい。わかってます」
モーリンが胸の前で印を切り、魔術を使う。
亜空間の入口が開く。
俺はそこに腕を突っこむと――〝武器〟を、手で探った。
あった。あった。
到底、握れるようなサイズの物体ではないので、腕で絡めて、引っぱった。
巨大な――途方もなく巨大な、金属の塊としか表現できないような物体が、亜空間を抜けてくる。
その巨大な物体は、まるでモーリンの体内から出現しているように見えた。
形状は金棒。しかし、人の用いる武器ではない。かつて勇者として戦っていたときに、異界の魔神と死闘を繰り広げた――その時の戦利品だ。
こんな悪党は、剣のサビにしてやることさえ、勿体ない。
人間一人を殺傷するには大袈裟すぎる、巨大な鉄塊を――俺は、頭上に振りあげた。
「た、たすけ――」
男は、命乞いをした。
俺は、言った。
「俺は、敵には容赦しない」
そして俺は、男を床の上の染みへと変えた。