黒幕についての情報 「マスターにお任せします」
「……調べがつきました。マスター」
「おお。そうか」
ひさしぶりに賢者の格好で外に出ていたモーリンは、戻ってくると、俺にそう報告した。
ちょっと内密の話なので、酒場のホールではなく、馬車の中の屋敷のなかの一室で、俺はモーリンを出迎えた。
ここは小さな街だが、冒険者ギルドの支局くらいはある。そこに顔を出してきてもらって、起きていることの裏を取ってきてもらったのだ。
こちらの世界で顔が利くのは、俺よりモーリンのほうだから、彼女に頼んだわけだ。
「マダムの店は、悪質な嫌がらせを、以前から受けていたようです」
「ほう」
モーリンの言葉に、俺はうなずいた。
うむ。それは、見ればわかる。
アレイダあたりだと怪しくて、男どもを追い返したあとにも、「もう酔っぱらいってイヤよね」などと、天然でのんびりしたことを呟いていたものだから、「あれはワザと暴れにきてたんだよ」と教えてやらねばならなかったほどだ。
「……で? 嫌がらせを受けていた理由は」
「街の、とある有力者から、肉体関係を求められていたようです」
「……」
俺は、あからさまに顔をしかめた。
あの美貌だ。あの身体だ。そして性格もいい。
欲しくなるのはわかるが……。どこのどいつだ?
「その、とある有力者っていうのは? どこの小物だ?」
「この街の領主です」
うっわ。……腐ってんな。この街。
「前々から懸想して、愛人契約を結ぼうとして、いろいろと、ちょっかいをかけていたそうです。ですが、けんもほろろに拒絶され、はじめは合法的な圧力を加えていたようです。温泉ならびに宿の営業許可を取り消そうとしてみたり」
「それは合法なのか」
「それでもマダムがなびかないので――。最近では、少々、非合法な手段にも出てきているようですね。
「馬鹿かそいつは。なびくわけないだろう。北風をいくら強く吹いてみても、旅人がマントを脱ぐはずがない」
「あのごろつきどもですが。領主の私兵です。定期的にやってきては、店で暴れていたようです。いったん離れた客が戻ってくると、またやってくるそうで」
「だからなのか。店がこんなに寂れていたのは」
俺はうなずいた。
変だとは思った。酒も料理もうまい。宿も温泉も快適。女主人も美人。――なのに、宿泊客は俺たちだけ。
マダムが一人で切り盛りしていたのも――思えばあれは、従業員を危険にさらさないためだったのかもしれない。
「単に経営難なのかもしれないですね。必要はないかと思いましたが、店の経営状況についても、別方面から調査してまいりました。かなりの借金があるようです。――これも、その地方領主が、無条件かつ無期限の融資を申し出ていますけど。現状、断り続けています」
「なるほど。そういった状況か」
「はい。マスターの世界でいうと、〝型にはめる〟という状況ですね。――ヤクザ用語ですけど」
「なぜおまえは、俺より、俺の世界の言葉に詳しいんだ?」
まあ。事情はわかった。状況も把握した。
だが、やはり俺の判断と行動は、かわらない。
悪代官――じゃなくて、悪徳地方領主か。
そいつらが立場を悪用して、私腹を肥やしているとして、いちいち正して回るようなことはしない。
そんなことをしていたら、体がいくつあっても足りない。
悪代官なんざ、この世界に何人いるんだ?
一人を見つけたんだから、二〇人はいるのは確実だ。そして二〇人目を見つけだす頃には、二〇かける二〇の、四〇〇人に増えているに決まってる。
水戸黄門じゃあるまいし。諸国漫遊の世直し旅なんかしていられるか。
ああまあ……。スケさんとカクさんならいるけどな。ハチベイはいないけどな。
俺はモーリンの口から、「水戸黄門」の名前が出てこないか、数秒ほど、びくびくしながら待ってみた。
――が、さすがにこれは出てこなかった。
かわりに出てきたのは――。
「あと調べてきたことは、もうひとつ。――マスターの判断に影響するかと思いまして」
「なんだ? 言ってみろ」
俺は鷹揚に聞いてみた。内心では、ちょっと、びくびくしながら――。
俺の考えが変わるだって? なぜ? どんな理由で?
「マダムの良人が出征した戦いですが。七年ほど前の出来事でした」
そんな前なのか。ずいぶんと長い間、操を立てていたんだな。
「その争いの理由ですが。ほとんどする必要もない戦争でした。ここの領主が、遠くの小国に、言いがかり的な戦争をしかけまして――。小さな局地戦を一、二回、仕掛けたあとで、すぐに和平協定が結ばれています」
「ん?」
俺は妙な違和感を覚えた。
「なんで起きたんだ? その戦争?」
普通、戦争というのは、資源ないしは領地を奪う目的で起きるものだ。そして始めるからには、目的を達成するまで終わらない。和平が結ばれるのも、戦況が硬直しきって、両国が疲弊しきって、共倒れとなることを防ぐためだ。
「いや……、なぜ、起こしたんだ?」
「なぜだと思いますか?」
質問に質問を返される。逆に聞かれてしまった。これでは教師と生徒だ。
ずーっとずーっと昔。まだモーリンが師であり、俺が弟子であった頃の気分を、一瞬だけ思いだしてしまって――。俺はすこしだけ恥ずかしくなった。
昔、モーリンは、俺が「なぜ?」と聞くと、姉的な微笑みを浮かべつつ、「なぜだと思う?」とオウム返しに問い返して、俺に考えさせていた。
ひとつ。考えられる理由がある。
だが……。
まさか。まさか。まさか……。
まさか……? そんな小さいやつが、存在するのか?
「気に入った女を自分のものにするために、旦那を亡き者にした……? そのために、わざわざ、戦争を起こした……?」
「噂ではそうなっています。わたくしも少々信じがたかったので、裏を取るために、調べてまいりましたが……。疑いから確信へと変わりました。戦場で、彼女の良人を、後ろから斬った下手人も突き止め、本人を捜し出して、真偽の天秤をかけたうえで、証言も取ってもみましたが……」
ああ。なるほど。ガチだった。
ここの領主は、女を手に入れるために、陥れて型にはめるような小悪党だと思っていた。
だが、ちょっとばかり、小悪党の域を越えてしまっていた……。
ちなみに真偽の天秤という魔法は、賢者系の高レベルにあるレア魔法だ。相手の言ったことの真偽を確認するというものだ。
「彼女の良人の指輪です。金目の物だったので奪ったのでしょう。古物商に流れた先を追い、買い戻してきました」
ことりと、金のリングがテーブルに置かれる。
「その指輪をどうするか……。マスターにお任せしたいと思います」
モーリンは俺の目を見ながら、そう言った。