接触戦 「全砲門開け!」
近づくにつれ、だんだんと、そいつの偉容が視覚映像でも見えるようになってきた。
デカい……。
宇宙だと対比物がないので、はっきりとはわからないものの、前に大海原で戦ったテンタクルズの比じゃないな。
宇宙から下りてきて、触手を垂らして、巨人をさらって食べてゆくらしい。テンタクルズなんて、せいぜい巨人サイズしかない。彼我の比は等身大で、格闘するようなサイズ関係だ。
その巨人をぱくぱくと食べているからには、すくなくとも巨人の数倍のサイズはあるわけで……。
姿は、平たい流線型。体の表面は岩で覆われている。
星クジラという名前だが、たしかに「クジラ」に見えないこともない。
「射程に入ります」
モーリンが告げる。コンソールについて副長ポジションをやっている。
「よし。全砲門開け」
艦長席にて、俺はそう命令を発した。うーん……。帽子が欲しい。海賊帽ならどっかにあったが、それじゃないほうの帽子が。
「ふぇっ? ほ、ほうもん? なにそれ?」
駄犬があたふたとしている。
「ちょ――、オリオン、これどうやんの? ぜんぜんわかんないんですけどー」
「バカめ、艦長と呼べ」
「か、かんちょお?」
「いいからそこの魔力球に手を当ててろ。おまえの出番はまだあとだ」
「う、うん」
「ミーティア、クザク、おまえら魔法組が、この艦の主砲だ。それぞれ魔力球に手を触れろ」
「はい」
「御意」
二人が素直に、指示に従う。
ブリッジの各場所に魔力球が埋まっている。その露出した丸い表面に両手をぴたりと押しあてる。
「魔法を撃つ要領で魔力を込めろ」
「はい」
「御意」
二人が魔力球に魔法を打ちこむ。
その魔力は艦内の魔力回路を疾走してゆき、メインコアから艦艇レベルの膨大な魔力供給を受けて、でたらめな増幅をされる。
その膨大な魔力は、艦の前方にある放出塔に集まって、膨れ上がっていった。
「メガ・フレア――。メガ・ディシーズ――。発射」
モーリンが告げる。
通常の何十倍もの規模となって、その魔力は撃ち出されていった。
「――命中まで、三……、二……、一……」
火球が二つほど、星クジラの体表できらめいた。
「うーん……。やはりデカいな」
いま撃ちこんだ巨大魔法は、巨人も一撃で蒸発させるほどのサイズがあった。
それがあまり効いているように見えない。
いったいどんだけのサイズなんだと……。
「敵、回頭します。当艦に向かってきます」
攻撃が効いたようには思えない。だがこちらの存在を気づかせるぐらいの威力はあったようだ。
尻尾と思われるあたりを悠然と振って、ゆっくりと向きを変えてくる。
「あれは舐めているな。こっちをエサだと思ってやがる」
「そのようですね」
「思い知らせてやれ。――全力斉射。エイティ、バニー師匠、スケ、リムル、クリス、おまえらも加われ」
「はい!」
「はーい」
「わかた。よ。」
「ダーリンまかせるのだ!」
「心得た」
ミーティア、クザク、エイティ、バニー師匠、スケルティア、リムル――六人が砲塔魔力球につく。
魔法でなくても、放出系の技であれば、砲塔魔力球は受け付ける。
モーリンとコモーリンは、世界樹からの膨大な魔力を、メインコアに注いでいる。増幅のための魔力を供給する役割だ。
「ねえちょっと!? わたしは? わたしはー!?」
一人、ぽつねんと残った駄犬が、ぴょんぴょんと飛び跳ねてアピールしている。
「おまえの役目はなんだ?」
「え? タンクだけど?」
「攻撃は?」
「え? あんまり得意じゃないけど?」
「なら出番はないな。役立たずだな」
「えー!? そ、そんなぁ――!?」
「俺の膝の上にきてろ」
「う、うん」
なんだ。そこは素直に従うのか。
俺は膝の上にきた尻を撫で回しながら、指示を出す。
「こっちをエサだと思っているあいつに、どでかいやつをお見舞いしてやるぞ。口を開いた
流線型の岩塊の頭付近に、裂け目が生じる。ぱっくりと開いた口には、六枚の歯が並んでいた。
巨人を頭から丸かじりできるほどの巨大な口が、艦を丸呑みしようと迫ってくる。
「――撃て!」
魔法が、奥義が、ありとあらゆる技が炸裂した。
何十倍にも増幅された攻撃が、穀潰しなあそびにんの範囲確定クリティカル効果によって、クリティカルヒットとなって、襲いかかる。
――GUMOOOOOOOGHHHUUU!
真空を通しても聞こえる〝声〟で咆哮をあげ、星クジラは尾を打ち振るって回頭をした。
表面こそ、分厚い岩盤で覆われているが、さすがに口の中まで装甲はなかったようだな。
俺たちを丸呑みするのに失敗した星クジラは、いったん離れていったあと、再び頭をこちらに向けて突っこんできた。
「ようやくエサではなく、敵だと認識したようだな」
「敵さらに増速。衝突回避は……無理ですね。激突の直撃をこのまま受けた場合、当艦が破壊される確率は九三パーセント。いかがなさいます――艦長?」
モーリンが言う。
う~ん……! わかっているじゃないか~……! チミィ!
「アレイダ」
「ふぇっ?」
俺に尻を撫で回され、ぐんにゃりしていたアレイダは、正体のない声をあげた。
「いつまで呆けてる。――てか、尻でイッたの? おまえ?」
「イッてない」
「仕事しろ。仕事」
俺はアレイダの尻を放り出した。
「きゃっ! えっ? えっえっ!? 仕事っ? な、なにすればいいのっ! こんな魔法機械とかわかんないしっ!」
「おまえの仕事は?」
「た、タンク――!」
「タンクの仕事は!」
「みんなを守ることっ!」
「ほら来たぞ」
「ぎゃあああ――っ!?」
モニター一面に星クジラが迫ってきている。
こんどは口は開いていない。一本のエネルギー衝角が頭頂部分から生え出していた。
その衝角で貫こうというつもりだ。
「師匠~っ! これ止まらないですーっ!」
エイティが叫ぶ。
各砲塔が全力斉射している。着弾の爆光が幾重にも咲き開くが、星クジラの進行にまったく影響は出ない。
やはり分厚い岩塊越しではダメージは通らないか。
「メガヌテ使っていいですかーっ!?」
馬鹿め。艦ごと吹き飛ぶわ。
「ちょっ! ちょっ! ちょおぉ――っ! わたしなにすればいいの! どうやればいいの!」
「ぎゃーぎゃー騒いでないで、やれっつーの」
あたふたしているアレイダの尻を、俺は蹴飛ばした。
アレイダは魔力球に両手をついた。
その瞬間――。
艦の前方に、積層結界が膨れあがる。
防御無双を誇る上級職――聖戦士の防御結界だ。
何十倍にも増幅された防御結界は――、正面から、星クジラの突進を受け止めた。
普通なら質量差でありえない。こちらの艦の何十倍、いや何百倍か? それほどの質量差がある。
反作用によって吹き飛ばされる。
だが魔法効果に、作用反作用は関係ない。
動かない壁に激突したように、
「よし。後退をはじめろ。砲塔は引き続き全力斉射! 押されているふりをしつつ、やつを引きずり出せ!」
「えっえっ? えーっ!? わたしこれ、どうしたらいいのっ! なにやればいいのっ!?」
駄犬。うるさい。
おまえはもう仕事した。てゆうか気づいてもいないのか。いまのは無意識の反射防御結界か。こいつだけ鍛えすぎたかな? おまえブーストなくても、ひょっとして、生身で星クジラとやれるんじゃね?
やつを深宇宙から引っぱりだして、惑星の重力圏にまで引きずり下ろす。
それが俺たちの作戦だった。
なにしろあの図体だ。宇宙では身軽でも、重力のあるところまで降りてくると、自重のおかげで浮かぶのがやっとという状態になる。
「浮遊大陸までの高度、残り5000――」
アイラが言う。コアと繋がっているときのアイラは、感情が消えるというか、人間性が薄れるというか、マンマシンインターフェースになっているというか、瞳孔が不思議な色になっている。
イタズラをするとそれはそれで燃える。――が、いまはそれどころじゃないな。
浮遊大陸が見えてきた。
四将がいま大陸の四方向にそれぞれ陣取り、準備に取りかかっている。
俺の前世の現代社会でも、四神が都市の東西南北の守護獣として祭られていたりするが、この浮遊大陸では、四将はまさしく守護神なのだ。
「浮遊大陸都市上空まで、残り1500――」
俺が鍛えて圧縮した四将は、それそれ、炎氷風地の魔人モード2だの3だのに変化した状態で、四方をがっちりと固めている。
そこから発せられる結界の強度は――。
「都市上空、200――」
俺たちは星クジラを引きつけたまま、巨人の街まで戻ってきた。
計算通り、惑星の重力系内、大気圏内では、星クジラはその巨体を持て余していた。空を覆いかねない大きさはそのままだが、動きのほうには、まるで精彩がない。
「地表すれすれまで引きつけろ。天井はそんなに高くない」
「わかりました」
艦と一体化したアイラが答える。目を開けたままだが、その目はなにも見ていない。
艦は大通りを飛んだ。降下の勢いで、一回、地表を擦り、石畳を巻き上げて再浮上する。
巨人サイズの街中だ。全長数十メートルの艦艇が飛び回るのに、充分な広さがある。
星クジラは俺たちの上を押さえにかかった。頭上からなにかを撃ってくる。
――と思ったら、それは砲撃ではなく、触手みたいなものだった。巨人の建造物が一撃で破壊されるような威力を持ってはいるが……。
「そろそろかな?」
俺は誰にともなく、そう言った。
四将たちの〝準備〟が完了する頃合いだ。
東西南北、それぞれから、四つの属性の異なる魔力流が、空に向けて投射された。
その魔力は、街の上空で合わさると、混ざり合い、それから何条にも分散して、街の外周に向けて降りていった。
街を覆う〝結界〟が完成した。
ただし、その〝内側〟に星クジラを閉じ込めて――。
「街の防備のための結界を、敵を捕まえる罠にするために利用するとは――。マスターの発想には感服いたします」
「おおう。苦しゅうない。もっと〝さすごしゅ〟しろ」
「さすごしゅ? ……ですか」
首を傾げるモーリンも、そして俺も、退艦準備にかかっている。
艦を降りて地上で戦う者と、艦に残って援護に回る者と、二手に分かれるのだ。
俺と来るのは、スケルティア、モーリン、バニー師匠、クリスとリムル、あとは――。
「えっ? えっえっ!? ――わたしどうすればいいの? どっち!?」
皆は言わずとも自分の役目がわかっていて、てきぱきと動くなか、わかっていないやつが、一人、おろおろとしていた。
「ばーか、おまえは俺と一緒に決まってンだろ!」
「う? ――うんっ!!」
アレイダは顔を輝かせると、尻尾を振るようにして、俺にくっついてきた。