強ければ強いほど美人の法則 「ほう。将軍とやらは美人だな」
兵士たちに連れて行かれたのは、軍の建物だった。
兵舎と司令部が合体したような、そんな不思議な作りの建物だった。
普通、軍というのは、なにか戦う相手がいて、それに備えるように軍備を整えるものだった。
たとえば隣国との国境線に砦が作られたりする。
あるいはモンスターの生息域との境界線に壁が築かれたりする。
だがこの配備は……。街中に現れる敵に向けたもののようだった。
「おまえら、一体なにと戦ってんだ?」
俺はクリスにそう聞いた。
肩に乗って、石の廊下を移動しているところだ。
「囚人は勝手に話すな」
俺たちを連行してきた兵士が言う。そしてクリスの体を小突く。
この野郎。
ぶっ殺して経験値に変えてやろーか?
こいつらは女ではないから、俺も遠慮しなくて済むな。
巨人兵士は、女ばかりというわけでもない。見る限りでは男女比はほぼ均等だった。
男女の区別なく兵士なわけだ。そういえば、街の住民っぽいのも、ぜんぶ、軍属なんだっけな。
「もう……、まったく……、オリオンってば」
「なんだ?」
アレイダのやつが、なにか言うので、俺は顔を向けた。
クリスの肩の上に全員乗って、ついてきている。
「いいわよ……、もうべつに」
「なんだよ。それは?」
「どうせ言ったところで気にも留めないんでしょうし。……それにこの人だって、なんだかこのままじゃ、死刑にされそうな雰囲気じゃない?」
「ああ。間違いない」
クリスが言う。
「だが人生の最後に、オリオン――貴殿と出会えてよかった。すべての責任は私にあることにするので、話を合わせてほしい。貴殿らに咎が及ばないようにする」
うーん! いい女だな! クリス!
尻を撫でてやりたいところだが、手が届かないので、かわりに耳たぶを撫でてやる。
「縁起でもないことを言うな。おまえはもう俺の女だ。俺が守ってやる」
そう言うと、クリスは感極まったのか、足取りが覚束なくなった。膝ががくがくしているともいう。
「しっかり歩け!」
不粋な兵士だな。いてこましたろか。
「オリオンさぁーん! わたしたちも、助けてほしいっすー!」
「です、です!」
エイルとアミィの二人も連行されている。こいつらも職務放棄だから同罪だ。
もともとは直属の上司だったクリスが、なんとか自分の権限内で収めようとしていたらしいが、その当人が「ミイラ取りがミイラ」になってしまったわけだ。
かばってくれる者がいなくなって、このままだと処刑台直行だ。
まあ、見捨てやしないけど。
しかし、自分の身が危うくなったとき、責任を全部俺に押しつけてきた下っ端二名と、全部自分でひっかぶろうとしたクリスと、女っぷりが違うよな。
「囚人を連れてまいりました!」
広間へと続く大扉の前で、兵士が声をあげる。
さて……。クリス隊長の上司は、いったいどんなやつなのだろう。
◇
「炎将――カドミラル様である」
ほう。
俺は目を見張った。
引き合わされた〝上司〟は、これがまた、すこぶるつきの美人であったからだ。
髪の色が赤い。炎の色をしている。発するオーラも、炎属性でも帯びているようで、気温が明らかにここだけ高くなっている。
「おまえたちが、〝伝説の冒険者〟とやらか?」
炎の巨人が口を開く。
「そのまえに、ひとつ聞かせろ。――おまえら巨人族は、強ければ強いほど美人になるのか?」
「……は?」
「この者は、なにを言っている?」
炎将カドミラルは、ひざまずいている隊長クリスに、そう聞いた。
「は……! 恐れながら、容姿のことを言っているのだと思われます!」
「容姿?」
「姿形などの見目のことでございましょう。私もさんざん褒められましたが、なんのことやらさっぱり……」
「見た目などが、何の役に立つ? この者の言っているのは〝強さ〟のことではないのか?」
「い、いえ……。あっけなく敗北した私に、まだなんらかの価値があると言っていたので……、違うと思われます。私にもよくわからないのですが」
炎将と隊長は、話しこんでいる。
「なにを話しているんだ? こいつらは?」
どうもその話がとんちんかんなので、俺は隣にいるモーリンたちに聞いてみた。
「どうも巨人族の文化では、〝強さ〟のみが意味を持っているようですね」
なるほど。軍組織しか存在しない戦闘民族だからな。そういうこともあるかもしれない。
「ではこいつらは、自分が美人であることに気がついていないと?」
「会話を聞く限りは、そのようですね」
「もったいないな。こんな美人なのに」
「オリオン、そればっかり」
「ほかになにがあるっていうんだ?」
俺は真顔でそう聞いた。
この人生で、俺は自重しないと、そう決めた。
うまいものがあれば食い、眠りなれば眠りたいだけ寝る。気に入らないやつがいればぶっ飛ばす。
そしていい女がいたなら――抱くのだ。
食う、寝る、ぶっ飛ばす、ヤル。――である。
あー……。そういや、前の人生でも、前の前の人生でも、ブラック勇者業やら、ブラック社畜業やらで、メシはくっそマズい携行食か、カップ麺かコンビニ弁当だったし、睡眠時間は死なないギリギリ程度に切り詰めて、毎日毎日顧客のクレームと上司の小言に耐えるストレスまみれで、女なんて……。
ああ。思い出しただけで、腹が立ってきた。
やっぱ、俺は自重しねえ。金輪際、自重しねえぞ。
「伝説の冒険者は、最強だと聞く」
炎将カドミラルは、見事な炎髪を揺らしながら、そう言った。
「それはどのあたりの意味における最強なのだ?」
どのあたり?
最強っつーたら、最強だろうが。
「アホか。どのあたりもなにも、最強っつーたら、最強だろうが。天上天下唯我独尊。この次元で、この世界で、一番強い、という意味だ」
勇者だからな。
モーリンが言うには、勇者とは、世界の破壊者を倒すために召喚される存在だそうだ。
「ほほう。……最強か」
彼女の目が細まる。
「それはつまり――、この炎将カドミラルを――古の魔神、炎帝アーネストの加護を受けし、この私をも超えうると、そういう意味か?」
俺はその言葉を挑戦と受け取った。
てゆうか。巨人族って、ほんと、バトルが好きだな。戦闘狂だな。
「おい。駄犬」
「はいはい。――わかってるわよ。私がやればいいんでしょ。まーったく、たまには自分で――」
「いいや。おまえは下がっていろ」
「へ?」
相対してみてわかったが、さすがに将軍ともなると、別格の強さだ。
もう二、三日、この浮遊大陸でレベル上げを続けていればわからないが、今日のアレイダでは勝てないだろう。
「えー!? ちょっとちょっとちょっとおぉ!! ――信じてくれないの!? あとラブラブ券はァ!?」
また「ラブラブ♡エッチ券」と「ラブラブ♡デート券」をせしめるつもりなのか。欲張りワンコめ。
未使用が二枚ずつあるだろうに。
「相手の強さがわからないから、おまえはまだまだなんだ」
「ほう。おまえ自身が戦うのか。報告によれば、女を戦わせるのが得意技だそうだが?」
「駄犬を遊ばせてやるのも飼い主の役目なんでな」
「駄犬ゆった!」
うるさいぞ駄犬。
「ほう。……オリオン殿が戦うのか」
「ああ。クリス。そいつを下がらせろ」
「承知した」
クリスはいい女だな。
「先に言うがな。俺は手加減をしない。奥の手があるなら、先に出しておいたほうがいいぞ」
モーリンの胸元の亜空間から、金棒を取り出しつつ、俺はそう宣言した。
「ふっ……全力を出せだと? いいだろう。見せてやろう」
炎将の炎髪が燃えあがる。
「ゆくぞ! 炎神変ッ!!」
巨人の全身が炎と化す。
炎の魔神とやらの力を借りて、肉体を炎化したのだ。
彼女の体は一時的に物質ではなくなった。
この手の手合いとは、異次元から侵攻してくる悪魔や魔神の類いには、こういった能力を持つものが多い。
物理無効。
普通なら、それだけで詰んでしまうような能力だ。
魔剣の類いでもフルダメージが入らない。物理ダメージ分が減るので、魔力ダメージ分だけとなり、並程度の魔剣では、雀の涙ほどのダメージしか与えられなくなる。
しかし……。俺が現役勇者だった頃には、炎の魔神の名前は《アスモデウス》だったはずなんだけどな。代替わりでもしたのだろうか。
まあどうでもいいが。
《全力で来いと言ったな? ふふふ……。久々だぞ。全力を出すのは。第三次襲来以来だ……》
その声は、〝音〟ではなく、〝思念〟として脳内に直接響いてきた。
精霊や魔神、肉体をもたない異次元存在と同じだ。
「さあ。こいよ」
金棒を肩にかついで、俺は言う。
《私にこの姿を取らせたのだ。簡単に倒れてくれるなよ》
実体を持たない炎の巨人は、楽しそうに言う。
だがどこが顔だかわからない。おっぱいも腰のくびれも消えている。俺的には楽しくない。コレジャナイ。これではちょっとヤレそうにない。
「能書きはいいから。かかってこい」
《いくぞ――!!》
炎の巨人が飛びかかってくる。その横っ面を、俺は金棒を振るってぶっ叩きにいく。
もともとこの金棒は邪神の兵装。サイズ的には対巨人用である。
《ふっ! 物理攻撃は無効だということが――ふぐおおぉーっ!》
なんか言ってたようだが、顔(とおぼしき部位)に当たって、ぶっ飛ばされていった。
「おい。その炎の魔人フォームだがな。ぜんぜん収束が甘い。エネルギー密度が薄い。それじゃ単なる炎だろ。吹いたら消えちまうぞ。俺が昔戦ったやつは、もっと高密度に物質化させて、人体を織り上げていたぞ。それこそ、抱いてもいいっていうくらいのプロポーションでな」
《だ……抱く?》
炎のエネルギー体が、顔を押さえてつぶやいている。
「功夫が足らん。功夫が。いい機会だから鍛えてやる。
《え? いやちょっ――? 私がおまえの力試しをするのであって――》
尋常に勝負をしてやろうと思ったのだが、あまりに「なってない」ので、ぶち倒して地面を舐めさせてやる気も失せた。
こんなん、ブートキャンプモードで、鬼軍曹で充分だ。
「だめだろ。そんなんじゃ抱けないだろ。だから鍛える。いますぐ壁を超えろ」
《なにを言っているのかわけがわからない!》
「あ。わたし、わかったー」
「わ、私もわかったような気がする……」
アレイダとクリス隊長とが、そんなことを言っている。
「もっとだ! もっと密度をあげろ! じゃないと吹き消すぞ!」
《ひい――! ひひい――!!》
俺はびしびしと金棒でぶっ叩いた。叩くたびに炎の密度があがる。
炎は熱いうちに打てってか。
◇
「よし……。とりあえず、こんなもんだろ」
俺は言った。
鍛えた甲斐あって、炎は実体といえるほどの密度を持つようになっていた。
肉体のかなりの面積において、女の肌が表れている。
まだすこし残った炎が、体の要所要所を覆うように燃えていて、それが服のようにも見える。
外周からまんべんなく衝撃を与えることで、炎のエネルギーを圧縮していったわけだ。密度を上げたかわりに、大きさのほうは、少々縮んでしまった。
いまの大きさはというと……。人間の三倍サイズぐらい。
「どうだ? まえよりぜんぜん美しくなったろう」
うん。いまならイケそうイケそう。これならイケるー。ぜんぜんアリだな。
「おまえの言う〝美しい〟というのは、つまり、〝強い〟ということか……?」
両手を見つめて、彼女は言う。
口から出る言葉は、思念ではなく音声になっていた。肉声だ。
実体を持つほどの密度となって、声を発する器官も戻ってきたわけだ。
「たしかに、さっきまでとは違う、圧倒的な〝強さ〟を手に入れた気がするが……」
「おまえの言う〝圧倒的な強さ〟というのは、こういうことか?」
発言にイラっときたので、俺は棍棒を振るって、どっかんどっかん、ぶっ叩いてやった。
「や――、やめっ――!? おぶっ――! ふがっ――! もうしません! もうしませんからあぁぁ!」
「よし」
身の程をわきまえたようなので、打ちのめすのは終わりにしてやる。
「さて。それじゃ、抱くぞ」
「は?」
俺が言うと、炎の魔人は口をぽかんと開けた。
「俺とおまえが勝負をして、勝ったほうが相手を好きにするという話だったろうが。おまえは戦士の約束を反故にするのか」
「……え? あれ? そう……? だったか?」
「言ってない言ってない。オリオン。そんなこと言ってないってば」
「駄犬。ハウス」
「駄犬ゆったぁ! ハウスゆったぁ!」
せっかく言いくるめようとしていたのに。余計なことを言うな。
「最強を証明してやったんだ。お代を払え」
「炎将カドミラル様。オリオン殿はこういう御仁なのだ。諦められよ」
「――~~~!?」
身長三倍程度のナイスバディの炎の美女が、巨大なバストをぷるぷると震わせて、ビビってるビビってる。
「元に戻るんじゃねえぞ。ちょうどいま三倍ぐらいだから、これならなんとかサイズが合う」
「――~~~!?」
俺がおいしく頂こうとしたとき――。広間に数名の巨人が乱入してきた。
「貴方ですか。炎将を倒したという者は」
「小さいのに強ーい。すっごいのねー」
「だが其奴は我ら四神将のなかでも最弱の者よ」
なんか三人、巨人が出てきた。
青いのと緑色のと茶色のやつだ。
「おまえ、最弱だったん?」
「……こ、このあいだの試技では、たまたま体調が悪かっただけだ!」
赤いのに聞くと、そんなことを答えた。
あー。本当に最弱だったんだなー。
こいつが炎将といっていた。
ならば、新しく出てきた三人の巨人は、それぞれ氷将、風将、地将とでもいったあたりか。
強ければ強いほど美人の法則は、やはり存在するのか――。皆、完成された美しさを持っていた。
「面倒だからな。おまえら全員まとめてかかってこい。そしたらあとで5Pをやるぞー」
俺は金棒を肩に担ぐと、犬歯を剥き出して、そう宣言した。
◇
事はあっけなく片付いた。
戦闘と言うほどのこともない。
氷将、風将、地将、それぞれ〝真の力〟を出して襲いかかってきたが、金棒でべしべし叩いて圧縮してやった。
三メートルの巨人×三体セット。四色すべてをコンプリートした。
三メートルほどの巨体だが、サイズ比的にはおねショタぐらいだ。ぎりぎり適合した。
これまでの全身運動とは違う局所運動は、なかなか、いがった。
隊長のクリスもそうだったが、将軍連中も、〝そっちの経験〟はなかったらしく、事が終わったあとには、メロメロでラブラブで、デレデレとなっていた。
アレイダとクリスが、ぷーと可愛くむくれていたので、呼んでやって混じらせた。モーリンはじめほかの皆も、一斉に参加してきて、わやくちゃとなった。
アレイダには例のドリル技を伝授して、一緒にクリスをやっつけたり、エネルギー切れで巨人に戻ってしまった四将軍をやっつけたりさせた。
そんな乱痴気騒ぎを、一昼夜ぐらい、やっていたような気もする。
時間の感覚も怪しくなるぐらい、濃密な時間を堪能した。
はー。いがったー。