堅物がデレるとデレデレで可愛くなった 「私の名前はクリストファーだ」
ちゅんちゅんちゅん。朝が来た。
例によって、窓枠のあたりから、ばっさばっさとドラゴンくらいのサイズ感のスズメが飛び立って、俺を眠りから目覚めさせた。
「ふあ~ぁ。……あー、よく寝た」
俺は大きく伸びをした。
「おまえらも、ほら、起きろー!」
そこらにある尻を、ぺちぺちと叩いた。
無論、巨人サイズの尻だから、その双丘は、そびえ立つ山のようである。
この尻は引き締まっているから、隊長だな。
「おい起きろ。そんなアヘ顔晒していると、部下に示しが付かないんじゃないのか?」
「んあ?」
幸せそうな顔で寝ていた隊長は、口許を拭うと、きりっとした顔を作った。
「……もう勘弁してくれないか」
「まだ寝ぼけてんのか。朝だ朝」
エイルとアミィの下っ端二人とともに、一晩中、ヤッていた。親子丼ならぬ部下丼は、おつな味だった。
いま隊長の口にした「もう勘弁してくれ」も、いったい何回聞いたことやら。
昨夜は、何度も何度も天国へと逝かせてやった。
そしていま、ステータスを確認してみると――。
「増えてんじゃん」
ヤルだけで経験値が増えている件は、これで立証済みとなった。
まったく……。どういった仕組みなのやら。
エロスとタナトスは紙一重というし、イクは逝くとも表現するわけだし、擬似的に殺したのとおなじことになるのだろうか?
そうなのだとすると、ただ普通にヤルのではだめなのだろうということも想像がついた。
それこそ、深々と――死ぬかと思うほどの快楽を与えなければならないのだろう。前後不覚になって、数分は帰ってこられないくらい。
仕組みがわかってしまえば、これはこれで、使えると思った。
殺してしまえば経験値は一度しか得られないが、この方法なら、何度でも経験値が得られる。再生可能漁法というわけだ。
問題は、美人でなければ俺がヤル気にならないということだろう。そして美人であれば、そもそも殺したりしない。
つまり……。これまでとあまり変わらんな。
「おい隊長。ギルドに行くぞ。みんな来て待ってるだろうしな」
「……クリストファーだ」
「ん?」
「隊長は役職名だ。私の名前はクリストファーだ」
「じゃあクリス」
「……なっ!?」
俺が名前を呼んでやると、隊長――もとい、クリスのやつは、顔をぼっと真っ赤にした。
おまえが呼べと言ったのだろう。変なやつだな。
◇
クリスの肩に乗って、冒険者ギルドまでの道を運ばれる。
彼女のストロベリー色の髪は、他の二人と違って長いので、掴まりやすくていい。
エイルとアミィの二人は、ちょっと気まずそうな顔をしつつ、後ろをついてくる。
巨人の街並みを眺めながら運ばれていると、すぐ近くからハミングが聞こえてきた。
堅物な隊長だと思っていたが、上機嫌だと可愛くなるらしい。
◇
冒険者ギルドに入る。
「あー! もうオリオン! やっと来たぁ!」
さっそく駄犬の声が聞こえる。
冒険者たち、うちの娘たち、ギルドの職員……のほかに、何人か、見知らぬ兵士の姿がある。
「クリストファー隊長。出頭命令が来ています。昨日の職務放棄の件で」
「あああああ……」
兵士の言葉に、クリスが、急にしゃがみこんで、うめき声を上げはじめた。
「おっと……」
俺はクリスの肩から飛び降りて、床に着地した。
「どうした?」
「ほうっておいてあげるっすよ。はじめて出来た恋人に浮かれて、任務のこと、すーっかり忘れてたに違いないんすから」
「です、です」
エイルとアミィが言う。
「ふむ。そうか」
そういえばクリスの任務は、職場放棄していたエイルとアミィを連れ戻すことだったっけ。
その当人が任務放棄だとか。しかもそのことを今朝になるまで、すっかり忘れきっていたとか。
恋人を肩にのせてハミングしていたとか。
どんだけ嬉しかったんだ?
可愛いなぁ。クリス隊長。
「職務放棄をした貴様には、厳罰が待っている」
「いや――、しかし――」
「言い分があるなら軍法会議の場で話せ」
「………」
クリスの目が、俺を見る。
その目には、助けて――とか、こいつがすべて悪いんだ――とか、そうした色は一切無かった。
エイルとアミィの二人のときには、俺になすりつけて俺を売ろうとしていたが……。
クリスの目にあったのは、ただ、恋人との別れを哀しむ色だけ。
まるで今生の別れになるような……。
しかし、たった一日、無断欠勤したぐらいで、今生の別れになるとか……。どんだけブラックなんだ。
ブラック企業には、少々、トラウマもある。
そして一度抱いた以上、クリスはもう俺の女だ。
自分の女が目の前で酷い目に遭うところを、見て見ぬふりをしていたら、俺は俺をやめなくてはならない。
「ちょっと待て」
クリスを連行しようとしている兵士たちに、俺は言った。
両腕を取られて、体を持ちあげられているクリスは、その顔を持ちあげて、俺を見た。
「俺たちも連れて行ってもらうぞ」