聖剣オリオン 「は? 剣にへんな名前つけるな」
雲海を下に眺める空中庭園の芝の上で、デッキチェアを広げて読書――というのが、最近の俺のお気に入りのくつろぎかただった。
そのくつろぎの時間を――。
「えいっ。えいっ。やあっ。たあっ」
大声で邪魔してくるやつがいる。
〝素振り〟というものは、初心者レベルなら有効な鍛錬法であるが、俺たちのレベルになってくると、ほとんど見かけなくなるものだ。
実戦にまさる鍛錬法はないというのが、勇者業界における定説だ。
「さすが聖剣オリオンねー。空気が斬れるっ」
アレイダがなんか言ってる。
空気が斬れてるというのは、実際、そうで――。アレイダが剣を振る度に起きていた真空の渦が、まだ、そこらをふよふよと漂っている。
近くに漂ってきた渦を、俺は手ではたいて打ち消した。
ちなみに、あの真空の渦を、狙って投げつけることができるようになると、攻撃技となる。
「ところで――。おま。いま、なんつった?」
「えー? なにー?」
素振りに戻ろうとしていたアレイダは、そう聞いてくる。
「だから、いま、なんつった?」
さっき、聞き捨てならないことを言ってやがったのだが……。
「えー? なんか言った?」
「言っただろ。なんかおまえ。その剣に変な名前を――」
「あー、聖剣オリオン?」
「それだー!」
俺は叫んだ。
まーた言いやがった。
このまえのときには聞き逃してやったが、こんどもまた口走りやがった。
ここは、正しておかねばならないところだろう。
「勝手に人の名前つけんな! バカヤロウ!」
「わたし、女だから、野郎じゃないと思う」
「そこはいまはどうだっていい! 剣の名前だ! 銘だ!」
「オリオンの作った剣なんだから、オリオンでしょ?」
「その剣に名前なんてつけてない。無銘だ。量産品だ。安物だ」
聖剣といっても、聖なる波動をようやく発揮できる程度の量産品だ。
しかもメインの鍛冶はモーリンで、俺はただ相槌を振るっただけのアシスタントであり――。
――と、そこについては言っていないのだが。このバカワンコは俺が打った剣だと思いこんでいる。
「じゃ、なにか名前つけてよ」
「いやだ。断る」
アシスタントしただけの剣に、名前なんて付けられるか。モーリンに言え。
「じゃ、好きに名前つけてもいいでしょー」
アレイダは話が終わったとばかりに、長い髪を俺に向けてきた。
そして素振りに戻る。
「えい。えい。やあ。たあ」
だから素振りなんてのは、俺たちの勇者業界ではクソの役にも立たないと――。
俺はデッキチェアから立ち上がった。
近くに生えていた木のもとに歩いてゆく。
そして話しかける。
「~~――、~~~――、~~~~~――」
精霊語だ。
この空中庭園に生えている〝木〟は、皆、霊木級。
この浮遊島は、もともとエルフの里の「聖地」だった場所だ。雑木林の木の一本でさえ、それなりの「霊格」を持っている。
いまそこに交渉して、枝を一本、もらうことにした。
「いただくぞ」
手頃な太さの枝を、手刀で切り落とす。
小枝を落として大雑把に成形してから、さらに手刀で削ってゆく。
たいした時間もかからず、一本の〝木刀〟ができあがった。
木刀とはいえ、霊木を材料にしているので、一応は〝聖剣〟だ。
削り終えたばかりの木刀を手にして、素振りを続けるアレイダに話しかける。
「おい。駄犬」
「………」
「聞こえないのか。駄犬」
「駄犬なんて、いませーん」
ぶちぶちぶち、と、キレかけたものの――。
「おい。アレイダ」
「なにー?」
俺が大きな忍耐力をみせて、名前で呼んでやると、ぱたぱたと尻尾でも振る勢いでやってきた。
なにこのバカワンコ。名前呼んでやったくらいで、そんなに嬉しいの?
俺は木刀を突きつけて、アレイダに言う。
「構えろ。稽古をつけてやる」
「えっ?」
アレイダはきょとんと目を見開いて、立ちつくしている。
「オリオンが……、稽古、してくれるの?」
「ああ。二度言わすな。素振りなんぞ、クソの役にもたたん」
「なんで……?」
「なんで、って? はァ? いちいち理由がいるのか?」
「だって……」
アレイダの様子が、なんか変だ。
もじもじとしている。
「だっていつもは、〝ないとめあもーど〟とかいって、どこかの危ないダンジョンの下層に放りこむだけで……。自分で教えてくれるとか、これまで一回だってなかったし……」
「……お? いや? 一度くらい、教えたことは……」
そう言って、俺は顎に手をあてて考える。考える。考えている。……考えた。
「……ないな」
「それに、自分で稽古をつけてくれるってことは……。わたしが、すこしは強くなったって……、認めてくれてるってことでしょ?」
「いやいやいや。なんでそうなる」
「だって実力が近くなかったら、教えてもらえないじゃない」
「はァ? おまえごときが、俺に近い実力だと? どの口で言う? おまえなんか十分の一以下だね。いいや百分の一だね。おまえが百人でかかってこようが、俺を倒せるとは思うな」
言いながら、頭の中でシミュレーションしてみる。
アレイダが百人……。カンスト間際の聖戦士が百人。しかもぽっと出でなくて、モーリン式、オリオン式でしごきあげた、頭のおかしい聖戦士が、百人……。
むぅ……。まあ苦戦するのは確かだろうが……。勝てなくはないな。
かなり本気を出すかもしれないがな。うん。大丈夫だな。
「よかった。そのくらいまで、強くなれてたんだ」
アレイダはそう言うと、にっこりと笑った。
泣きべそかいて悔しがるかと思いきや――。予想と違って、嬉しそうな笑顔を浮かべやがった。
意表を突かれて、ちょっとドキリとする。
「ば、バカ言ってんじゃねえぞ。――構えろ」
「うん」
アレイダは素直に構えを取った。
その構えは、なかなか決まっている。
まあ、勇者業界基準からすれば、まだまだ隙だらけではあったが――。
この俺に構えを取らせるぐらいの〝圧〟は発している。
「行くぞ。上からだ」
「はっ、はいっ」
「つぎは横からだ」
「は、はいっ」
いちいち、どう斬りつけるか宣言してから動く。
それでもアレイダは、俺の剣撃を受けるのがやっとだ。
もちろん手加減しまくりだ。十分の一も力を出してはいない。
せいぜい五パーセントといったところだ。
だがそれでも、アレイダのやつは、一応は受け止めていた。
俺の剣を。勇者の剣を。
ふーん……。
ま。すこしは。使えるようになってきたんじゃねえのー。
「一〇パーセントだ」
俺はちょっとだけ、力をあげた。
「え? えっえっ? ――ちょっ! やめ! あぶな――! いま本気で斬ったでしょ! 死ぬ! 死ぬ死ぬ! ヤバ――! やめっ!」
「死ぬ死ぬ言うのはベッドの中だけでいい」
「ばかーっ!」
アレイダはとたんに余裕が消えていた。受けがどんどんと雑になっていく。
やがて、ぱきーんと音が響いた。
「あ……」
やべ。折っちゃった。
「あっ……、あっあっ……、あーっ!!」
なかばから完全に折れて、短くなってしまった「聖剣オリオン」を手に、アレイダが大声をあげている。
あーあ……。しーらねー……。
*
その後――。
アレイダのやつが、ガン泣きするもので、「聖剣」をもう一本打ってやることになった。
こんどの一本は、俺が主となって打ち、モーリンのほうが相槌を振るった。
前回の一本よりも、若干、質は落ちてしまったが……。
まあこっちなら、「聖剣オリオン」と呼ばせてやってもいいかもしれない。