勇者道 「エイティにな。勇者道を歩ませようかと思う」
「エイティにな。勇者道を歩ませようかと思う」
街の宿屋の一室で、俺は皆にそう告げた。
「それはいいんだけど。本人にいるときに言ってあげなさいよ」
アレイダにそう言われて、俺はエイティの姿がないことに気がついた。
「エイティはどこへ行ったんだ?」
「さっき呼びだされていったみたいだけど?」
「どこに? だれに?」
「しらないわよ。そんなの」
「駄犬め。まるで役にたたん」
「駄犬ゆったぁ」
スケルティアが窓に張りついて、下を眺めている。
「おもて。いるよ。」
俺もスケルティアの隣に立つ。
スケルティアの小さなお尻を手で楽しみながら、道を見下ろすと――エイティがいた。
「ナンパか?」
エイティは街の男たち数名に声をかけられていた。
「なにか書いてあげてる」
アレイダも覗きにきて、そうコメントする。
「サインだな」
「サインってなに?」
「しらんのか。駄犬め」
「また駄犬ゆったぁ」
まあ、ナンパされているわけでなければ、よしとしよう。
エイティの率いるパーティが街を救った、ということにしてある。勇者がいちばんのペーペーだったりするとカッコがつかないので、リーダーということになっている。
実際にはうちのパーティのリーダーは、アレイダっぽい。戦略能力ではクザクのほうが上なのだが、度胸というか自信というか、そういった種類のものに欠けていて、参謀役に収まっている。アレイダもあれで人の意見を聞くやつなので、本人が馬鹿でも問題がない。
俺か? 俺は黒幕ってやつだな。
しかしエイティのやつ。女性化するまえもそうだったが、女性となったあとでも、人心を掴むのが上手っていうか、カリスマだけはあるんだよなー。
そういえば、いいとこのお坊ちゃんだったっけ。
二度三度、死線をくぐって箔もついてきた。なよなよとしたお坊ちゃんにも、渋さが身についてくる頃合いだ。
それが華やかな美少女ときたもんだ。
街の男たちが、放っておくはずがない。
だが俺のモノだがなー。あいつを使用していいのは、俺だけだ。
うっしっし。
「よし。やっぱり決めたぞ。あいつを勇者にしよう」
◇
「勇者ですか?」
戻ってきたエイティにその話をすると、きょとんとした顔を返してきた。
「ボク、もう勇者ですけど?」
「村勇者の話はしていない。本物……の勇者は無理だろうが、国勇者あるいは大陸勇者ぐらいを目指そうと思う」
いまのエイティは村勇者だった。
街勇者への転職条件はフラグを立てたし、Lvも足りているので、あとはクラスチェンジを行うだけである。
だが、そのまえにLvをもう少しあげておきたいがな。
転職はLvをカンストさせてから、というのが、うちの内部ルールである。
転職を行った際には、転職前のステータスを引き継ぐのだ。転職可能となったからといって、すぐに転職してしまった場合と、前職をカンストさせてから転職を行った場合とでは、ステータスの最終到達値が異なる。
Lvをカンストさせずに転職をしてしまうのは、つまり、もったいない。
「た、大陸勇者ですか……? ボクなんかに、そんなの無理ですよう」
「ばかもの。無理かどうかは俺が決める」
「は、はい、師匠っ!」
「勇者として生まれてきたからには、せめて、国勇者以上を目指せ。じゃないと使えなさすぎる」
勇者シリーズは不遇職である。
村勇者なんて、劣化騎士と呼ばれているくらいだ。回復性能で騎士に劣る。
唯一、優れている部分といえば、メガヌテが使えるというところだ。メガヌテを戦略に組み込めると、サマルトリアの王子ぐらいに使えるようになる。
街勇者となると、さすがにナイトよりは使えるようになるが……。
他の転職二回目の上位職と比べると、見劣りする。アレイダがこのまえまで転職二回目のクロウナイトだったが。街勇者にはあれほどの性能はなく、やはり不遇クラスのままだ。
国勇者あたりで、ようやく聖戦士と並ぶかどうか――。
つまりこの魔大陸における初級職相当となるわけだ。
「あの……、使えないと、ボク……、どうなるんでしょうか……?」
「ん?」
「あの。また捨てられちゃったり……、しますか?」
「ん?」
エイティのやつは、捨てられる子犬のような目で、俺を見てくる。
捨てる? 誰が? 俺が? いつ? なぜゆえに?
「オリオン、もう忘れてるの? エイティが最初に密航してきたとき、海に叩き落とそうとしていたじゃない。サメがいっぱいいる海に」
「ああ」
そんなの、まだ男だった頃じゃないか。
美少女をサメのエサなんかにするはずないだろ。もったいない。
あと、おまえら、本当に俺が海に叩き落とすと思っていたのか?
そんなこと、あるわけが……。まあ、ないとも言えないか。
エイティのやつは、目をうるうるとさせて、俺の返事をじっと待っている。
まあ甘やかして、安心させてやってもいいのだが……。
「そうだな。役立たずは、捨ててゆくかもな」
俺はあえてそう言った。これですこしはやる気に――。
「なります! ボク! 真の勇者に!」
いや。真の勇者はここに一名いるわけで、俺がいる限り、この世界には二人目の〝真の勇者〟は存在できないルールであるが――。
まあその下の大陸勇者までなら、空席があるぞ。
「絶対なります! だから捨てないでください! 師匠!!」
エイティは俺の足にすがりついていた。
涙とハナミズまで流して……。なぜ泣く?
「なぁ、こいつ、どうし――」
部屋を見回して、俺は言葉を止めた。
アレイダをはじめ、他の皆も、なにか深刻そうな顔になって、こちらを見ている。
「え、えっと……。わたしは……、役に立ってる……わよね? オリオンいつも駄犬って言うけど、あれって本気じゃないよね?」
「ん?」
アレイダが言ってくる。
「すけ……。は。やくにたつ?」
「ん?」
スケルティアまで、そう言ってきた。
「もっともっとお役に立てるように頑張りますので……、どうか……」
「ん?」
クザクまでもが言ってくる。
「わ……わたしよりうまく馬車を牽ける馬はいないと思うんです!」
ミーティアはそっちでアピールか。
「ウサギさん……は、お役に立ててますよね。夜に」
バニー師匠までいつもの自信がない。
「あの。わたくしマスターのお役に立ててます……よね?」
モーリン、おまえもか。
「みんなでもっと精進しましょう! 師匠のお役に立ちましょう!」
エイティが皆を鼓舞しにかかる。
皆は腕をつきあげて、おー、とか言ってる。
すげえやる気になってる。
あー……。薬が効きすぎたわー。