村勇者を街勇者にしてみたい 「街を救わなければならないのだが」
「はい? 滅びかけてる街……、ですか?」
「そうだ」
この魔大陸にひとつだけある冒険者ギルドにおいて――受付嬢兼ギルドマスターでもある、たったひとりのギルド職員に、俺は相談を持ちかけていた。
どのように相談するのかといえば、奥の部屋で二人っきりで、ずっぽしと相談を行っている。
いまはちょうど休憩中。
さっきまでは、ずっぽしと繋がりあって、激しく求めあっていた。
まずやることを一通りやって、人心地をつけてから、ピロートークとして話を切り出した。
「街を救うぐらいの大きな依頼があると、ちょうどいいんだがな」
寝そべる背中の、浮きでた背筋に向かって、俺は話しかけた。
仮眠用の狭いベッドに彼女は寝そべり、俺の話を聞いている。
俺たちが依頼をせっせとこなしていったおかげで、ギルドの運営は黒字へと好転。
ギルドの借金とやらも綺麗さっぱり片付いて、彼女からもビンボ臭い雰囲気が消えていた。
しっかし……。ギルドの受付嬢ってのは、みんな、こんな肉食なのか。
はじまりの街のギルドのリズも、相当な肉食系だし……。
そういや、リズの隣に、初々しい感じの娘がいたっけな。エミリィとかいったか。
はじまりの街のギルドにも、リズの隣に初々しい娘が座っていたっけな。あんなんでも一皮剥けば肉食系に変貌するのか? こんどあの娘にも手を出してみるかな?
「ええと……。ギルスティンから南に行ったところに、ゴブリンに苦しめられている、全三十戸ほどの集落が――」
「それは村だろう」
家が三十軒なら、人口はだいたい百人から二百人といったあたりか。商店があるかどうかも怪しい。分業が成り立つほどの人口ではない。
自給自足で、村人の全員が、農民兼、大工兼、猟師兼、鍛冶屋とか、そんな感じの場所になる。
「俺の求めているのは村ではなく、街だ」
街を救わないと、村勇者の転職条件が揃わない。
村勇者が街勇者へとグレードアップするためには、いくつかの条件があった。
まずひとつ目が、ダンジョンの到達者――最終階層のボスを倒すこと。これは簡単だ。このあいだクリアしてきた。迷宮の難易度指定はないっぽいので、初心者向け迷宮である、リムルアース迷宮のボスを単身撃破させておいた。
つぎの条件が、街を一つ、救うこと。
これがじつは困難だった。
向こうの大陸であれば、街はどこにでもあるのだが……。
なにしろ魔王が倒されて五十年。平和と安寧に浸りきった、この世の中である。
街ひとつの存亡に関わるような事件など、そうそう起こるはずもない。
異次元へと続く地獄穴でも開いて、中級上級のデーモンでも呼び寄せれば、街を一つ壊滅させるぐらいは容易なことだろうが……。
まさか自作自演をするわけにもいくまい。
以前、勇者の力で、神にも悪魔にもなれると言われたが……。
魔王くらいなら、すぐにでもなれそうだ。
平和ボケしたこの世界を滅ぼすのには、七日七晩ぐらいあれば足りてしまいそうだ。
ま。ならないがな。
「街ですか。ええと、それなら……。北のほうに、もうすこし大きな村……、いえ、街がありまして」
いま言い直したが。まあいいか。
北にある街というと――。クザクとデートしたあそこか。
たしかに、女の服を扱っている店もあったし、酒場と宿屋も、いちおう存在した。
あそこなら、まあ、「街」といえるか。
「なにかあの街にとっての脅威はないのか?」
「近くの洞窟にオーガが棲みつきまして。村……街の住民も、さすがに手をこまねいていますね」
「オーガか」
向こうの大陸における「オーガ」であれば、ぶっちゃけ、うちの娘たちのうちの、誰であっても圧勝できる。
両手両足を縛りあげて、指一本だけしか動けなくても、勝てるかもしれない。
たぶん、デコピン一発で爆散させられる。
しかし、ここでいう「オーガ」というのは、魔大陸における「オーガー」となるわけだ。
〝ウサギ〟や〝薬草〟が相手であれば、ワンパンで採集できる村人――もとい、街の住民たちが、恐れるような相手である。
それは、いかほどの強さなのか。
どんな上位種なのか、わかったものではない。
「そのオーガが、そのまま居座ると、街はどうなる?」
「街を離れる人も出ますね」
「滅びそうか?」
「いえ、滅びるまでは……。人が逃げ出してさびれるのは、たしかですけど……。あっ、でも、そのまま数年も居座って繁殖をはじめたら、わからないですよ。村――じゃなくて、街ごと移動っていうのは、時折、起きることですし」
「ふむ……」
俺は顎に手をおいて、考えこんだ。
いちおう、街の危機ってことだな。ならばこれを解決すれば、フラグが立つかもしれないな。
エイティの街勇者への転職フラグだ。
「えっ? もしかして? あのっ……? 倒そうとか、考えていますか?」
「ああ。依頼は来ているのか?」
「だめですよ! 無茶ですよ! 倒せるわけないですよ! 貴方たちのパーティ、そりゃ最近はゴブリンも倒していますけど! でもオーガーはゴブリンなんかとは比べものにならないくらい強いんです!」
あー。あるある。
あるよなー。そーゆーの。
ゴブリンを倒せるようになった初心者パーティが、自信過剰になって、オーク狩りだ、オーガ狩りだと、無茶な討伐依頼をやって、全滅するケース。
「危ないですから! ね! ね! やめましょう? ね?」
ギルド嬢からマジに心配されている。
いやー。初心者扱いー。新鮮だわー。
まあ確かに、アレイダたちのいまの実力では、ちょっと厳しいだろう。
いや、かなり厳しいかな。まあぶっちゃけ、無理だろうな。
俺とモーリンとバニー師匠がパーティに加わるならばともかく、アレイダたちだけでは、結果は見えている。
いまのままでは。
「まあ、心配いらない。きちんと準備してから取りかかるさ」
俺は彼女に覆いかぶさりながら、そう囁いた。
貴重な情報をくれた彼女に、たっぷり「お礼」をした。