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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
17.エイティをちょっと鍛えてみる
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すたんどあろーん 「だんなさま。おちゃ……です」

 いつもの屋敷。いつものリビング。


 いい香りがして、俺は読んでいた資料から目をあげた。


 立ち働くコモーリンの後ろ姿が目に入る。

 テーブルには湯気をあげる紅茶が置かれていた。置いてゆくのに気づかないとは、よほど集中していたようだ。


 読んでいたのは勇者の転職に関する資料だ。

 ギルドに頼めばほいほい出てくるようなものではなく、古文書の類いをあたっている。

 まあ、ほいほい出てくるとはいっても、毎回、リズに搾り取られるハメになるのだが。


 勇者の転職条件は不明な点が多い。

 非常にレアなジョブであるということと、下位勇者は役に立たないハズレジョブであることが広く知れ渡っているために、万が一、転職条件を満たした者が現れても、まず確実に〝選ばない〟からだ。

 好んで勇者道を歩むような酔狂な者は、そうそういないということだ。


 失われた文字で書かれた難解な古文書から目をあげた俺は、リフレッシュのつもりで、通りすぎるコモーリンの小さなお尻を、さわっと撫でた。


 もう二、三年ほどはノータッチでいるつもりでいるのだが――。

 まあ、このくらいのタッチであれば、いいだろう。


「ひゃっ!」


 コモーリンが、悲鳴をあげた。


「……ひゃっ?」


 俺は思わず、コモーリンを見つめた。

 コモーリンとモーリンとは、同一の存在だ。

 二人の違いは、〝容れ物〟の大小だけである。


 世界の精霊であるモーリンの〝本体〟は、地下大空洞に生える世界樹だった。


 誰も足を踏み入れたことのないその神聖な場所に、以前、モーリンに連れられて訪ねていった。

 世界樹の枝に生った大きな実の中に、少女がいた。

 実が完熟すれば大人になるのだが、未熟な実の中に眠っていたのは、まだ小さな少女であった。


 未熟なまま〝収穫〟を行い、目覚めた少女を連れてきた。

 名前を〝コモーリン〟と名付けた。小さなモーリンだからコモーリンなわけだが……。我ながら安直なネーミングだと思う。


 コモーリンはモーリンと同一人物であるからして……。

 尻を撫でられたくらいで、「ひゃっ」だとか、カワイイ悲鳴を洩らしたりはしない。

 モーリンはそんな女ではなかったはずだ。


 ……それとも? コモーリンのときには、そういう〝キャラ立て〟をすることにしたわけか?


 無言になってしまった俺が、じっと見つめていると……。


「……だんなさま?」


 コモーリンが俺に問いかけてきた。

 これまた、おかしい。


 コモーリンは、俺のことを〝マスター〟と呼んでいる。

 それが〝だんなさま〟だと……?


 なんかちょっと新鮮だ。

 ――じゃなくて。


 やっぱり……。おかしい……。


 俺は眼鏡を外すと、コモーリンをまじまじと見つめた。

 眼鏡はダテでも近眼でもましてや老眼などでもなく、古文書を読むための翻訳眼鏡だ。いくらスキルポイントが有り余っているとはいえ、わざわざ読書のために古代語スキルを取るのも勿体ないと思った。


「だんなさま……。めがねも……、すてきだとおもいます」


 そう言うと、コモーリンは、ぽっと頬を赤らめた。

 やっぱりおかしい。なにかがおかしい。モーリンはこんなに表情豊かではない。

 それともキャラ立てか? イメチェンなのか? なんなんだ?


 俺が混乱していると、大きいほうのモーリンが歩いてきた。


「ああ。ここにいたんですね」


 小さいほうのコモーリンに大きいほうが話しかける。


「は、はい。だんなさまにお茶を……」


 二人で会話をしている。

 どちらも本人なので自作自演なわけだが。


 モーリンはコモーリンの前にしゃがみこむと、その小さな体をぎゅっと抱きしめた。

 そして、なにをするのかと思えば――。


 キスをした。

 ちゅっと、唇と唇とを合わせている。


 俺はしばらく目の保養をした。

 美女と美少女と百合百合した感じのは、うむ、好物だが、なにか。


「マスター。失礼しました。再同期が完了しましたので。もう問題ありません」

「う、うむ」

「驚かせてしまいましたか?」

「い、いや、それほどでも……」


 いつもの口調で言ってくるのは、コモーリンのほう。


 正直、俺はビビっていた。色々とビビっていた。

 いきなり素に返ったコモーリンもそうだが、なんでチューしてんの?

 いや、百合百合したのは、好物であるが。


「粘膜接触で経験情報をやり取りしただけで、他意はありません」


 大きいモーリンのほうが、俺の答えていた質問に先回りする。

 会話している相手がコモーリンから、モーリンへと変わる。


 これには、どうにも、まだ慣れない。

 向こうの世界で喩えるなら、待ち合わせでもしている最中に、携帯で話していたその本人と、対面した時の感覚だろうか。

 電話口の向こうで話していた相手と、手を上げて挨拶するときの、あの間の抜けた感覚だ。


「俺的にはべつに構わんのだが。むしろ、もっとやれ、といった感じなのだが。しかし、本人同士でというのは、あれではないか? つまり自慰みたいなものではないのか?」

「そういうことは一切ありません」


 強く否定されてしまった。これ以上その話題に踏みこむのは、危険がアブナイといった感じ。


 まあ……。それはそれとして……。


「経験情報とやらが、どうした?」

「スタンドアローンのテストをしておりまして」

「すたんどあろーん?」

「マスターの元いた世界の言葉ですよ」

「ああ。独立……ネットに繋がずに、単体で動かすことだったか」


 さっきまでのコモーリンは、その状態だったということか。

 なにか危なっかしく感じたのは、独立して動いていた状態だったということか。


「なんのためにそんなことを? やっぱりオナ――」

「ちがいます」


 強く、否定されてしまった。


「たまにシンクロが弱くなることがありますので、そのときのためです」

「ふむ。アンテナの本数が減ることがあるということだな」

「アンテナ……ですか?」


 モーリンは中空を見上げた。一秒、二秒、どこかに問い合わせた――その返事が返ってくる。


「電波ではありませんが。その理解で問題ありません」

「どんなときに、なるんだ?」

「そうですね。たとえば風邪をひいて熱を出しているときだったり――」

「大賢者が風邪を引いて寝込んだところは、みたことがないな」

「あとたとえば、その……っ。……の日とか」

「ん?」


 俺は聞き返した。声が小さすぎて聞こえない。


「……の日です」

「ん? 聞こえんな」

「ですから、……の子の日です」

「もっと大きな声で言ってくれないか」

「ですから! 女の子の日です!」


 おおう。よく聞こえたぞ。

 なるほど。月に一度は調子の悪い日がくるということか。風邪や病気なら魔法で治せるが、あちらは病気ではないから、無理だな。


「ところで。さっきからコモーリンが、なにやら、もじもじとしているようだが。……どうしたんだ?」

「またシンクロが弱くなりました」


 コモーリンは俺たちの会話を、もじもじとしながら聞いている。

 その表情はなんとも頼りない。恐縮しきっている感じ。

 年齢相応の十二歳の少女を連れてきて、主人とメイド長との前に立たせたら、きっとこんな感じになるだろう。――という状況である。


「コモーリンのほうはこれまで常時稼動できていたので問題なかったのですが。そうもいかなくなりましたので」


 ……ん?


 モーリンの言った言葉の意味を、よく、考えてみる。

 考えてみる。

 考えてみる……。

 よく考えてみる……。


「おお!」


 俺は、ぽんと、手を打ちあわせた。

 そういう意味か。


「赤飯を炊かなくては」

「せきはん? ……ですか?」


 モーリンは中空を見上げて、しばし――。また何処かへ問い合わせる。


「ああ。はい。――用意します」


 モーリンが部屋を出てゆく。

 コモーリンのほうは、モーリンの後ろ姿と俺とを、何度も見比べて困っていた。

 俺が顎をしゃくって合図してやると、顔をぱあっと明るくさせて、廊下に飛び出していった。


 うん……。なんか。かーいー。


 ――と思ったら、また戻ってきた。


「だんなさま」


 部屋に飛びこんできたかと思えば、俺の首に抱きついてきて、耳元で――。


 こしょこしょと少女が俺の耳に残していったのは――。

 「こもーりんは、こどもをうめる、からだです」という言葉だった。


 困ったね。

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