アレイダのおねだり 「わたしにも服買って!」
「ずっる~い! クザクだけ~!」
いつもの朝。いつもの屋敷のリビング。
いつもひゃんひゃんとうるさい駄犬が、今朝は一段と騒がしく鳴いていた。
「服なんて! 買ってもらって!」
ずびし、と、駄犬が指差したのは、クザクであった。
このあいだのデートのときの街娘の格好をして、朝の食卓に出てきている。
せっかく買ってやったんだから、着ろ――と、命令を出した。
これは命令として言わないと、「私などが~」と言い出して、着ないからだ。
狂犬のような顔をする駄犬に指差されて、クザクは困っている。
「普通の娘っぽくて、似合っているだろう?」
俺はクザクのかわりに、そう言ってやった。
「似合ってるわよ! 似合ってるから――うらやましいんじゃない! あーもー! ずるい! ずるいずるいずるい!」
駄犬は地団駄を踏んでいる。
「わたしともデートして!」
「べつにおまえとデートしたい気分じゃないしな」
「じゃあ服だけ買って!」
なんだよ。結局、服が欲しいのか。
「買えばいいだろ。自分の金で」
「物価がぜんぜん違うんだもん! パン一個一〇〇Gとかって、なんなのいったい!?」
「俺に言われてもな」
まえまえから不思議だったのだ。
向こうの世界のRPGで、ゲーム後半の街になってくると、「やくそう」も「宿代」も、ゼロが増えてゆくのはなぜなのかと……。
周辺のモンスターの落とすGが増えれば、おのずと物価もあがるということだ。
この魔大陸では、価格はなんでも何十倍だ。
向こうの大陸で一Gで買えるパンが、一〇〇Gする。
薬草も、一山一〇Gのところが、なんと、一〇〇〇G。
まあ薬草の場合には、効き目が段違いだが……。パンのほうは、単なるパンでしかない。
「パンを買うより、魔物の肉を買ったほうが安いぞ。こっちじゃ」
「パンの話なんてしてないわよ!」
いいや。パンの話を言い出したのは、おまえだろう。
「だいたい、わたしは……、服が欲しいんじゃなくて! ――欲しいけど。でもそれよりも、オリオンが買ってもらったっていうのが――。ああ! ちが――!? べ!? べつにそういう意味じゃないんだからね!」
あー、はいはい。まったく。よくわかるやつだ。
そういえば、このあいだも、髪留め一個買ってやったら、大騒ぎしていたっけな……。
あーもー、めんどくさいやつだな。
「ふ、不公平なのよ。そう! 不公平なんだから! だからわたしも、そういうワンピースを――」
「おまえには、似合わんだろう」
俺がふと洩らした言葉に、アレイダが「えっ?」という顔になった。
「………」
急に静かになってしまった。
さっきまでキーキーと騒いでいたのに、口を閉ざして、なにやらショックを受けたカオで――。
ああ。誤解したわけか。「おまえには可愛い服は似合わない」とでも受け取ってしまった。
あーもー。ほんとーに。
めんどくさいやつめ……。
「それぞれに似合う服というものがある」
俺は重々しい声を出した。
「たとえばクザクならその服」
「恐縮です」
スカートの裾をちょんと掴んで、一礼。
うん。かーいー。かーいー。
「ミーティアなら姫の着るようなドレスだな」
「はい。ドレスは好きです」
もともと姫様だしな。
「すけ。……は?」
スケルティアに聞かれた。
考える。考える。考えてみる。
ひらひらした服を着ている姿をイメージするが、なんだか合わない。
「おまえは動きやすい格好だな。忍者みたいなやつだな。格好いいぞ」
「すけ。は。かっこいい。」
スケルティア目を細めて、そう言った。
うん。かーいー。かーいー。
「モーリン。コモーリン。おまえらはメイド服だ。うむ。それだ」
二人揃って腰をかがめて、淑女の礼をする。シンクロしている。
「おまえは男装が似合いそうだ」
なんか期待する目のエイティには、聞かれる前にそう答えた。
「あははは……、ま、まあ……、そうですよねー」
元男だし。立ちかたや歩きかた、仕草なんかが、まだ男なんだよな。
体のほうはすっかり女であるわけだが……。
メンタルのほうは、以前から女だった気がする。「師匠!」とか恋する乙女の目で迫ってこられたときにはキショイと思った。
しかし〝容れ物〟が女に変わってみたら、これがまったく違和感がない。
ガワは変わっても、中身のほうは変わっていない。
それで違和感がないということは……。
つまりもともと乙女脳だったということだ。
女になってしまったことを、本人も特に悩んでいないらしい。俺に愛してもらえることを、素直に喜んでいる。
俺の側はなにしろガワが女なので、まったく気にしていないのだが――。
しかし、抱かれる側のほうは、普通は気にするものではないだろうか?
自分がもし女体化したとして、男を相手にアレをすることになったという想像をしてみる。
……鳥肌が立ちそうだ。
ないわー。
「そ、そんなに見つめられると……、照れます」
エイティはもじもじとしている。仕草もだんだん女っぽくなってきたな。
白ワンピの似合う少女になる日も近いかもしれない。そうしたらプレゼントしてやろう。そしたら着たまま着エロだな。滅茶苦茶セックスだな。当然だな。
「バニー師匠は――」
最後の一人に言及しないのも不公平かと思って、言いかけたものの――。
彼女はいつもバニー姿だ。他の服を見たことがない。
じっと注視していると、彼女は自分のバニースーツを手でなぞっていって、ボディラインを浮き立たせてみせた。
「ふふふっ。バニーさんから、バニースーツを取ったら、なにも残りませんよー?」
「ちょっと待て。いま考える」
俺はそう言って、彼女に似合う別な衣装を考えた。
閃いた。
「ディーラーってのは、どうだ?」
女ディーラーだ。ミニスカだ。きっと似合うはず。
「あ。いいですねー。こんど着てみましょうか?」
あれ? こちらの世界に、カジノなんてあっただろうか?
バニー師匠に対する、「じつは異世界人なのでは疑惑」は、ますます強くなった。
「――で、わたしに似合う服って、どんなのよ?」
地の底から響いてくるような声で、アレイダが言った。
あー、すっかり忘れてた。
全員、一巡し終わるまでおとなしく待っているとか。意外と辛抱強い駄犬だな。
「おまえに似合う、服は……だ」
ここでもっと〝おあずけ〟をかましたら面白いことになるんじゃないかと思いはしたが、さすがに哀れなので、言ってやることにする。
「街娘の服でも、ドレスでも忍者服でも、メイド服でも、男装……は、ちょっとは似合うかもしれないが、やはり違う。そして無論、バニースーツでもない」
「おまえに似合う服は、たとえば……」
俺はアレイダをじっと見つめた。
アレイダはぴんと身を伸ばした。髪をささっと撫でつけて、また直立不動に戻る。
俺は、言った。
「たとえば……、ぼろきれとか、そんなんだな」
「はい? えっと……、それは、どういうドレスの種類?」
「いや。ドレスじゃないぞ。ぼろきれだぞ」
「ええっと……。どんな感じの制服?」
「いや。制服でもないって。ぼろきれだって」
「えと。あの。……ぼろきれって、あれ?」
「そうだな。あれだな」
「あの。あのね? わたしの理解が間違っていなければ、ぼろきれって……、えと……、貧乏で家のない人とかの着てる……、あれだよね?」
「ああ。あれだな。あと檻に閉じ込められてる蛮族娘が着てたりするな」
「あれは着てたんじゃなくて、他にそれしかなくて……。まさか裸でいるわけにもいかなかったし」
「ふむ。裸のほうが、もっとグッドだな」
俺はそう言った。なるほどたしかに。ぼろきれを纏っているよりも、裸のほうが、より野性味が――。
と、そう考えところで――。
ぱぁん。
アレイダの手が、俺の頬を引っぱたいていた。
「おまえなんて、なに着ても似合わないって言いたいなら! そう言いなさいよ!」
俺はアレイダの手首を握った。
アレイダは燃えるような気迫で、俺を睨んでいる。
リビングには緊張感が満ちていた。殺気にも近い緊張感であった。スケルティアなど、爪が伸びかけてしまっている。
俺の頬を張るとか、モーリンでもやらない。
「ひさしぶりに見たな。おまえのその目」
俺はアレイダの手首を捕まえたまま、目を覗きこんで、そう言った。
アレイダは下から俺を睨み返している。
食い殺してやる――というような目つきだ。野生の獣の目だ。何者にも屈服しない、気高き目だ。
「その目に似合うのは――」
俺はアレイダの手首を握ったまま、もう片方の手を手刀にして、一閃させる。
アレイダの服が破片となってちぎれ飛ぶ。
「オリオン様! アレイダさんを許してあげてください!」
「ま、マスター! 待って!」
ミーティアとエイティが騒ぎ立てている。
俺は手でそれを制した。
手刀をもう何度か振るう。アレイダの服はほとんどなくなっていた。ぼろきれ程度に、体に張りついているだけだ。
片手を掴まれ、吊り下げられかねない態勢で――。さらに服もほとんど剥ぎ取られていても、蛮族の娘の目は、なにも変わることがない。
髪の色と同じ炎を瞳に秘めて、俺を睨みつけている。
「うん。やはり。おまえは裸がいちばん美しい」
「え?」
「おまえに似合う服はないと言った。――獣が、自前の毛皮以外の服を纏うのか?」
「えと? あの? えっと……?」
まだわかっていないアレイダに対して、俺は、言葉でなくて、態度で示すことにした。
ひょいと、裸のアレイダを肩に担ぎあげる。
「えっ! えっえっ! あの――!? ちょっ――!?」
「モーリン。朝食は1――いや、2時間待て。なるべく早く済ませる」
「はい。了解しました」
「ちょっ! ちょっ! ちょおぉぉ――っ!?」
騒いでいるアレイダを肩にかついで、俺は二階を目指した。
ベッドルームへGOだった。
◇
このあと滅茶苦茶セックスした。
結局、一時間でも二時間でも、三時間でさえもなく――。
四時間になってしまった。
朝食でなくて、昼食となってしまった。