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クザク 「私みたいな女に、勿体のうございます」

 いつもの朝。いつもの食卓。


「おはよう」


 いちばん最後に食堂に入っていった俺は、居並ぶ面々の顔を順に見ていった。


 アレイダ、スケルティア、ミーティア、エイティ、バニー師匠。そして壁際にメイド姿で控えるモーリンとコモーリン。

 一人足りない。


「クザクは?」


 天井を見上げつつ、俺はそう言った。いつもは天井裏に気配があるが、いまはない。


「馬車の外。見張りやってるー」


 アレイダがパンにパターをたあああぁっぷーり塗りつけながら、そう言った。


 魔大陸は危険な場所だ。馬車の中の亜空間は安全な場所であるが、常に一人は馬車のほうに出ていて、見張りをするようにしている。

 全員で当番制だ。俺自身も例外とはせず、八人八交代制のローテーションに入れている。


「呼んでこい」

「え? でも?」


 アレイダは口にパンを入れようとした態勢で固まった。俺とパンとを、交互に見比べている。


 俺がそれ以上なにも言わずに押し黙ったままでいると、アレイダは、重たいケツを椅子から持ちあげた。


「わかったわよ。呼んでくればいいんでしょ」

「呼んだついでに、見張り、交代してやれ」


 俺がそう言うと、アレイダはびくっと身を震わせた。


「朝の当番。……おまえだったよな」


 俺はそう言った。


「く、クザクが替わってくれるっていったんだもん! わ、わたしから言ったんじゃないから!」

「あー、わかったわかった。とにかく呼んでこい」


 俺は手を振ると、追い払った。


 駄犬だとは思っていたが……。

 主人より先にメシ食ってるわ、当番をサボるわ、言い逃れするわ。その駄犬っぷりに目まいを禁じ得ない。


 あいつは罰として、しばらくセックス抜きだな。


 食事に手を付けないままで待っていると、クザクが現れた。


「すいません。アレイダさんを叱らないでください。私が言い出したことで――」


 クザクはしきりに恐縮している。


「早く座れ。おまえが座らないと、食事がはじまらない」

「は、はい。すみません」


 アレイダが空いていた席に腰を下ろすと、ようやく食事が始まった。

 俺の隣。アレイダの席に座ったクザクは、ぎこちなく食事をしていた。おっかなびっくりといった感じ。


 そういえば、食事の席にあまり顔を出してこない。どのくらいかというと、専用の席がないぐらい。


 このまえ、ドラゴンスレイヤーになった戦いで、クザクは本当によく働いていた。

 敵へのデバフで弱体化。DOTによる継続的なスリップダメージ。敵のHPを吸い上げて仲間へと分配して、攻撃と回復の一石二鳥。

 それぞれの呪文スペルには効果時間というものがあるが、切れると同時に張り直しをしていて、一度も途切れさせていない。


 そしてインヴォーカーというジョブは、聖女の加護よりも性能は劣るものの、仲間に対してのバフ強化も行える。

 聖女が回復で忙しいとき――半壊した聖戦士クルセイダーを復元しているような時には、手が空くまでの繋ぎとして、切れたバフの補助をしていたりする。

 バフがあるかないかでは、一発で即死か、ぎりぎり数ミリHPが残るかの違いが出るので、かなり重要だ。


 失った頭部を生やしてくるような、聖女のごっつい回復魔法やら、聖戦士クルセイダーのド派手な技やら、村勇者の見かけだけは派手だがダメージはほとんど出ていない技やら、そんなものの影に隠れてしまって、まったく目立ちはしないものの――。

 クザクの地味だが気の利いたサポートなしには、ドラゴンを倒すことはできなかっただろう。


「あの……。見つめられていると……」


 俺が、じーっと見つめていると、クザクは頬を赤くして、そう言った。

 パンがその手の中で、小さく小さく千切られて、パン粉になってゆく。


「その……。食べにくいです」


 恥じ入るクザクに向かって――。


「デートしよう。クザク」


 ――俺は、そう言った。


 村も近い。

 この近くにあるのは、すこし大きな村で、街と呼んでも差し支えない規模だ。


「え? は? あっ?」


 クザクは目を白黒させている。

 耳が聞いた言葉を、脳が理解できていないという感じだ。


 この場にいる他の者は、きちんと理解している。いいなー、という顔が、その証拠。

 だがそれ以上のリアクションは特にない。騒ぎ立てる者はいない。

 いちばんうるさいやつは、いま亜空間の外、馬車の外。

 もし駄犬がこの場にいたら、ひゃんひゃんと、うるさく咆えまくっていたところだろう。


 とか思ったら――。

 ずだだだだーっ、と、足音が響いてきた。


 駄犬のやつが食堂に駆け込んできた。


「ちょっと! なんで!? クザクと!? おデートっ!? ――わたしだってしたことないのに!? ずるい! ずるいずるい! なんで! なんでなんでっ!?」


 おまえ。どんだけ耳がいいんだ。てゆうか見張りはどうした?


 コモーリンがすっと部屋を出て行った。アレイダのかわりに見張りに行ったのだろう。


「まあ。いつも地道に頑張っていることに対する――褒美だな」


 俺は駄犬にそう答えてやった。


「わ、私などには勿体のうございます……。そ、そういうのは、できればアレイダさんと……」

「ほら! クザクだってそう言ってる! いいよね? だからいいよね!?」


 こいつはまったく反省の色がないな。

 当番をサボってクザクに押しつけていた罰を受けてたところなのにな。


「アレイダ。ハウス」

「ちょ――!? なんでっ!?」


 なんでなのか、わからないでいる駄犬に、俺はもう一度口を開いた。


「ハウス、と言ったぞ?」

「~~~~! ……!


 アレイダはすごい形相になりながらも、しぶしぶと引き下がった。

 しょんぼり肩を落として、部屋を出てゆく。

 ものすごい落ちこんでいたようだが、身から出た錆、自業自得というやつだ。表にいるコモーリンに任せるとしよう。


「つぎの村……街で、ゆっくりする」


 俺は皆にそう言った。

 そしてクザクに顔を戻して――。


「食事が終わったら、準備をしろ」

「はい」


 俺に対して忠実なクザクは、首肯するばかりだった。


    ◇


 クザクと一緒に道を歩く。


「あ、あるじ……、わ、私などにっ……、も、勿体のうございます!」

「なんだ? 俺と腕を組むのは、嫌か?」


 離れようとするクザクを、ぐいっと引き寄せて、俺は言った。


「い――いえっ! め、滅相もございません! ですが……、わざわざ私などを連れ歩かなくても……、アレイダさんやモーリン様や、ミーティアさんかスケルティアさんか、バニー様かエイティさんと――」


 わざわざご丁寧に、自分以外、全員の名前をあげてゆく。

 どんだけ自己評価が低いのかと。問い詰めたい。

 いや。問い詰めたら、ますます恐縮してしまうだろう。


 どう言えばよいのか、俺は、しばし考えたあとで――。


「俺はおまえとデートしたい気分なんだ」


 思っていたままを、口にすることにした。


「い、いえでもっ……、なぜ、私などと?」

「おまえは最近、よくやってくれてくれているしな。パーティ内での働き。ちゃんと見ているぞ」

「いえ。私など。目立つことはなにも……」

「見ている、と言ったぞ。たしかにアレイダみたいな目立つ大技は使っちゃいない。だがおまえは陰ながら皆をサポートしている。それを俺はちゃんと知っている」

「は……、はい」


 クザクの体が重たくなった。

 見れば、足に力が入っていない模様。

 そんな腰が抜けるようなことを言っただろうか? まだ本格的に口説いてもいないが?


 ちょっと面白くなってきたので、口説きはじめてみる。


「思えば、おまえは頑張っているな。パワーレベレングが足りていないのに、この暗黒大陸で、よく頑張っている」

「そ、そんな……、勿体ないお言葉です」


 クザクはアレイダたちに比べると、転職回数が一回少ない。

 高位のジョブは、Lv1でも転職前のマスタークラスの強さを持つ。つまりレベルが20は足りていない計算だ。

 そう考えると、本当によくやっているな。

 今度クザクを重点的にパワーレベリングすっか。インヴォーカーの先は、なんだったっけか?


「いつも陰ながらよくやってくれているおまえが、いじらしくなってしまってな。だから今日は本当に、おまえとデートしたい気分なんだ。そう畏まるな」


 隠すことでもない。俺は本心を口にした。


「え? あっ? う……」

「えあう?」


 クザクは、うろたえている。

 あはは。かーいー。かーいー。


「でも、私は……」


 また身を離そうとするので、腕をぐいっとつかまえて引き戻す。


「そ、その……、服だって……、じ、地味ですし……」


 クザクは申し訳なさそうに、自分の身を見下ろした。


「おっと。気がつかなかった。すまんな」


 俺はそう言った。

 ちょうど服の店の前だった。若い娘向けの服を扱っている店らしい。


「ここで揃えていくとしよう」

「い、いえ――! そ、そんな催促したわけでは!」


 悲鳴に近い声を上げるクザクの背を押す。俺たちは店に入っていった。

 店員に指を鳴らして、「彼女に似合うものを」と告げる。


 女の服は、正直、よくわからん。前の世界でもよくわからんかったが、こっちの世界のファッションはもっとよくわからん。

 なにがイケてるのかもわからんので、ぜんぶ、店員に任せることにする。


 あれこれ着せ替え人形にされているクザクを横目で眺めながら、俺は、店に陳列されているエロい下着などを手に取って眺めて待った。


「おまたせ……、しました」


 やがて試着室のカーテンが開く音がした。ドレスアップを終えたクザクが、俺の後ろに立つ。


 俺は振り返り――。


「おお!」


 思わず歓声をあげていた。

 美少女がそこにいた。


 いや。前々から美少女だとは思っていた。

 しかしいつもの冒険者の格好と違って、街娘のような装いで着飾ったクザクは、とても華やかに見えて……。

 なんだか普通の街娘のようだった。

 冒険とも殺戮とも無縁の、普通に生きている、普通の娘のようで……。

 まあ、魔大陸のこのあたりの街娘といえば、素手でオーガロードぐらい、ワンパンで沈めたりするのであるが。


 思えば俺は、この世界に転生して、色々な経験をしてきた。

 メイドに出迎えられたり、檻入りの駄犬を拾ったり、野良の蜘蛛子を捕らえたり、水浴の美女と出くわしたり――。

 酒場の未亡人を口説いてみたり、王女をさらってみたり。

 ギルド嬢をハント――いや、ハントされてみたり。司会のバニーさんとねんごろになったりもした。


 だが、街娘と普通に交際した覚えはない。

 転生してこちら――。いや、前の人生においてもだ。高校と大学ではカースト下層。そして就職してからは、ブラック企業にすり減らされる毎日のどこに、普通の恋愛とかがあっただろうか。

 前の前の勇者人生においては言わずもがなである。普通の恋愛どころか、普通の生活すら、分刻みの単位で無理ゲーだった。


 いいなぁ。普通の娘さん。


 見開いた目、その大きさのままで、じーっとクザクを見つめていたら――。


「その……、とんだお目汚しをしてしまいまして……」


 クザクはそう言ってもじもじとした。スカートを掴んでしわくちゃにしてゆく。


「いやいやいや」


 慌てて手を振った。

 持ち前のネガティブ思考で、クザクは誤解してしまったようだ。


「見違えた。見惚れていた。いや。いい。実にいい。……本当だぞ?」


 俺は拳を握って力説する。


「そ。そんな……。きっと、馬子にも衣装というやつです」


 どこまでいっても控えめな思考だったが。クザクはとりあえず俺の賞賛を受け入れた。


「こちらもお包みしておきますねー」


 店員さんが、俺の手から、さっとなにかを取りあげいった。

 よく見る間もなく、すぐに袋に包んでしまう。

 そういえば、エロい下着を握りしめたままだったか。まあいいか。


 着替え終わったクザクを連れて、店を出る。

 普通の――すこしだけおしゃれな街娘のクザクと、街を歩く。


「クザク。おまえ。冒険者になる前には、なにをしていた?」

「街で普通に暮らしておりましたけど」


 おおう。本物だ。リアル街娘だ。


「十四のときでしたか。家出同然に家を飛び出して、冒険者となりました」


 この世界では、十四で成人とされるのが一般的だ。

 王族ならその歳から結婚する。街の者なら、自分で職業を選ぶのが、そのあたりだ。

 こちらの世界では、冒険者という職は、親の反対するような職であるわけか。

 まあ、そりゃそうだろう。危険と成功は背中合わせ。隣り合わせの灰と青春というやつだ。


「なぜ冒険者となった?」

「自分に魔法の才があることは分かっておりました。だから自惚れていたんです。自分は選ばれた人間だと。そして冒険者となって、英雄となって、勇者様の仲間となるような人生が待っているのだと」


 〝勇者〟という単語に、俺はぎくりとした。

 あれ? クザクには俺が勇者であることは、話してないよな? じゃあバレたか?


「あ……、勇者様というのは……、つまり、モータウロス様のことで……」


 ああ。あの偽勇者か。クザクとその仲間をゴブリンから助けたときに、鍋の具になってたヤツか。

 奇跡的に蘇生はしたものの、深刻なトラウマを抱えていたので、そのまま廃人だろうと思っていたのだが……。

 風の噂で聞くところによれば、ソロで冒険者を続けているらしい。鬼気迫る勢いで、ゴブリンだけを狩り続けているらしい。そしてついた異名が「ゴブリン・スレイヤー」である。


 思えば、あいつも〝偽〟ではなくて、〝本物〟だったのかもしれない。

 〝村勇者〟というものは、複数いるっぽい。あちこちにいるっぽい。エイティも村勇者だった。


「で、でもっ、モータウロス様のことは! いまは! どうでもいいんです!」


 クザクは俺の腕を、ぎゅっと抱いてきた。


「いま私がお仕えしているのは、オリオン様ですから!」


 なんで急に大声出してんの? おっぱい押しつけてきてんの?

 ――と、思ったが。


 ああ。なるほど。

 俺がその、モーなんとかとかいうやつに嫉妬すると思ったのか。


 まさかな。

 いや。クザクのことがどうでもいいという意味ではなく――。

 そのモーなんとかというやつに嫉妬をする理由が、一ミリもないというだけだ。

 嫉妬という感情は、対等かそれに近い相手でなければ発生しない。ゴブリン鍋になっている相手では、あまりにも格下過ぎて、嫉妬の対象になどならない。

 ええと。そいつの名前。なんっつたっけ? 最初の一文字も出なくなった。

 まあいっか。


 クザクを俺の女にしたとき、クザクは処女だった。

 べつに俺は処女厨でもないから、その点については気にしない。

 もしお手つきであったなら、ベッドの中で「どっちがいいのか言ってみろォ?」とか聞かねばならないところだったが、その必要もない。


「あの……、ちょっと……、嬉しいです」


 クザクは頬を染めてそう言った。その顔は俺の腕に押しつけられて、すぐに見えなくなってしまう。


 だーら、嫉妬なんて、してねーっての。


    ◇


 クザクと街を歩いた。

 道端の出店でアクセサリーを見て、耳飾りが気に入ったようなので、買ってやった。

 エルフ製か。不思議な材質の木製の髪留めは、俺が個人的に似合うと思ったので、髪に挿してやった。


 食事をして、ご当地の美味い食い物と、美味い酒を楽しんだ。


 途中でヨッパライが一人、クザクにちょっかいをかけてきた。これだけの美少女なのだから仕方がないともいえるが、男連れの女をナンパするとか、たいした度胸である。

 ワンパンでのしてやろうと思ったら、クザクが先に動いて、のしてしまった。

 そのときのクザクのセリフが、また良かった。「私はこの方の女です!」ときたもんだ。


 そうして一日、たっぷりとデートを楽しんだあとは――。


あるじ? どうされました?」


 月を見上げて立つ俺に、クザクが話しかける。


「このまま、いい雰囲気のままで帰ろうかと……。思ったんだがな」


 俺は後ろ頭をかきながら、そう白状した。


 今日のこれは、クザクへの褒美のつもりだった。

 店も、立ち寄った場所も、クザクが望むであろうように合わせたつもりだ。


 俺には、いまひとつ理解できない部分なのだが――。

 女という連中は、ムードというものを大事にする。

 あの駄犬みたいな蛮族娘でさえ、ムードムードと、ひゃんひゃんうるさい。ムードがあろうがなかろうが、ヤることはセックスで同じだろうと思うのだが。


 クザクへの褒美であるのだから、ムードとやらを重視した。

 その結果、ひどくお上品なおデートとなってしまった。


 一日、めいっぱい遊びまくりはしたものの――。

 しかし、なんだか一日が終わった気がしない。

 ある行為をしなければ、終わった、という感じにならない。


あるじ……?」


 俺が見上げているのは、正確には、月ではなかった。その隣にある宿の看板だ。

 いわゆる「連れ込み宿」というやつだ。宿泊を必ずしも目的としない宿屋である。


「すまんな」


 頭をかく俺に、クザクが笑いかける。


「そのほうが、あるじらしいです」

「どういう意味で?」

「野獣という意味です」

「おう」


 俺は、牙を剥いて笑った。


 クザクを抱き上げ、宿に入った。

 そして野獣になった。


    ◇


 このあと滅茶苦茶セックスした。

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