ドラゴンスレイヤー 「おめでとう。これでドラゴンスレイヤーだな」
「ぎゃああああええええ――っ! ドラゴン出た! ドラゴン来た! ドラゴンがリンクしたあああぁぁ!!」
うちのタンクは、まったく、うるさい。
いつもの村周辺。いつもの薬草との戦闘中。
今日も元気に薬草狩りに励んでいたところ、野良のドラゴンが飛びこんできた。
うちの駄犬は、パニックになって、ギャーギャーと大騒ぎをはじめている。
「リンクじゃないぞ。単なる野良のアクティブ・モンスターがADDしただけだ」
俺は冷静かつ沈着に、そう指摘した。
リンクとは、同族が援軍として飛びこんでくること。
ADDのほうは、交戦中に他のモンスターが増えること。
微妙に意味が違ってくる。
この用語は冒険者業界で普通に使われているものだ。
意味的にはMMROPGの用語のそれと等しい。きっと転生者のなかに廃ゲーマーでもいて、そんな用語が広まったのだろう。
ドラゴンは森の奥からこちらに向かってくる。
ドラゴンといえども、レッサー種なので、空は飛ばない。背中に生えている小さな翼は、進化前にはなんの役にも立たない、ただの飾りだ。
四本の足で地を揺らして歩くそいつの体格は、サイとか象とか、そんな程度。
野良のレッサードラゴンの脅威度がどのくらいかというと――。
魔大陸のハンターや冒険者にとっては、野生の狼ぐらいの脅威度か。
単なる村人ならともかく、一人前のハンターないしは冒険者にとっては、エンカウントしても「ラッキー♪」と思う程度で、脅威を感じたりはしないだろう。牙も爪も皮も、かなりの金額にかわる。嬉しい臨時収入だ。
「クザク! こいつトドメ刺すから! 足止めお願い!」
「了解です」
アレイダとスケルティアが、これまで戦っていた薬草に全力攻撃するあいだに、クザクは一人でレッサードラゴンに向いた。
ドラゴンはどすどすと全力で森の中を駆けてくる。木々をへし折りながらも、その突進力はまったく衰えをみせない。
「~~~、~~~~――! はっ!」
クザクが呪文を唱えて印を結ぶ。森の植物が、しゅるしゅると枝や蔦を伸ばして、レッサードラゴンの体や足に絡みついてゆく。
木々を操り、足止めを行う。
魔力のこもった植物は、本来よりも大きく強度をあげている。その拘束は神鉄の鎖に等しい。レッサードラゴンは逃れようとして暴れているが、投じた魔力が尽きるまでは足止めできるだろう。
「やーっ!!」
アレイダが薬草にトドメを刺す。
ADDしたモンスターを足止めしたことで時間が稼げた。その時間のおかげで、一対一の戦いを行えた。
薬草相手であれば、もうだいぶルーチンワークになってきている。
詰めまでのプロセスを力技で省略して、一気にとどめを刺し――振り向いたときには、ドラゴンの拘束が解けるところだった。
レッサー・ドラゴンとの戦いが、はじまった。
◇
激闘。一時間。
ドラゴンはついに、地に倒れた。
「ふう……、はぁ……、ふう……。あーもー……、剣、折れたぁ……」
なかばで折れた剣を杖がわりにして、アレイダは、かろうじて二本の足で立っていた。
他の面々も立っているのがやっとという有様だ。
戦闘後の回復魔法がないところをみると、聖女のMPもいっぱいいっぱいで、ドラゴンを倒しきったところで、完全に尽きていた模様。
皆の息が荒い。
常時発動されている聖女の回復オーラだけが、全員のHPとMPとをゆっくりと癒やしてゆく。
「おめでとう。これでドラゴンスレイヤーだな」
俺はパチパチと、手を叩いた。
ウサギに勝てるようになり、薬草に勝てるようになり、そしていま、野生の狼程度に相当する、野良ドラゴンを倒した。
名実ともにドラゴンスレイヤーを名乗って構わない。
今回のバトルには、俺は一切、手出しをしていない。アレイダたちは、レッサー種とはいえ、実力でドラゴンを倒したわけだ。
「倒したって……、いったって……、一匹だけだし」
大きく乳房を上下させながら、アレイダが言う。
半乳、出てる。
剣も折れたが、アーマーも壊れている。
「剣も装備も……、壊れちゃったし……」
「ま。気にするな」
俺はそう言った。
レッサードラゴンの素材は常時買い取り品目だ。ギルドで売れば、ゼロがいくつも付くような金額で売れる。
そして、向こうの世界のRPGゲームなんかでは、よく見た光景だが――。
なんの変哲もない山間の村の鍛冶屋に、チート級やら神話級やらの武器防具がズラリと並んでいたりする。
この地域では、そのぐらいの武器防具は「普通の品」扱いなのだ。はじまりの街あたりで売ってる「ロングソード」ぐらいの感覚で、「ドラゴンスレイヤー」とか「ゾンビキラー」とかを売っている。
もちろん、値段の後ろにはゼロが幾つも付くわけだが――。
このへんの野生動物の素材や、モンスターのドロップGも、ゼロがいくつも付くような額となるので、価格の相場は相殺される。
「こいつの素材を売れば、武器も防具も新調できるさ」
俺はそう言ったが、アレイダは浮かない顔のまま。
こいつ。なにが不満なんだよ。
「残りのやつ。……ぜんぶ。……オリオンが倒してるし」
アレイダたちの目が向いているのは、俺のうしろにうずたかく積み上げられたドラゴンの死骸の山だった。
あー、これか。気にしているのは。
ADDが一匹だけで済むはずがない。
ドラゴン一匹でもヒーヒー言ってるところに、二匹以上がやって来たら、パーティ壊滅は必至だ。
よって、追加分は、俺とモーリンとで処理していた。
アレイダたちが最初の一匹と必死に戦っているその脇で、作物を刈り取るように、さくさくと収穫していた。
途中乱入してきたドラゴンが、結局、何匹だったのか、いちいち数えちゃいない。
「ちょっとへこむ。だいぶへこむ。ドラゴンスレイヤー、とか言われたって、褒められた気がしなぁい……」
ほほう?
俺は眉を持ちあげた。
不満か。褒められて不満だということは、つまり、対等でありたいということか。
この俺と。
駄犬だとばかり思っていたが、なかなか、どうして――。
「オリオンって、なんだかんだ言って、優しいのよね……」
アレイダがとんでもないことを口走った。
俺はくわっとばかりに、目を見開いた。
「優しいだと? どこが。馬鹿めが。せっかく仕込んだ具合のいい穴をなくしてしまうのが、すこしは惜しいという、ただそれだけのことだ」
「ぐ、具合って……」
アレイダが眉を潜める。
なんだ? 生娘でもあるまいし。恥じらいとか、おまえ、どの口で言う?
何回、おまえをご使用になったと思っている。
後ろから前から、裏返しひっくり返し、体中のありとあらゆる場所を、見て触れて舌で味わった。あいつは素のときには、イヤだのエッチだの騒々しいが、たっぷり四十五分も経った頃にはトロトロのエロエロになっていて、誰これ? ――っていうような表情を見せてくるのだ。
真っ赤な顔をしたアレイダは、上目使いになって、俺をちらちらと見つつ――。
「そ、そんなにいいんだったら……、す、する?」
押さえていた胸のガードを、すこし下げる。
ふらふらーっと歩いていって、森の立木に手をついて、お尻を、くいっと――。
俺は、あんぐりと口を開けていた。
てっきり恥じらっているのかと思ったら……。
ちがった。
欲情してた。
ドラゴンスレイヤーと褒めたときより、具合がいいと褒めたときのほうが喜んでた。
「ばかたれ。発情してんな。ぱんつ上げ。――さっさとドラゴンの皮剥いで、牙と爪をへし折ってこい」
じつをいうと、かなり、そそられた。
そのまま後ろから――と、一瞬思った。すげえ心を動かされた。すげえ危なかった。
アレイダばかりではなく、クザクもミーティアもスケルティアまでも、濡れた瞳を向けてきている。
死線を越えたとき、生存本能が子孫を求める――とかいうアレだろう。
しかし俺は、こいつらのボスあるいは飼い主として、いまここで行為に及べない理由があった。
ここは魔大陸の野原だ。
普通の場所の野っ原であればともかく、こんな場所で、そんなことに及ぶのは、いかに俺たちといえども、ちょっと危険だ。
エイティもバニー師匠も混ざる気マンマンであるから、見張りもいなくなる。
ナニの最中に襲われて死にました。――なんて、間抜けすぎる。
「えと……、しないの?」
アレイダのやつは、まだお尻をこちらに向けてノロノロとしている。
「早く素材を集めろと言った。――とっとと近くの村に行って、素材を売り払って、宿を取って、風呂入って、メシ食って――そしたら、ヤるぞ!」
俺がそう宣言をすると――。
娘たちは、マッハで働いた。
風呂入ってメシ食って、その後で、ヤるはずだったが――。
実際には、風呂入りながらヤって、メシ食いながらヤって、ヤりながらヤるはめとなった。