パーティプレイの基本 「ばふ? でばふ? なにそれ? 赤ちゃんプレイ?」
「本日の授業は、バフとデバフの重要性について、だ」
魔大陸のサバイバル生活にも、わりと慣れてきた、今日この頃――。
日課となりつつあった〝薬草採集〟も、本日はちょっとお休みして、屋敷にこもって、黒板を前にお勉強の時間だった。
「ばふ? でばふ?」
きょとん、とした顔をしているのは、うちの駄犬。
傾げた頭から、赤い髪が机の上に流れ落ちている。エイティほどさらさらではないものの、こいつの赤い髪は、その珍しい色ともあいまって、わりと綺麗に見える。
しょっちゅう吹き飛ばされて、再生だの復元だのをされているものだから、髪質は生まれたままの赤ん坊のそれだ。
これは勇者業界のマメ知識だが……。身体欠損した後に再生されると、肌も髪もツヤツヤとなる。美容目的でドラゴンにタイマンを挑む女戦士もいるくらいだ。風呂にしばらく入っていないからといって、全身丸焦げにされてからコンプリート・ヒールを受けるとか、マジ、やめて欲しい。
前世の勇者業のときには、夢を持ってた童貞だったものだから、心のダメージが酷かった。
アレイダの髪がツヤツヤで、思わず昨夜はプレイの途中で髪を使ってしまうほどであるのには、理由がある。
魔大陸にきてから、ここ最近では、あちこちをしょっちゅう欠損している。
このあいだなんか、下顎から上の部分を、全部吹き飛ばされていた。鼻やら上顎部から上やらをすべて失って、ベロと下顎と延髄だけになった頭部の断面を見せながらも、敵に反撃していた。ニワトリが首を失ってもしばらく走り回るというが、あんな感じ。
慌てて回復魔法をかけたわけだが、脳も含めて、頭部をあらかた失っていたというのに、蘇生でなくて、回復魔法で事足りてしまった。
ここしばらくのブートキャンプのおかげで、生命力だけは、魔大陸にふさわしいまでに鍛えられてきたようだ。
…………。
髪を見ていたら、駄犬のやつが、ふふっ――とか、余裕の笑みを浮かべてやがる。
髪を手で払う大人の女の仕草をして、足を組み替えていやがる。
駄犬のくせに。ちくしょう。今夜覚えてろ。
あと勘違いするなよ。髪が綺麗なのであって、おまえが綺麗なわけではないからな。
「で、なんだっけ? ばぶー? でばぶー? それ赤ちゃんプレイかなにか?」
「ばかめが。バフとデバフだ。――クザク。説明しろ」
「はい。私のようなシャーマン系の呪術士が得意とするのが、敵の力を削いだり、味方の力を増強したり、そういう類いの呪文です。味方にかける援護魔法をバフ。的にかける弱体魔法をデバフと呼びます」
「あれぇ? クザクはあれでしょ? 得意なのって、毒とか病とかだったでしょ?」
「この大陸のモンスタークラスになると、私のダメージが通る攻撃がそのくらいしかありませんので……。お恥ずかしい限りですが」
「モンスターじゃないぞ。おまえらの最近のトレーニング相手は、薬草だろうが。あれはモンスターではなく、動物でさえなく、単なる植物だ」
「そうでした。草でした」
クザクがうなだれる。
「ああ……。だからクザクの使いかたを間違えてる、という話だ」
「私の使いかた……、ですか?」
クザクが、きょとんとする。頭についてる羽根飾りが、ふわっと揺れる。
今日はクザクは天井裏に潜んでいなくて、部屋に下りている。アレイダたちと一緒に机について、生徒のポジションだ。
そして講師は俺。
「おまえらは、前の大陸では、半端に強くなりすぎたおかげで、実力差のありすぎる戦いしかしてきていなかった」
「何度も死にかけたわよ」
アレイダのやつが口を尖らせて文句を言う。
「最初の頃はな。レベル一桁だの。戦士だったりした頃な。しかもソロで戦っていた頃な」
「そういえば。スケさんとやるようになってから、楽になったわ」
「あの頃は、おまえも、頭を使って戦略とかを考えていたんだがなぁ……。〝わたし、すっごい戦いかた、考えついちゃったー♡〟とか言ってたっけな」
「いや……、あの……。♡は……、なかったように思うんだけど……」
いいや。あったな。絶対だな。
「ソロでも圧勝できてしまえるようになると、人間、戦いかたなんて考えなくなるもんだ」
「し、しかたがないでしょ……!」
「そうだ。仕方がない」
俺は、うなずいた。
「え?」
「なんだ、その、〝え?〟っていうのは? 仕方のないことだと思ったから、これまで、戦いの工夫をしようとないおまえたちになにも言っていなかった。言ってもわからないはずだし。ならば言うこと自体が無駄だからな。馬耳東風。馬の耳に念仏。猫に小判だ。――わかるか?」
「そのたとえは、よくわかんないけど。……馬鹿にされてるのだけはわかる」
アレイダは悔しそうな顔をする。
「なのでこの大陸に来て、圧倒的強者ではなくなり、頭を使って戦略を立て、チームの力を有効に使わなければ勝てないようになった――いまであれば、聞くべき耳を持っているはずだと、俺はそう判断したわけだ」
「なんか……、オリオンが……、真面目。先生みたい」
先生だっつーの。
まあ。真面目にもなるか。
頭部が輪切りで、下顎とベロと延髄だけ――とかいう〝顔〟が胴体に乗っている様を見せられたら、こりゃいかん、と思うようにもなる。
あのときは、一瞬――。
蘇生、間に合うか、失敗、ロスト――とか、いろいろな単語が頭の中を駆け巡った。
「――で。真面目に聞くか?」
「うん。心配してくれてるの。わかった」
俺が聞くと、アレイダはこくんと首を折るようにして答えた。
「してねえっつーの。弱いやつは死ねっつーの。おまえなんかが、どこでおっ死のうがなー。俺は一ミリも気にしねえっつーの。ああそうだな。使える穴が一個減ったなー、くらいは思うかもしんないがなー」
「しどい」
「ひどくない」
俺は他の面々に、ギロリと目を向けた。
「そこ。笑ってんじゃない」
くすくすと笑っているのは、ミーティアにクザクにバニー師匠に、それとモーリン&コモーリンのコンビだった。特にモーリンとコモーリンなど、シンクロ笑いをしている。
スケルティアはいつもの鉄壁クールフェイス。
エイティは、空気が読めてないのか、ぽかーんとしている。
「……おほん。本当はおまえら自身に戦略を考えさせるべきなんだが。教科書的な基本のオーソドックスな戦略を詰めこんでやる」
俺はまず後衛職のスペルキャスターたちを見た。
「まずは戦闘前だ。前衛職には防御アップと魔法障壁のバフ。インヴォーカーと聖女とで、得意系統を分担しろ」
「承知しました」
クザクがうなずく。
「聖女はそのままオーラで全員のステータスをブーストして底上げ。リジェネ効果も発生させる」
「はい。がんばります」
ミーティアがうなずく。
「敵が単数の場合だが。基本は、タンク職のやつがタゲを取る。充分殴ってヘイトを買い、きっちり怒らせたあたりで、インヴォーカーがデバフを入れる。DOTを入れてスリップダメージを入れはじめるのも、開幕からすこし遅らせたこのタイミングからだ」
戦闘開始後の殴りはじめた直後に、各自がバラバラに攻撃魔法を撃ちこんで、敵が跳ね回って後衛に向かう。――なんていう大惨事も、しょっちゅう起こしていた。
聖戦士のアレイダでさえ死にかけるダメージが、紙装甲の後衛にいったら、即死は確実。
「はい」
クザクがうなずく。
彼女はパーティプレイの経験者であるわけだが、当時の彼女の腕前は、中堅冒険者といったところ。ロードがいたとはいえ、ゴブリンに遅れを取る程度である。
この大陸におけるハイエンドのパーティプレイには、それなりの再教育が必要だ。
「師匠! ボクはどうすればいいでしょうか!」
エイティがキラキラした目を向けてくる。
〝師匠〟って呼ぶのを許したつもりはないんだが……。ま。美少女だからいいのだが。
こいつの扱いは、正直、悩みどころだ。
こいつの職は村勇者のまんま。レベルは順当に上げてきているが、劇的に強くなれるクラスチェンジは一度も経ていない。
そして村勇者の職の性能はというと、戦士から一回転職を経る騎士よりも低いくらいで……。
海の魔物ぐらいまでなら、武器の性能にも助けられて通用していたが、魔大陸ではさっぱりだった。
いまのエイティの仕事というと、タンクのアレイダの隣でぺちぺちと剣で叩き、聖女のコンプリートヒールの前に、詠唱時間の短さだけが取り柄の単なる普通のヒールで、どうせ数秒後には全快するHPをすこしばかり継ぎ足すだけだ。
正直、いてもいなくても、あんま、変わりがない。
勇者という職は、本来、もっと途方もなく強いものなのだ。それこそ、転職の必要などないほどに――。
だがこいつは村勇者。勇者シリーズのなかでも、最下級の職である。
村勇者の上には街勇者があり、国勇者、大陸勇者……と、上位職に上がってゆくものらしい。
なんの接頭詞もつかない「勇者」こそが、最上であり、最強だ。
勇者系の職は、世界における人数制限があるらしい。同時に何人までなのかはわからないが、下のクラスほど同時存在人数が多くなっていくとのことだ。
そして最上級職の接頭詞なしの「勇者」は、常にただ一人だけである。
俺は前世でも今生でも、最上級職の「勇者」として生まれた。
下っ端勇者から上がってきた経験はない。よってジョブチェンジ条件がどうなっているのかは知らない。冒険者ギルドの資料にもない。
大賢者モーリンの〝仮説〟によると、村を救えば村勇者。街を救えば街勇者。そして国を救えば国勇者――の転職条件が揃うという話だ。
今度、実験してみようと思っている。
「まあ……。おまえは……、がんばれ」
「はい! がんばります!」
こいつの良いところは、めげないところ。メンタル不死身なところ。役に立っていなくても、へこまず、輝く笑顔でポジティブでいるところ。
「すけ。は。どうしたら、いい?」
スケルティアがまじまじと俺を見ている。二つの瞳と四つの単眼とでじっと見てくる。
「おまえは。これまで通りでいいぞ。よくやってるな」
俺はスケルティアの頭を、撫でくりとしてやった。
スケルティアだけは、敵を見て仲間を見て、まわりを見て、そして俺の指示も見て、中衛としてどう動けばいいのか、きちんと考えて動いている。
目が六つあるし、じつは髪の中にあと二つ隠れているし、アラクネモードになったときには、下半身から下が巨大蜘蛛となって、そっちにも八つの目がついているし、あっちこっちに目が届かせられる。
「あーっ! ずっるーい! スケさんばっかりー!」
駄犬がぶうたれる。
ダメ出しの一つも出ないようになったら、頭ぐらい撫でてやるのだが。
猪突猛進の癖を直さないかぎり、無理だろうな。
「あとバニー師匠にも! なんにも言わないし!」
「そりゃバニー師匠だからな」
経験豊富なバニーさんには、そりゃ、なにも言う必要はない。
てゆうか。いつもパーティプレイの引率役を任せていて申し訳ない。お代は毎晩、体で払おう。ていうか払わせられている。
しかし魔大陸にきても、彼女の余裕は一向に消えない。
懐の窺えない女性である。
いったい何者なんだろう。
ああ。バニーさんだったな。あそびにんだな。
「さて……。じゃあ、座学の成果をためしにいくぞ」
俺は教室から娘どもを追い立てた。
薬草狩りは、そろそろ卒業したいところだな。