魔大陸における冒険者ギルドの様相 「依頼を受けてくださあぁぁぁい!」
かっぽん。かっぽん。
魔大陸の田舎道を、馬車が進む。
整備された石畳の街道などは、この地で期待できるはずもない。
獣道よりはすこしましというだけの、土の地面を進むことになる。
この魔大陸には、大きな都市はあまりない。〝国家〟というものが、原理的に成立しない。
人の集落は、村か街ぐらいの規模にまで大きくなるのが、せいぜいといったところだ。
人が集まって国を作るのは、個よりも強い集団の力をあてにするためである。
軍隊の兵士たちは、一人一人はたいした強さを持たないが、何十、何百、何千、と集まることで、集団としての強さを発揮する。
だがそれが通用するのは、あくまでも、人対人、の戦争においてである。
たとえば|《魔王》といった超越存在がいたとする。
何万、何十万、あるいは何百万――どんなに雑兵を集めても、魔王を討ち取ることはかなわない。
それができるなら、《勇者》など必要ない。
まあ……、《勇者》と《魔王》のケースは、極端な例であるが。
この魔大陸では、生態系が強すぎるのだ。その強烈な生物あるいはモンスターに対抗するには、強い〝個〟の力が必要となる。
だが個として強い者は、そもそも群れる必要はないわけだ。
たとえば俺は、国にも組織にも所属していない。なんらメリットがないからだ。
「マスター、マスター」
膝の上に乗せているコモーリンが、小さなお尻を揺すって、なにか言ってくる。
「なんだ?」
「お忘れかと思いますが、マスターは冒険者ギルドに所属していますよ」
「………」
なぜ心の声に突っこみが入るのか。……そこを追及するのはやめにしておこう。
「そういえば。そうだったな」
うむ。冒険者ギルドに所属することによるメリットは……。
あんまり、ねえなぁ。
ギルドに守ってもらった覚えはないし、ギルド員の権利を行使したこともない。
ギルド側が一方的に、俺たちと繋がっていることの利益を享受しているようなものだ。
リズには個人的に転職条件の資料で世話になっているが……。
うん。リズはいい。
はじまりの街の冒険者ギルドの一室には、うちとの直通転移陣を設置してある。なので週一くらいで、彼女は顔を出す。
彼女がこちらに寄っていった、その夜には、もちろんベッドを共にする。
うん。リズはいい。
清楚な顔して、とんだ性獣であるところが、すごくいい。
彼女との行為は、どっちがご褒美になっているんだか、よくわからない。
そういえば、彼女には暗黒大陸に来ているとは、言ってないな。大海原を旅していたことも言ってない。
転移陣の先にある〝屋敷〟に来ているつもりなのだ。屋敷自体が不思議な空間にあることは知っていても、その屋敷がいま暗黒大陸を移動中だとは、思っていないだろう。
教えてやったら、どんな顔をするだろう?
アレの最中で、まさにクライマックスの寸前で、アレに到達しようとしている寸前に教えてやったりしたら、どうだろう?
うっしっし。こんどやろう。
「マスター。そこの分かれ道は、右にお願いします」
コモーリンが言う。前の海辺の街で買った紙の地図を広げて、眺めながら、分かれ道の片方を指差す。
「この先に村があります」
ザコモンスターとのエンカウントが、だんだん楽になってきたので、海辺の村のまわりをぐるぐる回るブートキャンプから、ようやく〝旅〟らしいものができるようになっていた。
目的地は定まっていないので、適当に進んでいるだけだ。
村があるというなら、寄っていこう。
俺たちの話を聞いていたミーティアは、手綱を操ってやる必要もなく、分かれ道がくると、右へと進んだ。
◇
訪れた場所は、なんの変哲もない村だった。
向こうの大陸の村と、違うところを見つけるとしたら、周囲を丸太製の木柵で覆われて、要塞化されていることだろうか。
のんびり平和ボケしている向こうの大陸では、都市はともかく、村程度の規模では、石壁も木柵もなくて、まったくの丸裸だ。
都市に城壁が備えられているのも、五十年前の大戦の名残でしかない。
木製の門は開け放たれていて、そこを、かっぽかっぽと蹄を鳴らして馬車で入ってゆく。
門の上の男たちやら、通りを歩く村人たちから、注目が集まるのは、単に〝馬〟という生物のめずらしさだろう。ミーティアは背筋をぴんと伸ばして、すこし得意な感じで歩を進める。
「おっ?」
村の中を何気なく眺めていた俺は、小さく声を洩らした。
こぢんまりとした建物に〝冒険者ギルド〟の看板を見かけたからだ。
「こんなところにも冒険者ギルドがあるんだな」
「ええ。ギルドの幹部として、顔を出しておこうと思いまして」
「なるほど」
コモーリンの目的地は、ここだったようだ。
馬車を止める、コモーリンの脇の下に手を差し入れて、ぷらーんと捧げ持って、御者台から下ろしてやる。
こういう扱いをしてやると、憮然とした顔になるのが、ちょっといい。
「なにー? 止まった? あっ――村だ!」
にょっき、と、幌の内側から頭を生やしてきたアレイダが、周囲を見て叫ぶ。
スケルティアや他の面々も顔を出して、ぞろぞろと馬車を降りてくる。
大モーリンの姿だけがない。馬車の中の亜空間にある屋敷に残っているようだ。
大モーリンと小モーリンを同時に動かすのは、世界樹の超知性にとってもそこそこの負担となるようで、必要のないときには、動いているのは片方だけだ。ちなみに両方動くときには、片方の表情がいつにも増して欠損する。
冒険者ギルド――と呼ぶには、ちょっとお粗末な、掘っ立て小屋のなかに足を踏み入れる。
「すいません! お家賃でしたら! 必ず! 今週末には必ず払えますからあぁぁ!」
いきなり、そんな声を投げかけられた。
「なにか勘違いしているようだが。俺たちは家賃を取りにきたんじゃない」
十代ぐらいの可愛い娘に、俺はそう言ってやった。
「え? じゃあ借金取りの方ですが? すいませんすいません! そっちも今週末にはあぁぁ!」
あわてんぼうな娘だ。
このまま借金取りのふりをして、「ようし! では体で払ってもらおうか!」とか、ノッてしまいそうな気分になるが……。
「借金取りでもない。俺たちは冒険者で。旅の途中にこのギルドを見かけたもんで、ちょっと挨拶を――」
冒険者っぽいことは、ほとんどしていない気もするが。
いちおう冒険者ギルドのギルド証をは持っているので、身分的には冒険者でいいはずだ。
「え!! まさか本当に
「あああああ! ありがとうございます! ありがとうございます! 冒険者の人が来てくれるなんてええぇ! 3ヶ月ぶりですうぅぅぅ!!」
受付嬢の娘は、ハナミズを垂らして俺の足にすがりついてきた。
愛嬌のある可愛い顔が、すっかり台無しだ。
コモーリンから手渡されたハンカチで、ハナミズを拭いてやる。
優しくしてやったというよりは、服やズボンにハナミズをなすりつけられないための自衛の意味だ。
「ところでギルドマスターは?」
「私です」
「受付嬢じゃないのか」
「受付嬢もやってます。あと清掃係と試験官と会計役と買い取り係と――」
女の子は、指を一本ずつ折っていって、およそありとあらゆる役職を数えあげていった。
一人で全部兼任しているということだ。
ようするに、ここのギルドには、一人しかいないということだ。
しかも、冒険者がやってきたのは三ヶ月ぶりだとか。
「よく潰れないな」
「だから潰れそうなんですぅううう!!」
「だろうな」
俺は大きなため息を一つ。
そして回れ右をした。
「邪魔したな」
「待って待って待ってええ!」
娘は再び足にタックルしてきた。
振り払おうとしたが、がっちりしがみつく腕が、なかなか外れない。
STR、どんだけだよ?
「依頼! 依頼を受けてくださあぁぁい! 素材の買い取りでもいいです! 竜の角とかでいいですからあぁぁ!」
狼の毛皮みたいな気軽さで、ドラゴンの角とか、言うなし。
「人助けだと思ってええ!!」
「俺は人助けはやらん主義だ」
「おねがいしまああぁす!」
足を捕まえられたままでいる。
早いところ退散したい。貧乏が感染りそうだ。
「ねえ、ちょっと……。ねえ? オリオンらしくないわよ?」
アレイダが言った。
「あ? 俺らしくないってのは、それは、どういう意味だ?」
俺はぎろりと目を返す。
「だって、ほら、オリオンって……、女の子には、優しいじゃない?」
べつに誰にでも優しいわけじゃない。清廉潔白な聖人君子なんて、一度の人生だけで充分だ。
俺が優しくするのは、俺のものとなった女だけ。
「ふむ……」
俺は受付嬢、兼、ギルドマスターの女の子の、頭のてっぺんから足の先まで見た。顔と胸と腰と尻と太腿とを見ていった。
ビンボ臭いのを除けば、まあ、可愛い。
そして、アレイダを見る。
いつもならギャーギャーうるさい駄犬が、おとなしくしている。同情する目を受付嬢に向けている。
この娘にも優しくしてあげて、と、自分から言い出してきている。
「ちょっと奥の部屋で話そうか」
「えっ? あっ……? はいっ!」
俺は女の子の肩を抱くと、奥の部屋に入っていった。
こういうシチュエーションも新鮮だと思った。
アレイダたちを部屋の外で待たせておいて公認の浮気……。いやべつに浮気じゃないか。俺は誰にも所有されていない。
とにかく。燃えた。
いがった。
◇
ギルドのカウンターに戻って、話の続きをする。
「すごかったですぅ♡」
「仕事をしろ」
ほっぺを押さえて、ふりふりと身をくねらせている受付嬢にそう言った。
「あっ、はい。それでは依頼のほうなんですけど……。あの、失礼ですけど、皆様の職は……?」
訊ねられて、アレイダが胸を張った。
「聖戦士よ」
どやぁ、と、いう顔をするアレイダだったが――。
「……え?」
ぴきっ、と、受付嬢の笑顔が固まった。
「あらくね。だよ。」
「インヴォーカーです」
「聖女をやらせていただいてます」
「村勇者です」
「あそびにんでぇす♡」
皆も自分の職を告げてゆく。
「えっと……、あの……? 鑑定させていただいても、よろしいですか?」
信じられない、という顔で、受付嬢が言う。
「構わん」
アレイダたちのかわりに、俺はそう答えた。
じつはちょっと驚いていた。まさかの鑑定持ち。単なるギルドの受付嬢が――ああ、いや、ギルドマスターも兼任か。
だがしかし、単なる村の一住人が、鑑定持ち。
さすがは魔大陸。
「それでは……」
娘の目に、不思議な光が宿る。
瞳の内側に幾何学模様が浮かんでいたのも数秒。俺を含めた全員を一通り見回して、娘は口を開いた。
「本当なんですね……。そちらのお二方は鑑定不能でしたけど」
俺とモーリンはレジストしていたらしい。べつに抵抗はしていなかったが。
娘はアレイダたちに顔を向けた。
「皆様……、そんな初心者職で、よく、生きてここまで……」
今度は、ぴきぃ、と固まったのは、アレイダの顔。
こいつ、まーだ、こっちの常識に慣れてないのなー。
聖戦士と名乗ってドヤ顔できるのは、あちらの大陸の話。
こちらの大陸では、生存の心配をされてしまうニュービー扱い。
「そ、そんな心配されるようなことじゃ……。そんなにアブナイないやつ、出てきてなかったし……」
「あの? この付近って、ゴブリンあたりも出てきますよ?」
「そんな。ゴブリンだって、楽勝ですから!」
アレイダが強がって、そう答えている。
ゴブリンと聞いて、びくぅとなってるクザクがカワイイ。ゴブリンに対しては深刻なトラウマがある。
「おい。アレイダ。ウサギ程度に苦戦してるやつが、ナマイキ言うな」
「もう苦戦してないもん!」
魔大陸ブートキャンプで、ウサギくらいはチームプレイでそつなく狩れるようになってきた。
無論、病系DOTのハメ技なしの正攻法で。
ギルドの受付嬢は、思いやりの視線をアレイダに向ける。
「ウサギは卒業しても、ゴブリンはまだ早いと思いますよ? うちではドラゴン素材の買い取りもやっていますから。まずはドラゴン狩りからスタートされてみては?」
「ドラゴンのがゴブリンよりも下だった!」
アレイダが叫ぶ。
まあレッサー・ドラゴンであれば、ゴブリン・デーモンよりかは、格下だろうな。
「あっ、そうです! 採集系のクエストとかって、どうでしょう? ――薬草採集だとか」
「やだ。なんか新鮮……。この新米扱い……」
アレイダが、半笑いになって、そう言った。