男の視線 「なんでオリオンだとキモチわるくないのかな?」
「はー、つっかれたー。……はい。倒してきたから」
アレイダたちがどやどやと、馬車のなかに戻ってきた。
遭遇戦が起きると、パーティで出ていって、総掛かりで倒して帰ってくる。
街の周囲をぐるぐると馬車で練り歩いているだけなので、ザコが一匹、二匹といった単位で出てくるだけだ。
一人でタイマンを張ったときには、死にかけていたアレイダだったが――。
バランスの取れたパーティで立ち向かえば、まあ、危なげなく倒してはくる。
「おつかれ」
俺はそう言った。
最初に馬車に上がってきたアレイダは、ひどく驚いた顔で俺を見ていた。
なんだ? 俺がねぎらいの言葉をかけると、そんなに変か?
向こうの大陸では、アレイダたちはほぼ無敵だった。パワーレベリングしすぎたということもあって、たいていの迷宮は、ソロでクリアできてしまえる始末であった。
この魔大陸にきて、一人ではぶち殺されてしまうぐらいの敵と戦うことで、本当の意味で、はじめてパーティプレイというものを習得しつつあった。
だが戦い、それ自体には、まだまだたいした点は付けてやれない。
「つぎのエンカウントには、クザク、おまえは抜けて、バニー師匠に替わってもらえ」
「まだ戦えます」
「命令だ」
「……わかりました」
命令、と、つければ、クザクはおとなしく言うことに従う。
つぎに俺は、アレイダを見た。
こいつをパーティのリーダーに任命したつもりはないのだが……。アタマ悪いし駄犬だし。
しかしなぜか、リーダーの座に納まっている。
戦局の状況判断ならじつはミーティアのほうが向いているし。リーダー・オブ・リーダーであるべきはずの|《村勇者》のエイティもいるわけだが、人望を集めて皆が頼るのは、なぜかこの駄犬なのだった。
「……なによ?」
汗を拭いていたアレイダは、タオルを持ったまま、その手を止めた。
「もう、やだ……。また……、カラダとか見てるし」
「見てねえし」
俺は憮然とそう言った。自意識過剰だっつーの。誰が見てたっつーの。何時何分何秒だっつーの。
「おま。クザクのDoT攻撃に頼りすぎ」
俺は要点を告げた。
DOTというのは、Damage Over Timeの略である。
毒だの、呪いだの、病だのといった、時間持続性のスリップダメージの入るスペルのことだ。
《インヴォーカー》であるクザクは、呪い攻撃の類いを得意とする。
「だって、あいつら硬いんだもん! 殴って倒すの、大変なんだもん!」
たしかに病系のDoTは、相手のHPに対して「割合」でスリップダメージが入る。
「そうやってダメージテイカーを、こんなザコ戦なんかで酷使していると、大物と戦うとき、本当に欲しいときに、クザクがダウンしていることになるぞ」
「ザコって……」
アレイダが不満そうに言う。
このへんのモンスターは、ウサギだのキツネだのニワトリだのといったザコばかりだ。
もちろん、魔大陸のウサギとキツネであるから、それぞれ、「クリムゾン~」だとか「グレーター・ファイア~」だのといった接頭詞が付くのであるが――。
またニワトリはニワトリでも、コカトリスの上級種、かつ、変異種の――とか、学術的にはいろいろ付帯項目が付くのだが――。
しかし勇者業界においては、あんなん、ウサギとキツネとニワトリでしかない。晩ごはんのおかずである。
「おまえもリーダーなら、仲間の様子や調子に気を配っていろ」
「わ、わかったわよぅ……」
休憩を言い渡されたクザクは、もうダウンしている。コモーリンに膝枕されている。
「あとな、もうひとつ」
「まだあるの?」
「病で倒すと、食えないんだよ」
せっかく、夕飯の材料を待っていたというのに、食えないものにしてきやがった。ぷつぷつが浮かんで、ぶつぶつだらけになって、変な色になって変死したウサギとか、食べたら病気になってしまいそうだ。
「ちょ!! モンスターを食べるなんて――」
「あれはどっちかっていうと、動物寄りだ」
「なんかキーキー言って、言葉、喋ってるみたいなんですけどぉー」
そりゃ、独自の言葉ぐらいはしゃべるかもしれないな。
「この大陸じゃあ、強いやつはだいたい美味い。強いほど美味い。そういう法則が成り立っているようでな。――例のウサギ、ドラゴンより美味いらしいぞ」
「えっ!! ほんとっ!!」
アレイダが叫ぶ。このあいだ転生者のやっていた食い放題の店で、ドラゴン・ステーキを食った。
あの味は別格だった。
ちなみにあのときのあれは、ドラゴンといえども、向こうの大陸産。言葉も解さないレッサー種のドラゴンである。
向こうの大陸の生態系の頂点は、こちらの大陸でいうと、ザコ以下となる。
こっちの大陸の頂点、竜種のうちでも古代種なんざ――言葉は卵から孵った時から話すし、成長すれば魔法も使うし、そこらの魔法使いよりも高いINTを持っているし。――きっと、ものすごく美味いんだろうな。
そのうち食おう。
「というわけで、おまえ、食材買ってこい」
俺はアレイダに命じた。
「じゃあ、ちょっと転移陣出してよ。はじまりの街に、買い物に――」
アレイダが言う。転移陣を仕掛けた場所へは、行き来自由だ。別な大陸であっても、なんら、問題はない。
リズのいる冒険者ギルドのある、最初の街――そのまま「はじまりの街」と呼ばれている場所には、アレイダたちはしょっちゅう行っていた。買い物はおもにあそこで済ませている。
「あー、やっぱ、やめとこうかなー」
「なんだ?」
なにかぐずりはじめたアレイダに、俺は言った。
「だって……。なんだか、最近、視線を感じて……」
「視線?」
アレイダは自分の二の腕のあたりを抱きしめている。胸をかばうような仕草をしている。
「なんか……、あの……、最近、街とかに行くと……。視線を感じちゃって。男の人の……、そのっ……」
あー。あー。あー。
俺は理解した。
そりゃ、こんなエロいカッコさせているんだから、男どもはガン見くらいするだろうな。
上はビキニアーマーだし。下は、ぱっつんぱんつんのミニスカだし。
ちょっと動けばパンチラするという、ナイスな仕様になっている。
ちなみにどちらも、俺の趣味である。
他の男どもが、俺の女のおっぱいを見ようが、ぱんつを見ようが、よい気分になりこそすれ、気を害したりしないが……。
見るだけならタダだ。女に不自由しているやつらに、せいぜいサービスしてやろう。(無論、指一本でも触れたら死刑だが、俺の女たちはきちんと躾けてあるので俺が手を下すまでもない)
しかし、アレイダのやつ。
急に慎みが出てきやがったな。
以前は気にしていなかったのに――。平然と男たちの目に大サービスしていやがったのに。
なぜ急にいまになって、そんなこと気にしはじめたのか。
「ははン」
俺は理解した。鼻で笑った。
ほほう。そうかそうか。
他の男に見られるのは嫌だと?
そういうことか。
「ち、ちがうからっ! そういうんじゃないんだから!」
「俺はなにも言ってないがな」
俺は自分でもわかるニヤニヤ笑いを浮かべつつ、アレイダの体をじっくりと見た。
「どういうふうに見られるんだ? こんなふうにか?」
なにかプレイでもやっている気分で、じっくりと見る。
おっぱいを見る。ウエストを見る。股間を見る。ケツを見る。ふくらはぎを見る。
「うーん……? なんか、ちがくて……」
恥ずかしがらせてやるつもりで、じっくりとエロい目線を送っているのに、アレイダは平気な声でそう言った。
「あれ? なにがちがうんだろ? オリオンの目のほうが、もっとぜんぜん、遠慮がないのに……?」
アレイダは首を傾げている。
わからない、というカオをする。
「……」
俺は言葉に詰まった。
「オリオンだと気持ち悪くないのよね。……けど。街の男の人たちの視線は……、なんだか、気持ちわるくて……」
やべぇ。こいつ無自覚かよ……。
俺にエロい目で見られても平気だが、他の男にエロい目で見られるのは気持ちわるいと。
つまり、それって……。
「……。おほん」
俺は咳払いを、ひとつ、行った。
「……一緒に行くか? 街へ」
「へっ?」
「だから買い物についていってやる、と、そう言っている」
「どしたの? 急に?」
「おまえが嫌なら、べつにかまわんがな」
「あっ! ちがうちがう! ぜんぜんヤじゃない! 行く行く! 一緒に行く!」
おさんぽに連れて行ってもらえるワンコのように、アレイダは、はしゃぎ回った。
尻尾を振りたくるような勢いで、その場でくるくると回った。
ほんと。バカワンコめ。
「はい。マスター。買い物リストです。よろしくおねがいします」
いつのまに作っていたのか。モーリンが買い物リストを俺に手渡してきた。
さて。バカワンコをさんぽに連れて行くか。