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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
15.魔大陸ブートキャンプ
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魔大陸ブートキャンプ 「なんでこんな……! ザコが強……! おぶぅ!!」

 かっぽん。かっぽん。

 ミーティアの蹄の音が、誇らしげに響く。

 この大陸では馬はめずらしい生き物なので、人目を浴びること、この上ない。


 ミーティアは誇らしげに尻尾を振って歩いている。馬だって機嫌がいいと尻尾を振る。


「ねえオリオン? 街に寄ってかないの?」

「ああ」


 御者席に座る俺の袖を、隣のアレイダがしきりに引っぱってくる。


「ねえほら。オリオン。あそこあそこ。めずらしい食べものあるし。めずらしいお店あるし。めずらしい――」

「うるせえ」


 俺は冷たく言い放った。


「観光なんか後だ。後」

「なによ。観光に来たんじゃないの? この大陸へは?」

「そうだが。まず先にやることがある」

「やることってなに?」

「ブートキャンプだ」

「は? ぶーと……、きゃんぷ? なにそれ?」


 俺はそれ以上、なにも言わず、馬車を街の外に向けた。


「あー、もう……。街、出ちゃったじゃないの……」


 アレイダは後ろを振り向いている。


「前を見ろ」


 ふくらはぎ蹴っ飛ばして、前に向けさせる。


「なによ? ……あれっ? えーと。……モンスター?」


 前方にモンスターがいる。一匹だ。


「街を出た途端に、いきなりモンスターのお出迎え?」

「魔大陸だからな」


 向こうの大陸では、街を出たすぐ近くにはモンスターは出てこない。だがこちらでは、あたりまえのような顔をして、街のすぐ外にモンスターがうろついている。


「そっかー。危ないところなのねー」


 危機感をまったく感じさせない、のんびりした声で、アレイダが言った。


「余裕だな」


 俺はそう言った。


「だってなんか。見たところ弱そうなモンスターだし」


 モンスターは子供くらいの身長。手足はひょろっとしていて、体つきも細い。長い耳を持っていて、ぎょろりと露出気味の目が、ひたすらに大きい。

 その大きな目で、こっちをじっと見ている。


「まあザコだがな。このへんじゃ最弱のモンスターだ」

「でしょ?」

「それでは……だ。あのモンスターを、おまえとスケとクザクと、あとミーティアにもちょっと人間に戻ってもらって、後衛で――」


 俺が言っている途中で、アレイダのやつが、剣だけを手にして、ぴょんと馬車を飛び降りていった。


「あんなの、わたしひとりで充分よっ!」


 ぶうんと剣を振り、鞘を勢いよく振り捨てる。


「それはカッコつけてるつもりなのか?」

「もう、さっきからなによ? なんで絡んでくんの?」

「鞘を捨てたやつはな、剣を二度と鞘に収めるつもりがないということで、つまり、生きて帰る気がないってことだ」

「はぁ? こんなザコのモンスターに、負けるわけないでしょ?」

「全員でかかっていればな……。まあ。一人でがんばってみてくれ」

「はぁ? だからもう、なに言ってんのよ?」


 アレイダはモンスターに近づくと、無造作に斬りつけていった。

 ばっさりと一刀両断して、一撃で倒す。


 ――普段であったら。


「えっ?」


 袈裟懸けに打ち下ろした剣を、モンスターが無造作に掴んで止めていた。

 ――なんと、素手で。


「ちょっ――!? なんで――!?」


 アレイダは剣を引くが、がっちりと掴まれた剣は、びくともしない。


 ちなみにアレイダのいま使っている剣は、かなりの業物。かなりの魔力を秘めた魔剣。アレイダ言うところの、〝神をも殺せる〟――ぷーくすくす、+5相当の魔剣。

 三回の転職の果てに到達する上位職――聖戦士クルセイダーの手にする剣としては、まあ平均的な強さがある。


 その剣の+5の刃を、素手で無造作に握っているのだ。

 この痩せこけたモンスターが。


「キキキッ!」


 歯茎を剥き出して、あざ笑う。

 そして剣を掴んだまま、もう片方の手で、アレイダの腹にパンチを入れた。


「ほげええええっ――!!」


 アレイダは奇声をあげつつ、吹き飛んだ。

 地面の岩盤に溝を掘りつつ、縦横ナナメに乱回転しながら、直線的にすっ飛んでゆく。

 そして大岩に体をめりこませて、ようやく止まる。


「ヒヒヒヒ――ン!?」


 ミーティアがいなないて、竿立ちになる。

 もし人語が話せていたなら、「アレイダさん!?」とでも叫んでいたところか。


「心配すんな」


 俺は手を伸ばして、ミーティアの尻を撫でてやった。

 防御の鬼である聖戦士クルセイダーのことだから、あのくらいでは、それほどのダメージにはなっていない。


「なっ……。なんなのよ……、こいつ……」


 大岩の破片のなかから、アレイダが起きあがる。


「なんでこんな……、街出たばかりのところに……、なんでこんな強いモンスターが……」


 アレイダは悪態をつきつつも、口の中で呪文スペルを唱えていた。

 聖戦士クルセイダーとなったおかげで、クロウナイトの闇の再生力リジェネの能力は失ったが、かわりに光の魔法で、復元力リグロースという呪文スペルを習得済みだ。


「スケ。……も。でる?」


 スケルティアが、俺に聞く。

 二つの目と額に並ぶ四つの単眼とで、俺を見やる。


 スケルティアには、相手の強さがわかっているのだ。そして彼我の実力についても把握できているのだ。――かなり正確に。


 俺は後ろ頭を掻いた。


「だからフルメンバーでかかれと言ったんだが……」


「ちょ!? オリオン! なんでこんな! 街出たばかりのところにボスキャラがいるのよ! ここ! どういう場所なのよ!」

「だから魔大陸だって」


 俺は言った。

 さらに付け加えた。


「あと、それボスじゃないぞ。この地域で最弱のモンスターだって言ったろ。いうならばスライムっていうところだな」

「スライム!? あの最強最悪のモンスターの!?」


 おっと。こちらの世界じゃ、スライムは強いほうの部類だっけか。たしかドラゴンを捕食するようなやつだっけな。


「スライムは間違いだ。まあともかく、向こうの大陸の、たとえばリムルアーム迷宮でいったら、サーベルバニーとかゴブリンとか、そのあたりに相当するザコだ」

「ウソばっか! いまの一撃! ラストダンジョンの1階にいたグレーターデーモンよりもダメージきたわよ!」

「だからそれが魔大陸クオリティなんだって」


 俺は言った。


「うそ……」


 アレイダの否定に力がない。

 おや。ようやく現実を理解しはじめたか?

 だが敵は待ってはくれない。

 ものすごいダッシュで、アレイダとの距離を詰めると、たてつづけに連続攻撃を繰り出してきた。


「ぐぼっ」「おべっ」「ふげええええ……!!」


 すべてクリーンヒット。

 身をくの字に折り曲げて、アレイダは再び、奇声をあげながら吹き飛んでいった。


 別の大岩を砕石に変えて、破片のなかに埋もれている。

 足だけが出ていて、顔も体も埋もれたままだ。まるで死体のようだ。


 防御無双の聖戦士クルセイダーといえども、さすがにけっこうなダメージとなったはず。


「おいアレイダ」


 俺は声をかけた。


「なにっ? 助けてくれるのっ?」


 がばりと起きあがったそいつは、輝く顔を俺に向ける。


 なんだよ。まだまだぜんぜん。元気じゃん。


「おまえ……。このくらいで死ぬようだったら。死ね」


 俺は用意していた言葉のかわりに、そう言ってやることにした。


「ひどい!!」

「ひどくない。敵を侮って、一人で楽勝とか言ってたのはおまえだ。フルパーティで当たれと忠告したのに、舐めプーしてみずから呼びこんだ、いらんピンチだ。その落とし前もつけられないようなら、そこで死体になって朽ち果てろ。俺はおまえのケツ拭き紙じゃないだぞ」

「わ、わかってるわよ……」


 アレイダは震える膝に活を入れつつ、なんとか立ち上がった。

 剣はどこかにすっ飛んでしまっていた。――と思ったら、スケルティアが糸を飛ばして引っぱり寄せて、アレイダの手の中にパスしている。


 まあ……。そのくらいは大目にみてやろう。


「アレイダさん……。ご武運を」


 ミーティアが馬から人に変化して、両手を合わせて祈っている。

 服を着るのも後回しで、全裸のまま、聖女の祈り――支援オーラを全開だ。

 まだ街の入口付近だったものだから、村の野郎どもが、全裸で祈る美少女に、ピューピューと口笛を吹いている。


 ふふん……。どうだ? 俺の女はいいカラダをしているだろう?


 アレイダとモンスターの一騎討ちがはじまった。


    ◇


「フーッ……、フーッ……、フーッ……!!」


 アレイダはすでに満身創痍。全身から血をダラダラと流している。

 モンスターのほうも、ちょっとはダメージがいってはいるものの、まだ逃亡を決めさせるほどではない。


 アレイダはかなり健闘していた。俺の予想では、とっくに死体になっているところなのだが……。


 だがアレイダは、いまだに生きて戦いを続けている。

 回復魔法も、即時回復系はなるべく使わず、もっぱらリジェネ系に頼っている。じわじわHPの回復してゆくリジェネ系は、MP効率が圧倒的なのだ。

 ナイト系の上級職である聖戦士クルセイダーは、回復魔法の使い手ではあるものの、もともとのMP量も、個々の呪文のMP効率も、本職の回復術士に遠く及ばない。MPを最大限に活用する最適解が、いまアレイダの取っている戦法なのだった。


 もっとも――。

 当の本人は、そんなこと、考えてやっているわけでないのだろうが――。


「アレイダさん……。すっかり野生に返っていらっしゃるようですわね……」


 祈りのポーズを崩さないまま、聖女が言う。


「ん。あれいだ。つよいよ。」


 蜘蛛娘も同意する。


 アレイダの〝目〟は、すっかり変化していた。

 いつもの駄犬の、甘えきって飼い主に媚びを売ってくるそれではなく――。みずからの生命を懸けて、必死に生きようとする、手負いの獣のそれへと――。


 俺が惚れた――げふんげふん。俺が気になって買ってやったときの、檻に入れられつつも屈服していない、気高き獣の目であった。

 あの目になったときのアレイダは、レベルやステータスといった数値だけでは計れない底力をみせる。


 多少の援護は受けているとはいえ、ソロでやったら死んでいて当然の〝格上〟の相手に対して、もう十数分にも渡って、五分の勝負を繰り広げている。


 だが、しかし――。


「マスター。さすがにそろそろかと」

「ああ……」


 モーリンの言葉に、俺はうなずいた。


 よく頑張ったアレイダではあるが、もうさすがにちょっと限界だ。

 いいや、限界などは、もうとっくに超えている。数えていた限りでは、たしか、二回か三回は超えてきている。


 〝ブートキャンプ〟としての役割は、もう充分に果たしたことだろう。


「さて、じゃあ……」


 俺はそう言うと、前に出ようとした。


 ――が。

 俺よりも一足早く、観衆から抜け出して、モンスターに近づくやつがいた。


 白いエプロン。手には巨大な肉切り包丁。

 ぱっと見、肉屋で、たぶん本当に村の肉屋のそいつは、ごく普通の足取りでアレイダとモンスターのところに歩いてゆくと、ざっしゅ――と、無造作に肉切り包丁を振り下ろした。


 モンスターは肉にかわった。


 野ウサギを一匹、倒すぐらいの気軽さで、アレイダが十数分間に渡って死闘を繰り広げてきていたモンスターを、仕留めてみせた。

 ――一撃で。


 おおっとぉ……。


 俺は出鼻をくじかれたまま、苦笑いを浮かべていた。


 肉屋は、腰を抜かしているアレイダには一瞥もくれず、肉をかつぐと、来た道を来たときと同じ歩幅で引き返していった。

 べつにアレイダを助けたわけではなくて、本当に、肉を獲りに来ただけだったらしい。


 観衆たちは、ぞろぞろと村の中に引き返していった。

 新鮮な肉の入荷した肉屋に向かうのだろう。


「い、いまのひとって……」


 アレイダは地面にごろりと仰向けになり、胸を荒く上下させていた。

 ビキニアーマーが破壊されて、片方の胸が露出している。荒い呼吸のたびに上下に動く膨らみを目で鑑賞しながら、俺はアレイダの傍らに立った。


「肉屋、のようだな。単なる村人だ」

「うそ。あんな……、一撃で……、わたしが……、あれだけ苦労して……、ダメージ、ちょっとしか与えられてないのに……、そんな強いのが、単なる村人なわけが……」

「じゃあ。魔大陸の村人だな」


 俺はそう告げた。

 あれは本当に単なる肉屋だ。べつに勇者でもなんでもなく。戦士でさえなく。単なる肉屋だ。

 ただし、魔大陸(、、、)の――。


「おまえ。向こうの大陸じゃ、ブイブイ言わせて調子にのっていたけどな。無双して無敵だとか思い上がったいたようだがな。この大陸の平均でいえば、おまえ、村人以下だぞ」

「……えっと?」

「見てたろ、観衆が? そして笑っていたろ。この村の大人で、野ウサギ一匹に苦戦するようなやつは、いないんだ」

「野ウサギ? え? いまの凶悪なモンスターって――」

「あれは。ウサギだ。クリムゾン・ラビット。このへんの村の村人なら、十歳の子供でも倒せる相手だ」

「うそ……」


 アレイダの否定にも、力はない。


「前に言ってなかったか? 聖戦士クルセイダーなんてのは、うちらの〝業界〟じゃ、ほんのヒヨッコでしかないのだと」

「業界……って、なんの業界よぅ……」


 それはもちろん勇者業界だが。俺も昔、はじめてこの魔大陸に足を踏み入れたときには、びっくりしたもんだ。鼻っ柱をへし折られた。そして〝モーリン式ブートキャンプ〟を受けることになった。


聖戦士クルセイダーなんてのはな――。魔大陸に入ってもいい(、、、、、、)、最低限のジョブでしかないわけだ」


 俺は単なる事実を告げた。

 向こうの大陸では、過去50年間、誰も転職したことのない超上級職――なんて褒めそやされていても、この大陸では入場資格を得ただけのこと。

 ダンジョンに入るには、Lv1戦士でなければならない。――ぐらいの意味合いでしかない。


「さあ。立て」

「待ってよ……。ちょっと……、すぐは無理……」


 まーたこいつ。甘えんぼさんの駄犬に戻りやがった。


「血のにおいを嗅ぎつけて、仲間が来たようだぞ。……立てなければ、死ね」


 俺は周囲に目をやった。村人も全員引き揚げた荒野に、いくつか、クリムゾン・ラビッドの気配がある。枯れ草の向こうに、いくつもの目が妖しく光っている。


「スケ。ミーティア。クザク。エイティ。……バニー師匠は、まあ、どちらでも」


 俺は皆の名を呼んだ。


「ん。やる。よ。」

「守りと回復はお任せあれ」

「やります」

「えっ? えっえっ? ボクもですかあぁぁ!!」

「おもしろそーだから、お手伝いしまーす♡」


 皆は戦闘準備ができている。


「――こんどはチーム戦だ。パーティプレイで鍛えてやる」


 楽しい楽しい、ブートキャンプのはじまりだ。

魔大陸=グルメ界、ぐらいの感じっス。

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