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タコ退治 「足が多けりゃエライってもんじゃないのよ!!」

「どっせえええーい!!」


 アレイダが剣を頭上に振りかぶった。

 聖戦士クルセイダーのユニークスキル、〈範囲爆撃〉を放つ。

 無数の〝剣圧〟を上空に発生させ、上空から地上に向けて叩きこむという、範囲殲滅の大技である。

 剣技というより、もはや範囲魔法である。


 その攻撃は物理属性となるため、強力な魔力障壁を本能的にまとっている大型魔獣に対しても――わりと効く。


 テンタクルズを含めた周囲の海面に、直径二メートルほどの円形の〝穴〟が、いくつも開いた。

 まわりの水面はボコボコでも、肝心のタコ本体の表皮のほうは、すこし押されてへこんだ程度。

 完全にキャンセルはされていないが、ダメージを与えたとは到底いいがたい。


 だが怒らせるには充分だったようで、足が明確にアレイダを狙うようになった。


 じつはこれ、けっこうすごい。彼我の体のサイズ比からいうと、人間がハムスターを脅威と認め、個体識別して狙いにかかったということになる。


「うわっ! ちょ――!? なに! わたしだけ――ッ! なんかわたし! 狙われているんですけどー!?」


 あたりまえだろ。そのためのタンクだろ。

 敵の攻撃を引きつけて一身に浴びることがメインタンクの仕事だ。おまえの選んだマゾい聖戦士クルセイダーの道だ。


 防御無双の聖戦士クルセイダーだからこそ、ビルくらいある太い足でバシバシとモグラ叩きのようにぶっ叩かれても、キャーキャー喚いている暇もある。


 キューブ状の防御障壁が、テンタクルズの攻撃に合わせて自動展開されてゆく。

 聖戦士クルセイダーの防御障壁は、可視化する強度で現れていた。無数に積層化する半透明の立方体は、砕かれても砕かれても、次々と新しく現れる。まるで無限に。


「こっちにも攻撃が通らないのはいいんだが――」

「えい! くそ! このお! ――もうっ! ぜんぜん斬れやしない!」


 アレイダがぶんぶんと剣を振るって斬撃を飛ばすが、どれもテンタクルズの体表面まで届いていない。


「――向こうの障壁をすこし剥がさないと、こっちの攻撃も通らんなー」


 開幕早々爆撃技なんぞを使っているが、聖戦士クルセイダーは防御職。

 やはり攻撃力は下級のジョブに毛が生えた程度。

 攻撃専門のアタッカーが欲しいところではあるが、いまないものは、仕方がない。


 俺は手を振ると、騎兵を出させた。

 ミーティア&エイティ組と、スケルティアの二騎が、左右に別れて水面を疾走してゆく。

 二本のアーチを水面に牽いて、テンタクルズに迫る。


 二人には、武器庫から出したランスを装備させている。騎兵用の長大な突撃槍チャージランスだ。

 どちらも+5相当の付与魔法エンチャントはついている。

 銘はブリューナクとゲイボルグである。


 二本の槍は、同時に、テンタクルズに突き刺さった。――いや。一メートルの距離を残して魔力障壁に縫い止められている。


 二騎がいったん離れる。ぱからんぱからん、シュタタタタタ――と、違う足音を響かせて、大きな弧を描いて旋回しつつ、速度エネルギーを溜めてゆく。


 傷を受けた魔力障壁は、その部分が、うすぼんやりとした青い輝きを放っていた。

 聖戦士クルセイダーほどの馬鹿げた障壁再生力は持っていないらしい。

 削り続ければイケるだろうか?


「すこし魔法を撃ってみてくれ」


 俺は手を振った。

 離れたところにポジションを取っていた、大賢者モーリンとその鏡映しのオプションである小さな大賢者コモーリン、さらにクザクの三名が、魔法の詠唱に入っている。


 巨大な火球ファイアボールが二発と、あとクザクのほうは毒の槍(ポイズン・スピア)か――。


 どちらも一抱え以上もある巨大サイズを頭上に生成している。

 さすがにこのあたりの領域からは、大賢者でも無詠唱とはいかない。クザクの足下には魔法陣も展開している。


 三人とも、そこらの王国仕えの魔法使いなら、一発でMPが空になるほどの魔力量を注ぎこんでいるが、あれはうちの魔法使いたちであれば、「様子見」とか「牽制」とかいうレベル。まだまだぜんぜん余裕はある。


 三つの魔法が、撃ちこまれた。


 ――が。

 魔法障壁にすべて阻まれてしまう。


「やっぱ。魔法は効かねえなー」


 魔法使いが大魔法をブッパして、大型魔獣戦に片が付くようであれば、魔法使い無双で、魔法使いが最強ということになってしまう。


 純粋魔力による魔法障壁は、同じ純粋魔力による魔法攻撃に対して相性がいい。そのまま魔法を撃ちこんだのでは、ほとんど防がれてしまう。


 よって、前衛がガリガリと魔法障壁を削ってゆく必要がある。


「おっと?」


 俺たち以外からも、魔法と火砲がテンタクルズに撃ちこまれた。


 人魚たちと、あと海賊たちだ。


 人魚は半身を水上に出して、水魔法をぶっ放している。

 海賊は船腹をテンタクルズに向けて半円の円弧を作って取り囲み、大砲の一斉斉射だ。


 女王様は、態度と体だけデカいわけではなかったらしい。操る水魔法はかなりのものだ。巨大な術式で、同族の人魚たちより数レベル高い攻撃魔法を操っている。


 海賊連中の大砲はゴマ粒みたいな鉄球を、ぺしぺしと飛ばしている。

 大砲を外してバリスタ銛を載せろ、っつーたのに……。まあ数が揃わなくて大砲がそのまま残っているんだろうな。


 ほとんど影響が出ていなかったので、やめさせようと思ったが――。

 手を挙げかけたところで、思い直した。


「こおおんのおお――っ! カタいのよ! 足が多けりゃエライってもんじゃないのよ!」


 聖戦士クルセイダーがバシバシ技を使って攻撃している。あいかわらず効いてはいないが、派手な技で、相手に怒り(ヘイト)を注入しつづけている。

 うちのタンクは優秀だ。テンタクルズの攻撃を一手に引きつけている。他から多少の攻撃されても、アレイダの稼いでいるヘイトが膨大なので、テンタクルズは目もくれない。


 ヘイト管理に気を使わなくてもいいので、俺は好きに援護をさせておくことに決めた。

 せっかく俺の女たちが手伝おうとしているのだ。

 人魚たちの出番はもう終わっているし、海賊たちの出番はまだすこし先で、どちらも暇だろう。


 大回りで一周回ってきた騎兵――馬のミーティアに乗ったエイティと、自前の八脚で駆け抜けるスケルティアが、再び、槍の一撃を見舞う。


 魔法障壁を削っていってはいるが、このままでは相当時間がかかりそうだ。


「オリオン! ――あんたも仕事しなさいよっ! いっつもわたしたちにばっかり働かせて!!」


 おっと。アレイダに叱られた。

 たしかになんにもしていなかったな。

 今回の獲物は、娘たちだけに任せておくには、ちょっとだけ大物すぎる。


「よし。俺も出るか」


 俺は上空に向けて、手を振った。


    ◇


「いっくヨー? おとしちゃうヨー?」「ばびゅーん、って、イックよー」


 両肩をつかんでくるハーピー二匹が、俺にそう聞く。


 最初に出会い、モーリンとファミリア契約を交わしていた四匹のハーピーたちだった。


「――そっちは?」


 俺はすぐ近くを飛行しているバニー師匠に、そう聞いた。

 向こうもハーピーの足につかまって空中飛行をしている。


「いつでもいいですよー」


 あそびにんは、いつどんな時においても楽しそうだ。地上百メートル以上の高度にいても、楽しそうに笑っている。


「じゃあ――。やってくれ」


 俺たちはハーピーに合図を出した。

 スカイダイビングを開始する。


「ヒャッハー!!」

「きゃーっ!!」


 百メートルほどの高さを、一気に加速して落ちてゆく。


 テンタクルズは、足だけでなく、体も半分ばかり水上に現していた。

 特に大きな頭が


「あそびにんのおオォ――! 百トンハンマー!!」


 バニー師匠が叫ぶと、魔法のように巨大なハンマーが出現した。

 なんの冗談なのか、その鉄の塊には、「100t」と、あちらの世界の文字で書いてあったりする。


「あーんど! クリティカルっ!!」


 本人の体よりも断然大きなハンマーが、テンタクルズの脳天を直撃した。

 もちろん直撃ではない。魔力障壁が立ちはだかる。ハンマーもまた膨大な魔力をまとっている。圧縮された魔力同士がぶつかって、「かーん」と甲高い音を響かせた。


 六角形の波紋が広がり、許容値を超えたその揺らぎは、ぴしり――と、ヒビになって障壁全体に伝搬していった。

 さすがバニー師匠。

 〝クリティカルヒット〟を確定で出す、あそびにんのユニークスキルは強力だ。

 一撃でテンタクルズの魔力障壁は、崩壊寸前だ。


 そして俺の出番――。


「ヒャッハー!!」


 俺は愛用の魔神の金棒を――、忘れてきていたことに、いま気がついて――まあいいかと、拳を固めた。


 クリティカルの有無も――、武器の優劣も――、なにもかも関係なく――。

 素のステータスとLvによる、単なる素手の、単なるパンチでしかなく――。


 ただし――マジ殴り。


 俺はヒビの入った魔力障壁のど真ん中を、ぶん殴った。


 ぱりーん……。


 魔力震が音として聞こえる。

 結界は砕けてばらばらとなった。細かな破片が、消えるまでのわずかな間、ガラスか雪のように空間に散っていった。


「よーやく当たるよーになった! あはははーっ!!」


 アレイダが剣をぶんぶんと振り回す。ざっくざっくと、大木ぐらいあるタコの足が刻まれてゆく。

 青い血がバケツで振りまいたようにバラ撒かれ、それを頭から浴びたアレイダは――。


「ははははは! あーはははははッ!!」


 壮絶に笑っていた。


 こえー。聖戦士クルセイダーこえー。

 狂気を力に変えるクロウナイトは、もう卒業したはずだが――。まだすこし残ってんじゃないのか?


 斬撃は巨大タコの足の芯までは届かない。

 一度や二度の斬撃では、巨大タコの太い足を切り落とすことはできない。

 だが一度ではなく、二度でもなく、十回でも二十回でも斬っていけば、やがては芯まで届く。断ち切れる。


 足の一本が支えを失って、ざばーん、と、水柱をあげて海に落ちていった。


「あと七本っ!!」

「スケも。やるよ。」


 スケルティアがアレイダの隣に並んだ。


 両手が二本。足は体を支える四本を残して、四本分。

 合計六本の刃を振るう。足の先端と両手の爪を最大に伸ばして、切れ味鋭い鎌を作りあげる。


「わたしのほうがいっぱい斬ってる!」

「スケも。きるよ。」


 張りあっているのか、協力しあっているのか、二人は肩を並べて、ひどく楽しげにタコの足を切り刻んでいた。


 人魚族の魔法攻撃も再開していた。

 レーザーのように伸びる水魔法が――こんどは魔力障壁に邪魔されることなく命中する。ウォーターカッターが、軟体生物の体を切り刻む。

 これまで多数の同胞をスナック感覚でつまみ食いされていた怒りを、すべてぶつける勢いだ。


 特に女王の魔力が物凄い。

 さすが。俺の女。


 足が、もう一本、二本と切り落とされていったあたりで――。


 俺は手で合図を出した。

 海賊たちの船が接近をはじめる。テンタクルズに対して船腹を向けるのではなく、船首を向ける。船首側に並んでいたのは、巨大バリスタだった。セットされるのは矢ではなく、銛。

 先端には凶悪な〝返し〟がついていて、一度刺されば、絶対に抜けない。


「足ではなく――、胴を狙え!」


 俺は海賊船に指示を出した。


 足に命中させたのでは、突き刺さったとしても、足を切ってしまえば意味がない。

 タコは足を自切できるという。巨大タコのテンタクルズも、当然、できると考えるべきだ。


 弦の解き放たれる風音と、銛の飛翔する風切り音。

 そして重たげな着弾音が、いくつもテンタクルズの胴から響いてくる。


 銛にはロープが取り付けられている。一本、二本、と、船とテンタクルズの間を線が繋いでゆく。

 七隻、すべての船とのあいだにロープが掛け渡されるのも、時間の問題だった。

 すべての船で一巡りしたあとも、さらに銛は撃ちこまれ、二重、三重にロープが繋いでゆく。


「さあ……、もう逃げられないぞ?」


 テンタクルズはこの段になって、ようやく危険を感じたのか、逃げだそうとしていた。

 だが、がっちりと体に食いこんだ銛は外れない。身動きするたびに、青い血液がドバドバと銛の根元から噴き出して、体力をそぎ落としてゆく。


 足はさらに減っていった。

 残るわずかな足で、胴体を引きずるようにして、テンタクルズは逃げようとするが、七隻の船を引きずる


 ここが浅瀬でなかったなら、深海に逃げ込むこともできただろう。


 だが入り江に誘いこまれたとき――。やつは詰んでいたのだ。


 俺はステータスをオープンして、テンタクルズのHPを表示させていた。

 勇者のほか、トレーナー系の限られたジョブしか使えない〈ステータスオープン〉のスキルだが、この手の集団戦(レイド)による大物狩りには、ひどく便利だ。


「オラオラオラオラあぁ――っ!!」


 アレイダが女子らしからぬ雄叫びをあげて、剣を振り回す。


 HPはどんどん減少してゆく。


 足の数も、三本になり、二本になり――。

 最後の一本も、いま――なくなった。

 もはやテンタクルズは動くこともできない胴体だけの肉のボールだった。


 わずかに残っていたHPのゲージも、ついに空となった。

 テンタクルズは、絶命した。


 俺たちは勝利した。

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