海の悪魔狩り 「食われたくなければ、泳げ泳げーっ!!」
「泳げ泳げ泳げ! 食われたくなかったら! もっと速く泳げーっ!!」
船首に立って、俺は大声で人魚族たちを鼓舞していた。
ゲラゲラと笑――ってはいないぞ。うん。いない。
人魚と半魚人の群れは、海中を全速力で泳いでいる。
時折、勢い余って水面上に飛び出てしまったやつが、飛び魚みたいに、ぽーんと跳ねて、数十メートルも空中を渡って、また水の仲にもどってゆく。
女王以下、人魚と半魚人部隊は、すべてエサ役に徹していた。
兵士も貴族も平民も女王も姫も、みーんなエサだ。身分の違いなく、皆、平等にエサ役だ。
〝海の悪魔〟――テンタクルズにとって、彼らは非常に美味しい〝おやつ〟なのだった。
巨体のくせに、テンタクルズはなかなかの速度を持っている。
水中では俊足の人魚でなければ逃げられない速度だ。
海賊たちの船は、べつの場所で待機させている。風を受けて走る彼らの帆船では、この疾走速度についてこれない。
いま走っているのは、ちょうど風上の方角だから、なおさらだ。帆船は基本的に、風上に向けて走るようにはできていない。
だがこの船は違う。通常船を偽装するのをやめて、魔法船の性能をいかんなく発揮している。現代世界のスクリューとも違うまたべつの原理によって、魔法の力で、水、それ自体を後方に押し出して進む仕組みが備わっている。
風があろうとなかろうと、どの方角にも最大戦速を出せるのだ。
「どう? スケさん? ――脱落者はいない?」
アレイダがスケルティアに声を掛ける。
「ん。みてくる。」
船の脇をイルカみたいに併走して、ちゃぷんちゃぷんと、ジャンプしたり潜ったりを繰り返すスケルティアは、いったん速度を落として群れの後方に向かっていった。
しばらくすると、また、船の近くに戻ってくる。
「みんな。きてるよ。」
スケルティアが報告する。
脱落して食われたやつは、いないらしい。
まー、一匹、二匹、食われてしまうぐらいは覚悟の上だが。
老魚と稚魚は置いてきた。エサ役をやらせているのは、若くて大きな人魚たちだけである。
数匹程度の犠牲までは許容される。連中もそれで了承している。〝海の悪魔〟には、毎年毎年、数匹どころではない被害が出ている。
何匹か犠牲が出たとしても、退治できるのであれば、そうしたい。――というのが、民族としての総意だ。
俺は女王をメロメロの骨抜きにはしたが、戦いを強制はしていない。
あくまで「俺が倒す。倒せる」ということを信じてもらうための、強制絶頂アクメ漬けである。信頼を得るために、娘共々、俺の女にしたわけだ。
あー。うん。親子丼? もちろん召しあがってみたともー。
こんな機会、滅多にないもんなーっ。
遙か後方で、水柱があがった。
巨大な〝足〟が水面にあがり、そして打ち下ろされる。
おいしい〝おやつ〟が目の前を泳いでいるのに、一匹も捕まえられないことに怒っているのか――。
――ブモオオオオオオオ――ッ!
ほら貝を吹き鳴らすような音も聞こえてくる。あれが〝海の悪魔〟の鳴き声か。
水上に柱のように伸びていた足は、またすぐ海中に沈んでしまう。
赤茶色の表面に、吸盤がいくつもあった。
大きさこそ桁外れだが、見覚えのある感じの足だった。
うん。タコだな。たしかにあれはタコだ。
「ようし――! 次の岬を越えたら、右に回りこめ! 入り江に向かう!」
テンタクルズは、通常、深い海に棲息する。
そのまま戦っては、やつのホームグラウンドというものだ。
人魚たちをエサにして引っぱってきたのは、こちらに有利な土俵で戦うためであった。
これから誘い込もうとしている入り江は、水深が浅い。
テンタクルズの巨体では、深く潜って逃げることができなくなる。
そしてもうひとつ――。
わざわざ長距離を引っ張り回してから、ここに連れてきたことにも、じつは理由があったりする。
船が入り江に入った。狭くなった湾の入口を抜けると、円形の浅瀬が急に広がった。
後続の人魚たちも入り江のなかに入ってくる。
そして
〝海の悪魔〟として、この海の生態系の頂点に君臨してきた安心からか、テンタクルズは無警戒に、入り江のなかに入りこんできた。
よし。仕掛けは整った。
俺は船上から、入り江の横の崖の上に手を振って――合図を出した。
崖の上で爆発が起きる。大砲用の火薬を大量に使った。火薬を埋めこむ位置も岩盤強度から計算した、適切な位置と深さで――。
そして狙い通りに、崖が崩れた。
ぽかっと、破線で切り取られたみたいに、巨石が崖から離れた。ゆっくりと傾きつつ、落下をはじめる。
大きな大きな水柱をあげて、湾の入口へと落ちた。
湾の入口に、巨大な岩で――蓋がされた。
海賊船は七隻すべて湾内にいた。まだ距離を取っている。やつらの出番は、まだしばらくはない。
「よし! そろそろやるぞ!」
俺は船の上に合図を飛ばした。
「あっ――待って! ちょっと待って! これちょっと変な感じで――!?」
アレイダが海の上であたふたとしている。
甲板から海の上に降りている。
そして海面に立って《、、、》いる。
水上歩行の魔法を足裏に掛けているのだ。
俺も自分で試してテストしているが、あれはたしかに変な感触だ。砂の上に布を広げて、その上を歩くような感触だ。
走ることもできる。地上と同じように戦うこともできる。足を踏ん張ることもできる。
だが海は形の変わらない大地とは違い、刻一刻と形を変えてゆくものだ。
波がくるたびに足下の地形が変わるようなもので、若干の慣れがいる。
うちの娘たちのうちで、いちばん不器用なのがアレイダだった。
「スケ――! 海からあがれ。人魚でなく、アラクネのほうで戦え」
「ん。わかた。」
スケルティアが水からジャンプする。空中にいるあいだに、八本の足が咲き開く。
水面に着地したときには、すでに蜘蛛の体に人間の上半身という――アラクネ・モードに変形完了していた。
「ヒヒーン!!」
馬のいななきが猛々しくあがる。
ミーティアは今回は「馬」。その蹄にも水上歩行魔法は有効。
騎乗するのはエイティで、二人一組で高速遊撃隊だ。
ちなみに聖女の能力は、詠唱不要の祈りと、範囲祝福のオーラ系なので、馬のままでも聖女としての働きができる。
クザクとバニー師匠も、装備を整えて水面に降り立っている。
「さ。俺たちも行くか」
俺は大賢者の大小二名に向けてそう言った。
「はい。どこまでもご一緒します」
俺たちが降りたあと、魔法船は自動航行で入り江の外れの安全地帯まで対比させておく。
入り江に入ったあと、人魚たちは二手に分かれて左右に逃れる。
テンタクルズは、まっすぐに突っこんでくる。
砂浜の近くまで迫ってくると、水深が浅くなり、頭が半分ほど水面に出ている。
巨大なタコの丸い頭は、船ぐらいの大きさがあった。
俺たちは正面から迎え撃った。