海の悪魔狩りの準備・海賊編 「え? なに力比べすんの?」
「おかえりなさいませ! ボス!」
「ボス! おかえりなさい!
「お頭! 帰ってきてくれたんですねえぇぇ!!」
海賊がアジトにしている、通称――「海賊島」に入港すると、むさ苦しいマッチョどもから、挨拶の嵐を受けた。
「あたいがおまえらを見捨てるはずがないだろう!」
女海賊がそう叫ぶと、配下一同は、「頭あぁ~!」とか「ボスうぅ~!」とか、野郎どもは歓喜に震えている。
彼女の配下の七隻の乗組員が、すべてこのアジトに集められていた。
大勢の船乗りが、彼らのボスである女海賊と、俺を見つめている。
俺は彼女の横に立っていた。
女ボスの連れてきた「愛人」というポジションだった。
ボスを寝取った俺に対して、敵愾心を向けてくるような――そんな、気骨のあるヤツが、すこしはいるかと思ったのだが……。
一人、二人ぐらいは、ぶっ飛ばして――。場合によっては見せしめにブッ殺して――。実力差をわからせてやる必要があるかと思っていたが、ぜんぜん、そんな必要もなかったようだ。
「おまえらには船の改装をしてもらう」
俺は手早く要件を切り出した。
「全七隻。大砲のかわりに、こうしたものを積んでもらう」
紙に描いた大きな図面を張り出した。
……ああ。
展開がちょっと早すぎたな。
連中は、ぽかーんと口を開けてこちらを見ている。
美女もしくは美少女に対してであれば、懇切丁寧に説明するのだが……。
むさ苦しい野郎どもに対しては、どうしても対応が適当になってしまうな。
「野郎ども! 〝海の悪魔〟には、これまでさんざんヤラっぱなしだった! けどあたいのダーリ……、おほん! 強力な助っ人が現れてくれた! これで〝海の悪魔〟をやりかえしてやれる! おまえらーっ!! 〝海の悪魔〟をやっつけたいかーっ!!」
「おーっ!!」
「声が小さい!! やっつけたいかーっ!!」
「おおおおぉぉぉぉ――っ!!」
すっかり温まりきった場を、女海賊は俺に渡してきた。
「じゃ、ダーリン。説明してやってくんな」
さっきは「ダーリン」の部分をごにょごにょと濁していたのに、こんどは自分で言っちゃっている。
野郎どもの間から、「ダーリンだってよ」「ダーリンなのかぁ」「そうかダーリンなんだな」「姐さん良かったっすね」とか、小声が聞こえてきて……。
女海賊は真っ赤になった。
しゃがみこんで顔を隠している。すこしだけ見えてる耳たぶが、真っ赤っか。
筋肉だけは立派でも、メンタルが調教済みとなってるこいつらでは、彼女の〝女の顔〟を引き出すには、まるで足りなかったのだろう。
「あー……、説明する」
俺としては、なんとも面映ゆいかぎりだったが、そこを堪えて、説明をはじめる。
「この図面は、バリスタと呼ばれる兵器だ。クロスボウを大型化したものだと思え。〝海の悪魔〟には、これを使う」
海賊たちから、手が上がった。
俺は顎で指し示してやった。
「あのう? 大砲じゃ……、だめなんで?」
「いい質問だな」
「こいつで撃ち出すのは、ロープのついた銛だ。ここよりもっと南にいった海では、クジラを獲るのに銛を撃ちこんでいる。砲弾は、撃ったらそれで終わりだが、銛なら、撃って当てれば、やつを海中から引きずり出してやることができるぞ」
「おー!!」
海賊たちから、歓声があがる。
ほんとにわかってんのかな。こいつら。
ま。こいつらの実際の指揮は、彼らのボス――俺の〝愛人〟に任せるわけだし。
ああ。あと、そうそう……。
「アレイダ。……出てこい」
俺は袖のほうに声を投げた。いままで物陰に隠れていたアレイダを、海賊たちの前に呼びつける。
アレイダを見た海賊たちは……。
「女だ……」「女だぞ」「おい女だ」「すげえべっぴんだ」「抱かせてくれんのかな?」「締まりが良さそうだ」
……などなど。
「だから出てきたくなかったのにぃ~……」
アレイダは二の腕を押さえて、居心地が悪げにしている。
「ねえ? こいつら? ぶち殺しちゃっていい?」
「やめとけ。これでもタコ狩りの大事な戦力だからな」
「いつもは、イヤらしい目を向けてきたら、ぶっ殺せ、とか言ってるくせにぃ~……」
よーく見れば、アレイダの肌には鳥肌も浮かんでいる。
「うう……。見られてるだけで妊娠させられちゃいそう……」
「きっとやつら。頭の中では、おまえを妊娠させているところだろうな」
「もう! ヤダ! 想像しちゃうじゃない! やめてよね!」
アレイダの背中を押して、男たちの前に出す。
「おまえたちには、海の悪魔に銛を撃ちこみ、とどめを刺す役をやってもらう。矢面に立って戦うのは、俺たちだ。そしてこの赤い髪の女。こいつは、俺の部下の中でも――」
――と、そう紹介しようとしたところで、アレイダの目が、なにかを期待する色を浮かべて、俺を見ていた。
なので、俺は――。
本来、言うつもりだった台詞のかわりに――。
「こいつは、俺の部下の中でも――〝最弱の者〟だ」
「なんでよ! ちょっとそれひどくない!? ねえひどくない!?」
「だれかこいつと力比べしてみるやつはいないか? 俺たちの強さがわからないままで、おまえら、俺たちと一緒に戦えるのか?」
海賊たちは顔を見合わせた。「そうだ」「そうだな」「どれだけ強いのか知っとかねえとな」「だれだ」「だれがやる?」「そんなのゴリアテに決まってる」
……みたいなやりとりが交わされ、一人の巨漢が、ぬっと群衆を抜けて、前に出てきた。
「ははっ――ゴリアテ! あんたがやるのかい!? ――いいかい? 手加減は、なしだからね? この子は、強いよ? なんたって、あたいのダーリンの一番のお気に入りだからね!」
女海賊が笑いながら言う。腹心といったあたりなのだろう。
「いえ! ちがくって! そんな一番だなんて!」
この駄犬、なに赤くなってんの? なに真に受けて言いわけなんてしてんの?
一番なわけないだろ。ばーか。ばーか。ばーか。
海賊たちが脇に避け、人垣で丸いリングを作った。
その内側で、アレイダ
「あんま手加減できないかもしんないからー。怪我させちゃったらごめんねー?」
アレイダが肩をぐるぐると回しながら、巨漢にそう言う。
その手になにも武器がなく、素手であることに気がついて、男も腰に吊っていた剣を投げ捨てる。
いや。べつに。こちらが素手だからといって、わざわざ素手に合わさんでも……。
剣でも斧でも棍棒でも、なんなら拳銃でも自動小銃でもバズーカ砲でも戦車でも(あるんだったら)、好きなもんで武装してくればいいのだが。
たぶんうちの娘……。いま素手で、そして素っ裸でも、戦車と同じ装甲を持ち、戦車を超える攻撃力を持っている。
大男は手を頭上に伸ばすと、そのままの体勢で近づいてきた。
「え? なに力比べ? やだなぁもう。あんま触れたくないんだけど。――その手、いつ洗った? え? さっき洗った? ……じゃあいいか」
アレイダがしぶしぶ応じる。
左右、それぞれの手を握りあったところで、力比べがスタートする。
――が。
「――!?」
大男は目を大きく見開いていた。驚愕の色が、その顔を満たしている。
「あれ? ねえこれ? もうはじまってんの? 力入れちゃっても、いいわけ?」
大男のほうは赤い顔になって、全力を振り絞っている。
だがアレイダの側は、〝はじまっている〟ことにさえ気がついていないっぽい。
まあ無理もない。
「一般レベル」と触れあうのは、いつ以来か?
ずっと前に、Lv7だか8だかの冒険者を、軽く捻ってやったのが最後か? 山賊皆殺しは、あれは数のうちに入るっけ? ああ。黒騎士一個師団惨殺とかもあったっけ。いや黒騎士は、あれはさすがに「一般レベル」に入れてしまっては可哀想か。
まあとにかく――。
「一般人」と触れあうのは、相当久しぶりのはずである。
彼我の間に、ずいぶんなギャップ差ができてしまっていることに、気づかないくらいに――。
それがどれほどかというと――。
相手が全力を振り絞っていることに気づかないぐらい、むごい。
「じゃ、ちょっと、力、いれてみるわよー」
アレイダがそう言った。
めきり、と音がして、手の甲が反り返る。――もちろん相手の大男のグローブみたいな手のほうだ。
大男は声一つ上げずに耐えていた。
見上げたものだが、早めに降参しておいたほうがいいんじゃないかな?
そして――。
べこん、ぼこん、ばこん、と、二人の足下のほうから音が響いた。
大男の足下の地面が砕け、凹みはじめた――その音だ。
アレイダはそのまま力を加え、ついに、大男の体を地面に埋め込んでしまった。
肩から上だけを地面から出して、人間杭打ち状態となった男に、アレイダは訊ねる。
「これ、力比べになっていなかったわね。――もう一回やる?」
男は、ただ一箇所だけ動かせる首をぶんぶんと振って――答えた。
ノー。ノー。ノー。
ほかの海賊たちも、あんぐりと口を開けているばかりだった。
ふっ――。
だがこの娘は、我が配下最弱の者――。
俺の部下たちの力を疑うものは、もう一人としていないようだった。