海の悪魔 「海の……、悪魔……、こわいです」
「海の悪魔……、だと?」
甲板に作った浅いプールで、人魚の美少女と戯れながら、俺はそう聞いた。
いまは一回戦終わった後で、ピロートーク中だった。
ちなみに海賊女も一緒に水に浸かっている。この二人はセットになってしまうことが多い。
人魚は水から上がっても生きてはいけるが、下半身のウロコ部分は、やはり乾くと具合が悪いらしい。
彼女とのプレイの間は、俺が水の中に入ることにしていた。向こうの世界にあったビニールプールみたいな感じのものを、巨大な魚の浮き袋でもってこしらえた。
深海から一本釣りした巨大魚は、浮き袋を取るためだけに釣ってしまって、ちょいと悪い気がしたが。まあ弱肉強食、キャッチ&イートが、この世の法則だと思って成仏してもらおう。
プールに水を溜め、人魚の王女で美少女とイチャイチャしていると、海賊船が急接近して、接舷してきて――海賊女まで乱入してくるのが常であった。
一匹の美しい人魚と、一人の美しい全裸の女性と、水の中で戯れる。
人間とは違うウロコのつるつる具合と、十代の娘とは違う二十代の熟れたカラダと、俺両方の感触を楽しみつつ、青空を眺めながらくつろぎきっていた。
「おまえ。本業ほっぽらかして、いいのかよ?」
「残りの二隻は仕事しているわよ。――あたいは、愛するダーリンと離れるなんて、絶対ムリ」
くちびるの雨が降ってくる。情熱的なキスに、俺も応じる。
右手に海賊。左手に人魚。
両側に美女&美少女をはべらせて、俺はその問題について質問を重ねる。
「……で、悪魔がどうした?」
「は……い、海の……、悪魔……、こわい、です」
人魚の少女は、たどたどしく言葉を紡ぐ。
俺と話すために、人間の使う大陸標準語を覚えたのだ。人魚の国は古代の高度な魔法文明を残しているから、翻訳魔法くらい、存在するはずだが。
魔法に頼るよりも、自分の努力で俺と話そうとするその健気な姿勢に感動して、俺はついつい、いっぱい愛してしまう。そうするとますます彼女は言葉を覚えてゆく。
ちなみに、人魚には「人化の法」という能力があり、尾ひれを足に変えて人間になることができるそうだが――。それは一生に一度だけの能力であり、しかも人間になった後で海に入ると、泡となって消えてしまうという……。アンデルセンのハードコア設定となっているので、俺のために使うなと厳命してある。
そうしておかないと、この子、それを使いかねないんだよなー。
「ああ……、あいつかい。〝あいつ〟には、うちも何度も煮え湯を飲まされているよ……」
「おまえもなにか被害を受けているのか?」
「あたしの代になってから、もう三隻も船を沈められているよ」
「三隻も? もう二隻しか残っていないんだろ? それ被害じゃなくて、全滅に近いって言わね?」
「二、二隻だけじゃないしっ! ――北と南にも艦隊を出してるから、まだ七隻あるしっ!」
それにしたって、一〇隻あったうちの三隻が沈んでいるなら、三〇パーセントの損耗率だ。
商売(海賊業)が続けられるかどうかという、甚大な被害ではないだろうか?
「仲間……、何匹も……、食べられて……」
人魚のほうにも被害が出ているらしい。しかも〝食べられる〟とか――。
まあ海の中の連中は、肉食がほとんどで、みんな、食った食われたりの関係らしいしな。草食獣の個体数のほうが多い地上とは、感覚が違うのだろうが……。
生態系のたぶん上のほうにいる人魚だって、卵生なわけで、えらい数の卵を産んでいる。そのうちで成魚(大人の人魚)になるまで育つ確率は、数千分の一だとか、数万分の一だとか、そうした世界なわけだ。
うーむ……。
海のオサカナの世界って、そう考えると、すげえ厳しい場所なんだな。
まあそれはともかく――。
〝悪魔〟やら〝あいつ〟やらの正体が、なんなのかはわからないが……。
俺の女たちのために、一肌脱いでやるとするか。
◇
「海棲の巨大モンスターですか?」
「うむ」
「大型魔獣ですと、クラーケン、テンタクルズ、リヴァイアサン、シーサーペント、海龍と海竜、島亀、モビーディック……などがありますが。ほかにもシースライムの群体が島サイズになることもありますね」
俺の問いに、大賢者モーリンはそう答えてきた。
夕食の準備にくるくると立ち働いているモーリンに、俺は「海の悪魔」のことで質問していた。
「このあたりの海域でありそうなのは?」
「モビーディックと海龍、海竜系は、生息域が違いますね。リヴァイアサンも海の深度で除外されます。シースライムも沿岸ですから、これも除外されるかと」
「ふむ」
だいぶ絞れてきたな。
さすが大賢者。ググるよりも楽ちんだ。
「そのなかで、触手――長い足を持っているものは?」
船のほうも、そして人魚のほうも、長く伸びてくる足のようなものにやられたという情報がある。
「クラーケンはイカ型で、テンタクルズはタコ型ですので、足は一〇本と八本ほどあります――」
モーリンはそう言いながら、厨房へと戻っていった。食事の支度の最中だった。
それと入れ替わりにこちらに出てきたコモーリンが、何事もなく、話の続きをする。
「――またシーサーペントの一部にも、捕食のためのヒゲを持つものがありますので、本体のサイズにもよりますが、それが触手や足と見間違える可能性はあるでしょうか」
傍目から見れば、おかしな光景なのだろうが――。俺も最近は慣れた。
慣れたあまり、モーリンとコモーリンを一緒に抱いてしまいそうでヤバい。
まだコモーリンのほうは椅子の上で見学だ。イエス・ロリータ・ソフトタッチの精神だ。膝の上に座りに来た時に、ソフトタッチぐらいはしている。
「……って、なぜ座りに来る?」
ちゃっかりと、俺の膝の上に座りにきたコモーリンに俺は聞いた。
「マスターのご質問に答えるためですが」
「手伝いはいいのか?」
手伝いというか、一つの心が、二つの体を同時操作して、二人分の効率で働いているだけなのであるが――。
「あちらは、いま手間のかかる仕込みをしていますので、しばらくは専念できますかと」
だから、小っこくて柔っこいローティーンのお尻を押しつけてくるなっつーの。
「――誘惑のほうも、ご質問に答えるほうも」
誘惑してんのかよ。やっぱりなー。
「いつマスターが手を出してくださるか。お待ちしているのですが」
「あと二年まて……、せめて一年……」
「もうすこし、まけてしまいませんか? 六ヶ月にして、三ヶ月にして、一ヶ月にして……、そうすれば、もういまと変わりはないかと」
俺はコモーリンのおでこに、ちゅっとキスをした。
「いまはこれでカンベンしてくれ」
キスは唇に欲しかったみたいで、コモーリンは、すこし不満そうな顔をした。
「現在のところ、候補はクラーケンとテンタクルズ、およびシーサーペントですけれど。他になにか情報は?」
「そいつが現れるとき、霧に包まれた不思議な海域が出現するらしい。風が凪ぎ、潮の流れも止まり、磁石も狂う。魔法による方角感知も妨害されてしまうらしい。そして恐ろしい鳴き声が響くそうだ」
「でしたら、テンタクルズのほうですね」
「テンタクルズというのは、どんなやつだ?」
「――ちょうど、あんな感じです」
コモーリンが指差した先には、厨房から出てきたモーリンがいた。
モーリンはその手に「タコ」を持っていた。
「ああ。タコか」
「はい。巨大タコです。大きなものでは数十メートル。外洋船でも捕食対象になってしまいますね」
「人魚なんかは、それこそ、スナック感覚か」
頭からぼりぼりと丸かじりか。口にすっぽりと入るちょうどいいサイズなんだろうなー。
「……ん? タコって、鳴いたっけ?」
「水上に顔を出して、空気が推進器官の漏斗を通るときに、音が響きます。鳴いているわけではないのでしょうけど」
「ああ。なるほど」
よし。
〝海の悪魔〟の正体は、十中八九〝テンタクルズ〟ということでいいだろう。
正体もわかったし。
次は退治の準備にかかるとしようか。
つづきます。