賢者の弟子 カナデ
リリィに弟子にしてもらって1月が経ちました。
髪もすっかり伸びて、首ぐらいまでだったのが今では肩にかかるぐらいの長さです。
生活はいつもと同じだけれど、前よりもリリィと仲良くなれた気がします。
それから、魔術の修行が厳しくなりました。リリィってば案外体育会系のスパルタなものだから、毎日ヘロヘロになりながら魔術を学んでいる毎日です。
後、男の子っぽい喋り方をどうにかするようにと言い出したのもリリィです。リリィは師匠なので、弟子にしてくれと言い出した手前、前世が男だったとか関係ありませんでした。意識的には女でもあるから苦ではないのですが。
「じゃあカナデ。今日はこれを倒せたらお終いね。"炎よ、人型となりてこの世に顕現せよ"ーー"炎人形"」
「うげぇ……師匠のマジなやつじゃないですかぁ……」
修行中と人前ではリリィを師匠と呼ぶようにしています。街にはまだ行ったことないけどね。
それよりも問題は目の前の人の形をした炎の塊、"炎人形"です。
師匠の魔術は火属性が主ですが、火の上級に炎の術式が存在します。
私の使う水属性も、氷を使えるようになるそうですが、まだ出来たことはありません。
炎は上級なこともあり、単純に水をかけるだけでは、消えるよりも先に蒸発してしまいます。弱点属性とは一体……。
しかし諦めてるわけではありません。要するにあの炎の塊を消せばいいのですから、やり方はいくらでもあるはずです。
私は杖を構え、呪文を唱えます。
「"水よ、収束し眼前の敵を撃ちぬけ"ーー"水流"!」
これは前にブランに水遊びにされた水鉄砲の魔術ですが、より高密度で、スピードを高めた術式に改良してあります。
分類としては中級術になりますが、これだけ集中させたものならば、いくら炎とはいえ撃ち抜ける。それで前にこの人形を倒したことがありますから。
「カナデー?それは前も見たよー?」
リリィが呆れたように言いますが関係ありません、勝てば官軍というやつです。
しかしなんと言うことでしょう。当たったと同時に、すぐさま失った部分を再生させているではないですか。普通なら、当たった部分から消えていくはずなのに。
「師匠まさか……」
「あっはっは、カナデの魔術の使い方が上手いのは認めてあげよう。それで"炎人形"が中級術の連続に消されてしまってるからね。だから、私もちょっと改良させてもらったよ」
「まさか……魔力核を複数に……」
「ひゅう、一発で見抜くなんてさすが私の可愛いカナデ。並の試験ならそれだけで合格だわ」
"炎人形"のような人形を作る術式、有名なのは土人形、ゴーレムでしょうか。その手の術式は、魔力核と呼ばれるコントロール装置のようなものが必ずあります。
そこを狙って攻撃したのですが、当たると同時に別の魔力核が再生を指示、"炎人形"は元通りという訳です。
「師匠のバカぁ……中級術しか使えない相手にやることじゃないですよぉ……」
「がんばりなさーい」
師匠はいつの間にやら用意したハンモックでゴロゴロと寝ながら高みの見物です。よくよく見ればブランも寝てました。
「私もお昼寝したいぃ……」
「早く終わらせてごらんなさーい」
ハンモックの空いたスペースをポンポンと叩きながら早くこっちに来るようにもたらしてますけど貴女の出した試験ですからね?
取り敢えず体内の魔力を練り集めつつ作戦を考えます。
それと同時に目の前の"炎人形"の魔力核の数と位置も探します。
多分……頭と心臓の位置、それから足にも一つでしょうか。少なくとも、3つは同時に攻撃しないといけません。
私が使える魔術の属性は水と風と光ですが、攻撃に使えるのは実際のところ水だけです。
光は周囲を照らす魔術しか使えないですし、風は衝撃波ぐらいなら飛ばせますが、炎とは相性が悪すぎます。
その水も大きな塊を打ち出す"水球弾"とさっきの"水流"ぐらいしか打つ手がなさそうなところです。
となると、今この場で新しく術式を組み立てろと?
あはは、師匠はめちゃくちゃだなぁ。
そういえば、剣の方の師匠も大概めちゃくちゃだったなぁ。
「わしから一本取るまで打ち合いをするぞ」なんてよく言われたっけ。
じゃあ、やってるやるしかないよなぁ。
手に持つ杖を逆さまにし両手で持ち、剣を構えた時のように姿勢を正す。
ふぅと息を吐き、すーっと息を吸う。
1回もできたことがないけど、あの術式をやろう。
唱える術式は、
「"氷よ、我が杖に宿り、剣となりて敵を切れ"ーー"氷刀"」
一気に魔力が持っていかれるもなんとか意識を保つ。
杖が凍り始め、剣の形を作っていく。
完成したそれは、透明で美しい、氷の刃。
「はぁっ!」
私は一気に間合いを詰め、"炎人形"の足に向かって左薙ぎで魔力核を切る。まず1つ。
「せいっ!」
そのまま刀を翻し、ジャンプをしつつ、頭の魔力核に向かって切り上げ、これも破壊。2つ。
「たぁっ!」
一度着地し、下段に構えた刀で今度は胸の魔力核を斬り伏せ、これで3つ全て破壊。
そこまでやって魔力が切れ、私は意識を失いました。
目が覚めると、ハンモックの上に寝かされていました。
リリィが顔を覗き込んでます。
「……オハヨウゴザイマス」
「はい、おはよう。全く無茶してくれて」
かれこれ2時間ほど寝ていたようです。なんか身体に倦怠感を感じます。
「魔力切れ起こしてたんだから、怠いのは当たり前。もう少し寝てなさい。」
「……はーい」
元を正せばリリィの所為なのではないかと納得がいかなかったが怠いものは怠いので大人しく寝ておく。
「しかし、"氷刀"ね。なかなかいい魔術式だと思うわ」
「リリィの教えてくれた魔術も大事だけど、あっちの師匠の剣術も大事にしたいから。ぶっつけ本番でやる羽目になるとは思わなかったけど」
「1分持たないで魔力切れを起こすのは今後の課題ね。30分は持たないと実戦レベルじゃないわね」
「さすが"炎人形"を1日持たせる人は違いますわ……」
炎や水を飛ばしたりし攻撃する魔術と違い、"炎人形"や"氷刀"のような形作る魔術は、維持をするのにも魔力を消費していくのです。
「でも、おめでとう。氷の術式、使えるようになったじゃない」
「なんか癪だけど、ありがとう」
「いい師匠のおかげね」
「そうだね、いい師匠のおかげだね」
あははと笑う私とリリィ。
こうして今日も1日が過ぎていく。
その日の夜、氷の術式の今後の課題なんかを確認しつつ、小さい水球を作って魔術の練習をしていると、不意にリリィがこんなことを言いだしました。
「そうそう、来週街に行って領主に挨拶しに行くから。マナーとかもしっかり勉強しときなさい。じゃあそういうことで」
「へっ?」
あまりのことに、操ってた水球が床に落ちてびしょ濡れになってしまいます。
「ちょっと!?いきなり言われても困るんですけど!?」
マリー「修行シーンの後にリリィが炎刀を作ってカナデを泣かしていたことを私は知ってますし許せません」