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森の賢者 リーリィ・アイスコレッタ 3

「賢者様、こちらなど如何でしょうか」

「うーむ、やはりもっと可愛い色の方が、いやしかし魔法使いのローブは黒と相場が……」


リーリィはシナノの街の商店街にて悩んでいた。

そもそも今日はこの街にガートランド卿に会いに来ただけではない。

カナデの魔術師としての装備を買いに来たのだった。


「最近は服に合わせてローブも種類が豊富ですからねぇ。こっちの薄ピンクのローブも可愛いでしょう?」

「いやいや、あの子のオレンジの髪に合わせた時にピンクはねぇ、こっちの若草色いいわねぇ」


この店の店主にとってリーリィは上客だった。

滅多に現れることはないが、現れた時はあれもこれもと買っていくので、かなりの金額を使っていくのだ。

リーリィは金は腐るほど持っているので、この店での買い物もはした金程度なのだが、それでも店主にとっては大金だ。

その上客が珍しくて、自分の買い物ではなく、贈り物を買うのだと言ってきた。

これには店主もテンションがうなぎ登りだった。


「実際お顔を見られれば一番似合うものをお勧めできるのですけどねぇ」

「それはまだ無理。まぁそのうちに紹介するわ」


その後たっぷり1時間は悩んだ末に、シンプルな黒のローブと、赤いリボン、ついでに杖を買っていった。


この世界の魔術は、魔力コントロールと呪文詠唱によって発現する。

それ以外の方法として、魔石を介する方法などもあるのだが、高位の魔術師は杖や本などに魔術を込めることが出来る。

魔術師が弟子をとる時、自身の最高位の術を杖や本に込めそれを弟子に解かせる、というものがあった。

リーリィの持つ術でも高位の術は幾つかあるが、正直どれも使いにくいものばかりだった。

"絢爛業火(スファルソフレイム)"などはその最たるものだろう。

翼竜(ワイバーン)でさえ、骨も残さず焼き尽くす威力を誇るが、相手に触れないといけないという極端に射程の短い術だ。

そんなものをカナデに与える意味はあるのか。はっきり言えばないだろう。

とは言え、ガートランド卿と賭けをしてしまった。実際カナデに話さないのは賭けにならないから反則になってしまう。

約束を破るのは流石に違うのではないかと、冷静に考えてからあんな約束するものじゃなかったと、リーリィは今更反省した。

そんなこんなで用意してしまったのは、"絢爛業火(スファルソフレイム)"の術式を込めた杖。

ガートランド卿が用意した杖はかなり良いものだった様で、魔術を込めるのも難しくはなかった。

粗悪品ではこのような上級術はまず込められないからだ。

用意してしまったものは仕方がない。カナデは受け取ってくれないだろうが、その時は杖は破壊してしまえばいい。

そう思い少し重い足取りで、カナデが待つ家へと戻るのであった。


「あ、リリィ、おかえり!」

「た、ただいま」


妙に張り切ったカナデに、気圧されるリーリィ。

ふとテーブルを見やると、過去にカナデが作った料理の中でも、特にリリィが気に入ったものが多かった。


「ずいぶんご馳走作ったものね。なんか良いことあったのかしら?」


何か裏があるんじゃないかと勘ぐるも、カナデはそのような様子は見せない。


「何にもないよ?いつも通り。でも、後で少し話がしたいな」

「?まぁ私からも話があるから都合がいいわね。とりあえずご飯食べよっか、せっかくカナデが用意してくれたのに冷めちゃうわ」

「うん、そうだね!リリィのために作ったんだからねー」


ここまで気分のいいカナデはこっちの世界に来てから珍しかったので、隠してあった酒でも飲まれてしまったんじゃないかと勘ぐってしまう。

食事をとりながら、ブランに念話を送る。

念話は無属性の魔術だが、相性や、心から打ち解けた相手じゃないと使えないという欠点のある術だ。

ブランとは、従属の関係を作っているので念話を使うことができる。


(ブラン、ブラン。私の留守の間カナデに変なもの食べさせてないでしょうね?)


ブランは2人の足元で専用の食事をとりながら、念話を送り返した。


(主、カナデ様の前で話せない私が何を食べさせることができるとでも?)


ブランは人化出来ることをカナデに教えてはいない。主であるリーリィがそれを止めているからだ。


(しかし、カナデの様子がどうもおかしいじゃないの。酒でも飲んだか変なものでも食べたのか……)

(それについてはカナデ様からお話があると言われたじゃないですか。まずはカナデ様の話を聞いてください)

(う……わかったわ……)


ブランがまともに取り合ってくれないので、何があったかと心配になり、リーリィは気分が落ちていった。


「リリィ?もしかして美味しくなかった……?」


それが表情にも出ていたのだろう。カナデに余計な心配を与えてしまう。


「い、いや!美味しい!美味しいのよ!?これもこれも前に私が好きだって言ったやつだし!」

「それならいいけれど……美味しくないならちゃんと言ってね?」

「う……うん……」

どうにもギクシャクとした食事はこうして続いていった。


食事を終えて、一息ついた後に、どちらからというわけでもなく無言の気まずい空気が流れてしまった。

リーリィもカナデもそれを打破しようと、試みる。


「あ、あの、リリィ?」

「そのカナデ?」


息がぴったりだと言えばいいだろうか、2人の声が重なり、またもタイミングを逃してしまう。

その様子を見ていたブランが、やれやれといった様子で、リーリィの膝に飛び乗る。

その衝撃に「ぐふっ」と声を出してしまうが、それを見たカナデが「ぷっ」っと吹き出して笑った。


(サンキューブラン)


と念話で感謝を送り、改めてカナデに話を切り出す。


「あ、あのねカナデ」

「は、はいっ」


リーリィは指を縦になぞり、何もない空間から荷物を出していく。

"収納(クローズ)"という無属性の魔術で、大量の荷物を仕舞っておける魔術だ。

そこから、帰りがけに買ったローブとリボンを出してカナデの前に置く。


「リリィ?これって……」

「中級魔術使えるようになったでしょう?そのお祝い」

「え……嬉しい、ずっと大事に使うね!」


ローブとリボンを胸の前でぎゅっと抱きしめ、笑顔でお礼をするカナデ。

この後のことを考えると、手放しでは喜べないリーリィだったが、このカナデの笑顔は反則だろうと、内心ではすごくニヤニヤしていた。


「ねぇ、着てみてもいい?」

「あぁ、いいわよ。カナデに着てもらうために買ったんだからね」


そう言ってカナデは今着ているワンピースの上からローブを羽織り、初めに来た時から少しだけ伸びた髪を後ろで括る。


「どう、リリィ?似合う?」


くるっと一回転して見せるカナデはとても可愛らしかった。

リーリィはニヤニヤが顔に出そうになるのを必死に堪えながら、告げる。


「うん、よく似合うわ。けど、ちょっと物足りないわね」


カナデはすぐに何が足りないかわかったようで、


魔法杖(スタッフ)ね!今部屋にあるからもってーー」

「待ちなさい」


部屋へと戻ろうとするカナデを引き止め、リーリィは覚悟を決め、"収納(クローズ)"から2本の杖を取り出す。


「これは……?」

「あの魔法杖(スタッフ)はもうボロボロでしょう?そもそも誰が使ってたかも分からないのだからね。だから杖も用意したの」

「でもなんで2つ……?」


リーリィは意を決してカナデに告げる。


「いいかい、よくお聞き。1つは魔術師初心者が扱う普通の杖。なんの変哲も無いただの杖。

もう1つは、私が魔術式を込めた特別な杖。私の使える魔術の中でも強力な、"絢爛業火(スファルソフレイム)"を組み込んである」

「なんで……そんなものを……」

「魔術師の習慣でね、師は弟子に自らの持つ上級魔術を込めた杖や本を贈り、それを杖無しで使えるようになれば1人前だ、という風習があるの。私がカナデに魔術を教えたのは自衛のためだから、どう思ってくれてるかはわからないけれど……」


言い切る前に、カナデは"絢爛業火(スファルソフレイム)"の組み込まれた杖を手にする。


「カナデ!?それを持つ意味を分かっーー」

「私の話というのは、リリィのことを魔術の師匠と呼んでいいか、というものです。この杖を受け取れば私は晴れてリリィの弟子です。私にはこっちの杖を選ばない理由がありません」


凛とした声ではっきりとリーリィに告げるカナデ。

その瞳には一切の迷いがなかった。

初めからリーリィの取り越し苦労だったと言う事だ。


「うぅ……カナデ……ありがとう……」

「お礼を言うのはこっちです。師匠になってくれてありがとう……」


2人は泣くのを堪えきれず、抱きしめあって泣いた。

この日、2人は改めて師弟という絆を得ることができた。


そのおかげで、後日リーリィが苦労するのはまた別のお話。

マリー「リリィちゃんとカナデちゃん2人で抱きしめあって……マジうらやま」

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