転生者 カナデ 3
私がリーリィ、いや、リリィに保護されてから早くも3ヶ月が経とうとしていた。
最初の日にこの世界のことをざっと教えてもらった後、ずっとお世話になるわけにもいかないので、早々に出て行こうとしたのだけれど、「この家から離れて結界の外に出たら魔物に襲われて死ぬよ?それとも昨日みたいに盗賊に捕まりたい?」と驚かされて、泣き出してしまいそうだった私に、「とりあえず半年ここで暮らしなさい。その間にこの私、リーリィ・アイスコレッタがあなたに生きる術を身につけさせよう。その後のことはそれから考えるといい」と言われ、まず半年ここで暮らすことを決めた。
その間世話になりっぱなしになるわけにもいかないので、リリィの手伝いを買って出たものの、「魔術も使えないあんたが何を手伝うっていうのさ?いいからおとなしくしときなさい」といわれ、この家の掃除や、毎日の食事を作るぐらいしかできなかった。
ちなみに食事は材料が限られていたので大層なものは作れなかったけれど、それでも前世の知識を活かして作った料理はリリィには好評で、「なんでも美味しく料理できるなら魔物でも料理できるわね!」と巨大な猪型の魔物を狩ってきたことには本気でどうしようかと思い悩んだ。
その傍で、リリィは私にこの世界のこと、魔術の使い方、生きるための術、無駄知識、ありとあらゆることを教えてくれた。
特に魔法を教えてもらうのはとても楽しかった。
この世界の魔法は、全部で8つの属性に分かれており、5大属性となる、火・水・雷・土・風。5大属性は順番にも意味があり、先の並べた順の左の属性が弱点属性の関係になる。その他に、お互いに反発作用を持つ光と闇。最後にこれらのどれにも属さない無属性となる。
一般的な魔術師、魔法を得意とするものは5大属性から多くて2つを使うという。光と闇は使えること自体が珍しく、無属性はそもそも誰でも使えるのだとか。その中でリリィは全ての属性を使って見せた。
ハイエルフとなった際に得た暴力的な魔力量と山のようにある時間のおかげで全属性を操るに至ったという。ただ全てを自由自在かといえばそうでもなく、水属性はかなり苦手なようだった。
逆に火と風と闇の魔術は最も得意らしく、これだけでも並みの魔術師よりも凄いことらしいのだけれど、あいにく魔術師をリリィ以外に知らない私には実感が湧かなかった。
さらに言えば、私自身も水、風、光と3つも適性があったので、特訓次第で全属性コンプもいけるんじゃ?と思わせるには十分だった。
まぁ3ヶ月かかってそれぞれの属性の初級術を使うのがやっとなんだけどね。
そんなわけで空いた時間は専ら魔術の練習を行っている。
リリィは何やら用があると、朝早くに出かけていった。なので双頭の魔犬、オルトロスのブランを相手に魔術の練習を行う。
ボロボロの手のひらから肘ぐらいまでの長さの短い魔術杖ーーリリィが家のどこからか余ったものを引っ張り出してきたーーを構え、詠唱を行う。
「"水よ、目の前の敵に攻撃せよ"」
唱えると同時に身体の魔力が杖に集まり、杖から水鉄砲ぐらいの勢いで水が飛んでいく。
ブランがその水を全身に浴び、気持ち良さそうに身体のブルッと震えさせ全身の水気を飛ばす。
「……そうじゃないのよブラン。水遊びがしたいんじゃないの……」
ブランはもっとやれと言わんばかりにこちらを見てくる。ちょっと悔しいので、密かに練習していた強めの術の詠唱をする。
「"水よ、我が前に集まりて、塊となりて敵を撃て"ーー"水球弾"!」
さっきの水鉄砲なんかよりも大きな水の塊をブランに向けて飛ばす。正直並みの人間程度なら殺せてしまう威力はあると思うのだけれど、ブランはそれを体当たりで全身に受け、気持ち良さそうに水浴びに興じている。あの子犬ほどの小さな身体のどこに、水の塊を吹き飛ばす力があると言うのだろうか。
その様子と、結構な魔力を使ったことにどっと疲れてしまい、私はその場にへたり込むしかなかった。
この世界の魔術はリリィ曰く、魔力を使って願った先にあるものらしい。
魔力を込めて、願いーー呪文ーーを唱える。それだけで魔術は使える。なのに魔術師の数は少ない。
何故ならば、そもそも魔力を使うこと自体がとても難しいことだからだそうだ。
魔力を使えること自体が一つの才能であり、先の水鉄砲ですら、習得に年単位が必要になるとか。
ならば何故私が3ヶ月でここまで魔術が使えるのかといえば、何故かはわからないがこの身体は初めから魔術が使えたからだと言える。
だから後は、魔力のコントロールの訓練だけだった。
ちなみに普通はどうするかというと、自らの魔力を必要としない魔石を用いて魔術を使ったり、魔術を使うための練習をしたりするそうだ。
魔石というのは魔獣を倒した時にたまに出るもので、これ自体に魔力が宿っているので、簡単な魔術なら魔石があるだけで魔力無しで使うことができるので、魔石を組み込んだ魔道具と呼ばれる物もあるそうだ。
ただし魔道具は作るのが難しいらしく、一般には普及していないらしい。
リリィはどこからか調達してくるので、あの家には冷蔵庫もコンロも、果てはドライヤーまである。まさに至れり尽くせりだった。
リリィと暮らしたこの3ヶ月間は、とても楽しかった。
リリィは私にとてもよくしてくれた。口では厳しいことを言うけれど、私のためにこの世界のことや魔術を教えてくれたり、生活するために必要な道具や服をどこからか買ってきてくれる。今着ているワンピースもリリィが買ってきてくれたものだ。
見ず知らずのはずの私に対して、まるで姪っ子を愛でるかのように可愛がってもらえている。
その生活は前世でおじいちゃんと暮らしていた時と同じくらい楽しかった。
おじいちゃんと重ねている訳ではないけれど、それでもリリィは私にとって恩人で、大切な人で、尊敬できる魔術の師匠だ。
リリィが帰ってきたら、師匠と呼ばせてもらえるように頼んでみよう。
ブランの毛を撫でながら、そう心に決める。
そうと決まれば、晩御飯を作りながらリリィを待とう。まるで新婚の新妻の気分になりながら、リリィの帰りを待つことにした。
マリー「ちなみに私は火と光が一番得意です。カナデちゃんマジ天才」