転生者 カナデ
気がつくと、台座のような場所の上に寝かされていた。
不思議な感覚だったけれど、なぜか人為的に寝かされていたのだとわかる。
感覚的なものだからこれ以上を語れと言われても私にもわからない。
……『私』?
よし、一旦落ち着こうか。
まず、辺りを見回す。
だいぶ朽ちている建物のようだけれど、教会のような施設っぽい建物のようだ。
その祭壇の上に寝かされていたということは私は生贄か何かにされていたのか。祭壇も石造りの質素なものなのでずっと寝ていると身体が痛くなりそうだ。
だけれど明らかに何十年も人の手が入っていないような建物で生贄も何もないような気がするのだけれど……。
まさか、そういう人気のないところでそーいう行為を行おうと……。
いやいや、『私』は男だ。……男だ?何か引っかかるものがある。
何かを思い出そうとしようとすると頭が割れそうに痛くなるけれど、状況を打破するためにもこれは必要なことだ。そう思い、ここで眠る前だろう記憶を無理やり呼び起こす。
頭に浮かぶのは、ビル群のネオンの光。気持ちの悪い周りの人間。そして最後に、目の前に迫るアスファルト。
あぁ、そうか。『俺』はビルから飛び降りて自殺をしたのだった。思い出そうとすると頭が痛いのは、最後の死ぬ際に頭から潰れたからだろうか。
だとしても、その記憶を持ったままこの協会にいる意味がわからない。
死後の世界というには石の上に寝ていたせいか身体の痛みの現実感があるし、私はこんな場所を知らない。
……それから、この一人称もなんだかよくわからない。生前ーー1度自殺をして死んだ覚えがあるから生前でいいだろうーーの一人称は『俺』と言っていたはずなのに、今は何故だか私と言う方がしっくりくる。無理やり『俺』と言えなくもないけれど、使った時の違和感が本当に酷い。あぁ、もう。いちいち自分のセリフに違和感を覚えていても煩わしいのでここはもう『私』でいい。
とりあえず他の状況を見て回ろうか。身体を起こし、祭壇から降りてふと後ろを振り返る。
ボロボロのステンドグラスには何か女神のようなものが描かれてあり、その下には花をモチーフにしたのだろうかかなり大きい水晶の細工が飾られて、いや祀られている。
その水晶を覗き込むと、私の顔が映った。私は言葉を失った。
そこに映っているのは、生前の最後の記憶にいる、女神と名乗っていた少女、マリーゴールドと同じ顔をしていたのだから。
水晶細工に映る自分の姿にひどく驚いた。
まずは髪。肩まで届かないショートカット、ボブカットとでも言っただろうかそれは、おそらく天然でパーマがかかっており、まるでマリーゴールドの花のようだ。女神マリーゴールドとの違いは、黄色ではなくオレンジに近い金髪といったところだろうか、黄色というには多少くすんだ色だ。
顔はよくよく見れば、ほんの少し生前の自分に似た部分もあるが90%はマリーゴールドと同じだ。
身体を見れば、生前の自分にはない胸の膨らみと股間にあったものがなくなっているということに多少落胆する。
多少で済んでいるのは、意識の半分が自分は元から女だったと思っているからだ。これはさっきから感じている一人称の変化から見ても間違いない。
服も白いワンピース一枚だけで、靴すらはいていなかった。その割には胸元に立派な銀細工の花のネックレスがある。マリーゴールドの花がモチーフだろうか。
一旦深呼吸をして落ち着こう。大きく息を吸って、それをすぐに吐き出す。
「ふぅ」
少し溢れた声は、やはり少女然としたソプラノの可愛らしい声だった。
客観的に見れば間違いなく美少女なのだけれど、結局は自分だと認識しているので何の意味も感じない。
他には瓦礫ぐらいしか見当たらないので、取り敢えず先の祭壇に腰を降ろして考える。
女神マリーゴールドは転生させるようなことを言っていたはずだ。結果が今の身体なのだろう。
後で会おうと言った割には現れないクソ女神にイラっとしたがそれは置いておく。
それからチート能力みたいなのは今の所感じない。ラノベとかだと脳内に「スキルを獲得しました」とかみたいな声が流れたり、自分のステータスが見れたりなんてのがあるけれど、そういった類のものはないらしい。
1人で「ステータス!」って叫んでただ声の反響だけが聞こえたさっきの出来事はできればすぐに忘れたい。
だとすると、この過去の記憶があるというのがチート特典だろうか。
だけれどそれも曖昧だ。生前の知識ははっきりと思い出せる。けれど思い出は出てこない。どうせ碌なものじゃなかったはずなので特に構わないが。変わりにこの身体の、女としての知識はあった。知り得ないはずのトイレの仕方だったりブラのつけ方だったり生理の対処だったり、知りたくなかった知識が山ほどあった。
要約すると生前と今生の知識は持ち合わせているが、エピソード記憶、思い出に類するものがひどく曖昧だ。はたしてこれはチートと呼べるのだろうか。個人的にはNoだと思うが。
小一時間ほど座って考え事をしていただろうか。何やら周りが酷く騒がしい。
さすがに気になるので祭壇を降りると、正面の入り口からぞろぞろと汚らしい男どもが入ってきた。
汚らしいというのは前世基準なので、この世界では普通かもしれないが、どうみても盗賊とか山賊とかにしか見えない。
「ぐへへ、お頭ぁ!ちょっと散らかってますけど充分休めそうですぜ!」
なるほど、察するに休める場所を探してこの協会?を目の前の子分が見つけたというところだろうか。
……あれこれやばいんじゃないか?
盗賊であるならばある程度鍛えられた男が数人に対して、私は武器も何も持たない少女だ。
前世の知識ーー主にサブカルチャーの大人向けの薄い本で得た知識ーーが完全にやらしいことをされるコースだと告げている。
一刻も早く隠れないとまずい!
そう思い後ろを向くも、すでに目の前の子分Aには見つかっているのであって……
「へっへっへ、お嬢ちゃんはなんでこんなところにいるのかなぁ?」
考えてる間にさっさと近づいていたらしく、あっさりと捕まってしまった。
えーと、状況をもう一回整理しよう。
私は今祭壇の上で、目隠しに猿轡、両手足を縛られた状態で寝かされている。最初よりも生贄感が強くなってます。
盗賊は多分5人ぐらい。声から察するにそれぐらいだけど、全員揃う前に目隠しされたので正確な数はわからない。
いや、わかったところで今の私に何ができるというのか。こんな寂れた教会、しかも盗賊が来るということは街や村みたいなところからは相当離れているのだろう。
明らかに助けが来る気配なんてなかった。
盗賊達は私を放って酒盛りをしているようだった。
「いやぁ、いきなり太陽が隠れて暗くなるもんだから焦っちまったぜ」
「全くだ、なんかの前触れとかじゃないといいんだけどな」
「ところでお頭、ちょいと相談なんですが」
「おう、どうした。この酒なら俺んだからやらねーぞ」
この声はさっきの子分Aだろうか。何やら親分に相談事をするらしい。
「あの俺が見つけた女なんですけどね、ちょいとつまみ食いしてもいいかなーって」
「てめぇ!んなの俺だってヤりてぇよ!」
あ、ダメだ。やっぱやらしいことされること確定だわ。
「まー落ち着けおめーら。俺はあんなガキ興味ねぇからなぁ」
おっと?親分さんがやらしいこと回避してくれる?
「なるべく綺麗なまま奴隷商に売って大金にしてぇと思うわけだよ。そっちの方が好きな女を抱けるってもんよ」
アウトー!完全にアウト!ていうか奴隷とかいるのこの世界!?それもうそーいうことよりも酷い目にあうフラグじゃないですか!
「さっすがお頭だぜ!でもあの女も結構いい身体してると思うんすよー」
なおも交渉する子分Aだったけれど最終的には却下されることとなる。
私はいつの間にか泣いていた。
怖い。知らない世界が怖い。この盗賊達が怖い。何をされるかわからないのが怖い。前世で自殺する前の方がよっぽどマシな気分だった気がする。あの頃は心が壊れていたからだろうけど。
今は多分この少女の記憶や知識を取り込んでいるから前世よりも心が壊れてはいない。それが悪かった。
微妙に治った心にこの状況は荷が重い。
ましてや今は女の身だ。当然力では敵わないし、これでは逃げることすらできない。
女としての知識が、この後に起こるであろうことを予測させる。前世の記憶が、それよりもさらに酷い予想を立てる。
私は恐怖し泣くしかなかった。
もうどれだけ時間が経っただろうか。
盗賊達のぎゃははぎゃははという笑い声がずっと聞こえている。その笑い声すら今の私には怖かった。
突如その笑い声は悲鳴へと変わる。
「ぎゃああああああああ!!!」
「熱い!!熱い!!死んじまうよおおおおおおお!!」
周りが見えないのと、祭壇が盗賊達と意外と距離があるので、熱い熱いと騒ぐ意味も何もわからなかった。
突然の状況の変化はさらに私を恐怖へと突き落とす。
「て、手前はいったい……」
「"ーーーー"」
「ぐああああああああああ!!!」
ついに親分までもが何かにやられたようだった。
悲鳴が聞こえてから数分経った後に、音も無く近付いた誰かが私の目隠しと猿轡をとる。泣きじゃくってぐちゃぐちゃの顔が相手に見られてしまう。
「あら、酷い顔ね。もう大丈夫よ、『カナデ』」
最後に見たその顔は、私よりもさらに幼く見える、まるで小学生の女の子だった。
そこで私の意識は1度落ちてしまった。
マリー「諸事情により、しばらく出番がなくて暇を持て余すのが私です」