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第6部:踏んで下がって引き摺って


  ○  ○


 わたしが家に戻ると、そこでは博士が揺り椅子に座りながら転寝をしていた。


「う、ん……もう、終わったのかね?」


 ドアを閉めたところで我に返ったのか、博士が寝ぼけ眼でわたしを見る。


「えぇ、全滅させました。大した相手ではありませんでしたよ」


 淡々と答えると、そうか、と博士は笑う。


「まぁ、君のやることだから、負けるとは思っていなかったけどね……それとも、負けることが望みだったかね?」

「望んでも、叶うことと叶わないことがありますよ。そして、これは絶対的に後者です」


 これに対しても、そうか、と博士は答えるだけで、懐から葉巻とナイフを取り出す。

 そしてナイフで葉巻の先端を削いで口に咥え、マッチで火をつけた。


「そういえば、聞き忘れたことがあったよ」

「なんですか?」


 すぅ、と博士は大しておいしくなさそうに煙を吸い込んで、


「――なぜ、君はそうまでして死にたがるのかね?」


「…………」


 沈黙。

 暖炉が赤々と燃えているのに、室内の温度が低く感じられた。


「生きたいというのなら、話は分かる。理不尽な終幕に恐怖は付き物だからね。だが――〝死〟に縋る理由は何かね? 我々では想像もつかない、行ったら最後、戻ってはこれないであろう世界に踏み出そうとするのは、どういった感情から来るモノなのかね?」


 博士は、まっすぐにわたしを見ていた。


「永遠の生は存在しない。あるのは永遠の死だけだ。それにしたって定かではないし、転生、あるいは地の底の獄に堕ちた永遠の苦痛だけがあるのかもしれない。それなのに、君は〝死〟を求めるのかい?」


 眠気は吹き飛び、哀しげにわたしを責める目。


「少なくとも、〝死〟を救いと決めるのは間違いだろう。それじゃあ、神の本質を知らずに曖昧なまま縋り、妄信する宗教信者どもと同じだ。いや、前向きな行動をとることすらしない分、連中より性質(たち)が悪い」


 ぷかり、と吐いた煙が輪っかを描く。


「鬱を患って隔離病棟にぶち込まれた人間ならばとにかく、君が賢く、そして偏見に囚われるような子じゃないということは、記憶を失っていても分かるんだ」


 僕には、と。

 そう、博士は言って。


「……分かりません」


 わたしは答えた。


「分からないんです、何もかもが」


 分からない、というのがわたしの答えだった。


「わたしは、たくさんの人を殺しました。たくさんのモノを壊しました。それでも、〝死〟は他人に訪れるだけで、わたしにやってきてはくれませんでした。ただ、わたしが殺したたくさんの可能性の上で、わたしのすぐ傍で浮かぶだけなんです」


 何もかもが、分からなかった。


「だけど、許されないとだけは思えたんです……生きている、とは言えないにせよ、不老で不死身なんて、世のルールに反しているんですから。たとえこの世界がどんなに不良品でも、わたしが壊し、蹂躙していいモノじゃないはずなんです」


 だから、


「――わたしは、いない方がいいから。だから、壊れたいんです」


 わたしに欲望は無い。渇望も無い。

 0と1とが生み出す世界は、わたしにそれを与えなかった。

 だから、編み出したのは〝最適解〟。

 世を良しとするために、わたしが何をすべきなのかを求めた。

 その結果が、早急かつ確実な〝死〟だというだけの話だ。


「……そんな目で、世界を見てきてしまったのか」

「え?」


 いや、何でもない。

 博士はそう言って、目を逸らし、俯く。

 だけど、再び顔を上げた博士の顔には、笑顔があって、


「よいしょ……っと」


 揺り椅子から立ち上がってぐぐーっとのびをしては凝り固まった体をほぐす。


「まぁ、構わないよ」


 博士は言った。

 言って、葉巻の先をテーブルの上の灰皿に押し付け、火を消して。


「君を、壊してあげよう。その努力をしよう。君を、君の望む幸いに導くために」

「……ありがとうございます」

「それと」

「それと?」

「これから僕は夕飯を作ろうと思うんだが……一緒に食べるかね?」

「い」


 いえ、と言おうとして、だけどわたしは思い直し、


「はい――いただきます」


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