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私の平穏はどこにある!?   作者: 崎坂 ヤヒト
二章
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商会取引②

今、私達は商隊の応接間らしき場所に通されていた。

応接間と言ってもテーブルと椅子を持ってきて、空いてる場所に広げただけだが。

そこに私達は三人並んで座っている。


「いやー。君とは今朝の噂を聞いてから是非話したいと思っていたんだが。まさかその日のうちにそちらから来てくれるとは思わなかったよ。実は君の働いてる宿に行って話を付けようと考えていたんだけど、無駄だったね」

「は、はあ……」


通された先にいたのは分かっていたが、この商隊の長を勤めている男性だった。

ヘンレさんと言って、いかにも商人という感じの、小太りの人だ。ちなみに禿げてはいない(=薄い)。


「あのー、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

「何かな?」


そこで挙手したのリックだ。

リックが自分から何か聞くのは珍しい。いったい何を聞くつもりなのか。


「メリルちゃんが天使って呼ばれているらしいんですけど、どういうことなんですか?」

「………」


リック。今それ絶対関係な……くもないかもしれないけど。ちょっとズレてると思うよ?

私はそう思ったのだが、この長さんはそれを聞くとむしろ興奮した。


「そうっ、それだよ。メリルちゃん、今君は経営も芳しくなかったおんぼろの宿屋に舞い降りた一人の天使なんて呼ばれ方をしているんだ!」

「…………なんで?」

「主な理由は二つだねっ」


長さんは二本の指を見せてきた。

テンション高いなぁー。


「一つ目はこれは単純に、メリルちゃんは可愛いってことだね。ずっとむさい空気にさらされていた者からするとまさしく天使のように可憐に見えたんだろう。いや普通に会っても十分に可愛いと思うけどね」

「はぁ……それは、ありがとうございます」


分かりやすい世辞だなぁーと思いながら私は話を聞く。


「それで二つ目。君の料理だっ。あれはまさしく革命のようだったよ。一口食べて世界が変わったね!」


長さんは大絶賛しつつ、その味を思い出してか軽くよだれが垂れている。

ていうか食べてたんだ。

あれ? でも。


「長さん、私の宿に泊まってませんよね?」

「ああ。メリルちゃん、サンドイッチって料理を土産って形で売ってただろ? それで商隊の仲間がたまたま買ってきてね。私の口にも入ったという訳さ」


あー。そういえばそんなことしたっけ?

朝があまりに忙しくて、客をさばいていられないからサンドイッチだけを頼むお客さんはまとめて片付けてた気がする。

それが相手には『お土産』と取られたのだろう。

で、リックはこの説明を聞いて「へぇ~」と笑っている。

なんかどうでもよさそうだ。

たいして興味なかったんなら聞かなくていいでしょうに。

まあ、リックのことは一先ず置いておこう。

大事なのはヘンレさんがどうして私を呼んだのかと言うことで。


「メリルちゃん。私としては君にはぜひともうちで働いて欲しいと思っているんだ。最低でもレシピを、サンドイッチのレシピだけでもいい。あの柔らかいパンはどうやって作ったのか教えてほしい」


ふむ。大体予想通りの話だ。

まず働くと言うのは文字通り、料理を作ってくれということだろう。

商隊の調理係と、おそらく作った料理、サンドイッチなんかも商品として扱うつもりなのだろう。

レシピを売ってほしいと言っているのがその証拠だ。

ふむ。では少し考えてみよう。

商隊でしているのは文字通り商売である。

そこでは給料が必ず出るし、私の生活系の【スキル】もきっと活かせるだろう。

商隊でなら【ポーション】だって売れるかもしれない。いや、絶対売れるだろう。

一見良いことづくめだ。

まさしく私の理想と言っていいかもしれない。………しかし、この話には問題点がいくつかあるのをお気づきでしょうか?

まず、ヘンレさんは商隊の長だ。商隊とはあちこちを回る商いをしている商人の集まりのである。

当然そこには危険も多く、常に移動し続けるので安住はあり得ない。

この時点で、大分私の理想からは外れているのだが、問題はそこからだ。

もし私が商隊に入った場合の稼ぎについて。

それは当然私の……なんてことはない。

商隊とは一つの組織だ。

そこでは給料という形で、職員に働きに応じた報酬を与えられる。

だから私自身がいくら稼ぎを出してもそれは商隊の稼ぎであり、おそらくそこから何割かが私のお給料として入ることになるだろう。

つまり。


旨みうっす!!

ということだ。

……だめだ。これでは私の理想とは程遠い未来しか得られない。

おまけに一度仲間に加わればレシピの提供は当たり前であろうし、そしたら後から抜けたとして、私の強みはなくなってしまっていることになる。

…うん。ないな。


「加入の話は無しですね。私にとってのプラス要素があまりないので。レシピに関しては今から相談って形ですかね? レシピというのは一度教えてしまえば価値が一気に下がってしまいますし。利益がどの程度見込めると思っているのか、その辺を話し合いましょう」


私はきっぱり断る。

だが、ヘンレさんは始めから断られると思っていたのかあまり気にしていなかった。

むしろレシピを売ってもらえると分かって嬉しそうだ。


「やはりだめか。まあ分かってはいたよ。私でも君の状況なら断るだろうし、レシピを売ってもらえると分かっただけでも行幸と思うべきだろう」


そこから私はヘンレさんと話を詰めようとして。


「なあ」

「なに?」


カーダが小突いてきた。

いったいどうしたんだろう? せっかく良さそうな取引が出来そうだったのに。


「お前、そのレシピって売っていいものだったのか? 他の連中が頼んでも断ってただろ」

「あー。なんだ、そんなこと」

「いや、そんなことって、重要だろ?」


カーダは本気で分かってないらしく、私は仕方なく教えてあげることにした。


「いい? まずなんで町で迫ってきた人達にレシピを売らなかったのかだけど。これはうま味がなかったからだよ」

「うま味?」

「そう。まず最初に、あの人達にはお金がないの。これ、なんだか分かる?」

「は? ちょっと待て。なんで金がないって分かるんだよ?」

「町の発展具合を見れば分かるよ。それにご飯の味を考えたら飯屋に入ろうとする人も少ないだろうしね。で、なんで売らないのか分かった?」

「……たいして高く売れないからか?」

「正解。どんなものでも出来るだけ高いお値段で売りたいと思うのは当たり前でしょ」

「でもそれなら、数では向こうの方が多いんだから合計すれば…」


私はニッコリと笑って、その頬をつねった。


「いででで」

「この馬鹿。本当に馬鹿だね、カーダは。レシピだよ? 普通のとは違うんだよ? 分かる? レシピっていうのは『知識』を売るってことなの」

「ひ、ひひぃき?」

「そう」


頬をいっぱいに伸ばして、離す。

カーダは「てー」と言いながら頬をさすった。

私はちらりとヘンレさんを見ると、ヘンレさんは「よく分かってるね」と顔で言っていた。

どうやらカーダにちゃんと説明する時間はくれるみたいだ。


「知識っていうのはものじゃないんだよ。だから現物は存在しない。それでいて簡単に広がっちゃう危険な物なの」

「でもレシピはだろ?」

「そうだね。問題はそこ。レシピっていうのは『知識』を『形』にしたものなんだよ。そしてたちの悪いことに危険性は『形』になったことでむしろ増してるの。誰かの目に留まればそれで奪われちゃうからね。ここまで言えば分かる?」

「……一人に教えると、もう他の奴には売れなくなる」

「正解。もし他の人に売るのなら、その知識を口外しないって契約してもらわなきゃダメなの」


メリルのこういった知識は、みんなネアに教わったものだ。

あの頃は良く分からなかったけど、一度外に出てみるとその意味が良く分かる。

ネアの教育はちゃんと生きているようだ(メリルの精神がいくらか大人びてる理由の一つかもしれない)。


「わ、分かった」


カーダは理解した、という旨で頷きを返してきた。

おそらく理解したのは内容ではなく、メリルの邪魔はすべきでないということの方だろうが。あえて追究はしないでおく。

もうちょっと説明することがあったのだが、カーダの頭が追いつかないのでは仕方ない。

私はヘンレさんに向き直り、商談に入る。

ヘンレさんは、分かってますよ、と言うように契約書をぴらぴら見せる。

うん。良かった。流石にこの人は分かってる。

この商隊にレシピを売ると決めたのはシステムがしっかりしているからだ。

ヘンレさんがここに来る前、書類に目を通していたのをメリルは目撃していた。

メリルの体は目が良いのだ。その書類が契約書であることまで遠目ながらに確認できた。

それがあったので私は迷う事なくここで売りに出すことに決めたのだ。

ギルド受付のミラさんからはこの商隊はなかなかお金を持っているという情報も既に得ていたりした。

と、言う訳で。

ここからは――――戦いだ!


「ではヘンレさん。取引をしましょうか」


ニッコリと笑顔を作って私は商談を始める。

それにヘンレさんも笑顔で返した。

ただし、私はヘンレさんの顔付きが変わったことを見逃さない。

これは、ちょっと足を滑らせると……喰われるな。




はい。という訳で交渉の結果をお伝えします。

え? 過程?

そんなものありませんよ? ただお互いの要望を伝えて、調度いいゴールを探して話を詰めて行っただけです。

駆け引き? お互いに条件出し合って了承しあって終わっちゃいましたが何か?

ちなみに交渉の結果は以下の通りです。



1、まずレシピは一つ基本金貨5枚で売買することとする。

これは料理の簡易性、味、素材の手に入りやすさを考慮し高低することとする。

ただし多少の変化を付けた改良版等はまた別で行う。


2、商隊側は買ったレシピで商売することは構わないが、むやみに広めてはならない。ただし、貴族など上流階級の情報漏洩を防ぐ契約を立てられる相手は別とする。


3、メリル側も同じく、むやみにレシピの販売をしてはならない。ただし、メリルがどこかの商会や組合に所属し、その中で知識共有を行うのは別とする。また、所属した段階でメリルの制限は解除される。ただしやむを得ない場合を除き、今契約日から最低二年はヘンレに売ったレシピの漏えいは禁止する。


4、商隊側は今回レシピを買うにあたり、同時に下処理のレクチャー書を金貨10枚で購入すること。これを買わなければメリルはレシピを商隊に売らない。


5、今回メリルからレクチャー書と、レシピを三種購入するにあたりレシピとレクチャー書が本物かを判定するため、メリルは商隊の炊事担当二名に講師をする。(初回のみ)


まあこんなところです。

とりあえず順に説明すると。


1つ目、これはまあ、普通の交渉結果だね。お互いに相場と利益について話し合った結果、こうした取り決めになったという話。


2つ目、これは商品の価値を落とさないようにするための配慮。適当にばらまくとすぐにただの紙切れになっちゃうからね。販売には必ず契約書を用いることにした訳。ヘンレさんの案だけど…。


3つ目、これは仕方ないよね? だってもし私がヘンレさんと敵対する組合に入ったとして、そこでヘンレさんとの契約があるから仲間でも教えられません。なんてなったら自分の利益も上げにくいもん。ヘンレさんは渋ってたけど最終的に押し通した。あと、実はこれ私が自分で組合作っても解除されるんだよね。むしろそうした方が私の利益が高い。レシピを自分の好きにできるからね。この制約を立てたことで実は私の制限ってほぼなくなってるわけです。ふふふ。

まあ、すぐに気づかれて二年間はするなっ、て契約もついてるけどね。


4つ目、これは本当に仕方ないと思うよ? レシピだけ買っても分からないこと多いし、前提条件として調理方法をマスターしてもらわないといけないからね。


5つ目、これは……まあ、押し通されたね。技術は本より実際に見た方あ早い。もちろん私は不正をするつもりはない。ヘンレさんもそれは分かっているのだろう。ただ、レシピを見て頑張って再現するよりもついでにいくつか教えてすぐに使い物になるようにしてくれ。という願いが伝わってくる文だ。



「ひとまずこんなところかな」

「ですね~」


はー、疲れた。

まあ双方納得できる形にはなったということかな? 手間をかなり増やされたけど。

ヘンレさんも「押し売られた」みたいな顔してるし。ちねみにレクチャー本のことね。

本当はもうちょっとくらい安くするはずだったんだけど、試しに吹っ掛けたら意外にヒットしちゃって、「冗談なんだけど」と言う機会を逃し、そのまま金貨10枚なんて高額になったんだよね。やればできるもんだ。


「じゃあ、レクチャー本とレシピは模写の必要がありますから今回は契約書の記載だけで。あ、その文も追加で契約書に書いときますよ?」

「…………わかったよ」


流石にオリジナルを渡すわけにはいかないからね。ここら辺もしっかり書いておかないと。

それから程なくして、私たちの取引はひとまず完了。

物品の受け渡しは三日後ということになった。

商隊が町を出ていく二日前である。

それまでに私はレシピとレクチャー本の模写を済ませなければならない。

護衛の件はもちろんすんなり通った。

むしろ旅の間にある程度炊事担当と話をして、できる限り技術指導をしてほしいとのこと。

きわめて順調順調♪

私はなかなかの儲けに鼻歌を口ずさみながら商隊のテントを出ていく。


「随分うれしそうだね」

「?」


テントから出ると、そこには案内をしてくれた、最初に声をかけてきたお姉さんがいた。

お姉さんは商品らしきものが詰まった箱を抱えている。


「その様子だと、取引は長が負けちまったのかい?」

「いえ。互いに取るところは取った、って感じですかね? 互いに良い取引だったと思いますよ」


というのは嘘で、実際は7、3くらいでメリルが噛り付いてたりする。

それでも商隊側は未知の知識と技術を学ぶ、というこれを逃したらもう機会がないかもしれないチャンスを無にしたくなく、甘んじて噛みつかれて見せたのである。相手からしたら内心でほっとする結果だった。

そしてメリルはそれをしっかり理解しており、目の前のお姉さんも笑顔を返しつつ、その笑顔は微妙に引きつっていた。


「ところでそれは商品ですか?」

「ん、ああ。そうだよ。今日はもう店終いだからね。片づけるところなんだけど、見てく?」

「んー、どうしよ?」

「ここで振るのかよ……」


今日、取引中は一切口を利かなかった、いや開けなかったカーダ達はようやくまともな呼吸ができるとほっとしていたところだった。

正直精神はメリルよりもずっと疲弊していたりする。

ただ、お姉さんが持っていたのは雑貨、の中でも取り分け特別な種類のものでどうやら魔道具の類らしい。それを知った二人は目の色変えてそれに興味を持った。


「見たい見たいっ」


とくにリックの食いつきようがすごかった。


(食堂の時間に間に合うかな?)


ちょっと不安になった。

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