宿屋の天使②
更新遅れて申し訳ありません。
短いです。
※宿屋の一般客視点
その宿の名前は【ヘドック】という。
港町として知られる【クリック】の町の中でも値段が安いことで知られる、まあ、そこそこ泊まれる宿だ。
客もできるだけ安く泊まれるところを探している者たちが相手のため、サービスも、それなりのものでしかない。
様はぼちぼちの宿なのだ。
飯は、どこの宿でも同じなんだが酒で胃袋に流し込むのが普通だ。
とりあえず腹さえ満たせれば文句はねえ。
そう思って今日も食堂に酒飲みに向かったのだが。
―――――――目が合ってしまった。
天使に。
「あ、席はそこの空いてるところ使ってくださいね。注文は紙に書いてあるので決まったら………と、読めますか?」
俺はその可憐な姿に言葉をなくしてしまった。
もともとむさいおっさんがやっている宿で、儲けもあまりないことからろくにバイトだって雇っていないのだ。
それがなんだこれは。
その女の子は黒くきらびやかな黒髪をなびかせて、エプロン姿で接客をしている。歳はまだ子供だろうが、顔つきから理知的な色を見せ、この年頃とは思えぬほど大人びて見えた。
何よりとても可愛い。
こんな女、娼館でも莫大な金を積まなければお目にかかることすらできないレベルだぞ。
そう言えば冒険者仲間が言ってた気がする。
『最近、やたらと綺麗な少女が依頼を探しにやってくる』と。
あんまり綺麗なんでどっかの貴族令嬢かと噂しているが、どこにガードを連れてるか分からないのでうかつに話しかけられないのだと。
「あの~」
天使がひらひらと俺の顔の前で手を振っていた。
ハッ
「あ、あ、えっと」
「……大丈夫ですか?」
天使は心配そうな……いや、いぶかしむような視線を俺に向けていた。
俺はその表情を見てようやく現実に戻ってきた。
貴族……じゃないな。
貴族だったらこんなところで働いたりはしないだろう。
「てん、いやお嬢ちゃんは?」
思わず天使と言いかけて俺はやめた。
この子は人だ。
きっと宿の主が雇ったバイトか何かだろう。
「ああ。私は臨時の手伝いです。宿の管理人が熱で寝込んでいるので料理も私が作らせてもらいました。その関係でメニューもいくらか変わっていますがご了承ください」
少女は淡々と説明してくれる。
やはりそうだったか。だが臨時の手伝い? つまり宿の主とは緊急で手伝いに来れる関係ということなのか?
でも今まで見たことなかった……いや、まて。あるぞっ!
後姿だけだが宿の部屋に入っていく姿を見かけたことがある。
しかし、今まで食堂では見たことがなかった。
つまり、普段食事は裏で取っていたということだ。
そこから導き出される答えは。
――――隠し子か!
こんなに綺麗な子なんだ。酒の入った親父どもが何をしでかすか分かったもんじゃない。
きっと彼女の身を案じてずっと裏に回していたのだろう。
うむ。そうに違いない。
「一応もう一度確認しますけど、文字は読めますか?」
「あ、ああ。すまない。実はあまり……」
冒険者なんてやってる身としては情けないが俺は自分ではあまり読み書きができない。いつも依頼は掲示板の隣にいる読み師に10ペリを支払って探してもらっているのだ。
依頼料はふんだくられたくないので計算はそこそこできるが、文字は苦手なのだ。
「そうですか。では読み上げるのでお好みの物をお選びください」
今日のメニューはシチューにサラダ、魚の煮つけ? と塩焼きやスープのセットなどだった。
まあ、いつもとそんなには違わないが、肉にステーキがあるのはいいな。
なんでもラビットが二匹丸々あるのだとか。
…だが肉は高い。
味はいいんだが、そうそう手が届くもんじゃないな。
ここは塩焼きがいいか。あれはハズレが少ない。
シチューは臭くて食えたもんじゃないけどな。
「……なあ、煮つけってなんだ?」
「ああ、煮つけはお醤油やみりんで魚に味付けして煮つけたものですね」
ショーユ? みりぃ? 分からないがとりあえず煮つけが普段では出さないメニューだと言うのは分かった。
先程今日の料理は彼女が作ったものだと言っていたしな。
「ではその煮つけを、あとパンとスープをくれ」
「はい。お受けしました」
言うと彼女は手持ちの紙に『1』を書いてテーブルに置いていった。
「これは?」
「ちょっと顔を覚えきれないと思うので、運んできたとき番号で呼ぶのでそれを見せてください」
なるほどそういうことか。ご丁寧に裏にはメニューらしきものも書かれている。
読めないが、これで誰に何を運ぶかをはっきりさせようとしているのだろう。
少しして入ってきた別の客にも彼女は同じ対応をしていた。
中々頭の回る子みたいだ。
裏では経営の管理とかしてそうだな。
「お待たせしましたー」
少女はすぐに戻ってきた。
こういう一人回しの宿だと、メニューは事前に作っておくのが普通だ。
そのため冷めた飯を出されることが多いが、こうして早くに来ればまだいくらか温かい飯にありつける。というか。
めっちゃうまそうな匂いがする!
「どうぞ」
テーブルに置かれた料理を見て、俺は目が釘付けになった。
なんだこれは。
魚に何やら赤黒い液体がかかっているが、匂いだけで分かってしまう。
これは…旨い!
少女は料理を置くとさっさと次に行ってしまったが、何やらこちらの反応を見て満足そうな笑みをしていた。……やっぱ天使か。
俺は恐る恐るナイフとフォークで切り分ける。
…あっさり切れた。
そして一口。
「っ!」
世界が変わる味がした。
※メリル視点
昨日は大変だったなー。
まさか宿の経営があんなに大変だとは思わなかった。
最初の方はみんな料理のおいしさに目がくらんでいたけど、だんだんお酒が入ると好き勝手しだした。
中には私のお尻触ってくるエロおやじとかいたし。
当然ぶん殴ったけどね。
三発ほど目ん玉を。
最低限のヒールはしたので失明だけはしてない。……それ以外は知りません。
女性客は私にひたすら話しかけてきて、かわすのが大変だった。
一人だと走り回らないといけないから疲れるんだよね。
と、思いつつも今日も厨房で朝食の準備をしている私。
「マスター。手伝ってくださいよ」
「馬鹿言え。俺にそんなもん真似できる訳ねえだろ」
「えー」
マスター(管理人さん)は昨日の売り上げを見て目を丸くしていた。
みんな美味しい料理を食べて、色々麻痺してしまったようでひたすら料理を注文し続けてくれた。おかげで私は酒に料理に運び続けて在庫がなくなったのに、いそいでおつまみを作るなどの作業もこなす羽目になってしまった。
塩野菜炒め作りまくったよ。【神速作業】なかったらやばかったね。
でもそのおかげでお客さんはいっぱい注文してくれて、お金がっぽり。
私の収入じゃないのが本当に残念。
今もこんなにたくさんの野菜炒めを作ったというのに。
そこには計30皿ほどの野菜炒めが並んでいた。
「一体ただの野菜と塩だけでどうやったらこんなうまみが出るんだ?」
マスターはそう言いつつ味見(つまみ食い)する。
あと、マスターというのはそう呼べと言われたからです。
管理人だと堅苦しいので、名前呼びするような関係でもないしね。
「そこは、ほら、焼き加減と分量、それとタイミングをですね」
「あー、俺には真似できないからいい」
「…だからって押し付けないでください」
「バイト代は払うっての」
バイトが一番の収入源の職場ってなんだよ。
私はため息をつきつつ【神速作業】を起動する。
1、2、3………はい。終わり。
サンドイッチ30人前完成。
「うーん、よし」
「おい、待て」
「はい?」
「………なんだ今の」
マスターは引きつった顔でたった今積み上げられたサンドイッチの山を見る。
ちなみにサンドイッチのレシピはマスターに売ったよ。1万で。
多分それくらいすぐに取り返せるくらい稼げると思うし、高くはないと思うんだよね。一緒に食パンの作り方も教えてあげたし。
マスターは柔らかいパンを食べた途端目の色変わってたよ。
ほかにもいくつか塩しか調味料なくても作れそうなメニューのレシピを売ってあげたら飛ぶように喜んでた。
だからもう何があっても驚かない、くらいの心構えだったんだろうけど。
流石に許容範囲外だったみたいだね。
私はささっと手持ちの【スキル】について説明した。
するとマスターは。
「うちで働けっ」
私の両肩掴んでそのむさくるしい顔面を眼前に近づけてきた。
「ふんっ」
「ぐっ」
急所に一発。
マスターは崩れ落ちた。
さすがにちょっと身の危険を感じたよ。
確かに宿の経営っていうのはちょっと心惹かれるような安心安全なライフだ。
でもこの町はパスで。
食材とか種類あんまり多くないし、何より魚の衛生事情がもっとどうにかならないと住むのは嫌だ。
それに【ポーション】もこの町ではろくに収入源にできないから、できればそっちでも稼ぎたい私としてはもっと物流の多い都市がいいのだ。
私は急所を押さえてうずくまってるマスターをしり目に店を開けるべく店頭へと向かった。
さーて。稼ぎますかね。
後に訪れるメリルを悪魔呼びした客の話は別話で出します。




