宿屋の天使①
二話構成です。
宿屋の話です。
シュッ、グサッ
キュー!
兎の駆除依頼。
また冒険者ギルドに掲示されていたのを見て、前回が簡単だったことからまたそれを受けてみることにした。
今回は一人なので前みたいに三等分ではなく依頼料丸々もらえることになっている。
ちなみに報酬は500ペリ。安っ。
でも兎一羽の仕入れ価格と、私の泊まっている宿の値段を考えるとそのくらいが妥当なのかもしれない。
やっぱりコツコツためるのがお金なのだ。
私はついでなので、最近ご無沙汰の弓矢を使っている。
ステータスに掛かれた表記もLv4と低いのでたまには使ってみようと思ったのだ。
でもカーダの剣でさえ簡単にかわして見せる相手だ。そうそう当たらないだろうな~、と思っていた。
ところが、意外に命中。
もう弓だけで三羽を仕留めてしまった。
きっと理由は遠距離攻撃だからだろう。兎がこっちに気付いた時にはもう矢が眼前に迫っているのでかわしきれないのだ。
一本刺せれば動きが鈍るので、後は簡単だった。
狩人が弓矢をよく使う理由が分かるなぁ~。
私はさっさと依頼を済ませて町に戻る。
報酬を貰いに行ったら、ミラさんに待ってた商人が来たことを教えてもらった。
でもその商人はいつも一週間は町に滞在するので、依頼は三日後以降にならないと出ないらしい。
私はそれを聞き、調度明日に三人で集まることになっているのでそこで話そうと決めた。
そもそも私たちが今一緒にいないのはカーダが言い出した一言「このままだと効率が悪い」というのが始まりで。
確かに三人で同じ依頼を受けても、現状ではそれほど大変な依頼はなくむしろ三人だと誰かしら苦手分野や戦力外になってしまう状態だったのだ。
そのため三日ほど別れて依頼を受け、成果を見せ合おうということになったのだ。
まあ、たぶん私の一人勝ちだとは思うが…。
どう考えても、森での狩りや配達の依頼では今回の私の合計収入、30000ペリには届くまい。
クレスたちが【ポーション】を買ってくれたおかげで私はウハウハだった。
私は夕食の準備をするべく部屋へと戻る。
途中宿の管理人さんに会い、軽い会釈をする。
「おかえり」
「はい、ただいまです」
素泊まりなので管理人とはあまり接点はないんですが、十日も連続して泊まっていると顔を覚えられてしまったみたいだ。
「今日も飯はいいのか?」
「ええ…」
「……そうか」
実を言うと、この管理人さんに私は少し不審に思われているみたいだ。
ここは素泊まりだけれど一階に食堂があり、そこで夕食を取る客が多い。というか私以外は皆そうする。
でも私は、この世界の食事がどうにも口に合わないのだ。
部屋じゃ火を使うのは無理なので、簡単なものしか作っていないが。
(うーん、頼めばキッチン貸してくれたりしないかなぁ~)
「どうかしたのか?」
「ああ、いえ、なんでもないです。……そうだ」
私は【アイテムボックス】に手を突っ込み、革袋を取り出す。
現金の入っているお財布だ。
「追加で七日分継続したいんですけど、いいですか?」
私がこの宿に泊まった時、とりあえず十日分の契約をしていたのだが、旅の商人が来ると聞いてから、いつ出て行ってもいいように一日ずつの支払いに変えたのだ。
けれど出発は最低でも七日後以降ということが分かったのでその間を先に払っておこうと思ったのだ。
ただ、管理人さんはこれに何とも言えないような顔をした。
私何かまずっただろうか?
でも管理人さんはしっかりとカウンターに戻って、計算してくれた。
ただ、なんか、その手が少しおぼつかないような?
「え、あー、あってる。大丈夫だ」
「……100ペリ足りないですよ」
今、私は小銭を並べて管理人さんに宿代の分を抜いてもらっている。
しかし管理人さんは計算間違いをしていた。
銀貨一枚と大銅貨四枚を取ればいいだけなのに、ボケているんだろうか?
そう思って管理人さんの顔を見ると。
「あー、そうか? 悪いな」
良く見たら額のあたりが赤かった。ひょっとして風邪だろうか?
「あの、大丈夫ですか?」
「あー?」
「顔赤いですけど、体調が悪いんじゃないですか?」
「いやあ、大丈夫だ。くそ、ちょっとくら付くだけだ。気にすんな」
「いやいや、それ絶対大丈夫じゃないですよっ」
私は立ち上がって、夕食の支度をするという管理人さんを慌てて止める。
この宿は管理人さん一人で経営しているのでこの人が倒れると宿が回らなくなるのだ。
「今日は食堂は閉めた方がいいんじゃないですか?」
「…そういう訳にもいかねえんだよ。嬢ちゃんは知らないだろうが、この宿に泊まる客は皆晩飯はうちで食ってくんだ」
知ってる。
ついでにふらふらで言われても、その食事の用意ができるのか? と聞きたい。
多分、できるって言うだろうけど。
「……。手伝いましょうか?」
「あー?」
「料理。こう見えて結構得意ですよ?」
私は愛用している包丁を取って見せる。
それを管理人さんはいぶかしむような視線で見てきた。
「いつも夕飯は抜いてるんじゃ?」
「はい?」
なんだか誤解されていたようだった。
年頃の少女が夕飯を食べない=控えてる、という風にみられていたらしい。
まあ、そう思ってしまうのも仕方ない? のだろうか?
私は正直に白状した、こっちの世界云々というのは抜きに、味覚の違いでこっちの食事が口に合わず、いつも自分で作っていることを。
すると管理人さんは妙に納得した顔になった。
「作れんのか?」
それはこっちの料理も作れるのか? と聞いているのだろう。
まあ、まず作れるだろう。と私は思う。
私に言わせれば、こっちの料理はいわば悪い方向に走りまくった手抜き料理の類だった。
肝心なところで手を抜いて、さらに大雑把にし、味を単調にした挙句食材のうまみを逃がす調理法をする。
魚の塩焼きだけが異様にうまく感じた。
私はあれを料理と呼びたくない。
でもそうしろと言われたらやれる。これは確信だ。
「じゃあ、頼むか。……報酬は一日分の宿泊費でいいか?」
「あ、それはいいです。代わりに」
「……なんだ?」
「今日からしばらく、キッチン貸してください」
その日の献立はシチューだった。
しかし私の知ってるシチューとは全然レシピが違っていた。
というか管理人さんから渡されたレシピを広げた私は、管理人さんが「少し寝てくる」と外した後でそれを床にたたきつけた。
なじゃこりゃ!
野菜を煮込むのは良いにしても、その煮込んだ野菜をザルでとって一度鍋の中身を捨て沸かしなおす、ってアホかあああああ!
(んなことしたら、野菜のうまみが消えうせるでしょうがああああ!)
理由に殺菌のためって書いてあるけど、それならさっと流すだけでいいよ。わざわざゆでるな。
他にも肉の代わりに魚を使うあたりはシーフードぽくなるし、いいなあー、と思ったのにその魚を皮と骨、尻尾と頭をとったらぶち込むように書いてあったのを見たら眉間にブチブチと怒りマークが浮かんだよ。
こっちこそ一回煮込むべきでしょうが! シチューなんだから魚の臭い取んなきゃ生臭くなっちゃうでしょ!
磯汁ならそれでいいけど、シチューはダメ! これ絶対! 私の好みだけど。
他にも味付けで三点、調理法で四点ほどの間違いを他のメニューも合わせて見つけたので、作るメニューを見たらレシピはもうさっさと捨てた。
ごめん、やっぱわざとまずいの作るのはやだわ。
「……ふー」
でも作る量は多いからあれを使って早く済まそう。
【神速作業】起動。
下処理を通常の十倍ほどのペースで私は終わらせ、調理に入った。
ここからはゆっくり煮込んだりするので【神速作業】はあまり意味がない。
せいぜい投入の手際が早くなるくらいだ。
「ふーふふぅーん♪」
ちゃんとした料理を作っていると自然と鼻歌が出た。
やっぱり美味しいものを作っていると楽しくなる。
「♪ あ、これとこれがあればドレッシング作れるかも」
メニューにはサラダもあったので調度いい。
私はとある汁の出る果物とほかの植物をいくつかすり潰して自家製のドレッシングを作る。これはネアに教わったものだ。
すべてこの世界の食材なので名称は省く。いずれ機会があれば説明しよう。
そしてもうしばらくすれば夕飯という時、こちらの様子を見に来た管理人さんがその光景に目を丸くした。
いや、鼻を疑ったと言おうか?
「なんだこのうまそうな匂い?」
「シチューですよ。パンはそのままだと硬いので予め切っておきますね」
この世界のパンは非常に硬い。だから食べるならフランスパンみたいに予め切ってちぎりやすくしといた方が客にもありがたいんじゃないかと思ったのだ。
「…………」
「味見です。どうぞ」
私は管理人さんがシチューに釘付けになっていたので小皿にとってスプーンと一緒に渡す。
管理人さんはまだ熱っぽい顔のままそれを見つめている。
「臭みがねえな」
「ええ。シチューに合わないと思って抜きました」
「レシピ変えたのか…」
管理人さんは文句を言いたげだったが、とりあえず一口食べることにしたようだ。なんとなく、いろいろ言うのはそれからだ、と顔に書いてあったように見えた。
パクッ
はい、一口。それだけで管理人さんの目が変わった。
さらに二、三口食べるとおもむろに視線を私に移してきた。
「うめえっ」
「なら良かったです」
それからドレッシングのかかったサラダや、後のサイドメニューを味見した管理人さんに調理法を教えてくれとせがまれた。
さっきまでふらふらだったとは思えない勢いだ。
私はとりあえずドレッシングなどの秘蔵のレシピは口外せず、誤った調理法を正しいものに修正した紙だけを書いて渡しておいた。
これだけでも相当な改善になるだろうからだ。
まあ、宿代免除の代わりに、私が泊まっている間は調理を教えてくれとせがまれたりしたのだが。そこはいくらか食材を譲ってもらうという条件を追加して呑んだ。
フィーナの言っていた通り、料理に関しては私の知識って影響力高いのかも。
今日は他にも魚の佃煮とか作っておいた。名前は不明だけどカレイみたいな魚だ。材料は手持ちのを使ったのでこれはレシピを教えること自体が不可能だろう。なんとなく食べたくなって作ったのだが、一つだけ作ると鍋の中身がもったいなかったので六匹ほど使った。
数量限定にすればいいよね? 一匹は私の分で取っておこう。
………好き勝手やってるなぁ~。
と思ったが嫌がられると言うことはないだろうから別にいいだろう。
「よし。食堂行くぞ」
管理人さんがやけにやる気に満ちた顔でそう言ってきた。
「あ、はい。………って、え?」
「あんだ。せっかくだ、そこまで手伝ってくれんのか?」
「……………いや、寝ろよ」
何普通に働こうとしてんだこの人。
風邪ひいてるんだから寝てなさいよ。
私は【アイテムボックス】から一本の【ポーション】を取り出す。
風邪薬のポーション版だ。
一応名前は【解熱ポーション】になっているが、おまけでちょっとした風邪にも効く。
「先にこれ飲んでくれますか?」
「…んぁ、なんだこれぁんごっ!」
「いいから飲めっ」
私は管理人さんの口の中に瓶ごと突っ込み、無理やり飲ませる。
運んでる最中に咳とか唾がかかると伝染するんだよ。だからその前に飲ませとく。
「んごごあが…ばはあっ。おい! なにしやがぁ~」
ガシャンッ
管理人さんは私にどなりつけようとして、急にふらつきだすとそのまま床に転がった。
実はこの【解熱ポーション】。【エクスポーション】と同じく副作用があるんだよね。
それは強烈な睡魔。まあ、強力な薬にはよくあるよねぇ。
とりあえず私の料理で病気になったとかいう風潮が流れるのを防止するためにこの人は寝かせてしまおう。ということでやりました。
まあそのおかげで風邪が治るのだから感謝こそすれ恨まないでほしいと思う。
仕事はちゃんとするからね。
さ、食堂を開きましょうか。
なお、その日の客は口々にこう言ったそうだ。
「その日の飯は天使が作られた」
「店主の隠し子が天使だった」
「天使の飯はまさに天に上る味だった」
「天使の笑顔に気絶しそうになった」
「天使に殴られたこの右目は俺の誇りだ」
と。
若干一命おかしいのがいるが、皆が同じことを言ったそうだ。
『あの宿には天使がいた』と。
「悪魔の間違いだろう?」
翌日に訪れた約一名がその話を聞くと、後日そう返したそうだ。
最後に「悪魔」と言った人物が誰か想像してみてください。
正解はメリルにあんまり好印象を持ってない人物です。
……って選択肢少なすぎる!?




