船上にて③
「う、ん~」
私は一通りの逃亡計画を立てるとそれを部屋に備え付けられている机の上に放置して、部屋から出る。
ずっと座ってると肩こるなと思い、軽い伸びをした。
さて。まずはご飯にしよう。
この船は食事はレストラン形式だから好きな時間に食べに行ける。
ネアから貰ったお金はしばらくは暮らしていけるだけあるし、普通に食べる分には何も問題ないはずだ。
それにこっちの食事にも興味ある。
さてさて、食事の程度はどれほどのものか。
と、私がウキウキしつ食堂に向かおうとしてたところに。
「ああっ、いたよ。メリルちゃん!」
後ろから聞き覚えのある声がかかってきた。
なんだ、リックか。
彼と話すとかなり面倒くさそうだし、逃げよっかな? とそんなことを考えたが、リックの後ろからやってくるもう一人の男の子と、二人の真剣な表情を見てやめた。
「何かあったの?」
「え? あ、分かるの?」
リックはちょっと驚いた顔をしている。
いや分かるでしょ。
「二人の顔がすごく真面目だったら、絶対何かあるでしょ」
「お前本気で殴っていいか?」
カーダがお怒りですね。はい。
でも、この二人がこんな真面目な顔していたらさすがにおかしいと思うよ。
リックは魔法のことを話すときは真剣だけど暴走気味になったりするし。
カーダはなぁんか裏で考えてそうな含みがあるんだよね。
でも、今の二人はそういうのとはなんか違うんだ。
本当に何か、大事なことがあったみたいな顔をしている。
「で。本当に何があったの?」
「ここじゃ話せない。お前の部屋入れてくれねえか」
「嫌だ」
「「は!?」」
即答で断ったら驚かれた。
いやいや、当然でしょ。
「私の部屋? やだよ。なんで男二人なんて入れなきゃいけないのよ。何する気?」
私の精神はネアの教育もあって、もうすっかり女の子のそれになっていた。
故に男を部屋に連れ込むなんてNG。
それ以前に部屋に『あれ』があるから、絶対入れるつもりないんだけどね。
「はぁー。分かった。なら俺の部屋にいこう。それでいいだろ?」
カーダはしぶしぶそう言うと踵を返して歩いていく。
私も「ま、それならいっか」とリックと一緒についていった。
「で。何があったの?」
カーダの部屋にはものが何もない。
というより、カーダはまだ自分の部屋を見てなかったらしい。
ずっと鋼板で何してたんだろ?
「実はね」
リックが説明してくれた。
このまま船が進んでいくと進路に巨大な魔物がいること、そしてリックは【索敵】のスキルでそれを発見できたこと。
「……情報ってそれだけなの?」
いくらなんでも少なすぎる。
大体それなら私じゃなくて船長に言うべきだ。
きっと正しい判断をしてくれるだろう。
「い、一応クラーケンだってことは分かるよ。【索敵】で多少の情報は入ってくるから」
「クラーケンってこたぁ、でかいイカだな」
「ただ。魔物なんでしょ。どんな能力とかいろいろ調べないと。それ以前に船をどうするのか聞かなきゃダメでしょ」
「そうだね。僕、魔物図鑑持ってるからそれで調べよう」
「いや、後半も聞いてよ。馬鹿なの?」
「よっしゃリック。早く出せ」
聞けよ、馬鹿ども。
私は額を覆って、こいつらどうしようか? と必死に考える。
もう面倒だから話には付き合うけど、後で絶対伝えに行こうと決める。
リックは【アイテムボックス】から海の魔物が載ってる図鑑を取り出して広げる。
「あった。これがクラー……けん?」
「「いやいや」」
そこに載ってるクラーケンという魔物は、私たちの知ってるものとは一線を欠くものだった。
まずでっかい胴体に巨大な尾ビレ。エラには左右4本ずつ、合計8本の触手。というよりイカ足を持つ。それでこいつが魔物だって分かるけど。
「クジラだよね?」
「クジラだね」
「クジラだ」
極めつけは図鑑に写ってる絵。背中から白い潮を噴きだしている。
どうやらこれが、こっちの世界のクラーケンらしい。
説明書きにはこうある。
『海の主、海王と言った別名がある。エラの8本の触手は自在に動き、麻痺毒を持つ。腹にも2本の触手があり、こちらは【雷】を持つ。
触手は鋼鉄製の船をやすやすとつぶすくらいの怪力を持つ。
※発見し次第、すぐに逃げることを進める』
「…ごめん、ちょっと船長さんに言って船戻してもらってくる」
「「言ってらー」」
誰も反対しなかった。
というかできないのだろう。
「リックは付いてきてよ。【索敵】の【スキル】があるって証明しないと」
「分かったよ。じゃあ3人で行こう」
「了解」
3人はしっかりと意見をそろえた。
流石に二人も、あの説明書きを見たらどれだけ危険なのかを悟ったのだろう。
私達は船長にこのことを伝えに向かった。
リックが【索敵スキル】を持ってることを伝えたらすぐに通してくれるあたり、この船の船員は優秀だと思う。
「そうか。分かった、ありがとう。聞いたな、お前たち! すぐに進路を反転。引き返すぞ!」
「「「「「おおぉ!」」」」」
もはや慣れたものなのか、船員達は急いで船を引き返す作業に取り掛かった。
でもそんな男たちをしり目に、私の目には非常にまずいものが映っていた。
なんか、すごいしぶきをあげてこちらに猛スピードで迫ってくるものがあるんだけど。
隣のリックを見れば。
「あ、ああ。やばいよ。【索敵】に引っかかった時はあんなに遠かったのに。なんでっ」
えーっと。つまりあのくじ、クラーケンはこの船の進路に確かにいたのだ。でもリックが調べたときは遠くて、まだ大丈夫だと思ってた。
でもクラーケンは実はものすごい勢いで接近していた。
ずっと。こちらに向かって。って。
「ばかあああああああああああああ! なんで最初に船長に言いにいかないんだよおおおおおおお!」
私は気づけばリックに殴りかかっていた。
ぽかすか殴られて、リックは青い顔でひたすら謝ってきた。
「うわあぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「ちっ、仕方ねえ、戦うか」
「そこの馬鹿はだまってろ!」
なんか戦闘をまぬがれるのは不可能な流れ。
もしかしてあれですか。異世界クォリティー。
波乱万丈の人生を運命づけられるみたいな。
いやだあああああああ!
私は安全な異世界ライフを満喫するんだあああああああ!
この5分後。私は異世界に来て初めて、集団戦闘をすることとなった。
次回、戦闘回です。