お別れと旅立ち
長いです。
いよいよ明日か。
私はしんみりした気持ちで荷造りをしている。
着替えに料理のレシピ、【ポーション】の図鑑類も全部持っていきたい。
まずいなぁ。これだけで大荷物だ。
ネアとの生活も明日までで終わってしまう。
当然だがここに私だけ残るという選択肢はない。
後からやってくる他の子供達がここを使うからだ。
その際にここにあるものは好きなだけ持って行っていいことになっている。
でも持って行けるものには限度があるのだ。
そう。私が運べる範囲、という限度が。
つまりは鞄一つ分だ。
女の子の私はあんまり力はないのだ。
今は背負える大き目のリュックにできるだけ詰め込めないかと四苦八苦している。
「むー」
「おおぉ、困ってる困ってる」
背後から声がして振り返ると、どこかからかった雰囲気のネアがニコニコしながら立っていた。
「ネア。どうしたの?」
「ふふふ」
聞くとネアは笑ってばかりだ。
「なに?」
なんだか気味が悪い。
「メリルもすっかり女の子になったわよね」
「え? いきなりどうしたの?」
「詰め込んでる服。できるだけ可愛いのを残そうとしてるでしょ?」
それは、まあ。当然と言うかなんというか。
私は詰められている衣服に視線を落とす。
詰めているのは持っている中でも気に入ってるやつばかりだ。
本当は他にも持って行きたい奴はあるけど、厳選しないとね。
「二年前は服なんて着られればいいくらいにしか思ってなかった?」
「あー。思ってたかも。でも服よりはレシピの方が貴重だからそっち優先だよ」
「それはそうでしょうね。で、そんな困ってるメリルちゃんに天使様からのプレゼント」
「え?」
ネアはニコニコ笑いながら虚空から一つの鞄を取り出した。
それは。
「ウエストポーチ?」
「メリルが一番使いやすそうなのを選んだのよ。あっ、ちなみにただのポーチじゃないわよ。これ【アイテムボックス】だからね」
「【アイテムボックス】……って。そんな便利なものあったの!?」
ならもっと早く言ってほしかったよ。
そしたらこんなに悩まずに済んだのに。
「ごめんね。これが前に言った旅立ちにあげるもの。ほら、入り口も大きくなるの。何でも入れられるわよ。生物以外って縛りはあるけどね」
「あ、生き物はダメなんだ」
「まあね。それともう一つ。はい」
【アイテムボックス】と一緒に何かのカードを渡された。
「何これ?」
「【ステータスプレート】」
「は!?」
「教えてなかったけど、この世界【ステータス】があるのよ。《ステータスオープン》のキーワードで開くから、試しにやってみなさい」
「えっ? あ、うん。《ステータスオープン》」
【メリル】
年齢:十二歳
性別;女
種族;人族
職業;なし
称号;なし
罪状;なし
能力(他者可視化);
【魔力】2026
【適正属性】【火】【水】
【力】D
【体力】C
【精神】A
【保持スキル】
〈戦闘系〉【弓】Lv3 【短剣】Lv2 【魔術】Lv7
〈補助系〉【裁縫】Lv2 【調合】Lv8 【調理】Lv5 【言語学】Lv10
【隠蔽】Lv1 【交渉】Lv4
どうやらこれが私のステータスみたいだ。
【魔力】は前より上がってる。
後、能力値は結構簡素だ。この【体力】はたぶんHPではなく運動能力のことだろう。
【力】と比較して考えると大体あってるから分かりやすい。
私って【精神】高いんだ。知らなかった。
【スキル】は偏りが見えるな。まあ、ここ二年の熱中度からいってそうなっちゃうんだろうけど。
あと地味に【隠蔽】ってあるけどいらないよ。
絶対ネアから【ポーション】隠したときについたやつだよこれ。
むしろこれ、持ってるのが恥だから、消えて、お願い!
「どう? 初めて見た自分のステータスは」
「なんか納得しちゃう中身だよ。あと偏りがすごい」
「どれ?」
私は【スキル】も可視化してネアに見せる。
「へー。随分いいステータスじゃない。練習で上がりやすいものはきっちり高レベルだし。言語に関してはマックスか。て、ぷふ」
「笑わなくていいでしょ!」
今、どこの項目見たのか分かった。
絶対【隠蔽】見て笑ったんだ。
「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ。それにしても面白いわねぇ。あなたの生活習慣がもろに出てるじゃない」
「うぅ、もう返して」
私は【スキル】を不可視にして【アイテムボックス】にしまった。
これからは必要に迫られた時以外は【スキル】は隠しておこう。
それから私の作業は【アイテムボックス】の中に詰め込むのに変わった。
アイテムボックスは中身真っ暗で、念じた物が中から取り出せるようになっているらしい。
「中は別空間で、詰め込んでもぎゅうぎゅうになることはないわ。汚れとかも他の物には移らないからいろいろと便利よ」
「入れたものは手入れもしなくていいの?」
「ええ。入れたときの状態で固定されるわ」
なにそれ便利過ぎ。
「じゃあ食材も」
「入れたいなら突っ込めばいいんじゃない?」
その言葉を待っていた。
私は台所の調味料を片っ端から放り込む。
レシピはあるけど、作れるかは分からないし、あっても時間が止まってるなら腐らないから困んないしね。
「……………容赦ないわね、あなた」
後ろでネアが何か言ってるが気にしない。
この世界じゃ胡椒だって貴重なのだ。
新品の物は特に入れておかないとね。
「そういえばこの【アイテムボックス】って、上限ないの?」
「そりゃあるわよ。でも家一つ分くらいは入るからあんまり気にしなくても大丈夫よ」
「そうなんだ」
上限あるんだ。
拾った物とかを適当に入れるのはやめた方がよさそうだね。
でも入れたい荷物は全部入った。
あとは。
「あとはお金と船のチケットね。はいこれ」
私はお金の詰まった袋とチケットを受け取り、【アイテムボックス】に入れる。
これで準備は完了だ。
ご飯はもう食べ終わってるし。お風呂も入った後である。
後はもう寝るだけ……。
「どうかしたの?」
目が合い。ネアに聞かれる。
「あ」
どう言ったらいいんだろう。
単純に寂しいと伝えればいいんだろうか。
なんだかんだでネアは、今まで面倒見てくれて、一緒に暮らしてきた相手である。
彼女と別れるのは辛かった。
それにここでの生活は楽しい。
誰かとずっと一緒にいられる時間に、私は満たされていた。
今気づいたよ。
私の求めていたものはここにあったんだって。
私はネアと暮らすことに幸福を感じていたんだ。
私は幸せだったんだよ。
「……。一緒に寝よっか」
ネアは雰囲気から感じ取ったのか、そう提案してくる。
今日が最後の夜なのだ。
思えば私は、一度もネアと一緒に寝たことはない。
気付けば私はうなずいていた。
「うん」
ベッドに入って。いつも以上の温かさを感じる。
二人いるのだから当然かもしれないが、私は少し特別な気持ちを抱いていた。
「どう? 気分は」
「よく分からない」
「そう」
ギュッとネアに抱きしめられながら、私はそう返すことしかできなかった。
ネアはドケチだけど優しくて、厳しくて、お母さんと言ったら絶対怒られるけど、お姉ちゃんだったら許してくれるかな?
そんな風に呼びたくなったのだ。
一時的だったけど、ネアは私の家族になってくれたんだ。
ネアといられた時間は、寂しくなかった。
「ありがとう。お姉ちゃん」
私は静かに眠りについた。
※ネア視点
寝ちゃったかな?
腕の中で静かに寝息を立てるメリルに、わずかに微笑みかける。
それにしても今のはダメでしょう。
(不意打ちきたなぁ)
実はネアにとって。メリルは初めての担当だった。
ネアは実のところ、天使の中でも相当に若い。
経験なんてないし、途中からは完全にメリルのことを妹みたいに感じていた。
もっと経験を積めば変わったのかな? と思う。
メリルはとてもはた迷惑な子だったし。初めは教育するのに手を焼いた。
でも途中からは凄い自主性を持って学んでいた。
なんでそうなったのかは分からない。
実際はネアの遠慮のない姿勢が、メリルにとってとても入り込み安い環境を作っていたのだが、ネア自身はそれに気づいていなかった。
(お姉ちゃん。ねえ……)
言われたことなかった。
まさか最後の夜に言うとは。
「はぁー」
何だろう、この気持ちは。
とても嬉しい。
いや、それ以上だった。
「それは私もよ、メリル」
初めての担当は、ひとまず成功だった。
もし次が来ても、しっかりやれそうだ。
「ありがとうね」
幸福な気持ちで、私も眠った。
翌朝。
「ん、う、んぅ」
「ほらー。朝ごはんよ。起きなさい」
いつものようにネアに起こされた。
ネアは早起きが得意なのだ。
最後くらい自分で起きようと思ってたのに、結局できなかった。
少し悔しいが、別に悪い気はしなかった。
今日のご飯は。
「フレンチトースト?」
「さっき天界で材料買って来たのよ」
「ふーん。あ、あまり貰ってくね」
「……こいつめ」
貰えるものはもらっておかないと。
砂糖買い足されてるね。これは入れておかないと。
卵とミルクもね。って、あれ?
「ネア。なんでこんなに食材あるの?」
冷蔵庫の中は食材でいっぱいだった。
おかしい。最終日なのに、これでは無駄になってしまうではないか。
ネアの話では、ネアもここにずっと住んでるわけではないらしいし。
ひょっとしたら次の人の分なのか? だったら取ったらまずいのかな?
そんなことを考えてたら。
「メリルがこの先必要になると思ったからよ」
そんな答えが返ってきた。
え? これ私の?
「あくまで当面食料よ。ほら、調理器具もさっさと【アイテムボックス】にしまう。もう洗ってあるから。食器も好きなだけ入れていきなさい」
「あ、ありがとう」
なんかネアの様子がおかしい。
「ネア。何かあったの?」
「別に………」
「ドケチじゃないネア」
「殴られたいの?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 嘘です! すみませんでした!」
ガチオコのネアに私が平謝りすると、ネアは「はぁー」とため息をついた。
「そういうところを見せるから」
「え?」
「なんでもないわよ。食べましょ」
「うん」
フレンチトーストは美味しかった。
最後のネアの手料理だ。
洗い物して、片づける。って【アイテムボックス】に入れるんだった。
よし。
「ネア。終わったよ」
「じゃあ行きましょ」
「うん」
私達は並んで家を出た。
バイバイ、ネアとの思い出の家。
ネアは翼を広げた。
「飛んでいくんだ」
「集合場所までよ」
「集合?」
「あなたには他の同期にこっちに来た子供と一緒に船に乗ってもらうことになってるの。あなたが一番遅くにこっちに来たから待たせちゃった形ね」
「そうだったんだ」
なるほど、数人で一緒に旅立たせるわけだ。
確かにそっちの方が安全だし、仲間も一人で探すよりやりやすいだろう。
ネアに抱きしめられながら飛ぶのは気持ちよかった。
森はあっという間に抜ける。
途中で私が【爆炎ポーション】で消し飛ばした地面も見えた。
ちょっとだけ緑が生えてた。
ああ。本当に終わりなんだな。
なんだか悲しくなってきちゃったよ。
ネアは野原の途中で降りた。
「ここからは徒歩よ」
「分かった」
道沿いに、ネアと並んで歩く私。
なんか。泣きたい。
せめて手を握りたい。
お別れは悲しいよ。
「手、握る?」
気付けば、ネアも同じような表情をしていた。
ああ。一緒なんだな、と思う。
「うん」
辛いよ。
私達は無言で歩く。
話すことはない。
そういうことはもう二年で目いっぱいに話した。
やり残したことは何もないのだ。
だからこそ余計に。
「待った」
待ち合わせの場所まで、あと少しと言ったところでネアが立ち止った。
どうしたのだろう?
ネアは少し考えるそぶりを見せてから、一度深呼吸した。
「よし。メリルにはこれをあげるわ」
ネアはそんなことを言って虚空から光るものを取り出した。
それは銀のブレスレットだった。
装飾に、青と赤の宝石と金の模様がついている。
「これは?」
「魔道具よ。私からの選別。神のご加護がありますように、って」
「天使が言うと凄そうだね」
でも今の私ではちょっと腕につけるには細い。
試しに首に着けてみた。
「ぴったりだ」
「いつかは腕にもピッタリになるわよ」
「うん。ありがとう」
「さ、行きましょう」
私達は、その後は立ち止まらずに集合場所へと向かい、そこで他の天使と男の子二人と合流した。
天使たちも久しぶりの顔合わせで会話が弾んだみたいだ。
そうして船に乗り込むとき。
私とネアは抱きしめ合った。
他の天使と男の子たちも同じようなことをしている。
やっぱりみんな寂しいのだ。当たり前か。
私達は人目もはばからずに泣いた。
お別れが悲しくない人なんていないのだ。
「「「いってきます」」」
「「「いってらっしゃい」」」
それでも分かってたから。行かなきゃダメだって分かってたから、皆でお別れをしたのだ。
それぞれの、第二の家族に。
ありがとう、ネア。
ネアと過ごした日々は、絶対に忘れないから。
ネアのおかげで私は。
――――――私に、幸せを思い出させてくれて、ありがとう。
ちょっと終わりっぽくしんみりしてますが、まだまだ続きます。
一区切りついて、一章完。と言ったところでしょうか。