No.1 楠虫財産殺人事件 part5
仁が運転している車で
楠虫家の所有地に入った弘記たち。
しかし、この1つの山全体が
楠虫家の所有地であるため
未だに屋敷は見えない。
車窓から見える景色は雑木林で埋まっている。
「ふぁ………なんかこの景色見飽きちゃいましたね」
結子は退屈から欠伸を1つ
そんなことを口にする。
「うん。そうだねー
あのー、お屋敷には後どれくらいで
着くのでしょうか?」
弘記が相づちをうち、静華に尋ねる。
「後少しですよ。退屈させてしまってすいません」
静華が申し訳なさそうに言う。
「あ、いえ……こちらこそすいません。
それにしても、どうしてこんな山奥にお屋敷を?」
「お義父さんは騒がしいのが嫌いだったんです。
だから山1つ買い取って
部外者を近づけないようにしていたんです」
騒がしいのが嫌いという理由だけで
山1つ買い取るなど
自分たちとは次元が違う話に
全く現実味を感じなかった。
「スゴいですね。その様子だと
お屋敷も相当大きくて綺麗なところなんでしょうね」
「いいえ、そんなことはありません。
お庭は確かに広いですけど
屋敷自体はそこまで大きくありません
楠虫家でない私が言うのもなんですが……」
「え、そうなんですか?」
「はい。横に広いだけです。
階数も2階までしかありませんし」
「いや、2階もあれば十分かと……」
「え、私のお屋敷は5階建てですよ?」
「5階建て!?
五重塔にでも住んでるんですか!?」
「ほら弘記さん、静華さんは某大手企業の
社長令嬢さんですし……」
結子が話に割って入ってきた。
「いや、それでも
庶民の僕らには分からない世界だって。」
「弘記さんと一緒にしないでください。不愉快です」
「ええッ!?このタイミングでその返し!?」
「皆さん。お屋敷が見えましたよ」
車を運転している仁が弘記たちに話しかける。
屋敷を見てみると
静華の言うとおり
2階建ての横に広い建物が見えた。
しかし、常人の価値観なら
その大きさは十分すぎる程だった。
「あれ……お屋敷は【陸屋根】なんですね?」
弘記が屋敷の屋根に違和感を感じ
静華に尋ねた。
「はい。しかもあそこの上に登れます。
登るための階段がついてるんですよ?」
「えっ、登ってどうするんですか?」
「まだお義父さんが生きてらした頃は
皆でバーベキューをしました!」
静華の目が子供のように輝いた。
よっぽどいい思い出だったらしい。
「………そ、そうですか。それはまぁ楽しそうで」
「はい。とっても楽しかったですよ。ね、仁?」
「確かに皆さん和気藹々としてらしてたんですが
私は静華さまが屋根から落ちてしまうのではないかと
ひやひやしておりました」
言われてみればフェンスなどは無く
かなり危なそうだ。
「私はそんなドジじゃないわよ。
それにあの日は天気も良かったし。
雨の日とかだったら滑って危ないでしょうけど……
でも、そういう日はそもそもあそこに登らないわ」
「ええ、そうしてくださると
私の寿命も伸びますし
是非これからもそのようにお願い致します」
話している間に屋敷の門へと到着した。
「うぉーー!スッゴくデッカイ門ですね!」
その門を見て弘記が興奮する。
門の大きさは成人男性の何倍か分からない程だった。
門の壁は横に永遠と伸びてるようにも見える。
空から襲撃でもしないかぎり
この屋敷には入れないだろう。
「では、このまま入りますよ」
仁が車のスピードをあげて門に突っ込む。
(あーなるほど。センサーで開く仕組みなのね……)
ドンッ!
車で門を突き破った。
(ええええぇぇぇぇええええーーーー!!!??)
弘記と結子が驚きのあまり硬直した。
「あ、ごめんなさい。あの門、センサーの
調子が悪くて……突き破るしかないんです
出るときは大丈夫なんですけど」
静華にそう言われ
後方の門を見てみると既に
突き破る前の姿に戻っていた。
いつもこんな帰宅の仕方をしているのなら
車も傷がついているはずだが
駐車場でこの車を見たとき
傷がついてる様子はなかった。
「……頑丈なんですね……門も車も……」
「はい。この頑丈な車だからこそ
ああいう芸当が出来るんですね
ちなみに楠虫家の車は全部このぐらい
頑丈ですよ?」
弘記は日常的に行われる楠虫家の
アグレッシブな帰宅を想像する。
帰ってくる度に門を突き破る
……どういう気持ちなのだろう?
「わぁー!すごく綺麗なお庭ですね!」
門を抜けた先にある広大な庭を見て
結子が感動している。
「おー!すごいですよ!!あの花壇!
ほら、見て下さい!」
結子が指すところに目を向ける。
花壇は屋敷を囲むよう周りに設置されている。
かなり大きい。そしてその数も半端ない。
何の花かは分からないが
色とりどりで、とても綺麗だ。
「あら、江西さんはお花が好きなんですか?
私もお花大好きなんです」
静華は感動している結子の姿を見て
仲間ができたと思い、そう語りかける。
「違いますよ」
しかし、弘記が真っ先に否定した。
「え、まさか……」
静華は車の件を思い出す。
「はい。お察しのとおり、この子は
生き物や植物などの【実験】が好きなだけです」
静華は結子の様子を見てみる。
結子はこちらの話など耳に入っておらず
ずっと花壇を眺めている。
その姿は一見、無邪気に見えるが
その奥深くにドス黒いものが
沸々と沸き上がっているようにも見えた。
「江西さん」
「え……あ、はいなんでしょう?」
「花壇には絶対近づかないでくださいね?」
「駄目ですか?」
「駄目です」
静華はきっぱりとそう言い
結子に釘を刺しておいた。
懸命な判断であると、弘記は感心した。
「さあ皆さん、お屋敷に到着致しました」
仁の言葉に反応し屋敷の姿を見てみる。
(うわぁ……やっぱり大きいな……お屋敷)
車窓から眺めていた時も十分大きく見えていたが
直に見てみると
それ以上のものを感じる。
車から降り、玄関の扉に近づく。
扉は至って普通のものであるが
横にある【小さい男の子を模した呼び鈴】は
異常な違和感を発していた。
その男の子は【茶色の服】に
【青色のオーバーオール】を着ており
それに合わせるかのように
【茶色の帽子】を被っていた。
そして最も気になるのはその【満面の笑顔】。
目を見開いて白い歯をこちらに向けている。
正直かなり不気味だ。
「雨が降ってくる前に帰ってこられて良かったわ」
静華が雲行きを見て、そう言葉を発した。
「あの、静華さん」
弘記が呼び鈴の違和感に耐えきれず
静華に話しかけた。
「はい、なんでしょうか?」
「そのヘンテコな……ではなく
その可愛らしい呼び鈴は
いったい何なんですか?」
「あ、お気付きになりましたか。
変わってますでしょう?この呼び鈴。
お義父さんの趣味らしいのですが
私にはよく分かりません」
「へ、へぇ……変わった趣味ですね……。
普通の呼び鈴と何か違うのでしょうか?」
「えーと……音が違います。
この呼び鈴の音は、ここの使用人の子の声を
【録音】したものとなっています」
「どうしてそのようなことを?」
「その子の誕生日だったので
記念に録ったらしいのです。
あ、今から鳴らしますので、聴いて下さい。
けっこう面白いんですよ?」
静華は呼び鈴を鳴らした。
『やっべぇー』
「…………………………………」
一体何がやっべぇーのか
どこら辺がやっべぇーのか
そもそも何故やっべぇーなのかは
全く理解出来なかったが
気にしないように努めた。
しばらくすると扉が開いた。
「おかえりなさいませ、静華さま。仁さん
………あら、後ろの方々は………?」
出てきたのは中年の女性。
楠虫家の使用人ということもあって
気品があり、スレンダーである。
「ただいま【愛】。
突然だけど、お客様を連れてきたわ」
愛と呼ばれる使用人は弘記たちのことを
聞かされていなかったらしく
困った顔をする。
そして愛は仁の顔を見るが
仁は申し訳なさそうに軽く頭を下げる。
(はぁ……やっぱりまずかったかなぁ……)
弘記は使用人の対応を見て途端に不安になる。
「かしこまりました。
お客様、楠虫家の屋敷にようこそ
いらっしゃいました」
愛は弘記たちにお辞儀をする。
「すみません……何の連絡も無しに
突然訪問してしまって…」
弘記は申し訳なく思い
愛に謝罪をする。
「いえいえ。決して珍しいことでは
ございませんのでお気になさらないで下さい。
それよりも、何のおもてなしも出来ず
申し訳ございません」
切り替えが早いのか
愛は特に気にした様子も無しに
弘記たちに対応する。
「ごめんね愛。
お義兄さんと幸太さんは帰って来てるかしら?」
「はい。庄吾さまと幸太さまは
今、食堂でお話をされております」
「食堂?何でまたそんなところで」
「幸太さまがご昼食を摂られている時に
庄吾さまがお帰りになられて
それからずっとお話をされているんです」
「え、もう夕方よ?
いったい何の話をしているのやら……」
「では静華さま、庄吾さまたちのところへ
参りましょうか」
仁が声をかける。
「うん。けどあなたは先に
車を車庫に停めておいてちょうだい。
そのあとゆっくり来てくれればいいから」
「え、いや、しかし……かしこまりました」
静華は仁が納得したのを確認すると
食堂へと歩き出した。
「では愛。私は車を車庫に停めてきますので
お客様のことをよろしくお願いします」
仁が愛に指示を出す。
それを見るかぎり
仁は愛よりも上の立場の人間なのだろう。
「はい、分かりました。
ではお客様、こちらへ。
お部屋にご案内いたします」
弘記たちは愛に連れられ、自分等の部屋に向かう。
部屋に到着。弘記と結子の部屋は隣同士だった。
結子を見てみると何か言いたそうな顔をしている。
「結子ちゃん、何か言いたそうだね?」
「いいえ。何でもありませんよ
それよりも、愛さんありがとうございます。
案内して下さって」
「いえ、仕事ですので。
あ、お客様。お荷物がございませんが……」
「そ、そのぅ……急遽ここに来ることになったので
荷物は持ってきてないんです。
それで、着替えもそちらが用意してくれる話に
なってるんですが……」
結子の話に愛は再び困った顔をする。
「あ、いえ、いいんですよ!
2~3日ぐらい我慢出来ますし!」
「それはいけません」
「えっ?」
「お客様はレディーでございます。
レディーが身なりをお粗末にするようでは
いけません」
「す、すいません……」
「ですので、お客様に似合う最高のお召しかえを
ご用意させていただきます」
「あ、ありがとうございます。
愛さんっていい人ですね」
「いえ、仕事ですので……
それではお食事の準備をして参りますので
準備が出来しだいお呼びいたします。
それでは失礼いたします」
軽くお辞儀をし、愛はこの場を後にした。
「あの結子ちゃんが押されるなんて
あの愛って人、ただ者じゃないな」
「弘記さんが非力なだけです。
私はか弱いレディーですよ?」
「か弱いレディーは僕を苛めたりしません」
「苛められるために存在するのに
そんなこと言って大丈夫なんですか?」
「酷いこの子!!
他人に向かってそんなこと言い切れるなんてッ!!」
「事実を言っただけです。
それでは、私は部屋に入りますんで」
結子はそう言ってドアノブに手をやる。
「………何で後ろにいるんですか?」
弘記は結子の後ろをついていく形で
ドアが開くのを待っている。
結子は弘記のその意図に気づいているが
念のため確認する。
「え、いやー、結子ちゃんの部屋が
どんなのかなーってさ」
「同じですよ!扉を見ればわかります!!
そのまま入ってきたらぶっ飛ばしますからね?」
「えーそんなこと言わずに
部屋を覗かせて!
ついでに着替えも覗かせて!」
「……………」
結子は弘記の腕を掴み
弘記の部屋に投げ飛ばした。
「げふぉんッ!!」
弘記はうつ伏せ、お尻を突き出す
みっともない格好のまま硬直。
バタンッ!
そして力強く扉を閉められた。
「痛ってて………
何がレディーだよ……
レディーのレの字も無いゴリラじゃないかよ……」
part6へ続く……。