No.1 楠虫財産殺人事件 part3
「なるほど。恋人のために……ですか」
弘記は依頼人である 坂上静華から話を聞いた。
3ヶ月前に楠虫幸太の父親である
【楠虫章人】が交通事故で死亡し
彼の遺言書により長男の【楠虫庄吾】が
次期社長に就任。遺産の全てを相続したが
幸太には遺産が一文も与えられなかった。
葬式が済み、章人の遺品整理をしている時に
隠し財産を示唆した【手紙】が
【章人の寝室】から見つかった。
しかし、隠し財産の在処が
謎かけのようになっていて
どこにあるのか見当もつかないらしい。
幸太のためにどうしても
隠し財産を手に入れたい静華は
藁にもすがる思いでここに来たと言うのだ。
「はい。隠し財産を手に入れて
幸太さんを幸せにしたいんです。
お引き受けして下さいますか?」
弘記は少し考える。
もしこの依頼を引き受けて
無事に隠し財産とやらを見つけられたとしよう。
そしたらどのくらい報酬が貰えるのか?
相手は社長令嬢。そして交際相手は
かの有名な楠虫製薬の御曹司。
そりゃもうがっぽりと報酬が頂けるに違いない……!!
しかし、問題がある。
(僕………謎かけとかそういうの苦手なんだよな……)
そう、頭を使うものは正直得意ではない。
確かに今までも何回かこういうことあったし
解いたこともある。
だが、偶然で解けたようなものだ。
実力で解けたと思ったことはない。
(それに今回の件……安請け合いしては
いけない気がする……)
何だか嫌な予感がするのだ。経験則で、そう感じる。
(……あ~~~~けどな~~お金欲しいしな~~~~)
事務所の経営が正直厳しい。発明好きの
どっかの誰かさんのせいで
事務所の預金通帳の中が激しく上下運動している。
なぜなら、どんなにたくさん報酬を頂いても
研究資金だからとか何とか言って
事務所のお金を余すことなく使い尽くすからだ。
江西結子……彼女は浪費のプロ………!!
そんな相手にも対抗できる程の
破格の報酬金額が必要だ。
この依頼人なら、たぶん払える。
ということは引き受けるしかない。
「はい。お引き受けしましょう。
ただ……その……お金の方は……大丈夫でしょうか?」
「はい!隠し財産を手に入れるためなら
いくらでもお支払します!!」
静華は依頼を引き受けて貰ったのが
嬉しくてたまらなく。
声を張り上げた。
「分かりました。ではさっそく
例の手紙を見せていただけませんか?」
「はい。こちらがその手紙です」
静華は自分のバックから茶色の封筒を取りだし
弘記に渡した。
弘記は封筒の中から手紙を取り出してみた。
字は達筆で非常に読みやすい。
楠虫章人の品格が現れているように感じた。
『この手紙に私が最も大切に守ってきた
財産の在処を示そう。
財産とは私にとっての全てであり希望。
我が希望、その手にしたいと申すなら
まずは己の敵を知ることだ。
敵とは決して悪に非ず。
敵と己は表裏一体。
己の希望あるところに、敵の希望もまたあり。
敵の希望とは儚く、美しく、繰り返されるもの。
敵を知り。見方を知り。そして最後に己を知る。
私の希望はそこにある』
弘記が手紙の内容を読み上げた。
「ふむ……なるほど」
弘記は何かに気づいたかのように言う。
「場所が分かったんですか!?」
静華は弘記に尋ねる。
「いえ、まったく」
そう言い切った弘記の言葉に
ガクッと肩を落とす静華。
傍で静華を宥める仁。
「はぁ……やっぱり」
結子は呆れた顔でため息をついた。
「黒一さんでも何も分からなかったんですか?」
静華は再度弘記に尋ねるが
その表情はすでに諦めが付いている様子。
「いえ、何も分からなかったわけではありません。
【場所】は分からないと言ったんです」
「………?」
静華は弘記の言ったことを理解できていない。
「はぁ……やっぱり………こういう時って……
そういう言い方しますもんね……」
結子は弘記の意図にすでに気づいてるようだ。
「ごめんなさい。分かりやすく説明して下さい」
静華が弘記に軽く頭を下げる。
「分かりました。
先程も言いましたが、この手紙の内容だけでは
場所の特定は出来ませんでした」
「手紙だけでは………?」
静華が聞き返す。
「はい。恐らくこの手紙は
ある【特定の情報】がないと解けないように
なっているみたいです」
「【特定の情報】とはなんでしょうか?」
「もちろん。あなた方のことです」
「私たちのこと……ですか?」
「そうです。
僕がこの手紙から読み取れたことは
章人さんがこの隠し財産を
早く見つけてほしいという想いでした。
そして、その隠し財産は
自分が【最も大切に守ってきた財産】です。
そんな大事なものを
どこの誰だか分からないような人たちに
渡すでしょうか?
常識的に考えてそんなことはあり得ません。
だったら身近な人物……あなた方の誰かに宛てた
手紙だと考えるのが普通です。
そうなると必然的にあなた方の情報が必要に
なってくるんですよ」
「そうなんですか。よく分かりました。
ちなみにその誰かって誰ですか。
その人が分かれば
隠し財産の場所も分かるんですよね?」
「いえ、まだそうと決まったわけではありません。
しかし、誰に向けて書いたのか
概ね見当はついています」
「誰ですか?教えて下さい!」
「楠虫章人さんのご子息。
【庄吾さんと幸太さん】です」
「お義兄さんと幸太さんですか……?
ですが黒一さん。お義兄さんと幸太さんは
この手紙を読んでも何も分からないと
言ってるんですよ?」
「………ふぇッ!!!??」
弘記は静華の発言に心底驚いたらしく
おかしな声を発した。
「お2人共すでに手紙を読んでらっしゃる……?」
「はい。言ってませんでしたっけ?」
「聞いてませんよ!そんなこと!!」
「あらごめんなさい。
あれ?じゃあ……黒一さんの推理は間違ってーー」
「いえいえ!大丈夫ですッ
僕の推理は間違っていません!」
「え、じゃあお義兄さんと幸太さんが
隠し財産の鍵を握っているということですか?」
「そうですッ!!!」
「………………」
静華は不安そうな顔で何かを考えている。
「あ、じゃあ今から僕らがそちらに伺いましょう!
泊まり込みで捜査いたします!」
ここで帰ってしまうと困るので
弘記はとんでもない提案をした。
「いやちょっと待って下さい弘記さん!」
弘記の提案に結子が抗議する。
「相手はあの楠虫家です
アポイントも取ってないのに
さすがにそれはマズイでしょう!」
「大丈夫 大丈夫!泊まれるよ」
「友達の家 行くんじゃないんですよ!?
それに私、着替え持ってきてません!」
「大丈夫!2~3日着替えなくても
不衛生ではないよ。最近は」
「最近はって何ですか!
何でこの前までは駄目だったんですか!?
もっとまともな言い訳考えて下さい!」
「あのぅ………」
弘記と結子が言い合いになっている所に
静華が割って入ろうとする。
「あ、すいません。何ですか?」
「えっと……もしそちらが宜しければ
楠虫家の屋敷まで来ていただけないでしょうか?
黒一さんの話を聞いて
そこに隠し財産があるような気がして……。
それに黒一さんたちが一緒に探して下さるなら
私たちも心強いですし。
もちろんこちらで寝床や着替え、食事を用意させて
いただきます」
「静華さま!!?」
今まで沈黙を守っていた仁が
驚きのあまり、声を発した。
「ねぇ、いいでしょう 仁?」
「いや 駄目でしょう さすがに……」
「お願い!私、隠し財産のこと
知らないといけない気がするの!
この人たちがいれば見つかるわ!」
「だからって今日でなくても
よろしいではありませんか。
今日は庄吾さまが
久しく帰って来られるんですよ?
それに幸太さまもーーー」
「お義兄さんと幸太さんには私から説明するわ。
だからお願い!お願いよ仁!!」
静華は涙目で訴える。
「うーーーん………はぁ……分かりました。
静華さまは1度言ったらきかないですからな」
「ありがとう!!」
静華が子供のように飛び上がって喜んでいる。
「ただしーー」
仁が言葉を続ける。
「ん、なに………?」
静華の顔が少し不安になる。
「庄吾さまと幸太さまにご説明するときは
私もご一緒させていただきますぞ」
静華の顔が再び明るくなった。
「あの……仁さん……すいません。
ご迷惑をお掛けして……」
弘記が申し訳なさそうに言う。
「いえいえ。こちらこそ静華さまのワガママに付き合っていただいて申し訳ありません……」
「ちょっと仁、私ってそんなワガママかしら?」
「自覚がない分、質が悪ぅございます」
「そこはフォローするところでしょ!」
「はっはっはっ。申し訳ありません。
歳のせいか、感覚が鈍くなっておりまして
そこまで頭がまわりませんでした」
「髪と一緒に知能まで抜け落ちたの?」
「静華さま。このジェントルメンに煽りは
効きませんぞ?
それにハゲは決して
恥ずかしいことではないのです」
「ハゲは恥ずかしいわよ。
だからカツラで隠すんでしょ?」
「いえ、カツラでハゲは隠せません。
隠しているのは自分の心です」
「……そういう哲学はまた今度にしましょう。
お待たせしてすいません。
では、参りましょうか」
静華たちにお店の駐車場まで連れられ
車の前まで行くことに。
ーーその道中ーー
(あの……弘記さん……)
結子が小声で弘記に話しかける。
(ん……なに?)
(さっきは良かったですね……あんないい加減な……
誰でも思いつきそうな推理でも
納得してもらえて……)
(あー……やっぱり気づいてた?……)
(そりゃそうですよ……弘記さん……
謎かけとか無理ですもんね……
いつもの……困ったときの
言い回しが始まってましたよ?……)
(うるさいなぁ……これでも頑張ったんだよ?
……僕なりに)
(確かに私もあの手紙は
意味が分からなかったんですが……
よくもまぁ……思いつきだけであんなに
ペラペラ話せますよ……そういうところは
尊敬します……本当に)
(ほんと?……惚れてもいいのよ?……)
(遠慮します……本当に)
(………けど……あながち間違っては
いないとおもうんだよね……)
(あの手紙のことですか……?)
(うん……楠虫庄吾さんと弟の幸太さん……
何かあると思うんだ……)
(まだ会ったことないので……
何とも言えないですけどね……)
(そうだけどさ……うーん…
…本当に何も知らなかったのかな……
それとも何か知っていて……隠しているのか……?)
(ここでそんな事考えてもしょうがないですよ……)
(うーん……あ!……お屋敷についたら
部屋って……どうなるんだろ?……)
(…………弘記さんとは遠く離れた部屋にしてもらいます)
(えーー……そんなこと言わないでよー
寂しいじゃない……)
(弘記さんは犬小屋で十分です……
ほら……弘記さんって小柄ですし……
スポッと入りますよ……)
(……せめて人として扱ってほしいんだけど……)
(………今度犬小屋に引っ越してみたらどうですか?……
あのコストをギリギリまで削減した感じ……
弘記さんは……親近感を
感じずにはいられないはずです…)
(……僕はコストをギリギリまで
削減して生まれた存在だったのかよ……
辛すぎる真実だわ……)
(大丈夫です……そんな弘記さんでも……
公園の真ん中でダンボールに入って吠えていれば…
拾ってくれますよ……)
(可愛い女の子が……?)
(犬小屋が………)
(まじかー……犬小屋と結婚するわ……)
(……この話の流れが
まるで意味が分からないのですが……
要するに弘記さんは小さいってことですね……)
(あのさ……言っとくけど……
君より僕の方が背…高いからね……?)
(ほんの数㎝高いだけで……
粋がらないで下さい……
やっぱり小物ですわ……あなたは……)
(……どっちが小物だよ……まぁ僕は大人だから
…気にしないけどね……)
(大人……小人の間違いでは………?)
(………………)
ーーそして車の前まで到着ーーー
「わぁ!この車って高級外車ですよね!?」
結子が静華の車を見て はしゃいでいる。
「ええ、【チーパ】です。車がお好きなんですか?」
「違いますよ」
弘記が結子に代わって真っ先に否定した。
「この子は物を改造するのが好きなんです」
「改造!?」
その聞き慣れない言葉に驚愕する静華。
「本当は車とか近づけないほうがいいんです。
改造されてしまうので。
僕の車も彼女に改造されてしまいました」
「えー!!あの、具体的にどんな………?」
「武装です」
「武装!?」
「はい。この前、車の武装を解除しないまま
職場に向かったら
近隣の方がそれを目撃したみたいで
通報されました。
『武装車両が公道を走ってる』って」
「………………」
静華は言葉にならない、といった感じだ。
「静華さま。そろそろお乗りになられて下さい。
黒一さまたちも、どうぞお乗りになって下さい」
仁に言われ、次々と車に乗り込む一同。
「あ、江西さん。
車にはあまり触らないでくださいね?」
弘記の話を聞かされ、疑心になっている静華。
「え!駄目ですか?」
「駄目です。
どうせなら仁の髪の毛を
改造によって救済してあげて下さい」
「それはちょっと……
無からは何も生まれませんし……」
「結子ちゃん!仁さんに失礼でしょう!?
謝って!今すぐハゲの仁さんに謝って!!」
「はっはっはっ。これは参りましたなー」
仁は自分が弄られてることに
怒りを表すどころか笑っている。
そういえば、ここまで来る間に静華たちと
ずいぶん仲良くなった気がする。
お屋敷に住んでいる他の人たちも
こんないい人たちなのだろうか?
「それでは皆さん出発いたします」
仁がそう言葉をかけ
車のエンジンをかける。
車は屋敷に向かって走り出した。
part4へ続く……。